記事タイトル:喫茶店  −考− 


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お名前: 酒井久二夫   
十月十日、オスカー・ピーターソンを大阪・フェスで聴いて来ました。ちょうど50年前、まだ進駐軍が接収していた大阪・北野劇場をJATP公演の為に、占領軍が「日本人」用に開放し、ジャズファンが詰め掛けました。来日メンバーの中にまだ青年のオスカーが居て、グローブのような手で、華麗なピアノタッチを見せていました。ジーンクルーパーがシングシングで見事なドラムさばきを見せました。今日、そのオスカーを見て、聴き、感動を新たにしました。けん盤からはみ出しそうな指が繊細な音色を奏で、軽やかなリズムを刻む。半世紀の時の流れが一瞬にして真っ白になり、タイムスリップしました。肩を借りてステージを去る彼でしたがジャズの黄金時代を築いた「ジャイアント」の威風を強く感じました。ジャズの真髄を聴かせてくれるオスカー・ピーターソン、彼にささげる熱い思いは50年の歳月では色あせず、です。2004/10/10

お名前: 古賀   
 MJQのCLEOPATRA`S DREAMは聞いたことはありませんでしたので,どんなんかしらと
思っていましたら天の配剤かピアノ特集としてCDでありました。
家に帰る前に仕事場のパソコンで聞いて見ましたら外付けスピーカ−では今一つでしたので
ステレオイヤーホンを繋ぎましたらBUD POWELLのピアノタッチがはじけるように
再現できました。
ヒスのない透明なちょっとアップテンポな曲ですので川上さんがこれを聞きながらくじゅうの
山々を行き交われますときには早足になられるであろうなーと推測します。
大船や平冶岳を映して時の行くままに穏やかに流れます坊がつるの鳴子川、中岳や三俣の尾根
を急ぎに急いで吹っ飛んで駆け抜け今、正に雲にならんとする1800メートルの大気。
人の有り様も緩急、合い合わせて受け入れて消化していく。その人となりや器を一日一日と
作って行きますとき、長いスローテンポの後に万を満たして高みに駆け抜ける。
本当なものを知っている方だけが感じ得る音楽鑑賞での醍醐味ですけど、くじゅうの自然も
そして人作りも、あるいは多くの先人が音楽として何を表現したかったか、表現せねば
おれなかったかと思いますとき、それは立場は違いましても皆同じだろうと思います。
自分の通った後ろにそれはありましょうし、川上さんの場合はくじゅう写真館として旗幟鮮明に
それはあるのでしょう。

 今まで自宅や車の中にはCDはあるのですがJAZZはレコードやテ゜ープで聞いていまして
デジタルでは聞いていませんでした。
こだわりでしょうけどアナログでシーというヒスの中で矛盾しますけど、どれだけヒスを
無くすかということに苦心していまして、レコードの駆動方式を紐からダイレクトドライブに
してみたり、針やカートリッジをMCやMMに替えてみたりプリアンプやメインアンプや音の出口
のスピーカーをボーナスが出ますたびに買い換えていました。
京都の伏見や河原町、北野小路でお気に入りのオオデオを見つけて買いこんでは、それを
ぶら下げて家に帰る前にサテンに繰り込んでテーブルの下の包みを右に左にしながら
JAZZを聞きながら熱いコーヒーを飲んでいました。
あの頃はJAZZは活きていたんでしょうね。
人も熱いコーヒーも酸化していなくて正に打てば響くそのものだったと思います。

 今、こうして当時としましては反逆罪ほどの方法でBUD POUWELLのピアノを聞いていますが
少し、シャリシャリしますがデジタルもいいものです。
しかしCLEOPATRA`S DREAMとはいかなるものだったんでしょうかね。
時間を超えて興味津々です。
コルトレーンは至上の愛ですが日本公演も一番油が乗った時でしょうに、聞くこちら側と
しましても、それ相応の心構えが必要な気がします。

聞いてください。

お名前: 川上   
 昨日、MJQの「ジャンゴ」を聞きながらポリと共に坊がつるを散歩しました。
 ミルト・ジャクソンのヴァイブの音はどこか幻想的で広がりを感じます。
 ひっそりと静まりかえった坊がつるで聞くのは正に至福の時間でありました。
 古賀さんがおっしゃるように、こういった一時、そしてここでの暮らしそのものが、
 僕にとっては将来の宝物として残ってゆくんだなあと思いました。

