我が輩は暇人である。今年(平成16年)1月の誕生日をもって、55歳になる。そこで、前々からの計画であった「ひとりビジネス」を実行すべく、会社のセカンドキャリア制度を利用して1月から脱会社人間を目指す。その四苦八苦しながらのプライベートな「自分史」という自分のための記録である。
2008/12/27
最近は、暇人日記とは行かなくなった。起業も軌道に乗り始め忙しくなってきた。パソコンを教えたり、Net販売で売上を伸ばす欲も出てきた。また、生きがいとして取組む「イベント」で、サラゴサ博のごたごたがあり、難しくなった上海万博へのリベンジ(色々なトラブルがサラゴサ博を辞退したため)である。
2008/10/30
暇人も2005年12月末に早期退職をしてから、早くも5年が過ぎようとしている。自由業として、最初はパソコン関係を中心に仕事をやってきた。仕事もだんだんと増え、生活を維持できるまでには至らないが暇人も飽きない程度に充実してきた。
仕事も得意分野や中心に、特定の方向性を持った「何でも屋」として多岐に渡り少し面白くなってきた。
また、第2の人生から、生きがいも充実されるように努力している自治会長としても地域の世話役、趣味のカラオケ、本屋めぐりに、本業の「何でも屋」などである。
ところで、値段が相手により決まる「ネットオークション」にはまっている。故障したパソコンや、安い部品をネットオークションで落札し、修理してコストを加味して、今度は「ネットオークション」で販売するのである。購入時の数倍に売れたり、破棄処分にして損したりの繰り返しである。儲かるところまではいかないが結構ワクワクするのである。
その中で感じていることであるが、有名なコンサルタントの大前氏が言われている「カラオケ経済」を実感している1人である。どういうことか言えば、ヤフーのネットオークションを利用し、仕入れから販売、そして決済までネットを使い、すべて自宅で実施でき、素人でもある程度の商売ができてしまうのである。つまり、カラオケのように素人での設備である程度、上手く歌うことができるようなものである。
しかし、本格的に商売として「ネットオークション」を使おうとすると結構、知恵が要るのである。胴元(ヤフー、輸送業者)に払うコストが結構係り、ネット販売で儲ける利益の相当部分を占めてしまうからである。
趣味としてはいいが、本格的に儲けようとすると何でもそうであるが、他の人とは違う知恵が必要のようである。
2008/09/20
暇人は住んでいる地区の自治会長として、近くの西春小学校の「なかよし運動会」に来賓として参加していた。地区のスポーツクラブ、いきいき健康クラブ、保護者などが参加した地区ぐるみの繋がりを兼ねた運動会である。今年で7回目になるらしい。
結構盛大で子どもたちも生き生きしていた。経験を積んだ人々からは、5,6年生の騎馬戦を見ていて、少しひ弱になったなぁという意見も聞かれた。
家に帰り、「秋の大祭」の確認やYouTubeを使った映像を使って、このホームページのトップページを変更していた。
2008/05/04
朝、6:40から岐阜県の八百津町に行くため出かけた。目的はスペイン・サラゴサ国際博に市民ユニットで映像参加するための、映像コンテンツを撮るためである。杉原 千畝の生家を訪ねることも視野に入れてである。
8:30に八百津町役場に着き、徒歩で五宝滝に向かい、その足で棚田がある千畝の生家がある北山地区を目指した。映像としては納得のいく物が撮れた。500mほどの山であるが、20Kmの行程で使えたが、大収穫であった。
2008/04/09
暇人であることを、地元の人は良く知っているようである。4月1日から地元の東之切自治会長をやらされるはめになってしました。ただ、この役職は北名古屋市からの特別職ではなく、本当の自治会の長だけである。仕事は自治会長と変わらないのだが、副自治会長的な存在とややこしい。
主な仕事は、回覧文章の作成、配布と月2回のリサイクル当番の手配、子ども会、婦人会などへの助成に、各種団体への来賓出席などそれなりに忙しい。
2008/03/15
「わいがや社会体験塾」のオリエンテーションを13:30から行った。貴重な1名の参加があった。サラゴサ博に向けて、映像作成が出来たらト思う。前途多難ではあるが。
2008/02/09
「わいがや社会体験塾」の塾生募集の記事を、地元のフリーペーパーに有料で掲載をした。小さな市のため、反響には不安がある。当日のオリエンテーションに来場者があるか不安な日を過ごしている。
2008/01/31
懲りもせずに、「あいちモリコロ基金」に「わいがや社会体験塾」で初期活動助成金で申込書を送った。まだ、準備段階のため、通ることは不可能で再チャレンジの色合いが濃い。
2008/01/10
昨年の12月26日付の「モリコロ基金」事務局からの封書が、支部長経由で届いた。内容は基金の趣旨に沿わないと一片にA4用紙であった。
正月明けそうそう敗戦処理のため大忙しである。書類審査のためこちらの思いを文章で伝えるため難しい。
早速、ネットワーク作った関係団体などに謝りの訪問である。企画を縮小して再構築を余儀なくされいる。
2007/12/21
今年も、あと1週間ちょっとで過ぎようとしている。以前からの計画で55歳で早期退職をし、第二の人生に踏み出したが一日が早く過ぎるようになった。
そのときに目標にした三本柱(@稼ぐ、Aいきがい、B健康)のうち、@稼ぐがある程度軌道に乗ってきたが今一である。その他は意外と簡単にソフトランディングできたようで、会社人生と第二の人生では活動の範囲が広がったのが大きな違いである。
それと58歳の手習いではないが、地元の商工会が開催する英会話教室に毎週通っている。上達したには程遠いが、結構楽しく、挫折することなく続いている。
それから、暇に任せて本屋通いで立ち読みが多くなった。アルバイト店員に白い目で見られながら。
2007/11/18
11月17日15:30〜18日15:00まで、サラゴサ博の「市民ユニット」の合同合宿に参加した。名古屋のメンバーはある程度分かっていたが、東京のメンバーは始めてであった。
若者4人組は凄かった。若いにも関わらす、いろいろなNPOや活動に参加されているようで企画とは何かを理解されていた。名古屋のメンバーを活性化させたようである。
2007/10/26
19:00からサラゴサ博の「市民ユニット」の第三回会議に参加した。東京との顔が見える会議のアイディアで参加者、おのおので写真を撮った。
2007/10/05
18:30〜20:50にかけて、なごやボランティアNPOセンターでサラゴサ博の「市民ユニット」の第二回会議が開催された。
東京でのキックオフミーティングの結果を基に、東京との見える企画会議などで議論した。また、部会ごとに分かれ自己紹介などを行った。
2007/10/04
公益信託愛・地球博開催地域社会貢献活動基金(愛称:あいちモリコロ基金)助成金募集の説明会があいちNPO交流プラザで18:00〜20:00にかけてあった。
参加者は120名ほどで、受託者の三菱UFJ信託銀行から概要説明があり、当会も展開活動期で申し込む予定である。
2007/09/20
岩清水氏の紹介で仏教大学の白石教授の講演を聞きに行った。テーマは「生涯学習のルーツをさぐるー本居宣長にみる(半学半教)の精神」で後半人生の生き方を考えた。
2007/09/15
14:30からのサラゴサ国際博の市民ユニットの企画チームキックオフミーティングに参加した。30名ほどが参加者であった。楽しみ、不安や企画の進め方を議論した。
2次会の懇親会には20名ほどの参加があり、盛り上がった。
2007/08/19
8月18日、19日で愛・地球博継承記念2周年記念事業「市民大交流フェスタ2007 −つながり、広がれ、愛・地球博」に参加した。
運営は、石田支部長、熊倉氏、ITねっとなごやの上原氏と私で行った。当ブースには「ちゃんスタ・ラリー」も関係したか、220名の見学があった。成果は図解チラシ80枚、冊子25冊、会誌8冊、紹介チラシ23枚、八百津チラシ20枚ほどを配布することができた。
少しは関心を持って貰えたかな。結構、来場者も多くにぎわった。また、来年もありそうだ。
2007/07/16
愛・地球博継承記念2周年記念事業「市民大交流フェスタ2007 −つながり、広がれ、愛・地球博」の正式出展申込者をアサツーディ・ケイに配達記録で送った。今回は無線LANもできるようだ。
2007/07/11
アサツーディ:ケイより、8月18日、19日の愛・地球博継承記念2周年記念事業の参加決定通知が郵送されてきた。
準備万端とはいかないが、これからが大変だ。
2007/06/16
午後からある情報交換会に出席したあと、16時から「愛・地球博 理念継承2周年記念事業」のイベントの説明を聞くため、アサツーディ・ケイの中部支社に向かった。1時間ほどの説明を聞き、今度は知研東海の2次会に参加するため地下鉄丸の内に行った。
石田支部長と連絡が付かないため焦った。道すがら偶然にアレックスビルで小さな知研東海セミナーの案内板を見つけ中に入った。ところががく然とする事態が、知研東海主催のセミナーなのに会員がひとりもいない。石田支部長も(手違いが起きたらしい)。講師の小石さんに謝りながら2次会に参加した。
参加者は小石さんが集められた「週末の達人」のメンバーであった。受付を遣っておられた綺麗な女性は東京で社長をしておられる方で、小石さんの賛同者のようであった。もうひとりの女性はNEC関連の会社に勤めておられて近々、東京に戻られるそうである。
女性の転勤族で、能力ありと見受けられるが謙遜されていた。しかし、小石さんも認める知的生産者で、結構講演などもされているらしい。
知研とは違う人との出会いは刺激になる。
脱会社人生はいろいろな人との出会いができ面白い。あとは少しの小金が稼げればと思う。諦めずに行動しているから、少しづつではあるが手ごたえは出てきた。
2007/05/25
19:00からの「第17回愛・地球博市民プロジェクトネットワーク会議」に参加するためあいちNPOプラザに出かけた。
主な内容は、1)「第3回 みんなで地球・愛 ワッショイ!」の参加説明と、8月18日、19日のイベントの説明であった。当「未来創造『夢の共和国』」は8月のイベントに興味を持った。公募参加を計画中である。
2007/04/14
11:30に家を出て、「八百津のだんじリ祭りと杉原記念館」を訪ねるため、名鉄明智駅に向かった。明智駅で石田氏と待ち合わせをして八百津町役場に14:30に着いた。熊倉氏と落ち合いだんじリ巡行を見ながら、地元の方の説明を聞くため八百津大橋にだんじりと一緒に行った。
野村前議長や野田氏らに「八百津祭り歴史」について30分ほど伺った。その後、東京の高橋氏と合流し、徒歩で杉原記念館に行った。綺麗な景色を眺めて雑談しながら行ったため閉館直前になってしまった。
いこい旅館では夜遅くまで「セカンドライフ」にときを忘れて語り合った。有意義な時間であった。
翌日は役場前で自由解散とし、私は大船神社まで行き豪快なだんじリの惹き回し奉納を見てから帰途に着いた。
2007/03/28
(有)マイストーンズから封書が届いた。中を開けてびっくり、「EXPO Cafeの本」が入っていた。50ページ目に、私が昨年の8月ごろに原稿を送った愛・地球博市民プロジェクト「未来創造『夢の共和国』」の内容が1ページを使って掲載されていた。
掲載枠の関係から詳細は取り上げられていないが、あらためて内容を読むと感慨深いものがある。
2007/03/24
夕方、知研東海の例会に参加するため名古屋伏見のなごやボランティア・NPOセンターに出かけた。講師は澤田さんで「交流分析」という心理療法の中の、構造分析を中心に話を伺った。その中でエゴグラム・チェックリストで各自我状態の性質を表す具体的な面から、チェックリストに書き込み、点数化したら私は、A優位のタイプで規則一辺倒となった。当たっているような、あたってないような結果であった。
石田夫妻は相反するタイプと出たらしい。相手を選ぶ傾向から納得した。
2007/03/11
長女がモダンダンスのインストラクターをしている。今日はその発表会のため15時から、一宮市民会館に出かけた。自分はあまり興味がないが、ビデオ撮影係で女房のお供である。
しかし、会場に着いて驚いた。すごい人である。インストラクターが30名に生徒数約350名。28チームに分かれ5分程度のダンスやボーカルを祖父母も含めた家族の見ている前で演技をした。
ちょい悪おやじやちょい悪キッズがどうどうと演技していた。特に小粋なキッズが大人に混じってどうどうとHIPHOPを踊っていた。今の若い親御さんはクラッシックバレーではなく、こういうモダンダンスに通わせるのだなぁと感心した。
チケットを売りさばく必要がないほどの盛況と娘から聞いた。撮影係の仕事はあまりの小粋なちょい悪キッズの演技を撮りすぎ、最後のインストラクターの演技を撮るときにはバッテリーが切れ、後でえらく怒られた。
そのため、バッテリーパックをもう一個購入することにした。
最近はいろいろな企画を考えることが多くなったが参考になる。これからは「モノ」を売るのではなく、参加型の「コト」を売る時代になったとつくづく感じた。
2007/02/22
7時半に家を出て、4月14日、15日の八百津町「だんぢり祭りと杉原記念館めぐり」の企画の下見に出かけた。西春駅から犬山駅経由、広見線明智駅に降りYAOバスで八百津町役場に9時20分到着した。
事前に連絡してあった担当者に知研の会誌を渡しながら経緯を話し、いろいろな説明を聞きホームページなどへのリンクの了解を得た。そして、自治会のだんじリ祭りの責任者に連絡していただいたが留守のため、午後にもう一度伺うことにした。
それまでの間、当日の行程を企画するためコミュニティバスに乗り、人道の丘の杉原記念館に出かけた。館長に話を伺ったあと、宿泊場所を予約するため徒歩で蘇水峡山荘ぷららに向かい、宿泊を予約しようとしたが当日は満席とのことであった。さらに里山を下りながらトンネルをくぐって疎水峡の眼下50mのつり橋を渡り、次のいこい旅館に向かった。この付近は上流に丸山ダム、下流に旧八百津発電所がある風光明媚な場所である。
いこい旅館で予約をいれようとしたら、祭り当日ではあるが空きがあるということであった。予定より高くなるが最大15名で予約を入れた。
その後、八百津大橋を渡り、役場に戻った。担当者の堀内氏に会い、祭りの責任者の司馬氏に電話をして頂き、了解の上、担当者と訪問した。そこで当日の夜、「だんじリ祭りの歴史」などを話していただけないかと話したら、より詳しい野田氏を紹介された。
そこで、野田氏の家に担当者の堀内氏と訪ね、ご主人は留守であったが奥様に事情を話し了解を得た。
これで、今回の下見は順調に行き、役場の担当者の親切な対応もあり、当日の盛り上がりを想像するとワクワクする企画になりそうである。
後は全国からの参加者の募集と晴れることを祈るだけである。ビックイベントになりそうだ。
2007/02/20
自分がやっている「ひとりビジネス」を紹介するチラシを、北名古屋市をエリヤにして自分でポスティングを行っている。この日は鹿田坂巻地区を配布していた折、万博の市民プロジェクトでディレクターをされていた荻野氏に出会った.。
まさかである。こんな近くに住んでおられたとは。その話の中で、万博終了後は縁があって、谷岡学長の中京女子大学に職員として転職された伺った。そして、今は谷岡学長が民主党から参議員に立候補される予定のため、「国会に行く会」の事務局に出向していると話された。
2ヶ月に一回しか通らない道での「奇跡と思われる再会」であった。
2007/02/15
