エンデバーの雑記は新ブログへ移行しました。

お礼:エンデバーの雑記はLivedoorBlogへ移動しました。今までエンデバーのホームページを ご愛顧いただきありがとうございました。人生のライフステージが変わっていくにあたって、オリジナルの ホームページが維持できなくなってしまったので、Biglobeのホームページは閉じて、 ブログでやっていきたいと思います。CGIゲーム等の設置はできないし、やれることに 限りはあります。ただ、これからも何か発信する場所を持ちたいと思った時に、ベストなのが ブログだと考えて移転します。もし、気付いた方はこれからもよろしくお願いします
エンデバーより

ねがぽじ予定地

エンデバーのページ開設以来、人目の訪問者です。

ねがぽじという名前でホームページを再開するつもりです。
内容は+日記と-日記を主軸とした個人的な趣向を垂れ流すホームページです。
前よりはつまらなくなった自信がありますが、個人的なホームページですのでお許しください。
続くかどうかも分かっていないので、今のところ予定地です。

日記

2013年1月20日

高校の同級生の結婚式の二次会に出た。結婚式に出たことが無いわけじゃないけど、
実際に同級生が結婚するのを見るというのはなかなか衝撃が大きいものだ。

結婚が良いかどうかなんてことはあらゆるサイトで議論され尽くしているので、特に
コメントすることはないが、幸せそうな新しい夫婦の姿を見ると素直に祝福したいと思う。


一方で、今日はNHKスペシャルの「老人漂流社会」なるものを見た。もともと家族や
いなかった人、家族がいても何らかの理由で会えなくなった人が身体機能を失っていく中で
行き場所を失っていくという話だ。その中で、老人同士で助け合っていくというコミュニティの
話があった。動ける人同士で助け合って、動けない人も助けていこうという施設だ。


この二つの話にナニがつながりがあるのかというと、人は何らかのコミュニティの中に
参加していくことが大事なのではないかということだ。もちろん、一人でいたい時間というのはあると思うが、
何らかのコミュニティに入ることで相互に存在を確かめ合い、認め合う。

それが人として、重要なことなのではないか。

コミュニティなんて作れないし、ましてや参加することも出来ないと思っている人も
いるかもしれない。しかし、コミュニティのない人同士が集まるだけでコミュニティは出来る
孤独になってしまった時、このことを忘れずにいたいと思うし、偶然にも更新頻度が低い中で、
この文章に出会った人も覚えていてほしいと思う。

2ちゃんねるで2人組を作るのが恐ろしいというコピペがあるが、
2人組を作れなかった人同士で集まればいい、それだけだ。

・・・相性の問題を論じずにこの結論だけを出すのは乱暴かなと思うので推敲は更に必要ではある。

2013年1月6日

相互リンクしているみずいしくんから更新が途絶えている!と指摘されて、久しぶりにこの
ページの存在を思い出しました。というわけで、何かを書きたいわけですが、しばらく情報を
発信するという作業をやっていなかったので何を書いたらいいのかわからないわけです。

改めて振り返ってみると自分の芯になるものってなんだろう?

って思うわけです。好きだった恋愛シミュレーションは最近出来ていないというかやろうと
していないし、鉄道もどことなく中途半端な趣味になっています。デートはまあ・・・、それなりに
頑張ってやってます。

生きていると段々と捨てられないものがこうやって増えていくのかなあと
思ったりもします。長文も書くと続かなさそうなので、2012年をうまくまとめた写真を
数枚貼りたいと思います。


<ホビーショップ タムタム 東大宮店>

鉄道模型 レンタルレイアウトの一枚です。鉄道模型は高価で場所を取りますが、
レンタルであれば場所を取らずに安く楽しめます。中でも、タムタム 東大宮店は
屈指のレイアウト規模で新幹線が思い切り走れます。




<富士急ハイランド リベンジ編>

大学 二年生の頃に一人で行ってパスポートをなくしてしまい、何も遊ばずに帰った
富士急ハイランド。彼女と仲良く行ってまいりました。顔は出せないですが、グレートザブーン
びしょぬれになった後の1ショット。


2012年のショットと大学二年のショットを並べてみました。



チケットなくした後の哀愁と対照的です。。。


<あいづドライブ by プリウス>

鉄道に乗っているうちに鉄道ではカバーできないエリアがあることに気付いたので、
レンタカーもするようになりました。写真は林の中で休んでいるプリウスです。この時、
燃費キャンペーンをやっていて、26km/リッターを達成してガソリン無料になりました。