 僕はまだジャズファンとしては月日は浅いですが、
 ここ1年で多く素晴らしきジャズプレーヤーたちを知ることによって、
 自分の中で感性の扉がまたひとつ開かれたような気がします。
 僕はまずビクターからでている、「ジャズ、ミレニアム」シリーズを購入して
 ジャズの基本というものを知ったように思います。
 このシリーズは赤盤、白盤、紫盤、オレンジ盤、緑盤、青盤と6種類ありまして、
 レーベルを超えたすばらしきジャズメンたちの演奏が楽しめます。
 とっつきとしては非常によかったと思います。
 このシリーズでコルトレーン、MJQ、オスカー・ピーターソン、ウェス・モンゴメリー
 などを知ったのです。緑盤はビル・エバンスの特集、青盤はコルトレーン特集です。
 そして次の段階に入り、やはりその人たちのオリジナルアルバムがほしくなってきました。 
 今注目しているのは、MJQの「ジャンゴ」、ビル、エヴァンズの「ワルツ・フォー・デヴィー」です。
 ほかにコルトレーンの「ソウル・トレイン」、ソニー・ロリンズの「サキソフォン・コロッサス」もいいかなと思っています。
 
 しかし3枚組みの日本公演ライブ盤とはすごいですね。
 それってもしかしてものすごく貴重なるLPなんじゃないですか。
 いつかぜひ見せてもらいたいと思います。
 

お名前: 古賀   
 私のコレクションのMJQのラスト・コンサートにはジャンゴが入っています。
マイルスもコルトレーンもピータソンも素晴らしいJAZZマンでありますが、感性が
川上さんをして引きつけるんでしょうね。
1966年7月10日、ジョンコルトレンが来日のおりのCOLTRANE IN JAPANが3枚の
レコードとしてあります。
そしてなんと1925年8月15日生まれのオスカーピーターソンが28歳のときJATPの
メンバーとして東京公演をしたときのJATPイントウキョ−が同じく3枚のレコードで
手元にあります。
レコードの解説書も一緒にありますのでいつかお見せします。
いろんな曲を川上さんは聞いていらっしゃいますが一つの川上流と申しましょうかスタイルが
固まってきているんでしょうね。
ジャンルを追って系統立てて組み立てていく、そしていつの日かその極みを垣間見る、
素晴らしいことと思いますとき時間を旅しますことには正にくじゅうはうってつけと思います。
プレイヤーが有りますならば私のレコードを全部送りますよ。

 京都にいますとき岡崎の京都会館によくコンサートに行きましたか゛ビバルディの四季を
聞きに行った事があります。
最前列であったのですがあの時間だけはいつまで経っても忘れる事は有りません。
一流に逢う、ごまかしのない本当なものに出会う喜びと申しましょうか、出会った喜び
時よここでしばし止まれと思わずにはいられないことって有りませんか。
自分と何かがひとつになる百の言葉よりもそれに出会った人だけがもつ感性と申しましょうか
奥の深さ,そう言う時代が人にはきっとあると思います。
私も嗚呼あのときだったんだと思えるとき、それが翻って川上さんの今の時でありましょうに
形として残るくじゅう写真館の写真こそがそれを物語るのでしょう。

 私の独断と偏見でしょうが喫茶店のありかたも,またコーヒーの味わい方も時代と共に
変わっているように思えます。
京都にしても東山や河原町、嵐山ではお客さんの層も違うのでしょうけどサテンも趣が全然
違います。
こだわりでしょうけど時代を読む目、感性は何時も研ぎ澄ませていなければなりませんが
サイフォンで飲むコーヒー、味逢うコーヒーと共に目で見て楽しむ贅沢もありますが、
難点はよく洗っているときにガラスを割ってしまう事です。
高い一杯のコーヒーになりますよ。
一番大切な人に出してあげる時にはいいでしょうけど。

お名前: 川上   
なるほどなるほど。
 時代を超えて僕達を癒し、そして感化させるもの。
 まさにそれはJAZZかもしれませんね。勝海舟もきっとJAZZを聞いたにちがいないでしょう。
 昨日オスカー・ピーターソンを聞いたのですが、彼の流れるようなピアノに僕はまったく釘付けでありました。
 「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」、「ナイト・トレイン」などたまりませんね。
 また、ギターではウェス・モンゴメリー、サックスではコルトレーンに聞き入っています。
 コルトレーンはマイルス・デイビスと一緒にやってたんですね。
 まだまだ知識不足の僕です。 
 しかしこうやってくじゅうの山中で徐々に徐々にジャズの知識を身につけてゆくというのは、
 一つの快感であります。何十年も前の音楽が身にしみて感激するというのは、
 やはり時空を越えた人間的なる想い、という感じがします。
 僕と古賀さんにしても、今まで生きてきた時間、環境が当然のことながらちがいます。
 しかし二人ともくじゅう、そしてJAZZ好き、喫茶店好きという共通点があります。
 これもまた感激ですよね。
 ところでコルトレーンのおすすめアルバムでもあれば教えてください。
 次回の休みではMJQの「ジャンゴ」を買おうかと思っています。
 