市民プロジェクトの一環としてイベントを考えていたが、今日、八百津町役場に電話し4月14日(土)、15日(日)に実施される八百津町だんじリ祭に便乗して、イベントを企画するため、下準備をしはじめた。
知研が計画している「人物博物館めぐり」などを検案し、計画する予定である。
2007/01/31
今年も一ヶ月が過ぎようとしているが、「ひとりビジネス」のうち「Netビジネス」とパソコンを教える仕事が少し忙しくなってきた。貧乏暇なしで利益が出る状態には、まだまだであるが。
2007/01/21
一番下の息子がサッカーをやっているが、今日は豊田市の松平グランドで試合があるため送っていった。その空き時間を利用して、近くの徳川家発祥の地である松平郷を訪ねた。
松平郷は後宇多天皇(在位1274〜1287年)に使えた公家の在原信盛が開拓領主として、入郷したのが弘安年間(1278〜1287年)で二代目の信重の末娘の婿として松平親氏(ちかうじ)が家を継いで松平家が発祥し、徳川家の始祖で家康は九代目に当たるとリークレットには書かれていた。
まず最初に松平城址と尋ねたが、里山の頂上に巨石と愛知県の碑があるだけであった。次は松平東照宮と松平家の菩提樹である、高月院を訪ねて帰ってきた。今でも人里はなれた寒村である。当時は何もない原始林の山を開拓魂を持って天下人への野望の一歩を踏み出したと思われる。その苦難の道程の中、祖父(七代目)、父(八代目)を近臣に殺された竹千代(家康)に託されたことを知ることができた。
苦難が天下人をつくったようである。そのエネルギーの一端を感じることができた。
2007/01/15
半月が過ぎ、何とか「ひとりビジネス」もぼちぼちと新規の仕事の依頼がくるようになった。今は利益を上げるというよりは売上を伸ばすことが先決のようである。事業ドメインは今までの経験を生かした、Net販売を含めたパソコン関連とビジネスコンサルタントで方向性が見えてきた。
作家の小中陽太郎氏が講演で言っておられた、独立したとき今までの経験から枝葉を伸ばすのがもっとも最適と言われていたことが思い出される。
いきなり、ブレークスルーはできず、苦労しながら枝葉を伸ばすことが重要と感じる。
2007/01/03
今年も2日に熱田神宮に初詣をし、3日には岐阜のお千代保稲荷に商売繁盛の神頼みで始まった。万博のイベント関係も去年で一区切りがつき、今年の目標は「ひとりビジネス」の事業を徐々に上昇気流に乗せることである。
2006/12/18
19時から知研東海の忘年会に参加した。参加者は団塊の世代以降であった。会社人生とは違う世界に挑戦する世代である。
吉田さんは来年4月から、長野の大学教授になるため転勤。岩清水さんはスモールビジネスの充実。熊倉さんはサラリーマンを遣りながら、卓球の国際審判員として更なる献身。石田さんと私は「ひとりビジネス」で邁進。
来年はそれぞれにどんな年になるのかな。私は脱会社人生というソフトランディングに何とか成功し、来年からは徐々に上昇気流に乗れればと考えている。団塊の世代。急上昇は望まず。プロペラ機で無理せず、ゆっくりと下界を眺めながら飛ぼう。
2006/12/15
ある幹事会の忘年会の2次会で名古屋市内の錦という繁華街で、数人のメンバーでキャバクラに行った。知研や市民プロジェクトなどで居酒屋に飲みに行くことは結構あったがキャバクラはほとんどなかった。最近は明朗会計のようである。九州出身の若いホステスと在り来たりの世間談義に花が咲いた。この日は悪酔いをせずに済んだのはこのためか。
2006/12/07
近くの本屋の懸賞はがきにあたり(?)、夫婦で山梨県の昇仙境へのバスツアーに出かけた。朝、7時半から21時までの強行軍であった。参加者は40名ぐらいで熟年以上のご婦人が大半で男性は5名程度であった。
将来の毎日が日曜日の「ある日」の姿を見る思いがした。一行が輝いたのは、昼食と宝石ジュエリー「株式会社白金工房」のギャラリーであった。うん十万円という価格帯で団体ツアー客だけに開放された場所で、参加者が最高に活気づいた。卸価格と小売価格が提示されていたが買った人はいないようであった。
ちょっと異質な体験であった。
2006/11/19
午前中、檀家であるお寺の年番をしている関係で「報恩講」という行事にお手伝いで参加していた。この行事は親鸞上人の明日(命日をこう書くとのこと)を偲びお経を唱える日らしく、今回で744回忌になるとのこと。70名ほどの門徒が参加した。
2006/11/12
チラシを作っていた、NEC MultiWriter2000FWというプリンタが印刷すると汚れが目立つようになり使えなくなってきた。結構古いため、ネットで安いトナーを手に入れ、ローコストでチラシを印刷していたので焦った。
そのため、少し離れた飛行場近くの「HARDOFF」の中古屋を覗いたら、偶然に互換性のあるNEC MultiWriter2000Eが\105円でジャンク品として並んでいた。必要のない人にはゴミだが、必要な人には宝物である。早速購入してチラシ作成が出来るようになった。
こんなときに知識があると得をする。素人は何でも性能のいい新製品を欲しがるが、継続的に使うためローコスト思考の人間にはこれで十分である。
それから、最近、オークションで手に入れた「Mouse Computer」というCPU 2.4GMzのディスクトップにWindowsXPを入れ、いろいろと調整していた。説明書がiないため、サウンドだけがどうやっても動作しなかった。基板のチップからメーカーを判断し、動作可能なドライバーを探すのであるが、WindowsXPに入っているドライバーでは駄目で、インターネットを検索して可能性のあるフリードライバーをインストールして動作するようにした。ほぼ一日を費やした。
つくづく、暇人である。しかし、やっていることはプロというかオタクの世界なり。
2006/10/28
最近は、ヤフーオークションの仕組みが分かってきた。ここで分かったことはネットを使った素人の「商売ごっこ」が時代の流れになることが読み取れる。各地域で行われていた原始的なフリーマーケットに比べ、ネットオークションは出品から配送、そして決済までインターネットを使って、居ながらにして商売ができてしまう。ここらはネット社会ならではである。ネット販売のアドバイスを求めたれたときの経験を積んでおく必要もあるのと、侮れないマーケットである。
しかし、落とし穴もあるから気を付けなければならないのと、儲けるとなると難しいことはどんな商売も変わらないのを痛感する。ネットでは価格比較がし易いため価格決定権は顧客にあるのだから。
2006/10/21
ある企業へ診断に出かけた折、名鉄メルサの地下街で市民プロジェクトでお世話になった、杉浦元ディレクターに偶然出会った。伺ったところによると新しい企画の仕事を手がけられているようである。
2006/10/08
勉強のために、ネット販売に挑戦した。顧客が価格を決めるため期待した価格で売ることはできなかった。しかし、ネット決済など迅速な処理には得るものがあった。
結構、文章や商品の写真など高く買って貰う工夫がいる。新しいことに挑戦するといろいろな勉強になる。心理作戦も必要になりワクワクするから面白い。
2006/09/09
一番下の息子が、サッカーで左手首を骨折してしまった。何でも手がブラブラの状態で、コーチや級友たちの前で苦笑いをしていたらしい。救急車で病院に運び込まれた。
病院で応急処置をしてもらったが、ワイヤーで骨折した部分のずれを直す手術が必要になった。
昨年の私の肩の骨折といい、怪我が続くが共に致命的な怪我でないだけ幸運であった。
2006/08/31
18:30からあいち交流プラザで、愛知万博剰余金の地元分の資金活動助成基金づくりの意見交換会に出席した。県職員のオブザーバーとして参加の中、1)基金運営手法、2)支援対象事業、39支援対象者、4)支援対象エリア、5)審査などについて、参加市民から忌憚のない意見が出された。
2006/08/28
息子が遠征から帰国。異国の体験という収穫はあったようだ。
2006/08/22
一番下の息子は中2であるが、愛知FCに入ってサッカーをやっている。その息子がタイへの海外遠征のため中部国際空港から出かけた。可愛い子には旅をさせろというが、どのような土産(異国の体験)を持ち帰るか楽しみである。
初めて訪れた中部国際空港は名古屋空港に比べ大きな空港であるが、去年の開港の騒ぎほどの感激はなかった。
2006/07/30
弟がNTTの光プレミアムを導入した。そのため、インターネットができなくなり接続できるようにしてほしいとやってきた。構成が無線LANでWin98とWin2000のノートパソコンを使っているため、BiglobeからWindowsXPでないので無料の接続に伺えないと連絡が来たらしい。
古いOSの場合は、NTT指定のアドレスにWebで入って設定しなければならないのと、winipcfg(ipconfig)でTCP/IPが自動で認識されているか確認しなければ動作しないことがあるので、てこずる事がある。結局、NTTに電話するなどして2時間ほど掛かった。
2006/07/29
私が住んでいる氏神様の、十所社で輪くぐりの神事があった。18:30から年行事という役回りで参加した。子供のときは出かけたが、最近はとんとご無沙汰であった。
担当としては、輪のくぐり方の指導である。茅(ちがや)の輪を正面から入り、左に回って、八の字を描きながら右も回り、もう一度左を回って最後に正面から入るのである。これが正式のくぐり方のようである。
この回り方を茅の輪の近くにいて指導するのである。子供たちは結構、このくぐり方が気に入ったようで面白がっていた。ただ、そのままくぐるだけよりかはご利益があるように感じるから不思議である。後で分かったが子供たちは200名ほどの参加があったようである。親たちを含めると500名ほどになった。そして盆踊りもあり氏神様はにぎわった。
2006/07/25
18:30からの第8回愛・地球博市民プロジェクトネットワークに参加するため、名古屋に出かけた。会議では9月23日、24日に行われる愛・地球博閉幕1周年記念事業である、「大津通ストリート・フェスタ」の説明があった。
「未来創造『夢の共和国』」はEXPOコミュニティCafeに参加申し込みをしている。
2006/07/02
今回のイベントの後処理として、アサツーディ・ケイ内にある市民プロジェクト事務局に支援金の請求書を送った。これでひと区切りが付いた。やれやれである。
2006/06/25
「育てよう!愛・地球博の種」市民大交流フェスタに参加するため、6月23日〜25日にかけて、名古屋・栄に出かけていた。天気にも恵まれ無事終了することができた。
万博が私のポスト会社人生のライフワークになりそうだ。いろいろな方々との出会いが刺激になる。また、いろいろな創造性を掻き立てる場になってきた。
2006/06/22
市民大交流フェスタのつながり交流会に名古屋・栄のアサツーディ・ケイに出かけた。いろいろな方々との出会いは緊張するが楽しい。これらの経験は会社人生からは得られないものである。
愛知万博がもたらした。私の人生の変化である。
2006/06/10
知研本部に頼んであった。市民大交流フェスタ用の図解の資料が近藤節夫氏から届いた。その資料を使って、知研として展示するパネルを製作していた。今回のイベントの展示品は早め、早めに作っている。稼ぐという成果では貧乏暇なしの状態であるが、いろいろな仕事が詰まっているためである。
2006/06/04
午後から、6月24日、25日の市民大交流フェスタの関係で、「市民プロジェクトつながり交流会」に参加するため、名古屋・栄のアサツーディ・ケイの中部支社に出かけた。
参加者が多かったため会場がマナハウスに変更になった。展示やプログラムなどの説明のあと、「つながり」のワークショップを行った。また、懇親会がアサツーディ・ケイの中部支社のプレゼンルームであった。他の会社のプレゼンルームを訪問するのは始めてであった。シンプルであった。
2006/05/26
18:30から石田氏と「愛・地球博試写会」を見るため栄に出かけた。185日間を振り返るには良かったが、いろいろな映像を繋いだダイジェスト版のようになっていたため感動したというところまでには至らなかった。
2006/05/21
ある医院からパソコンをいじっていて立ち上がらなくなったので、見てほしいとの依頼が昨日あった。早速、訪ねていき状態を確認すると途中まで立ち上がるが、ある時点でストールする。そこで持ち帰り再インストールした。DELLのパソコンを復帰させるのは始めてのため、再インストールで手間取ったが何とか現状復帰させた。
再度復帰させたパソコンを持って訪問し、どのようなことがしたいのかと伺ったらピアツーピアで電子カルテのシステムを作りたいということであった。ただし、個人情報保護の観点からインターネットには接続しないということであった。そのため、HUB経由でTCP/IPを固定にしネットを組んだ。WindowsXPでネットを組むのは初めてで、セキュリティの関係で結構苦労した。
HomeとProfessionalでセキュリティのかけ方が違う。電子カルテのメインはProfessionalに入れないと動作しないのと、Homeだけのピアツーピアでは動作しないというシステム(詳細は分からない)のようであった。業者が作ったシステムではなく、医師の方々が研究しながらWindowsNT時代にAccess2000で作ったシステムのようである。
セキュリティの考え方はWindows2000と同じで、コンピュータの管理という画面でクライアント側のパスワードなど許可情報を設定しなければならない。ここまでは分かっていたのでスムーズに行ったが、クライアントからこのパスワードを入れなければならないのに気が付くまでに時間が掛かった。また、クライアント側からネットワークディバイス(マスターファイルなどがある場所)を指定したが上手くシステムが稼動しない点は不明で問い合わせていただくことにした。
新しいことに始めて出会うと、マニュアルがないため結構苦労するものである。
2006/05/12
昨日から今日にかけて、2005年日本国際博覧会協会主催の「育てよう!愛・地球博の種」イベントで募集している感想文を考えていた。参加して「感じたこと」を200字に纏めるため、キーワードを書き出し、Wordで500字の文章を作り、推敲しながら作りこんだ。
最初は自分の思いが出ていたため、女房に酷評された。その思いを削除して、200字にして朝方ポストに投函した。テーマを与えられると、日記を書くようにはいかないから、結構苦労した。テーマを与えられて文章を書くのは難しい。
2006/05/10
LANネットワークを構成しているシステムに、今日、無線LANの中古プリントサーバを導入した。ローカルプリンタとして使っている「NEC MultiWiter2000FW」と「EPSON PM-800C」を適時、本体を立ち上げずに無線LANのプリントサーバに接続して印刷したいと考えていたためである。
この設定には結構苦労した。私のネットワークには有線で繋がるパソコンやプリントサーバと、無線で繋がるプリントサーバにパソコンなどが混在するため、モードをInfrastructureにしなければならなかった。また、SMBの設定でグループ名とプロトコルをTCP/IPにしてWINSを有効でアドレスを192.168.0.1に設定して動作した。
機種はIO-DATAのWN-B11/PRS(TCP/IPアドレス:192.168.0.100)を使用した。そして無線関係はメーカーを同一にした。無線LANのプリントサーバが一度動作すると、いろんなプリンタのドライバをインストールすれば繋いでも問題なしである。無線LANは初期設定で動作すれば良いが駄目だと、結構てこずる事が分かった。