<有給をとって中国地方の旅>

有給休暇を取って、中国地方(広島県中部)を旅しました。大学の授業はサボリ云々が
ありましたが、社会人には一応有給休暇というものがあることを満喫した旅行でした。
写真は山間部にあるホームが高さ30メートル近くにある三江線 宇都井駅です。
(ちなみにエレベータ等はありません)




<クリスマス会 @料理教室>

今年のクリスマスは彼女と一緒にケーキを作りました。店のものを買うのではなく、
一緒に作るとまた一味違った面白さがあると思います。





これにあわせて仕事までやっていたわけだから、別に2012年は書くネタがなかった
わけじゃなくて、書く元気が残ってなかったんです。。。短くてもいいから何かを
書くようにしてみよう。

テーマとかよくわかんないけど、もはや「生きる」をテーマにしても良い気がしてきた。

九月十九日

あまりにも久しぶりすぎますね、ごめんなさい。

ナニをやっているかというと社会人になって労働してます。労働してると、
本当に面白くて、あははは!って悲しくなってしまうことが多い。しかも、
アルバイト時代とは違う苦しみが沢山ある。

・マニュアルがない
仕事ってマニュアルあるのが当たり前だと思ってました。バイトのハンバーガー店
でも、コンビニでもあった。ソフトの開発だって、開発のための関数リファレンスがあった。
今の仕事はそれがない。何故か?と聞いたら作る暇がないとのことだった。それに、
オーダーメイドの仕事が多いため、画一的に解決できないことも多い。よって、
仕組み作りから考えなければならないことがある。マニュアル通り動くほうがどんだけ楽か
ってのを思い知った。

・考え方は一通りじゃない
自己啓発本を見ると、よく書いてある。「英語勉強しとけ」とか「紙をファイリングするな」とかね。
でも、実際問題として、英語はすぐには使わないし紙をファイリングするのは規則だったりする。
偉い人のやり方を凡人が真似しようとしてもなかなかうまくいかないのだ。それに、会社の風土
だってあるだろう。だから、本当に大事なのは、これは良さそうだと思ったものをきちんと判断して
取り入れていく能力ということになると思う。

いくつも書きたいことはあるけれど、とりあえずこの辺にして明日に備えようと思う。
zzz・・・

十二月三十日

なんだかんだいって大学の研究をがんばっているエンデバーです。ですが、久しぶりの休日というかやることがない休日になったので、のんびり音楽を聴いていました。

Youtubeを見るとかわいいアイドルが頑張っているわけですが、そのアイドルとはAKBなわけです。ちょっと前まではAKBのアイドルのどこに面白さがあるのかわかりませんでした。皆さんもどうして、これほどAKBが売り上げを上げているのか分かるでしょうか?それとも拒否反応を示しているでしょうか?私も2chの扇動につられて、電通が主導した作られたアイドルグループという印象しかありませんでした。

ですが、ある日友達がAKBを歌っているのを見て、印象が変わっていきました。まあ、どう素晴らしいのか簡単に自分でいくつかのPVを見て考察しておきたいと思います。AKBのPVはYoutubeの公式チャンネルで見られるのでお手軽にアクセス可能です。

涙サプライズ
自分がAKBにちょっと興味を持つようになったきっかけの曲です。見てみるとわかるのですが、AKBの一番の有名人である前田敦子がサプライズの誕生日パーティでお友達のメンバーから祝ってもらうという内容です。さて、これを見て皆さんはどのような印象を抱くでしょうか?自分は噛めば噛むほど面白さがわかってくる動画だと思います。時期ごとに持った印象の経過です。