 珈琲に関してはサイフォンを購入しようかと考えております。
 今僕は毎朝グラインダーで豆を挽き、ペーパードリップで淹れています。
 それはそれで僕の大好きな習慣になりつつあるのですけど、
 僕の好きな喫茶店では、ペーパードリップに加えてサイフォンが目を引きました。
 あれは視覚的にも印象深いですよね。
 なんだかJAZZにも溶け込んでいるような光景でありました。
 

お名前: 古賀   
 先斗町は趣があっていい町です。
舞妓さんを見られたそうですが日ごろの精進でしょう、私は一度も見たことはありません。
あの近辺では友人とお好み焼きを食べていました。
祇園精舎の鐘の音とありますように多くの艱難辛苦を乗り越えた町だけに多くの人を
魅了しますしすべてを包み込む奥の深さもあるように思います。
三条、四条、五条とありますが少しずつ特徴が違っています。
室町時代の羅生門はお断りしますが維新の志がありますかたが多く集まってその有り余る
エネルギーを発散された場所でしょうにつわものどもの夢のあと、と私も粋がって
縦に横に歩き回ってそして行きつくところは決まってサテンでありました。
近くの本屋さんから数冊の本を買い甘い明かりの中コーヒーの香りに包まれて
刷りたての本のページをめくりますのはまさに至福のときでした。
10代であったのですが A・デビアスの悪魔の辞典や西田幾多郎の善の研究などを
読んでいました。
JAZZ喫茶では時代がそういう雰囲気を受け入れていたでしょうにコーヒーとともに
デキシーランドJAZZ、モダンJAZZと味わい深いものがありまたし、レコードの横の
ジャケットを眺めつつ、好きなアーティストをリクエストできました。
ちなみに明治維新を生き抜いた人たちが使節団としてアメリカに渡ったときには当時の
宴会や葬送の演奏としての音楽を聞かれたような気がします。
それが今、整理されて私たちを癒してくれるJAZZでありましょうに、触れるもの、感化される
ものは時代を超えてあるように思います。

 私はくしくも京都にご縁がありましが、もしも違う場所であっても捜し求め、あるいは
自分で作っていたと思いますとき、ちょっと寒いですがくじゅうの北千里ヶ浜での川上さんの
体験も同じであり、すばらしい自然そのものがJAZZであると思います。
くしくも今はいろんな物がいっぱい詰まった川上さんの ボォガ・ツールこそが一番の旬で
あり、時として漂いますコーヒーの香りはまさに天空の趣でありましょう。

 「くじゅう写真館」1周年おめでとうございます。
山荘での忙しい仕事の中いつの時間にアクセスなさるのだろうとの思いと
くじゅう国立公園の私が知らない世界までも紹介してくださいますときに
こんなすばらしいくじゅうを大切にして後世に引き継がねばとも思います。

お名前: 川上   
 先日京都へ行った時に、祇園付近で舞妓さんを見かけました。
 おー、舞妓だ舞妓だと感激したのですが、その隣になぜか殿様の格好をした男がいました。
 あれは舞妓じゃなくて撮影所の方々だったんですかねえ。
 今思えばチンドンヤ風だったような気もします。見る眼がありませんねー。
 
 僕が京都で気に入ったカフェの一つに、五条にある「エフィッシュ」という店があります。
 五条はその昔遊郭街だったそうですが、その店はいたって今風のカフェでありました。
 しかし元遊郭街ということをかなり意識しているようで、
 カウンターの下に洒落た金魚の水槽があるんです。
 その昔、玄関の前に金魚鉢を置いておくというのが遊郭の目印だったそうなんです。
 なんだか京都は奥深くてしかも格別なホンモノの風流であるなあと感じました。
 そんな街のサテンでジャズを聞きまくっていたという古賀さんをうらやましく思います。
 純日本の町に溶け込んだアメリカ音楽。 いいもんでしょうねえ。
 