2006/05/09
今日は名古屋に出かけ、所属している会の会費を払ったり、他の会の研修の打ち合わせをしたりしていた。会社人生とは違うパターンで、脱会社人生としていろいろな活動を行っているが、稼ぐということからは軌道に乗ったとは言い難く、まだまだ種まきの状態である。
2006/05/03
昨日から今日にかけて、NTT光プレミアムを導入したお客さんに無線LANを導入するため出かけた。自分の家で高度な使い方で導入した経験があったので気楽なつもりでいた。ところが新品のパソコンの内臓無線LANが壊れていたり、無線ルータが初期状態のため、いろいろと苦労し二日間も掛かってしまった。壊れている内臓の無線LANは他のメーカーに変更し、無線ルータはHUB動作に変えるため、DHCPを無効にするなどして動作するようになった。
ADSLの時は無線ルータをつなぐだけでよかったが、NTT光プレミアムになるとその構成にルータ機能があるため、無線ルータを組み込むことができなくなる。そこで無線ルータをHUB機能だけにするため、Webを使いDHCPの設定変更するのだがゲートウエイの関係で結構苦労する。
2006/04/16
最近、所属している会などから総会の議事録が届く。その中では今年の事業計画が書かれている。内容は活性化、人材育成などの記載が目立つが、ここらは一般向けには良い。しかし、具体性がないから、例年の慣行どうりと理解するのが妥当だろう。
ここに具体的な内容を盛ることは勇気がいることで、言うは易し、行い難しとなるからだろう。ここに会の活力が現れる。
2006/03/30
知研東海の3月例会のため、16:00ころから名古屋に出かけた。いつものように三省堂書店と行き付けの喫茶店に入って時間を過ごした。
今日の例会は、市民プロジェクトネットワークで知り合った名古屋大学院生の古澤氏お願いしている。テーマは「ガーナ首都アクラにおける葬式文化」である。参加者の中には市民プロジェクトで出会った、野田さんと須藤さんの娘さんの臨時参加もあった。講演は院生らしくプロジェクターを使った話で分かりやすかった。質問では王政制度における組織についてまで話が及んだ。ここらは結構、今後の参考になる。
偶然かも知れないが二つある王国は一つはピラミッド組織、もうひとつはフラット組織になっていた。現在の組織の遺伝子を思わせる。葬式文化にも延々と遺伝子が引き継がれていることを感じた。
2006/03/27
この1週間ほど故障していた、購入して1年も経たないエコキュートという電気式風呂沸かし器が、今日やっと直った。問題は追い炊きができないだけで、その他は問題なしである。ところが直るまでに二人の方に4回来ていただいた。
最初は、大手メーカーの製品のため、沸かした温度の関係で問題なしとか、配管が詰まりかけているとか、自動で使うように言われた。技術的説明に納得が行かなかったので、元技術者の意地で疑問を理論的に攻め、追い炊き系の循環用モーターを換えてもらって直った。誠意は認めるが、製品が新しいので、どこも悪くなく使い方が悪いという固定観念と問題を他の個所に転化しようとしたところが長引かせた原因である。
何はともあれ、家族から非難を浴びることがなくなってやれやれである。
2006/03/25
3月24日の10:00から、瀬戸市主催の「愛・地球博」開幕1周年記念イベントの出展準備のため、次男の息子と出かけた。
午後から、一番工数が掛かる私が担当する対話ギャラリーから展示のセッティングを始めた。モリ・コロ会のボランティアの方々の手際よい作業で短時間で終ることができた。
ただ、一部のプロジェクトが未展示のままが気になった。
3月25日9:15から簡単なミーティングのあと、10:00からの開場までには全て完了した。観客の入りは期待を上回るものがあった。
市民プロジェクトのことをあまり取り上げない朝日新聞の夕刊に掲載されたから、まずまずかな。
2006/03/19
私が住んでいる西春町の名称は今日で終りである。当地も平成の大合併で師勝町と合併し北名古屋市になる。町会議員が半減する以外で効率化されるかは職員が少し減る程度かな。
ただ、地名が西春町大字西之保字清水田2から北名古屋市西之保清水田2になり、ど田舎という印象がなくなるのが最大のメリットのようだ。
他はほとんど何も変わらないだろう。
2006/03/11
知的生産の技術研究会の総会に出席するため東京に朝から出かけた。15:30から16:30の総会と17:00から18:00までの小中陽太郎氏の講演を聞いた。テーマ「物書きを志す人に与う」で、印象に残ったのは「筆者=必然性=職業」というところであった。
つまり、書く必然性が必要と、今まで歩んだ職業などが書くテーマになるとのこと。小中氏の場合は6年間勤めたNHKと小田実氏と出会った「べ平連」などが必然性になると話された。物書きへの道としては、応募・懸賞出版、出版社への原稿送りで、編集者には送り返される前に次の原稿を送るなどの粘りが必要と語られた。
懇親会では、10年前に知研東海の講師として来ていただいた山本英夫氏にお会いした。今は何でもコンサルタントをしておられると伺った。
出かけていった甲斐はあったかな。
2006/03/09
今日、光フレッツプレミアムを導入した。メリットはインターネットが早くなることと、今まで電話を二回線使っていたのが、一回線で2回線分(内線の感じ)使えることが利点である。
ところが電話の開通まではNTTサイドで設定を実施してくれるが、インターネット接続はやってくれないのでいろいろとトラブルが起きた。
この光回線はNTTのルータが電話からインターネットまでコントロールするため、IPアドレスの関係と、今までのルータの関係で一発でOKにはならなかった。
NTTのルータのIPアドレスの初期設定が192.168.24.1になっているため、私のいままでのネットワークアドレスの192.168.0.1になるように設定変更の仕方を技術部門の方から教えていただいた。https://210.241.16.1を指定してCTU(ルータ)の設定アドレスを192.168.0.1とひかり電話のアドレスを192.168.0.2に変更して全ての機器を再立ち上げして、今までのネットワークでインターネットは繋がるようになった。このときミスにするとIP電話ができなくなるらしい。一瞬焦ることになった。
IO−DATAの無線ルータをHUB機能(ネットワークに2台のルータは存在できない)になるようにするための設定を、IO-DATAのサポートセンターに問い合わせた。WAN側を使わずにLAN側のDHCP機能を無効にしてHUB機能になると伺って実施し、動作するようになった。NTTの技術の方の話では、メルコの無線ルータで片通話になる原因不明のトラブルが結構発生しているらしい。IO-DATAはどうかな。
これらの処置をすることによって、全ての機能が元通りに動き出すまでには半日掛かった。
その結果、インターネットは早くなり、1回線になったので電話代がこれからは安くなるかな。NTTさんは売上減でたいへんだが。
最新の技術を導入するとメリットが多くわくわくする。しかし、複雑なネットワークを構築しているときにトラブルが起きると、技術的に始めて聞く言葉が多くなり問い合わせで疲れる。
今回は、全てのトラブルが早期に解決できたので、その疲れも吹っ飛んだ。
2006/02/26
10:00から市民プロジェクトで知り合った、「集まれ!世界のEV」の井戸田さんが関わっておられる春日井市の鳥居松まちづくり連絡協議会との協賛で実施された、「モリゾーキッコロと遊ぼう!みんなの愛・地球博」のイベントの最終回に参加した。
この日は予備日的な意味もあり、参加者は4名で林理事長、根本さん、井戸田さんに私と言う構成であった。
4人で、廃線にするかしないかで議論になり話題になっている、小牧市の桃花台線(ビーチライナー)の公聴会の話や、鳥居松まちづくりの活性化について話し合った。
それ中で、後半の鳥居松まちづくりは今回のイベントで、トヨタの協力などを得るなどして、春日井商工会議所からも評価され一応の成果が合ったと言う事であった。
ただ、鳥居松まちづくり連絡協議会が関わる商店街をこれからも活性化させるためには、身の丈に合ったビジョンを掲げなければならないようである。いままでも商店主の似顔絵や商店街MAPなど作られ、活動されていると伺った。
愛・地球博の環境理念を継承するイベントなどに関わりながら、一歩一歩活性化に向けて進めていかれるようだ。私はピーアールを兼ねた簡単な実施報告書の作成を提案した。
2006/02/25
18:30からあいちNPOプラザで第2回愛・地球博市民プロジェクトネットワークの定例会があった。今回は3/25(土)の瀬戸市愛・地球博開幕1周年記念イベントの説明が主要な議題であった。
野田実行委員長より進捗状況を資料により説明があった。私も対話ギャラリーの責任者であるため、対話ギャラリーのブースのレイアウト案を説明した。その中でインターネットができないため、ひとつのプロジェクトが展示において今回は見送りますと提案された。
そのため、そのエリアを事務局の展示か、万博会場のジオラマで埋め合わせる計画である。
そのあと、あなたと共に「紡ぎのコミュニケーション」の須藤さんより事例発表があった。
ただ、オリジナルのチラシでは、いろいろな意見が出て纏まらず「漂流日記」の深津さんの提案で採決し事なきを得た。
最後に、対話劇場、対話ギャラリー、海上広場ごとに別れ簡単な打ち合わせをした。
2次会はいつものごとく盛り上がったが、今回は最終電車に間に合った。
2006/02/21
18:30から瀬戸市が主催する愛・地球博開幕1周年記念イベントに「愛・地球博市民プロジェクトネットワーク(略称:市民プロジェクトネット)」として参加するための会議があいちNPOプラザであった。私は対話ギャラリーのリーダーをしている関係で、部屋割りのレイアウト案をExcelで作成して検討していただいた。
市民参加はいろいろな手順を踏んでやらないと実施までが難しい。基本的には指揮命令が存在しないため、自己責任で進める面が多くなる。
しかし、各プロジェクトのリーダーが個々の部分は責任を持っていただくので、大枠だけ決めることになる。市民プロジェクトネットの真価が問われるのかな。
2006/02/13
確定申告で還付を受ける人の受付や書き方の相談が税務署であり出かけて提出した。生まれて初めて自分で申告書を提出するので、いろいろな事を聞いて勉強した。特に創業間もないため損失の3年間通算や株式の損失通算など節税のため勉強した。
また、申告書第3表を使った分離課税の計算もある程度分かった。
2006/02/08
最近は、個人事業主になった関係で確定申告書の勉強をしていた。親父の確定申告書を売上から経費まで、役場や農協に出かけてデータを集め、ほぼ正確に作成した。節税の効果はあった。
自分の確定申告書は本格的に立ち上げた初年度のため、赤字である。今年は売上向上が最重要課題である。少し手応えが出てきた。
2006/02/06
朝早く、長女が「ダンス留学?」という名目で二度目の1ヶ月間の米国は、ハリウッドに出かけた。親としては仕事もせずに「いまの若いもんは!」と言いたくなるのは、私一人か。
約束では帰国後は真面目に就職すると言うがどうなることやら。
2006/02/03
18:30から瀬戸市が行う「愛・地球博開幕1周年記念イベント」に参加するための、実行委員会があいちNPOプラザであった。私か関わる「未来創造『夢の共和国』」も参加する予定である。
参加するプロジェクトは23プロジェクト+モリ・コロ会が意思表示をしているとのこと。対話ギャラリーのリーダーをやらされることになった。物好きかな・・・・。
2006/01/25
18:30から、あいちNPOプラザに「愛・地球博市民プロジェクトネットワーク」の発足日のため出かけた。15名前後の参加で瀬戸のイベントの関係や、事例発表では今度瀬戸のイベントの実行委員長でもある、野田さんがプレゼンされた。何でもダンボールで作るホトフレームなどで特許を取られたとのこと。
2次会では愛教大の教授も参加され盛り上がった。
2006/01/24
瀬戸市が行う、3/25の愛知万博の記念イベントに参加予定のため10時ごろ瀬戸市のふれあいホールに出かけ会場を見学した。市民プロジェクトに参加したプロジェクトのうち、有志18プロジェクトが参加する予定である。
今日は2回目で4名で見学した。愛・地球博市民プロジェクトのミニ版になる予定で計画中である。インターネットができないので、パネルと映像と講演で構成する構想のようである。市民プロジェクトのポスト万博のイベントのひとつになる予定。
2006/01/21
岩清水氏の紹介で「生涯学習インストラクター実践講座in愛知」の講演を聞くため、午後から名古屋市中区三の丸の桜華会館に出かけた。三部構成で、一部の講演と二部の実践事例報告に出席した。
一部は、浅井経子八洲学園大学教授による「私を育て、私を生かす生涯学習」というテーマの講演であった。内容は、1)生涯学習の意義、2)生涯学習と現代社会、3)これからの地域社会の課題と新しい「公共」からなっていた。主な話としては、加速する社会の変化への対応と将来の危機に備える能力の育成。第二の人生活動とエイジレス・タレントとしての生き方を考えるからなっていた。
二部は石井代表の報告と「生涯学習研究会・なごや」の荒川代表の事例報告からなっていた。参加者は60名前後であった。
2006/01/09
毎年のことながら、神頼みばかりである。元旦には恒例の氏神様と熱田神宮に初詣の神頼み。
そして、昨日は岐阜のお千代保稲荷に神頼みである。一番下の息子をサッカー練習試合のため知多市のグランドまで送った後、女房と母親の3人で出かけた。昨年はいろいろな幸運に恵まれたが、金運と災難(脱臼と骨折)の疫病神に取り付かれたので今年は念入りにお参りをした。
熱田神宮のおみくじでは「大吉、商売運あり」と出たが、さて、さて今年はいい年になるかな。
それから、今日はパソコン教室で教えている小学生が受講するため、父親の同伴でやってきた。
お父さんには、パソコンでどんなことを教えているかと言うことと、「こんなことができる」と結構高度な説明した。この女生徒は小学生ではあるが、中級レベル以上のため教えるというよりは「こうしたらというアドバイス(コーチィング)」程度で、自分で考えながら自由にやるようなスタンスだと話した。
お父さんは「家族新聞」作りなど、結構高度なことをやってほしいような話であったが、図形を使って人形や動物イラストなども上手に描くのでそんなに難しいことではないだろう。
大手生命保険会社に勤務されているので、ITを使った提案営業のプレゼンテーションなどにも話が及んだ。
2006/01/03
2006年、元旦の日経新聞の社会面46に「輝きたい私の第二幕 副題:夢への階段(50代 充実と貢献)」の記事が載っていた。団塊世代の今後の生き方を取り上げ、野村総研の山田コンサルティングセンター長が「団塊世代の第二の人生は、『自己実現』『稼ぐ』『社会還元』の三つがキーワード」と指摘されている。
団塊世代人としては、「社会還元」はおこがましくて「社会貢献」ぐらいであると、キーワードは納得できる。まだまだ、「稼ぐ」が主要な位置を占めるが、会社人生で遣り残した「自己実現」など夢への階段を上らなければならない。第二幕はこれから。
2005/12/31
暇人ではあったが、今年1年が慌ただしく過ぎようとしている。市民プロジェクトも無事終了し、その関係で創造、問題解決、マネジメントやリーダシップの本(創造学のすすめ、状況が人を動かす)などを読み、いろいろと勉強した。
来年はその成果が現れてくるであろうか。「ひとりビジネス」の成果も問われる年になりそうだ。頑張るぞ!