ああ、この祝ってもらってる子はあの有名な子かあ、バースデイソングとしていいなあ
  ↓
あんまりこのセンターは可愛くないけど、あれ、この茶髪ロングかわいくね!?
特に口に指をあてるしぐさがかわええ!!!っていうか普通に美人だ。
  ↓
あれ、そういえばあのきょにゅーで有名な柏木ってどれだっけ?
ああ、この左後ろで歌ってる子か。あんまり目立ててないなあ・・・・。何位なんだっけ。
八位じゃしょうがないのか・・・。
  ↓
どうでもいいけど、この食堂のシーンでセンター歌ってるの誰だ?
スカート振り乱してダンスしてるぞ?でも特定できないから、上の順位から調べていくか。
  ↓
金髪ショートカットは篠田ってのか、こいつは分かりやすいなあ。
でも好みじゃないな。あと、茶髪ポニーテールは高橋みなみか。
  ↓
黒い髪で高い順位っていうと、渡辺麻友?ってのかな?ええ、
でも違くね?
  ↓
ついに、つきとめたぞ、AKBの妹分SKEの松井 珠理奈ってのだ!あれ、
でも写真はそんな可愛くない・・・、あれ、だけどPVだとこの子勇ましい顔なのにかわいいなあ、
しかもダンスのレベルが圧倒的に他と違う!
他の曲での活躍はどうなんだ・・・?大声ダイヤモンドでセンターしてる!


大声ダイヤモンド

やべ、普通にいい曲じゃん!しかも、なかなか熱い曲だ。
しかし、前田が段々うざくなってきたぞ、最後の最後に入ってきてどーすんだよ!
  ↓
っと、俺のこじはるちゃんはこの曲でも絶好調でかわいいな!
  ↓
よし、カラオケで歌うぞー!お、PVでてくるじゃん!
  ↓
やばい、珠理奈ちゃんかっこかわいい!
  ↓
あ、このケンカシーンはダンスチームと前田がケンカしてるのか、
やっとシーンの意味がわかったぞ!

とまあ、こんな感じに段々と噛めば噛むほどわかってくる面白さがあります。しかも、
これだけの分析をするのに何回見たのかもうわかりません。さらに、もう一歩踏み出すと
泥沼にハマれそうです。・・・・これがアイドルパワーってやつなのか!!!


今年最後の更新なのに、アイドルの話でよかったのだろうか。

十二月十二日

ひっそりと更新していこうと思うエンデバーです。

最近、意識していることがあります。それは、どうして生活していくだけでコストがかかるんだろう?ということです。今までは扶養されている身分なので、それほど意識はしてきませんでしたが人は生きていくだけでコストがかかります。最低限の生活の定義はさておいても、最低限の費用について考えてみます。

・家賃
・食費
・光熱費
・被服

といったところでしょうか。食費や光熱費、被服については当然生産するのをほかの人にお願いしているわけですから、お金がかかるのは理解できます。でも、家賃とは何なのでしょうか?これについて、ホームレスのブログを読んでいたら考えてみたくなりました。ホームレス文化を読んでいると、ホームレスの人たちがいきいきと生きていることが分かる。また、この人の指摘は非常に的確なものがあり面白い。

人は色々な生き方ができると思う。だから、社会で仕事を持ってお金を稼いで家を手に入れて家族を持って、ということは必ずしもしなくてもよいだろう。青空の下で騒いで、踊って、寝るということができるというのは本当に素敵なことだが、なかなか今の社会の下では難しい。そんな生活をホームレスの人がある程度実現できているのは面白い事実である。健康リスクとか思う人もいるかもしれないが、それは単なる将来の不安に過ぎない。今、自由に生きられることが大事だと思う人がいてもまったく不思議ではない。

このブログで「ホームレスでよいことのひとつに家賃が要らないことがある」と書かれている。非常に面白い指摘だ。家賃がなくなれば、稼がなければならない金額はぐっと減る、一日に八時間なぞ働かなくてもよくなるだろう。では、果たして家賃はいらない経費として片付けてしまえるのだろうか?

結論から言うと家賃は必要最低限の生活のために払わないと社会が成り立たないと言えるだろう。何故なのか、家賃の内訳を考えてみたい。まず、住居を作るための費用が必要である。ホームレスの人たちはブルーシートや傘の骨組みを作ることでその費用を回避している。また、重要なライフラインである水道の建設は公園の水を使うことで回避して、熱源だけは小さなガスボンベを買うことでしのいでいる。ホームレスの人が本当に自立できているならば、ほかの人が作った水道は使ってはいけないはずである。ここにまずひとつ、ホームレスの人の罪がある。次に、土地の問題である。なぜ、土地にお金がかかるのだろうか?何故、存在しているだけでお金がかかるのだろうか?