 僕は数ヶ月前、ビル・エバンスを聞きながら北千里ヶ浜を歩きましたが、
 それ以来北千里ヶ浜を通るたびにエバンスのピアノが聞こえてきます。
 僕にとってくじゅうのバックミュージックはジャズになりつつあります。
 それぞれの場所にまつわる思い出というものには必ず音楽がかかわっているように思います。
 古賀さんにとっての京都は僕にとってのくじゅうということになるのでしょうか。

 この文を書き込みながら、バックにはMJQの「コンコルド」が流れています。
 
 
 

お名前: 古賀   
 クレオパトラの夢 いい響きですね。
MJQの 朝日のようにさわやかに もなにか気恥ずかしいような上品な香りがします。
この頃思うのですがそのときの心境といいましょうか思い込み、思い入れが
精神作用に大きく影響して知らず知らずのうちに自分の内なる部分と共鳴して
似て非なるものと出会っています。
それからしてこの頃の川上さんはとってもハッピーな心境ではないんでしょうか。
日記にしても穏やかな日々が綴られているような気がします。

私は京都の右京区の太秦にいました。
寮は東映撮影所の真上にあり、そこから東映、大映、松竹の撮影所の横を通って会社に
通勤していました。
当時は歩きかチャリでしたのでよく撮影所の方々がロケのそのままの格好で歩いておられ
あるいは近くの喫茶店やたこ焼きやさんで何やら話し込んでおられました。
ちょん髷で脇差を差した方や日本髪の綺麗どころの方の横で私達が背広姿でいましても
何の違和感もないそんな時代でした。
ご承知のように加茂川の上流の貴船にハイキングにいったり八坂神社の夜桜を見たり、
西の嵐山の渡月橋の下で夏は泳いだり、桜や紅葉を楽しんだりしていました。
そして時間があれは゛喫茶店でミルクティーを卒業してレモンティーやコーヒーや
ちょっと気取ってジンジャエールのようなレスカといってレモンスカッシュを飲んでいました。
友達はビートルズやモンキーズに夢中でいつもイエローサブマリン、イエローサブマリンと
言っていましたし、私はちょっとわけありのありそうな喫茶店で前衛のジョンコルトレンの
今にも心臓が飛び出しそうなバラードなど聞いていました。
その音響たるや横の人に何か言おうにも出された伝票の紙にめもるほどで、コーヒーの表面が
波うってビンビンしていました。
当時の私は似たようなものを知らず知らずに求めていたのでしょうね。
ですから、BJMのようなさわやかなジャンルに出会うのはもっと後のことでした。
そしてその良さは知らなかったと思いますとき、時と共に心に残る音楽はジャンルを超えて
確かにありますね。
それが今、当時のFMエアーチェックのテープであり、又レコードして手元に残っております。
心に余裕がありますときはふとサントラのようによみがえりますし、若かりし頃いきがって
飲んだブラックコーヒーのようにずきんとほろ苦い思い出も男の場合一つや二つ・・四つや
五つまたあるものです。

 当時プロモーターが大勢のミュージシャンを日本に呼んでおもなった都市で
公演をしていまして、それは好評でアンコールの連続でしたし、そんなファンの声をまた、
大事にして何回ともなくアンコールの声に応えていました。
音楽も、くじゅう写真館の写真も生き様なんでしょうね。
自分の自分だけのものを切り取って表現する、そしてまた人もそこに自分を見て感銘を受ける。
川上さんの クレオパトラの夢も 朝日のようにさわやかに も
そこに川上さんをなぞらえて今の川上さんの有り様な気がします。

お名前: 川上   
 今日、松山ロープウェイ街にある僕のお気に入りの喫茶店に入ると
 MJQの「朝日のようにさわやかに」が流れていました。
 早朝、古賀さんの書き込みを読んだとこだったので偶然だなあと感激しました。
 その喫茶店にも古いジャズ雑誌とレコードが並べられています。
 先日別府の喫茶店でジャズのレコードを聞いたのですが、
 CDのデジタルサウンドより不思議と重厚な感じがしました。
 そのときかけてくれたのはバド・パウエルの「クレオパトラの夢」でした。
 レコードの針を下ろした時の雑音がまたいいですねえ。 
 ジャケットの大きさというのも一曲一曲の重みを感じさせてくれますよね。
 僕もいずれプレーヤーを買って古レコードを買いあさろうかと企んでおります。