2005/12/24
22日〜23日にかけて、女房がバイトの牛乳配達を雪のため、凍結しない夜間に行っていた。そのとき、軽自動車を畑の脇に脱輪させ大騒動になった。第一報を雇い主の社長に。しかし、連絡つかず。次に息子や娘の携帯に電話するが連絡つかず。そこで自宅の電話にかけて来た。内容はJAFの電話番号を教えてくれであった。
ところが大雪のためそのJAFも連絡がつかず。何とか社長の息子さんに連絡がつき、応援をしてもらったらしい。いろいろと手を尽くしたが、車を出すことが出来ず。社長の息子さんの車で配達を終らせ、6時ごろ戻ってきた。この日は、一番下の息子がサッカーで静岡に遠征するため6時半には出かけることになっていた。
段取りが狂うとてんやわんやである。車で送る予定をタクシーに変更。何とか事なきを得た。軽自動車の方はJAFに連絡がついたが会員でないため断られ、何とかロードサービスに連絡が付いたという事であった。
しかし、その連絡がこないうちに警察から脱輪場所の方からクレームがあると電話。問題を抱えると、そわそわしてくるのはいずこも同じである。午後から、女房、弟、息子と私で現場に出かける。現場は畑の持ち主の兼ね合いからか、25メートルほど道幅が狭くなり車一台がやっと通れるところで、夜間の苦労の跡が残っていた。雪道では自分たちの力も及ばなかった。
万策つき、いろいろと考えた据え、車を購入した販売店のレッカー車を手配できないかと連絡したら、すぐ来てくれた。レッカー車を狭い道に手順良く入れ、ワイヤーウインチを使い事なきを得た。
事故から引き上げまで、16時間掛かった。しかし、午後からは、段取り良くことが運んだので疲れは残らなかった。社長さんも心配されていたようである。販売店のレッカー車を頼まずに、何の連絡もないロードサービスを待っていたら、もっといらいらし疲れが残ったことだろう。
家庭の小さな非常事態に段取り良くことが運んだので、女房や息子に対し亭主の威厳は保てたようである。
2005/12/15
NTTの営業マンが訪ねて来た。光電話にすることにより、2回線を1回線分で契約できるという提案であった。電話代の節約を考えて申し込むことにし契約した。今現在の無線LANなどを使ったネットワークにトラブルが発生するかも知れないが、あたらしモノに挑戦だ。
欠点は、ADSLモデムのように停電になると使えない。このときは携帯電話で対応することになる。さて、さてどうなることか。
2005/12/05
最新号のPRESIDENT(プレジデント)という月刊誌を立ち読みしていたら、「やり抜く力」をいう特集が組まれていた。その中で尾崎元規花王社長の話が載っていた。興味を惹いたのでメモした。
それは、1)「仕事の原点」は感動することにある。2)「利益をあげるということではなく」変化に柔軟に対応するために先んじていい商品を作ろう。それにはストーリー作りを考えて行動する。3)高い目標に向かうから革新が生まれる。4)プロジェクトリーダーは育てようとして育つものではなく、先輩のやり抜く力や困難を克服した時の感動などの実体験で身に付く。机上で身につくものではない。
原文どおりではないがこのようなことが書かれていた。
2005/11/30
今日、確定申告の説明会に出かけた。確定申告の流れはある程度分かるが、結構厄介のようだ。開業したばかりで、初期費用のため赤字ではあるが勉強のために挑戦だ。
それから、予期せぬ往復はがきが来た。
差出人は日本通運竃シ古屋旅行支店のNPO協働デスクで社会貢献に関わる旅行の協働アンケートであった。知研としては協働する企画はないと回答したが、このようなはがきが来る事は企業もNPOなどと協働する機会を模索しているのかな。
2005/11/25
18:00から第3回愛・地球博市民プロジェクト交流会・意見交換会に出かけた。2次会で話に花が咲き、終電車に乗り遅れた。
2005/11/21
左肩を脱臼と骨折した怪我は、今日、医師の診察を受けてほぼ完治したと言われた。治るまでに3ヶ月を要したことになる。少し痛みはあるが、やれやれである。
2005/11/15
今日、同じ歳の義兄が腎臓ガンで手術をした。運が良かったのは、転移していなかったのと臓器が二つあったこと。義兄も安心したらしい。そろそろ、こんな歳になってきた。
2005/11/12
知研東海の会員である、吉田氏より夕方に電話が入った。それによると、念願であった博士論文の審査に通ったと言う話であった。長年の夢が叶ったようである。機会があれば、学士論文、修士論文と博士論文で自分なりの視点の違いを話していただけたらと思う。
2005/11/08
今日、「未来創造『夢の共和国』」のメンバーであった、安嶋氏よりメールが届いた。それによる当プロジェクトで看板として展示した「竜宮のつかい」が製作者の宇都宮氏から奄美大島の龍郷町立龍郷小学校に寄贈された主旨が書かれていた。そのときに児童や父兄に講話もされたようである。
また、追伸で中日新聞出版の万博記念写真誌にその日その日意味あるイベントが紹介されているそうですが、7月14日分は当プロジェクトに出演したモハマド君のモノのみとのこと。一度確認しなければ。
このメールで頂いた写真などはBlog「未来創造『夢の共和国』」に掲載した。
2005/10/31
昨夜、チラシ作りと情報収集やメールのやり取りに使っていた富士通の中古薄型ノートパソコンが完全に壊れてしまった。このパソコンはいろいろな工夫で、ほとんどの家庭内ネット上に指示が出せるように構築してあったので少し焦った。
仕方なく、それより以前に中古で購入した富士通(CPU 233Mkz)のノートパソコンを復帰させ、壊れたノートパソコンと同じことが出来るように急遽作り込んだ。このノートパソコンはLinuxの勉強のために使っていた。ハードは古いがソフト的にはTESTを兼ねて高度に作り込まれている。
2005/10/18
中古のCanonMultiPassB-10という多機能プリンターでFaxの送受信をしていたが、電話とFaxを切り替えする方式を使っていて、電話が5から6回鳴ってからしかFax受信ができないため評判が悪かった。そこで事務所と自宅の2回線に変更した時に、中古のFAX(中古を買うのは私の技術者としてのこだわり?)を自宅用に導入した。
これにより、いままでのように電話を取って判断する必要がなくなり、FAXの場合そのまま切れば受信できる機種であることが分かった。多機能プリンターは壊れたわけではないので、送信元名に漢字が使えるので事務所の送信用に活用することにした。捨てるのが「もったいない」主義で、古くても有効活用することにこだわりがある。
この点だけはあたらしモノ好きではない。
2005/10/07
愛・地球博の市民プロジェクト&海上広場のホームページが9月30日に閉鎖した。その代りにGooの協賛によりBlog万博市民ブログが9月中旬にオープンしたので、このBlogの運用停止(今後、更新されないようだ)の9月25日にBlog「未来創造『夢の共和国』」を開設しリングをかけてもらった。
このBlogではこれからの「未来創造『夢の共和国』」のことを書きながら、Blogの使い方を勉強するためでもあった。開設してから、ひとつの日記に写真を複数枚掲載する方法や、リンクとトラックバックの遣り方をトライして見た。リンクは従来のホームページの遣り方と同じであるが、トラックバックの意味がよく分からなかったので、何回もトライした。実際に遣って確認したところ、関係する記事の相手側のトラックバックURLをコピーして置いて、自分の方で相手記事と関連するBlog記事を新規作成するときに、指定の場所にそれを貼り付けて投稿する。それによって相手側の関係するBlog記事のTrackBackにカウントされ、こちらの内容の一部が掲載されて相手にわかるようになり、こちらの記事を見ることができるようになる。
このリンクとトラックバックを使って双方向のコミュニケーションが出来る点は、ホームページより進んでいる。ただ、細かいテクニックは使えないが日記を書く程度なら不自由しないだろうと思った。
2005/10/05
今日をもって、愛・地球博の市民プロジェクト「未来創造『夢の共和国』」の残務処理は、モハマド君関係の収支報告も含め全て終わり、私の愛・地球博は終了した。
2005/09/29
パソコン教室で小学生の高学年の児童を教えているが、パソコンはツールという考え方で、使い方より、丸・四角や三角形を使って、汽車を描いたり、ウサギを描いたりして右脳的な考え方で教えている。そして、6W2H的な考え方で文章を書くようにと。
パソコンが好きな子で物覚えが良いようだ。在り来たりの教え方ではなく興味を惹くように教えるのは難しい。知的生産の技術的センスがいるようである。
2005/09/28
私が住んでいる西春町のホームページにリンクを掛けていただく申請をしていたが、今日許可がおりた。
2005/09/16
某アパート建設業者が、提案セールスにやってきた。アパートを立てる計画は当分ないが情報だけ頂いた。それは市街化区域と市街化調整区域の違いであった。何度なく聞いている情報では、市街化区域は住宅などを立てることが出来るが、市街化調整区域では新家などは立てることができる聞いていた。しかし、その他は駄目と思っていたが、沿道サービス(コンビニや医院など)は許可が出ると伺った。また、税金で相続税も安いらしい。
情報収集として知らないことを知るということは、興味が湧いてくるし面白い。
2005/09/09
毎日、町内を100枚程度づつパソコン教室などのチラシを配っている。この成果は月に2〜3件程度の問い合わせであり、まずまずである。今後はセミナーを開いたり、商工会などにアタックして職域を増やしていかなければ売上が伸びないなぁ。
また、最近は暇に任せて、売上を伸ばすための企画書や報告書の書き方を研究中である。ここらは市民プロジェクトで培ったノウハウが生きそうである。
2005/08/24
今日の夕方、ある作業をしていて、脚立から落ち左肩を脱臼と骨折をしてしまった。当分の間、出歩けなくなった。ある面では大怪我にならずにラッキーだった。
2005/08/14
P&N工房でパソコン教室をやっているが、今日、建築関係の仕事をしている人がスキャナーの扱い方を教えてほしいと訪ねて来られた。ノートパソコンは最新だが、スキャナーがGT-7600Uで一世代前の機種である。WindowsXPでは動作しないのでEPSONのHPより、互換のあるドライバーをダウンロードした。何でも遣りたいことはEXCELに1/2,500の等高線などを書いた地図を挿入して、必要な個所を図形で書き加えて図面を見やすくしたいということであった。
CADとEXCELを融合させた使い方(精度を出すために工夫されている)で、CADの雑誌では読んだことはあったが、こんな使い方をEXCELで遣れるとはひとつ勉強になった。EXCELを使って部屋などの図面を書くことは知っていたが。
2005/08/11
午後から、瀬戸の定光寺に出かけた。長谷川さんに市民プロジェクトの展示でお借りしたパネルを返すためであった。これで展示関係の借用品はすべて返却した。
あと残務整理で残っているのは、費用の清算も終え、請求者からの領収書を待っている状態である。協会に出す収支報告書はほぼ出来上がっているが領収書が全て揃わないので、提出ができない。これに簡単な実施報告書を付けて提出するとプロジェクトは完了することになる。
また、当分掛かりそうだ。
2005/08/04
今までは、会社を早期退職をして愛知万博の市民プロジェクトに専念していた。その「未来創造『夢の共和国』」のプロジェクトも終わり、ある程度、満足の行く結果が出た。もう少し残務整理は残っている。しかし、次の夢(目標)である「ひとりビジネス」をやるため、今日、資格を生かした「加藤経営労務事務所」を開業しようと、税務署と県税事務所に開業届を出してきた。
手続きは意外と簡単で、すぐ受理された。
今日からは新たな挑戦が始まる。
2005/07/31
資格を生かした「ひとりビジネス」を考えているので、仕事に有り付くための講習会に出かけた。診断実務も行えるので興味が持てた。何かいいことがありそうである。
2005/07/29
社労士の臨時総会と、19:00から知研東海の7月例会に出かけた。講師は西口さんでバイタリティーのある方であった。また、イラストが上手であった。
2005/07/25
メインに使っていたディスクトップパソコンの画面が異常な表示をするようになった。自作のパソコンのため、リカバリーをしようとしたが途中でストールするためDISKを初期状態に戻して、最初から作りこんだ。ところがホームページを作っていたエリアや重要なデータも消去してしまったため、苦労することになった。
HPのデータはバックアップが取ってあったが、途中までしかなく思案に暮れた。最終的には英語版のWinFTPを使い、Biglobe上にあるHPのエリアからすべてのデータをダウンロードした。筆王のデータは年賀状から再入力して、元の状態に戻すために丸一日掛かった。忘れていた技術を思い出す、脳みそのリフレッシュにはいい機会だが大変だ。
今行われている伊勢神宮の式年遷宮は、こういうことを最初から意識的な破壊を行って技術の伝承をする日本人の智慧である。
2005/07/17
あっという間の1週間であったが、対話劇場の二日間で概算、1,800人ほど入場者があった。目標としていた来場者は確保できた。費用の面では、予定より多くなりそうだがいろいろな成果はあった。まずは成功といえるだろう。今後は、個人個人が「夢」に向かって更なる、挑戦をすることになる。
2005/07/10
市民プロジェクトの展示品を持って、瀬戸会場に行く。早く着きすぎて1時間ほど待ったが22時少し前にすべての展示を終えた。明日から1週間で1000日プロジェクトの真価が問われる。
2005/06/23
西春町が行ったミニドックで、いろいろと指摘されたので、名鉄病院で再検査を受けた。そのひとつ、大腸がんの検査を初めて受けた。結果は異常なしであったが、人間特有の病気、痔にはなりかかっていた。この検査をうけるための検査食に耐えるのは大変だ。健康が一番を実感した。
19:00〜20:30にかけてナゴヤボランティア・NPOセンターで最後のプロジェクトミーティングを行った。モハマド君の来日も決まり、「未来創造『夢の共和国』」も実施計画書の内容にほぼ近づいてきた。
2005/06/04
市民プロジェクトも終盤に差し掛かって来たので、以前「プレジデント」で読んだ記事が気に掛かっていた。それは「『現状不満足』の自己問答が『常識の罠』を見破る」で「現状に満足することなく、結果は75点を最高点とし、残りの25点は新たな挑戦に賭ける」という、この言葉を誰がどんな形で述べていたのか。調べるため、愛知県立図書館に行った。
調べた結果は花王の後藤卓也会長であった。この言葉にこだわったのは、市民プロジェクトの「未来創造『夢の共和国』」が終った時の虚脱感に襲われないための「戒め」の言葉として自分も含めて、「若い人たち」に言わなければならない。世間でいうところの「5月病」にならないためであり、常に、次の目標を持つことのようだ。
午後からは、ある幹事会に出席した。研修部員になっている関係で、いろいろと議論をした。特別委員会を作り、インフォーマルな情報交換会も企画され、その委員でもある。その中で嫌なこととしては、勉強という名の仲良しグループで実践が伴わなくなることが起きないか気に掛かる。
2005/05/31
19:00〜20:30にかけて、なごやボランティア・NPOセンターで第19回プロジェクトミーティングを行った。入場許可申請で全てが揃わなかった。順調とは行かないようだ。対話劇場のテーマはほぼ決まった。
2005/05/22
市民プロジェクトのメンバーの三富さんが、プロジュースするイベントを見るため栄町まで出かけた。19:00からのStartで最初が三富さんがコンビを組む「あいまいなあたしのあい」で30分の持ち時間であった。1年前に聞いたライブよりは成長ありで余裕があった。右が「あい」で左が「まい」である。
2005/05/21
18:00から、ある勉強会に名古屋市北生涯学習センターに出かけた。情報関係の勉強会で、「インターネット使った、儲けるためのマーケティング」が議題のひとつになった。
2005/05/20
8:00から営業サポートを兼ねて、21世紀リーディング産業展に応援のため出かけた。朝のミーティングで簡単な説明を受けたあと、来場者に展示品紹介をするための呼び込みである。それなりに手ごたえを感じた。
マーケティングの観点から、声をかける人の選定眼もいるようだ。
2005/05/15
市民プロジェクトのメンバーである、三富さんと名駅のナナちゃん人形のところで待ち合わせし、「Ticobo」の公演があり三重に出かけた。
13時から廃品のペットボトルで作っているところを見学しながら、主催者代表の油田さんに挨拶した。
14時から開演で、元気な子供たちがたくさん参加していた。入場者は全体で250名ぐらいとのこと。最初の演奏で子供たちが目を輝かせていたのが印象的であった。
内容では、子供たちが参加した、新聞紙の演奏やマラカスを使った会場内行進。演奏終了後の質問で宇宙の音を体験することなど。子供たちが躊躇することなく溶け込んでいた。
閉演後、山口ともさんにお会いし、簡単な打合せをした。土産に「山口とも」さんの特性の廃品マラカスをサンプルとして頂いた。
2005/05/13
19:00から大須で開かれた、21世紀クラブの異業種交流会に参加した。前回、参加した時に比べ、若い人で起業している人が多かった。その中で、幾人かと名刺交換しながら、市民プロジェクトのPRもした。
翌日、コンサル関係に携わっている、細川氏よりメールを頂きメルマガで紹介していただけるようだ。
2005/05/08
ずっと以前から、Canon MultiPass B−10という中古の複合機でプリンターとFAXに使っていた。FAX/TELの自動切換えができるように設定したつもりで、FAX時には受話器を取ったあとリモート受信していた状態で、いままで使っていた。
ところが電話が壊れて入れ替えてから、リモート受信ができなくなった。FAX/TELが自動切換えできるモードなのになぜできないのかをいろいろと思案していた。
たまにFAXが着て、大騒動していたので再度マニュアルを読んでいろいろと試行錯誤していたらやっと今日、原因が分かった。自動切換えとリモート受信がトレードオフの関係になっていたためで、リモート受信を外したらOKになった。
別れば単純だがひとつ懸案の問題が解決できた。やれやれである。