今日の主題である。このコストが削減できれば、相当に生活コストは安くなるはずだ。このコストがなければもっと人間は自由になれるはずなのに。土地さえあれば、そこにビニールシートと傘で家を作って家賃をカットできるはずなのに。土地にはなんのお金がかかっているのか、どんな手間がかかっているのか考えたい。土地はだれのものでもないはずだ。

・開拓費用
まずはこれである。どんな土地もいきなり利用できるかというとそうではない。たとえば、水没しやすい場所なら堤防を作らないといけないし、森だったならば木を斬る必要がある。これらの手間を払った人に報酬を与えねばならない。

・防衛費用
土地をもっていても、誰かが侵略してくる可能性がある。その秩序を守るための人員が必要である、それもコストだ。

・インフラ費用
そこに土地があるだけでは意味を持ちづらい。たとえば、周りに鉄道がある、水道がある、電気があるといったインフラ整備のコストだ。

・機会費用
その土地を利用することで儲かる可能性についてのコストである。とんでもない言いがかりのようだが、他の人が利用すればそのほうが利益があるのならばその利用者に土地が与えられるインセンティブが働く。実に言いがかりなコストだと自分でも思うが、地球に生きているのはあなた一人ではないのだから仕方ない。また、この費用は土地の利便性が高いところ(東京の中心地など)であるほど高い。

適当に浅知恵な自分が考えただけでもこれだけのコストがある。ホームレスはこのコストを支払っていないことが最大の罪なのだと思う。また、このコストが払えない人は一人暮らしをすることができない。自分も一人暮らしをしたいと思うのに、このコストをはらうことが出来ないから一人暮らしを出来ないのだ。そのコストを払っていないくせに、渋谷や池袋の一等地の公園に居座っている。だからこそ、自分はホームレスを糾弾したいと思った次第である。でも、その原因が機会費用にあることについては世の中は本当に難しいなと思う。追記で公園の存在意義について書いておく。公園は機会費用として非常に無駄な施設に一見思われる。だが、私有地ばかりでは息が詰まってしまうし、自然が全くなくなってしまう。そこで、自治体のみんなでお金を出し合って、自然のある土地を維持するわけだ。その区域を一方的に占有しようとする、その点でもホームレスは罪なのである。

つまるところ、一人暮らし羨ましいっってことだし、そのコストが悔しいってことだ。

十一月二十八日

こんにちは、エンデバーです。しばらくぶりっていうか三ヶ月も書いてなかったんですね、ごめんなさい。

そういえば、いろんなWebページが更新放置な状態になりつつあるみたいですね。それは何故かというと、より簡単な情報発信ツールが生まれてきたからですね。まず最初にブログができて、次にSNSで日記が書けるようになりました。仕舞いには、Twitterなるものが登場します。140字以下で適当に愚痴などを垂れ流せるのですから、こんな楽なことはないですね。ホームページを作ろうと思ったら、ビルダーを起動なりメモ帳なりを起動して、FTPアップロードしてとプロセス数がまったく違うわけです。かくいう自分もiPhoneでTwitterやってるわけですから、時代は変わりました。

ですが、ホームページが為す役割は今も褪せていないと思うのです。何か大きなテーマを持ったことを書こうと思えば、とうてい140字では足りない。そんなことを書き溜めようと思ったときに、ホームページというのは欠かせない存在なのです。とはいったものの、なんで自分が珍しく更新しているかというと、風邪でやることがないからっていう・・・。

それはさておき、久々に佐藤裕美さんの「みずいろ」を聴きました。みずいろとは、今はなき復活したねこねこソフトさんのゲームの主題歌の名前ですね。このみずいろというゲームは自分が熱を上げた最初のギャルゲーでありました。このゲームの何がよいかと言えば、下に劇風の字幕が出て、バレンタインデーを中心とした冬のせつなさが存分に描かれていることなのではないかと思います。

そして、印象的な歌詞が「はなれえぬよう かわらぬよう ぎゅっと」の部分です。ここを聴くと、マイ妹の雪希と手をつないでいるCGがすっと思い浮かびます。さらに、ちょっとブラックな面もあって、お兄ちゃんを手放さないためにちょっと悪いことをしたりもします。しかし、そんなあの子も遠い記憶になりつつあります。

次々と出る新しいゲームの中に埋もれていってしまったのです。発信元のねこねこソフトですら一度消えかけた上に、再結集したスタッフが作ったコットンソフトのナツメグなるゲームの由佳子ちゃんもなかなか可愛い子でした。さらにあろうことか、お兄ちゃんにリアル彼女(ゲーム名的な意味じゃなく)まで出来ちゃってるわけですから、妹としては泣くしかないですね、ほんと。