 ところで僕の知っているわずかなジャズプレーヤー達はほとんど日本にやってきてたんですねえ。
 勉強になります。ますますジャズにはまりそうであります。

お名前: 古賀   
 MJQはいいですね。
モダンジャズとクラシックが融合してなぜか安心して聞けるように思います。
私の場合はディークエリントンのA列車で行こうから始まりマイルスやオスカーピータソンからいつしかMJQにたどりついたように思います。
当時スイングジャーナル誌を読みふけっていましたし、照明を落とした中でアンプは真空管方式で冷却のさっしの間からちぃさな光が洩れていまして、レコードともに38の2チャンネルトラックでマスターテープをかけてくれる喫茶店があり、オープンリールのテープレコーダーがすごい勢いで回るのを見てコーヒーを飲みながら今はやりません煙草をふかしながら、世界や朝日ジャーナル誌を読んでいました。
壁の白熱電球の小さな光に照らされて、何千枚というレコードとラックのオオデオ、そして待ち合わせの人になぜか眩しさのようなものを感じておりました。
あの時はそういう雰囲気が好きな人と、丁度アメリカやイギリスから多くのアーティストが来日していましたので川上さんの日記にありますようにボーカルや演奏が好きな人、そしてオオデオが好きな人と分かれていました。
それぞれに行きつくところはサテンでありましてカンカクガクガクああでもないこうでもないと語り合っていました。
それと楽しみはマスターやウェイトレスの方に声をかけてくることだったのでしょう。
あの頃は時間は無限にあるように思えていましたし、何でもできる気がしていました。

 MJQのアルバムを買われたんですね。
私も探して見ましたら3枚のレコードがありました。
1枚はラストコンサートのものでした。
くしくも私は3極から始まりましたアナログで川上さんはヒスがほとんどないデジタルで時代を超えて一つのセッションに接しますとき一つの感慨を覚えます。
なぜか気分がいいときに、お気に入りの喫茶店や早朝のどこかのくじゅうのいただきでMJQの 朝日のようにさわやかに の演奏がよみがえりますとききっと至福の極みでありましょう。

 

お名前: 川上   
古賀さんは京都にいらしたのですね。
 僕も先日京都へ行ってきましたが、六曜社珈琲店をはじめ魅力ある喫茶店が多いなあとすっかり京都ファンになってしまいました。
 現在はカフェブームなどといわれていますが、今風の白いイメージのインテリアもいいですけど、
 やはり落ち着けるのはぬくもりが感じられる昔ながらのサテンだと思います。 
 今日も松山のお気に入りの喫茶店「ひまわり」に行ってきましたが、
 ビルエバンスの音楽を聴きながらすする珈琲はまったく格別でありました。
 今日はMJQの「コンコルド」というアルバムを買いました。
 さっそく山に帰って聞きまくろうと思っております。

 僕の今の目標は下界にギャラリーを兼ねた山小屋風カフェをつくっちゃうことです。
 何年後になるかまったく未定ではありますが、写真好き、山好き、旅好き 音楽好きが集まる空間が
 できればと思っております。 そのときは是非古賀さんと語り明かしたいですね。
 いつの日か。

お名前: 古賀   
 私も京都にいたことがあります。
まだあのころはいきがって喫茶店のことを サテン と言っていました。
そしてサテンは純喫茶でなきゃねーなどとわけのわからぬことを言いながら
京都中の喫茶店に行き、そこのマッチと今では申し訳ないのですが、
小さなミルクカップを頂戴するのが仲間内のひそかな自慢でありました。
そんななか、少年が少し大人びて雨の降る日など学校をちょっとお休みして鴨川沿いの
JAZZ喫茶に行きアルコ−ルランプを引いたサイフオンからいつコヒーが落ちるかなど
思いながら一杯のコヒーでプリメインアンプはマツキントツシユ、スピーカーは
タンノイかJBLで竹を割ったようなマイルスデイビスを聞いていました。
死刑台のエレベーターなどは身の毛がよだつようでしたし
今日の日記にありましたようにMJQはやさしい音色でした。
私の時代はマイルスも、ビルエバンスも、チイツクコーリアも公演で日本に
来ていまして、フアンは東京まで行きましたし、私も京都会館でよくJAZZの
公演に行きました。
当時のレコードは今、カメラやフイルムと一緒に除湿庫に入れてあります。
 
 願わくばいつの日か、ベルビアのくじゅう写真館の写真に取り囲まれた中で
コヒーを竹べらでかき混ぜながらの川上さんから東南アジアや中国のこと
そして愛犬ポリや法華院温泉山荘のことなどJAZZの音色と共に聞いてみたいとも
思っています。いつの日か いつの日か。

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