2005/05/03
最近は、暇に任せて問題解決法の書籍や経営手法の本を読みながら、いろいろなことを考えている。結構、頭の中が整理でき、少し分かってきたかな。
2005/04/28
19:00〜20:30まで第18回プロジェクトミーティングをなごやボランティア・NPOセンターで遣った。予算の見直し・今後のスケジュールと展示について話した。鈴木さんよりモハマド君の話があった。
2005/04/27
ヤフーオークションで手に入れた、無線LANPCカードアダプターとNECの18.1インチの液晶ディスプレーが届いた。無線LANはSONY のVAIOで動作した。これらは市民プロジェクトで使うことになるかも知れないので手に入れたものである。
無線LANがいろいろな設定もせずに動いたので拍子抜けした。
これから、知研東海のセミナーに行く予定である。
2005/04/26
認定を受けたあと創業支援の話を聞いた。リスクをかけずに遣ろうとするとこの申請は難しいことが分かった。そのあと、豊田市の名南経営でセミナーを聞いて18時に家に着いた。
2005/04/25
10時に宇都宮氏と安嶋氏と、JR名古屋駅で待ち合わせをして、愛知万博の瀬戸会場に出かけた。スポット企画コーナーの展示のイメージを掴んでもらうためであった。
都合よく展示担当の中沢ディレクターにお会いできた。
2005/04/19
午後から名古屋逓信会館に出かけた。ある支部会の総会に出席した。事情を詳しく分からないが支部長が昨年の7月で解任されていた。議案書に明記されていたのでクレームを入れたが多数決で可決された。
行政の偉い方が出席の中、懇親会で好きなカラオケを1曲歌った。
2005/04/16
私が所属しているコンサルの情報交換会に13:30から参加した。講演で他士業(税理士)から見たコンサル業の話を聞いた。稼ぎのある方の話には自信のほどが伺える。
そのあと、参加者の3分間スピーチで「今年、やりたいこと」を話した。中にはインプットからアウトプットを目指すと話された方もおられた。サラリーマンから独立したての人に多い。意外とサラリーマンはインプット型で、アウトプットしていると考えている人は少ないようだ。
私の話もまとまりがなかったが、市民プロジェクトの件とポスト万博で営業のアプローチにチャレンジを話した。最近は営業があっての「ひとりビジネス」を感じている。いろいろなところに出かけて顔を売る地味な努力が必要のようだ。
2005/04/10
部屋の本を片付けた後、要らなくなった本をBOOK OFFに持っていた。その帰りにパソコンの中古屋に寄ったところ、I/O DATAの無線LANのブロードバンドルータが安かったので購入した。ところがCorega社の基本ルーターIPは198.168.1.1であるが、I/O DATA社の基本ルーターIPは198.168.0.1であるため、ネットワークのIPアドレスを全て変更することになってしまった。
また、設定に方法が違うので手間取った。何とか動作されたが、ノートパソコン用の無線LANのカードがないので無線は確認できずである。
2005/04/08
八木会長と石田知研東海代表とで12時にJR名古屋駅で待ち合わせをして、愛知万博へ下見に行った。まだ、空いていて名古屋駅からリニモに乗って、万博会場駅まで50分ぐらいで行けた。少し外国のパビリオンを見たあと、モリゾーゴンドラに乗って瀬戸会場に向かった。対話劇場では14:00から杉浦ディレクターが担当された環境関係のプロジェクトが開演していた。250名以上の入りであった。
八木会長はスポット企画コーナーの壁面の寸法を測られたのと、対話劇場の状況を携帯電話のデジカメに収められた。
長久手会場に戻ったあとは自由解散して思い思いの個所を見学した。
2005/04/04
午後からアタックス・グループのセミナーを聞くため、名古屋商工会議所に出かけた。2部構成になっていたが、2部にソフトブレーン鰍フ宋 分州会長(中国人)の「中小企業の成功の鍵はやっぱり営業」というテーマの講演で、目から鱗が落ちた。
と言うのは、顧客リストからアポイントを取って営業するやり方などは時代遅れと考えていたのと、日本の営業の仕方は可笑しいと思っていた時に出会ったらからなお更である。いろいろと話されたが、営業をプロセス・マネージメントとして捉えプロセスを共有し「見える営業」にする仕組みをe−セールスマネージャーで実現されているようである。日本ではCRM&SFAの特化型と考えられる。
特に考え方としてBANT(Budget 予算、Authority 決裁者は誰か、Needs ニーズ、Timing タイミング)の要素がすべて満たされていればクロージングに近いと判断できるは、ごもっともである。
また、担当者は結果よりプロセス、幹部から社長になるほど結果が問われるという考え方も、日本では責任不在できたためはっきり言わず、上司の精神論で終っていた。異質な人との出会いは刺激が多く面白い。
セールスをしない営業はマッキンゼ−の本で知ったのが最初である。最近では西村芝浦工大教授が書かれていた。今儲かっている企業は、何らかの形でこの方法を実践している。
2005/04/01
私が営業サポートしている、ECSASグループでコンサルの会議があった。直接、私には関係ないが、営業で成果が出ないので肩身が狭い。営業のため電話で面識のない得意先に訪問のアポを取るのが難しい。相手は忙しく、外出や居留守を使われる。
最初から分かっていることとは言え、大変だが経験と思い少し気落ちするが挑戦中である。(最近はセールスをしない営業が注目されている)ほんとうはあまり会社などに関わらずに、「ひとりビジネス」をする方向を予定していたが、愛知万博の市民プロジェクトという大きな荷物を自分が勝手に背負い込んだための回り道である。
2005/03/30
知研東海の3月例会が19:00〜20:30にかけて愛知県中小企業センターであったので出かけた。私が「図解マスター」と市民プロジェクトに関することと、昨年の会計報告をした。
図解マスターでは、KJ法的に進められる点と、レイヤーを装備していることやパワーポイントに比べ、図解の部品が多いことなどを話した。ただ、プレゼンテーション向きのパワーポイントと違い図解マスターは1枚企画書のごとく、ワンシートしか作れないなどがある。
市民プロジェクトでは現状を話した。ただ、ひとつ誤解されているのは私が関わっているプロジェクトに参加できる人は、自主的に参加を意思表示した人しか実施期間中に出れないことをご承知おき願いたいと話した。(事務局からも指摘されている)会計報告では、繰越金を現金で後任の石田氏に渡したことを話した。
2005/03/23
3月23日と24日にかけて越前に4人でパックツアーに出かけた。名目は一番下の息子の小学校卒業記念である。6年ぶりの家族旅行であった。前日に臨時雇用の不採用通知が来ていたので、少し落ち込んでいたのと曇り空で心軽やかとは行かなかった。
しかし、東尋坊、永平寺、そして恐竜博物館めぐりの1泊2日の旅行は気分転換にはなった。
2005/03/22
第17回プロジェクトミーティングを19:00〜20:30にかけて実施。鈴木さんは欠席のためメールを頂いた。モハマド君関係者の対話とその支援をするコンサートで渡さんがプログラムの司会進行をされると書かれていた。安嶋氏関係の宇都宮氏が撮影された「竜宮のつかい」を使い、当プロジェクトの看板を作ろうという構想がある。また、三富さんには展示用の廃品楽器をお願いした。
2005/03/15
某キャリアネットに臨時雇用で、履歴書・職務経歴書を書いて送った。37年間の職務経歴書は1枚しか書けなかった。あれもこれもと書きたいが、最後は1枚になってしまった。セミナーの講師の方が言っておられたが、自分の職歴を棚卸しするとなると書くのは難しい。当たり前のことは多く、売り込む実績が意外とないことに気付くことになる。
気を取り直して「図解マスター」のソフトを使い、図解やKJ法のどうしたら思い通りにできるか。試行錯誤をしていたが、何とかなりそうの感触あり。
2005/03/14
13:30〜17:00にかけて労働保険の研修会に参加した。監督署の講師から労働保険の説明を受けたあと、労働保険の概算保険料などの実務研修があった。法律的な扱いはある程度理解できたが、保険料の計算となると実務経験がないだけで理屈は分かる。しかし、すぐにはできない。ちょっと落ち込む。
2005/03/11
13:30〜16:30までハローワークで面接のためのステップアップUのセミナーを聞いた。講師が実践型であったので、いろいろと得るものが多かった。特に職務履歴書か資料では簡単に書けると書いてありますが、講師の経験から自分の棚卸しも含め、非常に難しいと伺った。ごもっともである。
セミナーで聞いた内容を「図解マスター」を使って、自分なりに図解した。ソフトにもなれて来たが、キーワードを入力し、要素ごとにまとめ、分かりやすくレイアウトするのには、図解思考をトレーニングしないと難しい。
2005/03/05
知研の総会のため9:00から、次期東海支部の代表の石田さんと東京の東中野に出かけた。総会では市民プロジェクトの件で、会員に紹介すると共に、協力をお願いした。また、基調講演では轡田隆史氏の「日本のこころ」という講演を聞くことができた。
結構、有意義であった。総会終了時に久恒教授が監修された、ジャストシステムの「図解マスター」のソフトを頂いた。
2005/03/01
16:00〜16:30にかけて名古屋のオアシス21にある、シャープ鰍フアクオスのショールームで市民プロジェクトの市民協賛として液晶ディスプレーを借用できないかと依頼しに行った。
2005/02/25
13:30〜16:00にかけてWeb5W1Hの岩清水氏と息子さんとでe−ラーニングの件で打合せを愛知県生涯学習推進センターのロビーで行った。こちらからは進捗の現状を説明した。岩清水氏からはe−ラーニングの動作環境や実演できる時間と、アイドル時間について説明を受けた。
問題点としては、もう1台ノートパソコンが必要なことと、液晶ディスプレーがあれば観客が見やすいと伺った。企業協賛していただけると助かるが、ダメの場合はレンタルで借りる方法も考えなければならない。
2005/02/23
18:30〜21:00まで愛知県産業貿易館西館8階でリーダーの全体会議があり参加した。最終の打ち合わせのため会議室に入れないほどの参加があった。
市民パビリオンの「地球の回廊」の内容で小川プロジューサーから説明があった。何んでもインターネットで時間を区切って世界の子供たちを繋ぐ「地球の窓」とリアルタイムに可視化できる地球儀の「触れる地球」が紹介された。
また、対話ギャラリーで懸案になっていた。テーブルは準備されるとのこと。
2005/02/22
19:00〜20:30にかけてなごやボランティア・NPOセンターで第16回プロジェクトミーティングを行った。開幕まで一ヶ月に迫ってきて、段々と充実モードになって来た。
鈴木さんからはモハマド君関係でアフガニスタンに関わっている人の追加や資金関係で企画が提案された。また、安嶋さんとは「竜宮のつかい」の関係で打合せをした。
2005/02/10
14:00から15:30にかけて、アタックグループの新春講演会を聞きに行った。講師は潟Rメ兵の石原社長である。ユニークな考え方として1)新たな業態「スーパーディスカウントリサイクルデパート」、2)「高く買って、安く売れ(リサイクルの物が集まり、人が集まる)」そして、80:20の法則を随処に導入。例えば、100点仕入れて2週間以内に20点を売る。20点以上売れると商品の豊富さがなくなるからダメとのこと。
伸びている理由、ブランドのコピー品を絶対に売らない、確かな鑑定眼。ここに儲けのノウハウありとのこと。
2005/02/08
今は立場上無職のため、経験と思い認定を受けに行った。結構親切である。そのあと、案内をいただいていた竃シ南経営の豊田支店に行きセミナーを聞いた。収穫はひとつ、売上向上の考え方で「単価×数量」の式を「(単価ー変動費)×(数量±変動要因)」=粗利と書いてあった。利益重視の考え方でさすがだなぁと思った。後の式はいままで、本では、私だけかも知れないがお目にかかっていない。
それから、市民プロジェクトのフリースペースにおいて立体感を出すため、ワイヤーレールが設置され展示の仕方に変更を迫られていた。そんな悩みある状況の中、偶然にも竃シ南経営の豊田支店でB1パネルで業務内容を紹介するのに簡易のワイヤーレールが使われていた。
これはラッキーと思い、早速、スタッフの方に印刷方法や費用などを聞いた。今までのもやもやが少し晴れてきた。
今日は収穫多しである。
2005/02/07
市民プロジェクトのリーダー会議が18:30からあったので、情報収集の意味も兼ねて参加した。他のメンバーの人もいろいろと状況が激変することに戸惑いがあるようだ。しかし、収穫になるような情報はなかった。
2005/02/03
17:30から名古屋で、廃品パーカッションの提案者である三富さんが、1月の会議を大学の授業の関係で欠席のため会議の内容と状況を打合せした。予算の関係で内容の変更が必要になることを説明した。また、自分の企画を一生の記念にするため、プロセスを文章や写真で記録に残したらと話した。ここらは「知的生産の技術」的な発想である。
2005/01/28
朝5時半に神戸に出かけた。炭谷ラーンネット・グローバルスクール代表と「未来創造『夢の共和国』」の構成と市民プロジェクトの概要説明が目的である。
その中で住谷氏の自著「第3の学校」をいただいて興味を持った。
2005/01/25
19:00〜20:30まで市民プロジェクトで八木会長と岩清水氏らの参加を得て、事務局より市民パビリオンの最新レイアウトや広報用のメッセージ分と負担金の割り当てについて検討した。
2005/01/18
21世紀クラブの交流会で知り合った、中部経済新聞社の三ッ口豊橋支局長からメルマガが届いた。その中に名南経営センター豊田支店主催の無料経営セミナーを知ったので、豊田市まで午後から出かけた。
講師は竃シ南経営の亀井取締役でテーマは「勝ち組企業はここが違う!」である。中小企業の企業指導から、中小企業の指導事例を交えながらの話で視点の目新しさがあった。
特に興味を惹いたのは「企業文化」で、危機感、価値観、自信と信頼、感謝心、そして高い欲求水準を好循環させるというところであった。この視点を考えるA3シートも頂いた。帰り際には亀井取締役などに市民プロジェクトの「未来創造『夢の共和国』」とECSASグループをしっかりと売り込んでおいた。それから名南経営センター豊田支店は亀井取締役初め皆さん、若いなぁが第一印象であった。
2005/01/17
18:00からECSASグループのコンサルのミーティング。潟Cンフォファームの奥村氏から「戦略箱」と「バードビュー」の営業戦略を聞く。将来は営業開拓をしたい身としては参考になるところ多しである。今は勉強、勉強。
2005/01/13
午後から自動車免許の講習を1時間受ける。更新期間が5年になった。
2005/01/11
午前中に初体験のハローワークに行く。社会経験も兼ねて雇用保険の手続きをする。いろいろな書類に内容を書き、担当官と面接。根が正直だからボランティアを遣りたいなど現状を書いてしまった。ところがこれらは失業の要件に該当しないことになり、あれやこれやと質問された。何とか要件に合うように訂正した。この点は退職した会社でも注意されたが、実際に体験してみないと対応できないことを実感した。いい経験である。
そのあと、女房たちが趣味で開いたパッチワーク展を見に行く。丁寧に挨拶された美人の婦人が先生であることが後で分かった。
2005/01/06
19:00から知研東海の11月セミナーで講師をしていただいた。清田氏が主宰されている「21世紀クラブ」の異業種交流会に参加した。場所は大須の「チュザリ」で、参加者の中には、以前お会いした方が数名おられた。
清田氏は社長でもあるので、若手の経営者の方、NPOの代表やメルマガを発行されている新聞社の支局長も参加されていた。名刺交換したり参加者と情報交換したあと、21時から30分間はゲストスピーカーとしてニューヨークから一時帰国されている、美人で若いYUKIKO SATOUさんの話を聞いた。何でもスタイリストから身を起こし、一人で渡米し、カバンのデザインを主に小物を制作しWebなどで販売をされているようである。
アメリカは夢に挑戦する人には寛容でサポート体制が充実しているようである。しかし、成功者は1/100程度らしい。ここでも日本人は協力し合わないが、韓国人、ユダヤ人はその点、ネットワークが素晴らしいと言う話を伺った。
2005/01/03
実力が無いから、今日も神頼み。岐阜県のお千代保稲荷に女房と一番下の小六の息子と出かける。16年前に無くなった大祖母が小さな商売(うどん屋)を遣っていて、時々お参りしていた縁である。拝殿で無言で拝んでいたら、女房が名前を言わないと神さんは分からないよと話し掛けてきた。
仏壇は先祖を祭っているから誰が拝んでいるかは分かるが、神さんはいろいろな人の願いことを聞くから、祝詞でも名前を言われるでしょと、話してくれて納得した。たわいのない会話である。
2005/01/01
毎年の恒例で、氏神様と熱田神宮に初詣でに出かけた。今年は縁起を担ぎおみくじを引く。中吉で商売運は「利多し、商売遣るべし」となっていた。運も実力のうち、神頼みをしよっと!女房と息子は大吉を引いていた。
2004/12/28
今日は退職日。中部支社長から退職金の目録と、労いの言葉を頂いた。これで会社人生も終わり、来年からは新たなチャレンジだ。最後の職場に挨拶して、会社から頂いたタクシーチケットで帰宅する。
2004/12/24
19:00から市民プロジェクトのミーティングを行った。調査表で大枠の内容が分かってきた。しかし、内容が当プロジェクトの主旨に合っているかといえば、まだまだが現状のようである。さらなる充実が必要だ。
2004/12/22
知研東海の代表としての最後のセミナーを19:00〜20:30にかけて開催した。今回はITネットなごやの中田事務局長にお願いした。ボランティア活動ではベテランである。考え方がしっかりしていた。ただ、運営の面では苦労はあるようだ。
2004/12/18
13:30から私が入っている情報交換会に出席した。講師より再建途上の企業をどう立て直すかということを伺った。今までは、企業はゴーイングコンサーンと言われていたが、30年説が言われたかと思えば、最近はいかに撤退するか、それとも再生するかと厳しい判断を求められる時代になって来た。勝ち組も技術革新の判断を間違えると、即負け組みになる時代である。