まあ、結局なところ変わらないものなんてのはほんのごくわずかです。でもこれだけの変化の中で、「みずいろ」という曲はiPhoneの中で輝き続けているわけですから、音楽というのは凄いなあと思うのでした。ちなみに、ここまでで概算で1100文字使っています、Twitterにはとうてい入りませんね。駄文っぷりはTwitterレベルですが。

八月一日

こんにちは、エンデバーです。一時半に興奮状態で眠れなくて、パソコンを付け直しています。というのも、ネットゲームの武器改造方法で頭がいっぱいで眠れないのです。どれだけ麻薬なんだ、ネットゲームよ。

まあ、このままネットゲームに振り回されっぱなしなのも悲しいので、何かネットゲームから果実を得たい。そう考えたときに、自分は単調作業の意欲支援の研究をしていたことを思い出しました。ネットゲームはひたすら武器を振るだけだったりと、単調作業な面があります(もちろんそうなりがちなゲームは流行らないが)。折角、ここまで中毒になっている自分がいるのだから自己分析して、研究に活かしてみたいと思ったわけです。

さて、今自分がやっているマビノギというネットゲームの魅力、それだけじゃなくて、自分の置かれている社会的立場からモチベーションを分析したいと思います。ながくなるので要注意。テーマは「出なかったクリティカルヒット」です。

・知人による仕事の認知

とあるダンジョンで戦ってみると、クリティカルヒットが出ず、なかなか敵を倒せない。

U氏:クリティカルが出ないので苦しそうだ
    その一方でU氏はクリを連発
→自身のクリティカル率への執着が生まれる

N氏:両手剣+盾がオススメだぜ!
   両手剣のみに使えるエンチャ、アンテイムドバーバリアンがおすすめだぜ!
→今まで使っていたメイスをやめて、両手剣へシフトするため両手剣を育てる。→武器を振る単調作業


・社会的位置づけ

掲示板の書き込み:アンテイムドESを300kで買います。
             →300kという価値があるモノであると社会的に認められている。ひいてはリアルマネーにできる。
             バーバリアンESを600kで売ります。
             →メモを送って買うことが出来た。600kを稼ぐために単調作業。

・分かりやすい数値目標:クリティカルを生むためには武器を使って鍛える必要がある
                 →そのための熟練度は計215必要である。→随時、どのぐらいたまったか分かる
                 →またその途中でじわじわと変化していく。

・多様な戦略:攻撃した後は必ずディフェンス、相手がディフェンスしたらスマッシュで大ダメージ
         →同じ戦略を持てなくしている、必ずランダムに戦い方が変化するから飽きにくい

・ビジュアルとサウンド:武器を鍛えたことにより、クリティカルヒットが出るようになった。
               →クリティカルが出る瞬間は画面全体がホワイトアウト、気持ちのいい音が鳴る。

・強さへのフィードバック:クリティカルが出る
                →今まで強かった敵が一撃になる、死にづらくなる。

・死んだらアウトという切迫感:死ぬとまあ、三回は救済されるが、祝福が取れて武器の耐久が減りやすくなる。
                   →仕事をミスするとアウト

多様な要素が絡み合って、見事に行動の動機付けが出来ていることがわかる。ここで面白いのは、自身に「クリ率が70%に達して、ネトゲの敵を倒せるようになったからなんだっていうの?」という問いをしても、とにかく楽しいしやりたいからやるという答えが返ってくることだ。執着心の少ない自分にとって、この発想が出てくることは驚異的である。

まあ、これらの要素が絡み合っていることはわかったが、はたしてどうしてこれらをどう実現するかはより難しい問題である。ひとまずできそうなことを考えてみた。

・知人による仕事の認知
研究室内による友人の評価を送信してもらって、受け取る。また、作業状況を通知する。

・社会的位置づけ
これは本当に難しい。実験の被験者というのはそれほど社会的地位や価値の高いものなのかというと微妙だからだ。では、お金を出せるかというとそうでもない。人が集まって、はじめて価値が生まれるのだ。あえて、書き込み内容を指示して掲示板を造るか?保留。

・分かりやすい数値目標
枚数をきちんと設定すればいいね。しかも、定数的な目標がいいかも。ただし、そこにはゲームバランスという極めてデリケートな問題が潜んでいる。

・ビジュアルとサウンド
ここは作成者の純粋なセンスが問われるところである。自分はデザイナではないので厳しい。

・強さへのフィードバック
あらかじめここまでで、社会的価値を築いておかないと、強さをフィードバックしても、強さの価値を認めてもらえないのでは意味が無い。職業階級とかを用意すればよいのだろうか?仮想の職場地位を作る?

・死んだらアウトという切迫感
一定時間やらないと街を踏み潰される。

やってやれないことはないが、研究というのは一つの仮説を実現するものである。これらすべてを証明するには、6通りの実験が必要であり、ネットゲームは複合的に絡み合ってうまくいってんだから、ひとつだけもぎとったところでうまくいくわけがない気がする。ひとまず、全部を実装してそれから考えるか?まあ、そんなやる気が無いような気がする。

七月二十六日

お久しぶりです、半端なく放置してたので忘れている方もいるかもしれませんが、エンデバーです。突然ですが最近、パソコンが壊れました。お気に入りのデスクトップが見事に起動しなくなったのです。

さて、起動しなくなると生活スタイルが激変しましたね。家に帰ってもやることがないし外でゆっくりしようと思うし、家に帰ったとしてもいきなりラジコンのヘリコプターを動かしてみたり、懐かしいONEの小説を読んでみたりと違った生活が味わえました。ですが、旅行の予定を立てるとか行く場所を調べるとかそういった調べ物とかは一切できなかったのは痛かったです。

こうやってみると、いかにパソコンに支配された生活を送っていたんだなあと実感すると同時に頼っていた部分も分かりました。結局、マザボの交換でパソコンは復活したのですが、復活したら元の生活に戻ってしまいました。確かに便利な生活ではありますが、部屋の整理とかをのんびりしたいなと思ったときなど、パソコンを離れる生活もたまにはいいのかもしれません。

六月三日

就職活動が終わりました。まあ、正確にいえばもうすこし早く終わってたんだけど、事後処理とかがあってHPの更新は遅くなりました。ちょっと煽る内容があるかもしれんので、まだ就職活動をしている人とかは読まないほうがいいです。

終わってからの一番の感想は、やはりまだまだ世の中学歴社会なんだなということだ。自分は中堅程度の理系大学に通っているんだけども、理系の大学には推薦制度というものがある。これは学校が推薦書を出す代わりに、その企業から内定をもらったら必ず行かなければならないという制度だ。この制度には双方にメリットがある。
・学生側・・・受かる確率が高まるし、受ける会社の数も少なくて済む
・企業側・・・学んできて欲しいものを学んできた学生を採れるし、内定辞退がない
学生側としてはまあ、推薦制度を使っても落ちる可能性があるのでなんとも微妙な制度ではあるが、企業側としては内定辞退がないというのは本当に大きいことだと思う。折角、この学生が欲しいと内定を出して、入社誓約書まで書かせたのに辞退・・・ともなれば悲しくもなろう。まあ、企業は同じようなおしゃべりのうまい人に内定を出してしまうのだろうけど。

さて、メリットについて触れたが、デメリットも当然ある。それは、早い時期に受けるところを決めなければならないということだ。当然、選考をしていけば、何回も面接官と会うし、気に入った企業が他に出てくる可能性も十分にある。しかし、途中からの変更は出来ないのだ。さらに、関係のある企業についてはどんどん制度を使って挑戦できるが、逆に関係の無いところには逆に入りづらい。

さて、自分はどうしたかというと、資格もあることだしと思い切って推薦制度を使わずに挑戦した。そして、見事に内定を取ることができなかった。GWの頃はかなり病んでいたと思う。鉄道に飛び込めばと思ったこともなくはない。仕方がないので教授に相談して、五月からでもなんとかなる採用意欲がありそうな企業を尋ねたところ、ひとつ気になる企業が見つかった。

教授の紹介で尋ねてみると、なんと企業の担当者が一対一で企業説明をしてくれた。更に終わった後には、「○○教授によろしくお願いします」と伝えてください・・・だった。その後の選考もとんとん拍子で進んで、内定をもらうことができた。全く自分を見なかったわけではないと思うし、ちゃんと選考をくぐりぬけたことはそうなんだけど、今まで最終選考に五回落ちた(原因は弱気とか印象不足だと思う)自分としてはやはり学校パワーの強さを感じずにはいられなかった。

色々不安はあるけれども、完璧な企業なんてないから決まったところで頑張るしかないと思っている。