考えさせられた半日であった。
2004/12/15
13:00からECSASグループで設備管理システムの概要説明を受けた。図面管理などトータル的な履歴管理に優れているようである。販売のチャンスがあればいいがなぁ。
2004/12/11
14:00から岐阜聖徳学園大学のエクステンションセンター開設記念講演会で元文部科学大臣 遠山敦子氏の「こう変わる学校、こう変わる大学」というテーマで講演を聴いた。内容で印象に残ったのは在任中に法律を30本、国会を通過させたと言う話と、幸運に恵まれH2Aロケットが落ちなかったこととノーベル賞受賞者が3人でたことだったと言う話を伺った。
また、学校の改革ではいろいろと努力されたようである。新鮮な言葉として「確かな学力(自ら考え、判断し、行動する)」が記憶に残った。そして、21世紀の大学では、1)システム改革、2)国際的競争力を付ける、3)プロフェショナルの育成、4)社会貢献などを言われた。
結構得るものがあった。
2004/12/05
「未来創造『夢の共和国』」の45センチ角のケースに展示する件で、安嶋さんと宇都宮さんとでJR名古屋駅の近くの喫茶店で13:00から打ち合わせをした。ノートパソコンにて映像表現する場合の方法について話し合った。
2004/11/27
午後から情報交換会のOFF会に木曽川町へ出かけた。ダイヤモンドシティ・キリオで東海地区最大級のショッピングセンターである。好業績を上げていると言うことであるが、テナントの不良店を出さないような工夫がなされているようである。Jリーグの方式で。
2004/11/26
知研東海セミナーを愛知県中小企業センターで19:00から開催した。講師はベンチャー企業の社長でもあり、いろいろと興味のある話を伺うことができた。
2004/11/25
企業協賛のため、午後からある企業を訪問した。飛び込みのため担当者には会えず、資料だけ渡す。19:00からなごやボランティア・NPOセンターでプロジェクトミーティングを開催。各種印刷物用最終原稿の検討などを行った。会議終了後、三富さんが来られ、地下鉄のベンチを山口ともさんのステージ構成について打合せをした。
2004/11/22
娘がダンス留学のためアメリカに行くのでJR名古屋駅まで見送りに行った。その足で、営業サポートの件で岐阜に向かった。
2004/11/21
市民プロジェクトと営業サポートやら独立に向けて、この1ヶ月はロジカル・シンキングを勉強中、知研で習得した「図解」にプラスアルファすると、いろいろな面で役立つことを実感する。
2004/11/18
今日は8時に家を出て喫茶店でコーヒーを飲んだあと、瀬戸へ出かけた。建設中の愛知万博・瀬戸会場の見学するためである。
2004/11/17
市民プロジェクトの協賛の件で、2社訪問。最初の会社は丁重に対応していただけた。協賛となると社内稟議が必要で、PR活動が主になるのは否めない。
先週は、社長と同行してコンサル営業サポートで2社訪問した。この歳になっても営業で訪問するのは神経を使う。
2004/11/09
山口ともさんから市民プロジェクト「未来創造『夢の共和国』」の件でメールを出していたが、吉報の返事が来た。担当メンバーにその内容を転送した。
2004/11/08
現代デザイン研究所の河原 淳先生から手紙がきていたので、市民プロジェクト「未来創造『夢の共和国』」の知研担当分で展示依頼を封書で送付した。
2004/11/05
営業サポートを行ったあとで、企業協賛の件で大手企業を訪問。愛知万博の窓口が本社一括のため、賛同を得ることの難しさを感じた。市民プロジェクトのPR活動はできたが。
2004/11/04
営業サポートである企業を訪問。説明の中でスピードとタイミングが必要を実感する。
2004/11/01
企業協賛の件で数社を訪問。そのあと大須に行き、中古の映像ソフトを購入するがドツボにはまる。最近、独立するためと万博の関係もあるが、ロジカルシンキングやビジネス系の「図解」に力を入れて取り組んでいる。それに行動力をプラスしていろいろと実践するといい収穫がありそうが実感だ。
2004/10/28
日本経済新聞社を訪問したあと、プロジェクトミーティングのためなごやボランティア・NPOセンターに行く。今日は杉浦ディレクターを招いてのミーティングであった。個々のプログラムの内容が提示された。
2004/10/25
ある記念講演会でリンナイ鰍フ内藤会長を講演を聴く。印象に残ったフレーズ。1)会社の資源として人、時、物、金と話され、前二つがアナログ系、後二つがデジタル系で時が大事で、新技術を出すタイミングという話が新鮮であった。情報でなく「時」とは以外であった。また、2)アメリカの品質の偉大さを飛行機を例に話された。3)海外進出の経験を人材の面から伺った。農耕民族の日本と狩猟民族のアングロサクソン違いを聞き、狩猟民族のモノの考え方の凄さを話された。
講演会の前に企業協賛の件で、ピープルスタップ鰍訪問。
2004/10/22
夜、知研セミナーで「未来創造『夢の共和国』」の経緯を話す。参加者は少数であったが「言うはやすし、行い難し」として実践の難しさを話す。
2004/10/21
奉行フォーラム2004の講演を聞きに行く。アタックスの丸山代表パートナーから「トヨタのキャッシュフロー戦略」の出版から戦略を聞く。また、64ビットのマシンによる奉行ASPの内容を聞く。
2004/10/16
午後からある情報交換会に出席。いろいろな情報を仕入れた。人脈が多くなるということはない。
2004/10/14
市民プロジェクトの企業協賛をしていただく、近くのチタカ・インターナショナル・フーズを訪問し総務部長に面会。何でもチタカさんも飲食関係で出展されようだ。イベント内容を説明しながら資料を渡す。ただ、期待はしないで下さいとのことであった。
2004/10/11
10時にJR名古屋駅で市民プロジェクトの登録メンバーの安嶋氏の紹介で、宇都宮氏と西垣さんに会う。知的生産の技術コーナーのコンテンツに参加していただくためであった。
2004/10/06
市民プロジェクトの関係で、企業協賛を得るためいろいろな企業を廻り始めた。自分が住んでいる役場に出かけ、この付近の大きな企業を5社ほど紹介してもらう。
それを手がかりに出かけるが、アポ取りをすると断られるので飛込みである。一市民が企業協賛を得るのは難しいことを実感した。意外と知られていないので市民プロジェクトを紹介するPR活動までである。飛込みして会っていただけるだけ幸いで、予想通り苦戦が続きそうだ。
2004/10/01
18:30から市民プロジェクトの関係で、愛知県産業貿易館西館で中部学院大学の梶原 寿教授から人権問題の件についてキング牧師の話を聞く。市民プロジェクトの関係者が多数参加。プロジェクトの進捗状態が気になるようであった。
話を聞くと結構皆さん、私同様に苦労しているようであった。
2004/09/30
10時から杉浦ディレクターと面談。企画コンセプトの個所で指摘を受けた。イメージを文章化するのは難しい。しかし、以前より内容がはっきりしてきたので心の中では少し余裕あり。
2004/09/26
室内楽を聴くために、長久手町まで午後から出かけた。目的は演奏を聴くと共に、愛知県立芸術大学のDMをくれた学生に会って、「未来創造『夢の共和国』」の一部のコンテンツを作ってもらうためである。演奏終了後に会ってその件を話した。こちらの趣旨に合う人に依頼するとほとんどに断られてしまう現実の厳しさがある。相手に意義とメリットがないとダメだらかなぁ。
2004/09/24
午後から夕立があり、激しい雨になってきた。今日は知研・東海セミナーある日で心配になり講演者に電話した。セミナーと二次会中は雨もやみ、やれやれであった。eーラーニングで頭に浮かぶのはパワーポイント。フラッシュ(Flash)で作ると映像で双方向のコミュニケーションなどいろいろなことが出来るが、使いこなすのが難しいのでコンテンツを作りこむのが大変だ。
2004/09/22
19:00からプロジェクトミーティングのため、なごやボランティア・NPOセンターに出かけた。ほぼ大枠が決まったので、個人名がでて来たりしてコンテンツの詳細検討に入ってきた。
2004/09/19
9月18日と19日の二日間、企業診断の事例研修を受講していた。8人でグループを作りある企業の診断のケーススタディに取り組んだ。班長と発表者をくじ引きで決めた。希望者がなかったためである。予備診断の内容を基にブレーンストーミングとKJ法を組み合わせて課題と対策をホストイットに書き出し、部門ごとにグルーピングしていく。それをパワーポイントに作り込む。
10チームがご提案のプレゼンテーションをしたが、SWOT分析を8チームで行っていたが論理に飛躍がありよく分からなかった。最後の講師の講評でSWOT分析で社長に現状が危機な状況にあることを指摘していないのと、社長が話した内容そのままでキーワードに置き換わっていないと言われた。また、お金を払うとしたら1.5チームにしか払わないと言われた。厳しい言葉に少し落ち込む。
ほとんどのチームが数字でいついつまでに(長短の課題解決スケジュール)あるべき姿と、この対策をしたら費用対効果で収益がいくらになるを表現していなかった。つまり、余りにも与件データを与えられたので、先入観で切り口を間違えていた。ここらも経験と場数を踏まないとダメだと思った。
2004/09/15
18:30からTOMA(コンサル組合)の会合で15分間、市民プロジェクト「未来創造『夢の共和国』」を紹介の機会を頂いた。これが当プロジェクトの対外的なPRの第一歩となる。
2004/09/14
ネットで営業サポートに応募した、ECSASグループに16:30から営業の提案をした。何も革新的な提案ではないので社長さんたちはがっかりされたかもしれないが、カタログやHPを使って最初は認知度を上げる作戦である。
今の時代、行き成り飛び込みセールスしても成果は余り期待できない。いろいろなネットワークを使うしかないようだ。成果報酬だから厳しさが身にしみる。
2004/09/06
午前中に無限堂に行き、印字不良のサンプルを見せながら状況を言って初期不良の関係でページカラーインク代に近い金額を値引きしてもらった。今後はもう駄目でその他のカラーインクもなくなるので結構な出費になりそうだ。
15:00からネットで応募したコンサルグループの会議に出席した。独立して活動している方々の紹介があった。それぞれのリスクを基にした成果方式のため、報酬がもらえる状態ではないようだ。営業担当とは言え厳しさを実感した。帰りがけ偶然にもコンサルを指導していただいた加藤先生に出会った。アポを取るように言われた。チャンスあり。
2004/09/04
無限堂という中古屋で中古のカラーページプリンター(LP−3000C)を見つけたので、58,000円まで値切って購入した。ただし、初期不良だけの保証である。プリントサーバ経由で使うため、途中のHARD OFFで中古のCOREGA製プリントサーバも5,250円で購入した。
早速、息と二人で2階の部屋へ苦労して運び設置後電源を入れる。案の定、マゼンダがインク切れの赤ランプ点灯。印字できる状態にはなるが嫌な予感。プリントサーバを設定し使える状態にする。中古はいろいろなものが不足しているのでちょっと苦労した。
テスト印字をしたら正常に打ったので一安心であった。しかし、そのあとで不安が的中した。P&N工房のチラシを出力したらカラーの部分で一部色抜けする。目の前が真っ暗になった。50Kg近いプリンターを2階から降ろして返品するにはお金の問題より、むなしさが先になる。
さすがに返品はできないので、時間を置いてからいろいろな個所を点検したらプリントヘッドフィルターの部品に黄色のトナーが少し付着していた。これが原因で黒は正常だがカラーのところが色抜けした。今回のトラブルとマゼンダが切れていることもあり再度値切るつもりである。なにせ、カラーインクは市販の純正品で16,000円もするからたまらない。
2004/09/02
コンサルグループを構成する最後の1社を訪問するため、10時着で近鉄四日市駅に向かった。駅で社長と待ち合わせをしてから会社を訪問した。生産管理のパッケージソフトの説明を受けた。その他と窓口になる加藤氏を紹介された。
2004/08/30
10時からネットで営業サポートに応募した、コンサルグループを構成するソフトハウス3社の内の1社を訪問した。若い社長でSE担当の方と商品であるソフトパッケージなどの概要を伺った。
2004/08/27
知研東海のセミナーのため、午後3時ごろから名古屋に出かけた。今日のテーマは「伯楽(キャリアカウンセラー)のあゆみ」という内容で小林氏に話していただく予定。
2004/08/26
定年の説明会に10時ごろ、会社に出かけた。早期退職のため会社を去る寂しさはないが、言葉に言い表せない節目を感じた。ハッピーリタイアとは行かないようだ。
2004/08/25
19:00からネットで応募した会社の社長さんたちと食事としながら、サポートの件で話し合った。営業戦略のことで話は噛み合わないところもあったが、社長業の厳しさが伝わってきた。そこで個々の会社を訪問することになった。勉強も含めいい機会にめぐり合えた。
2004/08/24
市民プロジェクトをなごやボランティア・NPOセンターで19:00から開催するため名古屋に出かけた。村田さんと安嶋さんが初参加された。進捗状況にいろいろな変化が起きて来た。
2004/08/22
今日はある国家試験の試験日。役割は予備監督官であったが、欠席者があり急遽監督官として教室に入ることに。主任監督官1名、監督官2名、バイトの学生2名という構成で受験者125名である。厳しい時間管理の基、監督官の立場からミスが許されないため超緊張であった。トラブルもなく終了したが疲れた。厳しい試験に受験生はもっと疲れただろうなぁ。
2004/08/21
ある情報交換会に出席した。リレーショナルバンキングなど新鮮な情報を聞くことができた。
懇親会では若い人たちと話す機会があったが、パソコン関係で独立する予定と言ったらそんなもので食えれるのとか、ERPやシステム設計ができないと食えないよとアドバイスをされる。しかし、個人がこの技術を持っていても食えないことは承知済みである。
営業ができないと難しいことも肌で感じている。大変だ。
2004/08/19
ネットで申し込んだ会社の社長さんと面談。スポットのサポートができれば。
2004/08/17
ある国家試験の監督官に申し込んだら当選したので、午後から地下鉄池下駅の厚生年金会館に出かけた。
2004/08/12
8/10にプロジェクト実施計画書案(完璧でないため)を提出したが、その内容については覚悟をしていたとはいえ厳しいことを言われた。「夢」のあるコンテンツが少ないことと、企画コンセプトに一貫性がないことなど。国際博覧会に出展するのだから言われることも厳しい。しかし、段々と形が見えてきたので言われているわりには余裕がある。
実施計画書に文章化されていないところのイメージでは、想像をしていた以上の表現ができそうな感触あり。ただ、資金調達では少し不安はあるが。
2004/08/08
8:00の名古屋発の特急で山梨に出かけた。今日は八木会長とNPOえがお・つねげての曽根原代表理事に会って、市民プロジェクトの打合せを兼ねて、都市農山村交流キャンプを訪問するためである。収穫は結構あった。
2004/08/07
古田さん主宰の愛知ビジネス勉強会に参加するため、地下鉄の西高蔵に出かけた。交流会は19:00から始まるので、その間駅の近くを散策した。熱田公園の中に東海地区最大の断夫山古墳に行ったが名古屋市の案内板があるだけで殺風景であった。地方の豪族の墓のため天皇陵のようには整備されていなかった。
交流会には久田さんも参加されていたが、ネットの交流会で知ったという方も多く初対面の人が多かった。いろいろな機会に交流したいという若い人が多いのには感心した。
2004/07/31
昨日17:00ごろ、東大広報室に小柴東大名誉教授にお願いしていた「未来創造『夢の共和国』」での講演依頼を再度していた件で、担当の京ヶ島様に電話した。結果はお断りしたいと言うことで、覚悟はしていたことではあるが少しがっかりした。しかし、立ち止まることができないので気分的な疲れはあったが気持ちを新たに前進だ。
そこで今日は気分転換も兼ねて、動かなくなった中古のノートパソコンを諦めきれずにいろいろといじっていた。電源が入らなくなったのはエラーでインターロックが掛かっていたためであった。VIDEOと音源が動作しないのはドライバーないためであるが、どんなドライバーが使われていたか分からない。そこで添付品を探したらリカバリーCDとドライバーアップデートのCDが見つかった。
すべて揃った新規購入品なら、これらの添付品で復旧させることができる。しかし、中古品の悲しさ一工夫がいるのである。ディストップでインストール後、ドライバー関係のソフトのコピーして置いて、ノートパソコンに組み込むのである。IO−DATA PLAET(LANカードのドライバー)の要求コマンドの意味がわからないなどいろいろと苦労しながら現状復帰させることができた。ただ、USBのCD−ROMのドライバーだけ原因は不明でストールする。他のパソコンでは異状はないのだが。最初に作り込んだときの記録を残していないので、再度同じ状態にするのは難しい。
Linuxのマルチブートまでは今のところも戻せそうにない。
2004/07/28
15時から市民プロジェクトの担当ディレクターに面談した。目的はプロジェクト実施計画書の書き方と、2社に伺って得た疑問点について質問した。市民参加のプロジェクトという名目はいいが、いざ、プロジェクト実施計画書を書くと成ると、メンバー初め関係者はイメージまでは話せるが、2〜3行程度に遣りたいことをまとめてほしいというとできない。また、その予算化ができない。そのため、他のプロジェクトの提出状況を聞きながら、どんな書き方をしたらいいか伺った。
ミッションがあって、あとはアメーバ組織見たいに誰かが指示、命令するわけではないので難しいことは分かるが。
疑問点は企業協賛のメリットである。また、寄付金との違いについてである。寄付金とは違って企業協賛はその企業に何らかの見返りがあること。今回の市民プロジェクトでは100万円以上から最低5万円までにランクづけされメリットが与えられている。
このメリットが多いか少ないかは議論のあるところであるが、市民プロジェクトの協賛企業にあた得られるメリットは他の形で協賛するよりも金額的に優遇されているためホームページには掲載できないと言うことであった。
2004/07/26
朝5時半に起き、東京へ出かけた。目的は自分が勤めていた会社とNEC本社に伺って企業協賛を得られるかの打診程度である。まだ、プロジェクトが進行中で全体が固まっていないためである。それと、資金調達の目途が立つかの感触を掴むためである。
両社とも話を伺うと、いろいろなところから、同じような依頼がたくさん来ているようである。
成果としては、いろいろな情報を伺うことができたのが収穫である。今後に大いに役立つ内容であった。
2004/07/25
数日前から、調子が悪かった中古のノートパソコンが最近の暑さが影響したのか壊れていました。結構高度に作りこんであったので、何とかして動かそうといろいろとトライしたが最後は電源が入らなくなってしまった。重宝していたから残念である。がっかりである。
2004/07/24
「未来創造『夢の共和国』」のeラーニングの展示の件で、大垣のソフトピアへ午後から出かけた。岩清水氏が代表をしておられるWeb5W1Hラーニングを訪問し、北村教授から説明を聞いた。「未来創造『夢の共和国』」の一番最初の段階で検討していた、世界の人たちと環境が許せば双方向のコミュニケーションができそうだ。
インターネットTV会議にeラーニングな要素が加わったと考えれば分かりやすい。
2004/07/23
19:00〜20:30にかけて知研東海のセミナーを開催。久保田岡山支部長は会社に勤めておられるときから、チャレンジ精神が旺盛で知的ネットワークを築かれていたようだ。また、サラリーマン時代も、一般の会社人間とは一味違い、いろいろな部署を経験され、それは現在に生きていると言うことであった。
2004/07/22
19:00〜20:30までナゴヤボランティア・NPOセンターで第9回のプロジェクトミーティングを行った。最初に山口ともさんのビデオを見て、構想を練った。今回は三富さんとコンビを組んでいる井上麻衣さんも参加された。また、鈴木さんからは講演者の関係で混乱になるのではないかという話があった。段々具体化してきて予期しない心配事が出てきた。
2004/07/18
デジタルビデオをホームページで発信するいい方法がないかと、テストしていた。FrontPage2000では拡張子のMPEGがサポートされてなくAVIだけなので容量が17秒で60Mbになる。MPEG1なら2.3Mbぐらいである。FrontPage2000では不可能に近い。
そこでPowerPoint2000でMPEG1を挿入で取り込みいろいろなテストをしてみた。Webページで保存したあとで結果を見ると、挿入でビデオファイルとして取り込めばホームページ内でクリックすると映像が見えるが、MediaPlayerを実行する形で取り込むとインターネットエクスプローラのメディアボタンがONになり、フレームで映像が見えて少し違和感がある。
いろいろと調べたら、ホームページビルダー8ではMPEGで挿入できそうである。レンタルサーバーを借りれば、DISKの容量は多くなるがそれでも映像配信をしようと思うと足らない。しかし、映像配信ができるといろいろな可能性が出てくることは確かである。これからは特定のモノに特化したネットTVが流行りそうだ。
2004/07/16
山口とも氏から電話があり、「未来創造『夢の共和国』」の対話劇場でこんなことをやってほしいと企画内容を話した。子供たちとのワークショップ含めた廃品利用の楽器(マラカス)を作り合奏し、余韻が残るようにしたいとも話した。
2004/07/15
午後から、小柴東大名誉教授宛てに再度、「未来創造『夢の共和国』」での講演依頼のFAXを流した。駄目な場合でもビデオメッセージという形で夢が叶えばと思う。そして、長谷川 岳氏と山口 ともさんの会社や事務所に再確認の電話を入れた。当人とは話はできなかったが、感触はよいと思っている。プロジェクト実施計画書に盛り込む予定である。
それと、「P&N(パソコン&ネット)工房」で頼んであったチラシが出来上がった。成果は期待できないが少し違うアプローチができそうである。
2004/07/14
市民プロジェクト事務局から2005年日本国際博覧会長名で「未来創造『夢の共和国』」のプロジェクト認定書が届いた。これで初めて正式に認定されたことになった。
2004/07/13
長谷川 岳氏に「未来創造『夢の共和国』」での講演依頼のFAXを送った。一応これで、いま現在考えている講演依頼者への正式な意思表示は全て終わった。
2004/07/11
午後の13時から10の会の勉強会があったので、大須に出かけた。パソコンのビデオ編集でIEEE1394のPKGとIDEのDISKをUSB1.1で使えるようなケースをほしいと思っていたので大須で時間が来るまで探すことにした。
偶然にも、ある中古店でIEEE1394のPKGを¥1,000円で見つけた。また、IDEのDISKをUSB2.0で使えるケースもあった。USB1.1で使うと遅いが使えないことはないということであった。
勉強会の方は、いろいろな情報を得ることができるので助かる。しかし、皆さん、独立指向が強いので物足りなさはあるようだ。販路開拓は非常に難しいが現実であり、知識に付加価値をつけてアウトプットするのも、言うはやすし、行いは難しである。
終わったあと家に帰り、買った部品でいろいろなテストを行った。大容量DISKをUSB経由でいろいろなパソコンに接続できるので便利であるが、持ち運び中に落としそうである。何となく気乗りがしない。 6月の中旬に鰍bPIとレンタルサーバーの代理店契約を結んだので、レンタルサーバーを使って、データベースサーバー(データ倉庫)として何か使えないかを考えたい。
2004/07/09
パソコンでビデオ編集の件で相談に乗った方から昨日、電話が来た。スキャナーをつけられないかと言う話であった。ご自分がやりたいことをいろいろと伺うと性能的に無理があるので、構成を考えて要望どおりの性能のパソコンを中古で作ってあげた。また、ビデオ編集ソフト(VideoStudio)では苦労した。自分のパソコンでは問題なく動作するのに、なぜかときどきストールする。
あとで分かったことであるが、450MHz程度のCPU速度ではVideoStudio5がときどきストールしてしまう。ところが500MHz以上なら問題はない。このことがわかるために1週間ほどかかった。しかし、VideoStudio7はこれでも駄目で、もう少し早い667MHzぐらい出ないと起動時エラーになる。ここらは実際に遣ってみないとわからない。中古の自作機のため、Diskを80GBに変更するなどして、全ての要望を満足する形にした。ひとつ勉強になった。
2004/07/07
知研・札幌の松本さんに教えていただいたルートで「ヨサコイソウラン」の長谷川 岳氏に連絡ができる方法が分かった。「未来創造『夢の共和国』」に出演していただけないかを交渉する予定である。
2004/07/02
山口ともさんから「廃品パーカッション」のビデオが届いた。ビデオを見ながら「未来創造『夢の共和国』」で出演していただけた場合の、構成を考えていた。いろいろな条件が折り合えば最後のステージで子供たちとの合奏で出ていただきたいものである。
話は変わるがパソコンでビデオ編集の件でいろいろと相談に乗った方の、パソコンがときどきストールするのが気にかかる。
2004/06/29
13:00〜13:30にかけて「未来創造『夢の共和国』」の件で、杉浦ディレクターと面談した。
鈴木さんの提案の企画などで状況を説明した。そして、依頼してあった対話劇場の実施期間の変更の件で2005年7月14日(木)、2005年7月15日(金)にできそうとのこと。
また、小柴東大名誉教授が「地球を愛する100人」にノミネートされていたが、内諾されないと言うことで外されていますよと伺った。明日、担当の京ヶ島様に断られた状況を聞くことにした。
19:00〜20:30までは愛知県中小企業センターで知研・東海の例会である。市民プロジェクトの進捗状況の報告をしなければならない。
2004/06/28
朝方、パソコンでビデオ編集に興味の方の訪問があった。ビデオ撮影はセミプロである。簡単なデモンストレーションをしてあげた。
2004/06/27
デジタルビデオを購入したので、パソコンでビデオ編集に挑戦していた。中古のハードディスク40GB、中古のVideoStudio5、そして、IEEE1394のPKGを購入して動作確認をしていた。
メインマシンはハードディスクが取り外しできるようになっているのでビデオ製作用のシステムを作りこんだ。最初はデジタルビデオのSWの設定を間違えて苦労したが、ビデオをキャプチャーすることができるようになった。いろいろなことができることが分かった。何かができそうだ。
2004/06/25
「廃品パーカッションの山口ともさん」から「未来創造『夢の共和国』」に興味ありのメールが届いた。
愛知万博の市民プロジェクト件で、19:30〜20:00まで東京の東京ステーションホテルで久恒理事長と八木会長に会っていた。
2004/06/24
年金研修のため、18:15〜20:15まで愛知県勤労会館にいた。
2004/06/23
第8回プロジェクトミーティングで19:00〜20:30までナゴヤボランティア・NPOセンターにいた。鈴木さんからアピールできそうな企画提案を頂いた。
2004/06/19
名古屋の中小企業センターである情報交換会があり、13:30〜17:00まで参加した。偶然にもトヨタに務めておられる方の講演で「トヨタのTQM活動について」というテーマであった。グローバル企業だけあって冊子も日本語と英語で書かれていた。
1兆円を稼ぎ出す企業風土を伺った。TQC活動もマンネリ化せず、問題が発生の都度、定時時間内で活発なミーティングをなされているようだ。質問して分かった。本人は担当しておられるITによる事務改善のPASSではデータの転記作業(ムダ)をどうなくすかの話があり興味を惹いた。トヨタでもこれから定着に向けて推進すると言うことから考えて、部門間が絡む難しいテーマであると感じた。
2004/06/18
アタックスの出版セミナーを聞くため12:50から名古屋の栄に出かけた。第一部が山田昭男氏 未来工業株式会社 取締役相談役の話で「楽して、儲ける!」という本を出版された記念の講演であった。、残業はされない。製造業で制服を着ないらしい。女性だけの職場。ちょっとユニークでそれでいて儲かっているとのこと。世間は広い。
第二部は丸山弘昭 アタックスグループ 代表パートナーによる「トヨタのキャッシュフロー戦略」でトヨタウエィの話を聞いた。1兆円を稼ぎ出す企業のノウハウを伺った。遣るべきことを遣るだけらしいが。
海PIを契約を結ぶ。
2004/06/17
2回目の「得するデジタルビデオ撮影術」を受講した。昨日、決心してPanasonicの「NV-GS120K-S」を値切って購入した。今日はそれを持っての受講で、撮影テクニックを習った。しかし、机上で習うのと実際に撮影するのでは大違い。手振れはするは、動きの激しい映像で見れたものでは、注意されたことが全て表現されていた。ちょっと自信を無くした一日。
2004/06/14
18:30〜20:30にかけて、あいちNPO交流プラザで「あいち協働ルールブック2004 〜NPOと行政の協働促進に向けて〜」という会合があり参加してみた。参加者はNPOの代表など140名ほどであった。話の内容は、ルールブックが作られた経緯や行政との協働のあり方についての説明がなされた。2001年にあった「NPO全国フォーラム東海会議」で英国での行政との協働のあり方を聞いたがそのときの「COMPACT(覚書)」も参考にされているようだ。
あいちで行政とNPOとの協働の先進性は、どうも愛知万博が影響しているようである。
市民プロジェクトでも産学官と市民のあり方を模索する実験の場になるらしい。気になるコストには結論がでないまま。
2004/06/11
昨日の10:00〜12:00にかけて、私が住んでいる西春町の文化勤労会館で行われた、生涯学習の一環の「得するデジタルビデオ撮影術」の講習に参加した。参加した目的は、「未来創造『夢の共和国』」で三重県飯高町にある「虹の泉」を映像発信できないかと思っているためと、知研東海セミナーなどでデジタルコンテンツを受発信できないかと考えているためである。
講習後に講師であるパナソニックSSマーケティング鰍フ種井氏にデジタルビデオの購入時の注意点を聞いた。できれば3CCDでDVDでない方を進めると言う話であった。何でもDVDはJPEGのため編集がしにくいとのこと。掘り出し物を探しに行こうと。
また、話の中にはやはり専門家と感じる情報を得た。例えば、オートホワットバランス(色を自動設定)などの困っていた説明がたくさんあった。その道の専門家に聞くのが一番であると感じた一日であった。
2004/06/08
昨日の10時半ごろに、東大の広報室に電話し京ヶ島様に市民プロジェクト「未来創造『夢の共和国』」での小柴先生の講演依頼の件で回答を伺った。結果は内諾できないと言う返事であった。来年の話でもあり難しさは覚悟していた。残念である。
2004/05/30
今日は午後から、ナディアパークの名古屋市青少年センターへ年金の私的な勉強会に出かけた。参加者は15名ほどであった。皆さん、熱心であった。ファイナンシャルプランナーや年金コンサルタントのプロを目指す社労士の方々であった。
2004/05/29
食べる程度の農業を遣っている。今日は一家総出で田植えを行った。何せ古い中古の田植え機と来ているから、植え方が芸術作品のような形になる。そのため、近所の人から笑われたらしい。しかし、気にしない。一仕事終わったのだから。
2004/05/25
昨日の午後から「未来創造『夢の共和国』」で小柴東大名誉教授に講演していただくための依頼文をしたためていた。失礼のないような文章にするため、いろいろと考えに考えて4時間以上かかった。
女房に推敲してもらって、朝9時に東京大学の広報室にFAXを入れ、届いたことを確認した。担当者の方は京ヶ島様というらしい。最優先課題の仕事が片づいて、肩の荷が下りた。やれやれである。一週間後ぐらいに問い合わせることになる。結果はどうであれやれることはやったので気分は楽になった。
2004/05/22
16時に石田氏と会って、5月21日にあった市民プロジェクトのルール説明の話を聞いた。プロジェクトリーダーはそれぞれのプロジェクトの状況を知りたいという話があったとのこと。
2004/05/21
知研東海セミナーを愛知県中小企業センター8階で開催した。久田講師の知り合いも参加され11名の参加者があった。久田氏は会社の内外でプレゼンテーションの講師をされているので分かりやすい説明であった。
2004/05/19
なごやボランティアNPOセンターで第7回プロジェクトミーティングを19:00〜20:30にかけて開催した。コンサルテーションの内容を踏まえての話になり、何ができて何ができないかがはっきりし、ろり具体的になってきた。ホールで8コマ、展示で2テーマが実施できそうである。
2004/05/17
愛知県産業貿易会館西館8階で16:00〜17:00まで市民プロジェクトのコンサルテーションを受けた。当プロジェクトの進捗状況と市民パビリオン2階展示場の説明を聞いた。展示エリアの広さに驚いた。1週間の展示場の追加の件を話した。また、ホールは二日間で8コマが限界のようだ。
2004/05/16
午前中に一宮の三洋堂書店で大前研一氏、斎藤顯一氏共著による「実践!問題解決法」の本を購入した。「ひとりビジネス」の勉強を兼ねてである。また、最近、松山真之助著「バランススコアカードの使い方がよくわかる本」も購入した。松山氏と久恒教授は面識があるようだ。図解のことが取り上げられていた。2冊とも知研で学んだことが経営に応用が利くので馴染みやすい。
「ひとりビジネス」のため、ここらをマスターしようと勉強中である。
午後14時からは町の文化勤労会館で行われた、七カ国語で話そう言語交流研究所・ヒッポファミリークラブ主催、愛・地球博フレンドシップ事業協賛「“自由の帽子”エルサルバトル(西春町のパートナー国)」の青年海外協力隊の体験記(一部スペイン語)などの講演を聞いた。尾関フェロウのスペイン語による挨拶など、ちょっと場違いだったかな。
2004/05/10
9時半から、雨の中を市民プロジェクト(昨年3月の海上の森ハイキング)で知り合った愛知県立芸術大学の橋本氏が学内で展示会を開催するというメールが来たので出かけた。
学生会館をギャラリーに改装した場所でテーマは「evergreen」である。私には芸術論を語るほど知識がないので何ともいえないが、自主企画で自分たちを作品を発信する意気込みには感じ入るものがあった。ピアノのレッスンの前に短時間ではあったが会えた。何んでも市民プロジェクトに参加するのは止めたということであった。自分の思いが表現できないということである。難しい現実があるので何も言えなかった。
2004/05/09
平成3年ごろの中古のサニーに乗っていたが、6月に車検が来るのと年代モノでいろいろなところにガタが来ていた。愛着はあったが時計、ラジカセと駄目になり、最後にクーラーが壊れた。さすがにここまで来るとどうしようもなく、夏場を迎え諦めることにした。エンジンは順調なのだが。
こんな状況の中、次の中古車を購入するため、6ヵ月ほど前から探していた。時代遅れの人間のため、マニュアル車でパソコンなどを乗せて移動できるようにとバンタイプを希望していた。しかし、時代はオートマ。掘り出し物が出ない。諦めかけていたら、別のデーラーが結構値打ち(平成14年製14,870Km)のProboxを探してくれた。その車が今日、納車された。今の時代、中古のマニュアル車を探すのは大変だ。それに技術者の性か、オートマは好きになれない。以前、咄嗟の判断でアクセルとブレーキを間違えとんでもない事故を起こしそうになったし、最近の新聞にオートマ車が駐車場からコンビニに突っ込む事故が載っていた。さて、事情はどうであれ苦労の末に、こちらの希望通りの車が手に入るのは嬉しいの一語に尽きる。
2004/05/06
11時ごろ、杉浦ディレクターより電話あり、5/14、5/17および5/18の内で1次公募のプロジェクトのコンサルテーションを行いますという連絡であった。鈴木さんの企画を追加していただく予定。そのときの電話で内定分の時期および期間が分かった。
2004/05/04
鈴木さんから企画の内容のメールがきた。
2004/04/30
20時ごろ、杉浦ディレクターより電話あり、鈴木さんの企画で詳細を教えてほしいということであった。そのため、至急鈴木さんにメールした。
2004/04/27
機会があって、15:00から愛知県産業貿易館西館で中小企業庁長官の講演を聞いた。内容で興味を惹いたのは、倒産件数が減少してきたデータで手形取引が少なくなってきたためと、自主廃業は含まれていたないが改善傾向になっているとのこと。また、大手銀行の中小企業に対する融資の減少を傾向のデータを見て状況がわかった。
しかし、最近は優良中小企業への貸し出しは徐々に進んできたという話。また、中小企業への融資の手法も多様化し、大分県に見られるような再生ファンドの話もされた。特に営業キャッシュフローが正常な中小企業は専門家を交え再生に取り組むという話は不況を脱出しつつあるという感触を得た。
高官の話を聞くといろいろなアプローチ(中小企業なりの会計処理による利点)の仕方があり、マンネリからも脱出できる知恵が得られるから良い。
2004/04/23
朝、9:00から魚住宅へパソコンのWordの使い方を教えに行った。午後15:00からは名古屋に出かけ、最初は万博協会で市民プロジェクトの瀬戸会場をバーチャル・リアリティで見学する。海上広場のワークショップエリアは4×4mの倍数で確保する構想のようだ。それと8×8mのエリアがあるとのこと。
市民パビリオンの中は、まだ情報がなく空っぽであった。しかし、展示エリアは広場と一緒であまり多くを望めないだろう。ゴンドラ駅、日本政府館や愛知館へは間伐材を使ったバリアフリーの回廊で行くようになるらしい。
19:00から知研東海の例会があるので、愛知県中小企業センターに向かった。
2004/04/20
13:00から5部構成になっていた、ある支部会の総会に出席した。1部は事例研修。2部は情報交換会。3部は会長との意見交換会。4部が総会で収支報告において、研修費の差異が大きいことに対して質問した。5部は懇親会で行政の偉い方たちが招待されていた。
普段着で行ったため、場違いになってしまった。しかし、図々しくもカラオケ(長崎の女)を一曲披露して帰ってきた。
2004/04/18
三富さんから、自分が出演されるライブの案内カードをいただいたので、藤が丘に出かけた。
18:20から開演であい(ミトミアイ)まい(イノウエマイ)コンビの演奏を初めて聞いたが場慣れしている感じがした。愛知県立大でも人気者のようだ。ライブ喫茶の若者の中に場違いのふたりがいた。もう一人の方は三富さんと同じ学部の社会人学生のご婦人であった。
2004/04/17
午後1時30分から、ある会の情報交換会に参加した。異業種交流会で初対面の方が多いので緊張するが、普段では手に入らない情報が聞けるのが収穫である。ちょっと疲れた。
2004/04/16
夕方、18:00〜20:00にかけて、なごやボランティアNPOセンターで第6回プロジェクトミーティングを行った。初参加の三富さんが趣味で演奏活動をされていることを伺った。鈴木さんから2つの企画の概要を話していただいた。
2004/04/12
セミナーの講師をさがすのは大変である。知研東海の5月セミナーの講師依頼を会員にメールした。早く回答がきたのでひと安心である。また、「未来創造『夢の共和国』」の登録メンバーに次回のミーティングの関係でプロジェクトの展開内容についてメールした。
2004/04/05
15時ごろ、小林歌謡教室の先生からパソコンがインターネットに繋がらなくなったから見てほしいという電話があった。内容はZeroというプロバイダーがアクセスポイントを効率化するための電話番号の変更のメールがあり、2台とも変更したが接続できなくなったとのこと。調べたら1台はADSL接続で、もう1台はダイアルアップになっていた。ADSLは業者が来て接続したらしいがマニュアルを見てだけの作業だとすぐわかった。ユーザーの要望を聞いていない。
ダイアルアップの方はてこずった。電話番号変更と共にユーザー名を「XXXX」から「XXXX@zero.ad..jp」というように@以下を追加しなければならなかった。通常の電話番号の変更と早合点したのが間違いであった。マニュアルがないから、ZeroのHPからそのことを読み取るのに時間がかかってしまった。
2004/04/02
チラシ(パソコンとピアノ教室)を自宅から半径1Kmにポスティングし、1ヶ月で1,500枚配布して電話での問合せが1件程度。効率は悪いか徐々に増やすしかないなぁ。
午後からは市民プロジェクトの関係で14:00〜14:30まで杉浦ディレクターに面談。少しづつではあるが変化の兆しあり。
2004/03/30
朝、メールを開いたら浜松ホトニクスの花嶋氏からメールが届いていた。小柴東大名誉教授の講演の依頼先と希望が叶いますようにという文が添えられていた。
早速、東京大学広報室の松井氏に電話した。そこで講演依頼文をFAXすることになった。ディレクターと相談して依頼文を考えなければならない。
2004/03/29
昼から、知研東海のセミナーを開催するため、名古屋に出かけた。夕方まで三省堂書店に寄って立ち読みと、近くの喫茶店に入って時間をつぶした。
19:00〜20:30までのセミナーでは6名の会員が集まった。結構前向きな発言で、社内勉強会を主宰する人、外部講師も兼ねた社内インストラクターや自分で勉強会を主宰する方などである。内容はインプットも大事だが、アウトプットをもっとしたいということであった。
2004/03/27
今日は昼から名古屋に出かけた。18:00からなごやボランティアNPOセンターで第5回プロジェクトミーティングを開催するためである。今回は登録メンバーである鈴木さんが初めて参加された。「未来創造『夢の共和国』」の方向性もある程度見えてきた。
2004/03/23
前日に、林さんから2月の合同セミナーの感想文の依頼がきたので、文章は上手くはないが800字程度にまとめてメールした。その時に柳ヶ瀬学生村として「未来創造『夢の共和国』」にある企画で参加できないかと依頼文も添えた。
夕方にメールを開いたら、浜松ホトニクスの花嶋様からも確認のメールが届いていた。小柴東大名誉教授への扉が開けばと思う。
2004/03/18
朝、7:30にメールをチェックし、8時20分に家を出る。今日は愛知県中小企業センターへ行き会場の申し込みと、杉浦ディレクターとの面談を予定しているため名鉄メルサに寄った。目的は今後のスケジュールを伺うことである。そのあとは名古屋駅裏に出店したビックカメラへPM-700C用のインクを買いに行った。ノーブランド品ではあるが、黒、カラーのインクが共に¥880(税抜き)で購入できるのがいい。やはり宣伝通り一番安い。
家に帰り、浜松ホトニクスの花嶋氏に市民プロジェクトの件でメールした。
2004/03/13
昼から社会保険関係の研修を受けるため、名古屋に出かけた。無駄なく一日を過そうと浅はかな知恵を出し、先ず最初は大須に行く。目的はGateway profileのメモリー、¥1,980のStarSuite7(どのぐらい使用に耐えるかをテストするため)、そしてSlot1タイプのCPUの購入である。
自称プロであるから、JUNK品などをいかに安く買うかである。また、それも楽しみ。結局、ノートパソコン用MM64Mbを1,980円、StarSuite7を1,880円、Celeron333Mzを500円の税抜きで買った。
それを持って、愛知県中小企業センターの研修会場に13:00に入った。専門家集団の研修会だから和気藹々とは行かず、知り合いもいなかったため話を聞くだけであった。その中でもケーススタディではいろいろと経験しないことを知ることができた。
家に帰れば、パソコンオタク。購入してきたモノを全てテストして異常がなかったのでやれやれである。期待以上の成果があった。StarSuite7はWin98とLinuxにインストールしたがOpenOffice.orgよりは使えそうだ。
2004/03/11
朝、いつものように7時ごろに起きて朝食を食べる。日経産業を読んで興味のある個所を切り抜きし、それとチラシを持ってサークルKに行き、そこでA4に統一しコピーを取る。そのあと、ブロックごとに決めた地域にチラシをポスティングするのが日課になってしまった。ほとんど、これといった成果はないが技術者の性か記録だけは几帳面に取っている。あとは1000時間のヒアリングを聞くこと。いろいろと戦略までは考えられるが、いざ実行となると相手があることだし難しい。
何かをやろうとする志(市民プロジェクトやひとりビジネス)と現実の狭間で時間を持て余すようになり、知的生産の技術の中の自分史を「暇人日記」として書くことにした。
今日、杉浦ディレクターからメールが入り、「未来創造『夢の共和国』」の第5回ミーティングの件で、来週に面談を予約。スケジュール関係で分からない点を質問する予定。折角のビッグチャンス、現実は厳しいがネバーギブアップで行こう!!
2004/03/10
昼食時に義理の姉さんから女房に電話があった。何でも義兄さんの心臓が止まって入院したらしい。今は正常に戻ったとのこと。一瞬呆気にとらわれた。
何でもその日に限って、義理の姉さんがそばにいて、すぐに応急処置をして救急車を呼んだらしい。14年前に心臓を手術して養生している身であったから姉さんも手際が良かったのである。運がいいとはこのことである。
それに引き換え、例を出しては悪いが長嶋元監督はまさかの不運が重なったようである。
2004/03/09
午前中に、町の文化勤労会館へパソコンを持ち込む形でインターネットで遊びながらの講習をしたいが、回線を貸してもらえるかと相談しに行く。しかし、役場の設備を個人に貸すことはできないという話であった。ちょっと残念である。
2004/03/08
買い込んできた2台の液晶パソコンをセットアップする。全て問題なくできた。
ついでに、息子に作った中古の自作機が調子が悪いのでそれも直した。
2004/03/06
久しぶりに大須に出かけた。パソコンオタクの虫が出て、中古店を覗く。2万円で薄型のノートパソコンを見つける。買う予定でキープし、銀行に行き現金を引き出す。
店に戻り、ついでに2階のJUNK売り場を覗く。そうしたら、Gateway ProfileでCPU内蔵型液晶パソコンをデモしながら1万円ちょっとで4台も売られていた。JUNK品は決済した段階で保証がないという点で、自分の力量と相談しながら買うことになる。しかし、 この値段なら、魅力があり駄目もとでキープしたノートパソコンをキャンセルして買うことにした。
早速、家に持ち帰りソフトを組み込んだり、ネットからドライバーをダウンロードしたりして、LAN構成の動作確認をしたらすべてOKであった。ラッキーである。宝の持ち腐れになることも忘れ、翌日、もう2台もLinuxなどで使おうと買い込んでしまった。
2004/03/06
愛知県商業流通課から封筒が届いた。内容は「商店街活性化プラン推進事業」に係わるご協力についてであった。どうも「あいちNPO交流プラザ」に知研を団体登録したためらしい。今回は愛知万博の市民プロジェクトの件があるため、パスすることにした。
2004/03/05
セカンドキャリアで勉強するための通信教育資料、1000時間ヒアリングマラソンの教科書が届いた。ラジカセにCDをセットしてHEARINGするが、チンプンカンプン。
さぁ、大変なことになったが実感である。これから、毎日聞かなければならない。
2004/03/04
午後からOBC(慣ービックビジネスコンサルタント)の奉行フォーラムを聞きに行った。
OBCのパッケージソフトに興味があったのと、商奉行で聞きたいことがあったためである。要点をいくつか聞いた。直前のセミナーであるユーザーのERP導入事例を聞いていたので、自前でカスタマイズしなければならない個所も分かった。OBCではERPにすることの利点としてカスタマイズできる点を挙げていた。マスターなどを共有化することではないようだ。詳細は分からないが。
2004/02/28
午後から知研の合同例会のため、JR岐阜駅に出かけた。今日は小泉社長と八木会長の2部構成である。始まる前に林さんに柳ヶ瀬学生村として、「未来創造『夢の共和国』」に参加してもらえないかと打診したら、学生との関係もありちょっと難しいかもという返事であった。
2004/02/21
夜、市民プロジェクトの第4回プロジェクトミーティングに名外大の教授が参加された。第1次公募からの付き合いでいろいろな企画を伺った。しかし、企画の規模が大き過ぎて当プロジェクトには合わない趣旨を話した。
当教授のWebミーティングプラザに登録されているが、活発にいろいろなプロジェクトなどに参加されているようである。毎日、メーリングリストが流れてくる。
2004/02/20
市民プロジェクトの関係で、浜松ホトニクスの50周年記念展示会を見学するためと、小柴東大名誉教授の講演を聞く目的で東京国際フォーラムに出かけた。
今話題の浜松ホトニクス、私は光に関する製品に興味深々であった。高度な光センサーはさすがである。小柴東大名誉教授と社内的に弟子という方と名刺交換した。
帰りは経費節減のため、鈍行で6時間をかけて帰路についた。
2004/02/16
午後から、ある研修会に参加した。弁護士による「派遣労働」に関する労基法などの話しであった。
2004/02/14
昼食を挟んで知研の理事会があった。計画性の高い支部がある反面、当支部のように四苦八苦している支部もありである。総会は久恒理事長が今年の方針を説明された。ただ、会計報告で一部会員から指摘された点があった。
総会後の講演では、加藤秀俊氏(社会学者)から「21世紀の知的生産の技術」でいろいろな話を伺った。整理の大家で自分の業績をHPでデータベース化されていると言う話であった。また、八木会長の「今の世の中が分からなくなった」という質問に対しての答えで、「元来、国とは無責任である」という言葉が印象に残った。
2004/02/13
明日、知研の総会があるため東京に出かけた。最初はリーナス氏(linuxの設計者)の件で、以前に電話で連絡し日本Linux協会に行こうとしていたが断られてしまった。そこで後日、日経新聞で「日本における創造性を考える」のシンポジュウムが、今日あることを知ったので申し込みして13:00から聞くことにした。いろいろと得るもの多しであった。
2004/02/12
2月合同例会の打合せのため、JR岐阜駅に出かける。19:00の待ち合わせに林さんのお母さんが入院されたため欠席され3名であった。
2004/02/09
いつものように7時ごろ起き、この頃の日課になったピアノとパソコンの生徒募集のチラシを半径1Km以内と決めてポスティング。成果を期待するというよりは町内で認知度を上げようとの作戦。午後からは息子の授業参観に出向いた。青少年赤十字の活動の成果報告会であった。高学年がパワーポイントを使ってスクリーンに映し出して説明していた。
2004/02/05
朝、10時にメルサ9階のオフィスにディレクターを訪ね、打合せでプロジェクトの具体性がないと厳しいことを言われた。相手があることであり承諾を貰う難しさから言われっぱなしの状況であった。
気持ちを取り直して名古屋市商工会議所へセミナーを聞きに行く。帝国データバンクの方の「売掛金回収と倒産」という話を聞いた。これまた、厳しい話で身に摘まされた。その話の中で、不良債権が発生すると50倍の売上が必要と言われびっくりした。あとで質問したら売上高純利益率2.0%としての話と言うことで納得した。
2004/01/29
だれるといけないと自分に言い聞かせ、7時ごろに起きる。何もない日は、時間を決めて英語タイム。しかし、上達はおぼつかない。
2004/01/23
朝から1日フリー切符が手に入ったので、縁起を担ぎに豊川稲荷に出かける。境内で女性演説師が相性や家相について話していた。勤め人から暇人になると妙に気になり、また、口上が上手いので少し立ち止まって聞き入っていた。
そのあと、折角のフリー切符と思い蒲郡駅まで足をのばした。きれいな駅前ではあったが平日のためか活気はなかった。
2004/01/21
市民プロジェクトの件でディレクターに面談。その足でメンバーの方に会うため某大学院を訪ねる。
2004/01/16
夜、知研の例会のため、なごやボランティアNPOセンターに出かける。あれぇまあ、今日はわたしひとり。帰りがけにフリースペースで一生懸命パソコンに向かっておられた婦人を見て、当スタッフの方に聞いてから話し掛ける。(NPO)ITネットなごやの女性事務局長であった。寸志の謝礼より経費の方がかかりすぎる話などを伺いながらいろいろな話をした。どこもボランティアは大変だなぁと思った。しかし、収穫はあった。
2004/01/13
午後から西枇杷島の小林歌謡教室&喫茶店に挨拶に出かける。ついでに好きなカラオケを3曲ほど歌って帰ってきた。
2004/01/10
市民プロジェクト「未来創造『夢の共和国』」の第3回プロジェクトミーティングに出かける。
2004/01/09
午後から西春町商工会に挨拶に行く。何も期待はできないが気休め。
2004/01/08
資格の更新手続きのため、名古屋に出かける。久しぶりと言う感覚になるから不思議である。昼飯にカツ丼を食べ、エイデン社でパソコンとデジタルビデオを見る。
2004/01/06
午前中に町の文化勤労会館に行き、図々しくIT講習の講師の仕事などありませんかと訪ねて行った。午後から、知り合いのパン卸業の社長さんのところへ挨拶に行き、仕事をくださいと、少し冗談めいて話をした。
2004/01/05
いつもの年なら、今日から会社に出勤しなければならない。しかし、「毎日が日曜日」の暇人になってしまった。会社人間の後遺症か、落ち着かない。午後から愛知万博の市民プロジェクトに関わっているので、西春町役場に行き万博に関係している方と雑談した。町が接待するパートナー国はエルサルバトルである。
2004/01/04
暇人の縁起担ぎとして、岐阜県の千代保稲荷に女房と息子2人を連れて行った。
商売繁盛のため、縁起を担いで小さな熊手を買う。しかし、誰もそれを期待していない。
2004/01/01
新年の恒例である、熱田神宮に初詣に出かけた。ひとつだけ違ったことと言えば脱会社人生が上手く行きますようにと祈ったことかな。昨年末に支店内とセンター内で最後の挨拶をしたが、セカンドキャリアという形の早期退職のため感傷的にはならなかった。
ただ、気がかりは完璧でない引継ぎのことであった。「飛ぶ鳥あとを濁さず」と言うわけには行かなかった。