Linuxに挑戦日記
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2005/01/18

 最近は、Linuxとは関係ないが暇に任せてヤフーのオークションにはまっている。結構安く手に入るのが魅力。昨年末に中古店で見つけたSONYB5タイプのVAIO700MHzを安く購入してからである。つまり、安く手に入れたということは、FDやCD−ROMなど手足が無いのでいろいろな工夫をして機能追加をしようとしたが最終的に動作しなくなってしました。そこで外付けのCD-ROMを安く手に入れようと、ヤフーのオークションを覗いた。外付けのCD-ROMを発見したが、値打ちなモノは皆がわかるので何度遣っても落札できない。
 そのため、この外付けのCD-ROMは結局、中古店で手に入れた。リカバリーCDやソフトを使い満足できるところまで機能をアップした。
 このパソコンで支援が無い場合市民プロジェクトで使うことを考え、液晶ディスプレーに表示するコネクターや中古のプロジェクターを手頃な値段で落札した。中古であるため故障の不安はあるがある程度満足している。
 ここで気を良くしていろいろなパソコンを落札したら、その中のひとつが動作しなかった。そこでメールでクレームを書いて送ったら、ジャンク品扱いで返品できないと言われた。確かに説明文にはそのことは書いてあったが見落とした。最終的にはリカバリーCDのバグみたいでいろいろとやり方を変えて動くようにした。
 オークションはいろいろな商品を競い合って、自分が納得のいく値段で落札で来る魅力は面白いが落とし穴もある。また品物が必ずしも本物ではなかったり、高額な落札になったりと。
 しかし、自分で値付けした魅力は捨て難い。実社会と同じく詐欺師もおるらしいが・・・・。

2004/12/23

今後、Linuxの導入が伸びると思われるので、Fedora Core3をメインマシンで更新した。このとき、最初にWebブラウザMozilla Firefoxをテストするが接続できない。この原因はインストール時Nameサーバーが起動していないためであることが初めて分かった。
 また、デスクトップのパネル画面が大分変わった。その他安定度は増したようである。しかし、ファイル容量が多くなり、コンパイル関係のソフトがディスクに入らなくなった。

2004/09/12

 Win98とLinuxをマルチブートで立ち上げることができるメインマシンが、7月ごろWin98でうまく動作しなくなった。そのためWin98とLinuxとしてFedora Core2をマルチブートで再構築してあったが、Linux系のStarSuite7を導入するときにエラーになるなど問題があり、Fedora Core2はいろいろなソフトを導入せずにそのままにしてあった。
 ところが最近、ネットワーク構築を教えてほしいという方が見え、TCP/IPアドレスやプリントサーバとサーバの違いなどを聞かれた。プリントサーバは中古のカラーページプリンターを購入したときに導入してあったので、実物を見せて動作の利点を話した。
 その時にLinuxサーバとしてグループウエア・ソフト「La!cooda WIZ」を見せればサーバを理解してもらえると思ったがFedora Core2に変更したため動作不能であった。そこで今日、動作させようと懲りもせずに導入をはじめた。2004年4月号のFedora Core1の環境で導入方法をもとに設定するがPostgesqlとの接続をつかさどる「pgsql.so」というモジュールがファイル検索しても見当たらない。Fedora Core2を通常にインストールするだけでは駄目のようである。そこでプログラムCD1からphp−pgsql−4.3.4−11.i386.rpmを探し出し解凍したら「pgsql.so」というモジュールが指定の場所にインストールされた。
 しかし、Mozillaでは正常に動作するが、Internet Exploer6.0では画像系が正常に表示されない。新しいことに挑戦するといろいろと問題が発生する。この原因は「La!cooda WIZ」がバージョンアップされた関係で、gw.phpのパラメーターである$_ROOT_URL_の個所のlocalhostをクライアントのTCP/IPアドレス(192.168.1.21)に変更しなければならなかった。  

2004/04/12

 Linuxをシステム構成の使い方でいじることは余りなくなっきた。しかし、最近は時間を持て余すようになってきたので、暇に任せてグループウエア・ソフト「La!cooda WIZ」をテスト的にノートパソコンに導入した。このソフトはトップマネジメントサービスが作った「Sky Board」を基にシステム・コンサルタンツが改良を加えたグループウエアである。
 RedHat9でグループウエア「Clara」が動作する環境でも簡単に導入できた。日経Linuxの2004年4月号にFedora Core1の環境で導入方法が書かれている。「Sky Board」や「Clara」に比べインストールは簡単である。試されてはいかがだろうか。ただ、Internet Exploerのエンコードで日本語(EUC)になるため変更しないと誤表示するかもしれない。Internet Exploer6.0(日本語自動選択)ができない。PHPの設定でmbstring.http_output = auto に変更したらLinuxのMozillaでは日本語自動選択の認識をする。しかし、マイクロソフトのInternet Exploer6.0はSJISが主だからできないのかは不明である。

2003/12/03

 ジャンク品のノートパソコンをLinuxで動作させると、ストレスが溜まるほど遅いので11/28に大須のパソコンの中古店に行って中古の64MBのメモリーを買ってきて128MBに増設した。Linuxでも軽快に動作するようになった。動作には差し支えなかったTomcat4の自動起動時のエラーもなくなった。
 RedHat9.0を使った状態のStrutsを含めた全てが最新バージョンで動作させることができた。
 あとは、Strutsでアプリケーションを作れるようになればJAVAもマスターしたことになるが難しそうだ。 

2003/11/20

 中高年のパソコンオタクが、暇に任せてジャンク品のノートパソコンをいじっている。RedHat9でグループウェアの「Clara」が動作するようにした。Linuxの中級レベル以上の人には挑戦のし甲斐はあるが、初心者には少し難しいかもしれない。
 また、Apache2とTomcat4.1.29の連携を以前動作しなかったmod_jk2モジュールで実行させようと挑戦した。ところがRedHat9ではコンパイルに必要な「apxs」というモジュールが見当たらない。インターネットで情報を検索して分かった。標準ではインストールされなくなっていた.。それとバグもあるようだ。しかし、マニュアル操作では動作するが、OS起動時に自動起動させるスクリプトを検索で見つけた情報を参考にして作成したが上手く動作しない。この書き方ではシンタックスエラーになる。原因が分からないため以前に作成したスクリプトに変えたら動き出した。内容的には同じだが不思議である。また、Tomcatを先に起動する必要があるため、スクリプトの中のchkconfigの内容を80から06に変更するとともに、rc5.dでスクリプトのファイル名をS06tomcatとしてリンクを張って早い段階で起動しないと上手く立ち上がらない。初心者の方は何度も試行錯誤しないと、一発で動作させることは難しいと思われる。それとRedHat9になってより重くなってきた。
 こんなことばかりしていて、Strutsなどを使ったアプリケーションづくりは進展がないのが悩みの種である。 

2003/11/09

 11月4日に大須のパソコン中古店を覗いていたら、ジャンク品コーナーでFMV-BIBLOFMIX26のジャンク品を見つけた。CPU266Kz、64Mb、HD4.3GBのB5タイプの薄型で重さ1Kgである。ジャンク品になっている理由が液晶の首の部分が少し緩くなっているということでそれなりに動作はしていた。以前買った中古のノートパソコンは重さが2Kg以上あり持ち運びに閉口していた。
 FDとCD−ROMがないので少し躊躇したが2万円で買うことにして店員に告げたら、店員がやったというような含み笑いをしたので嫌な予感がした。案の定ドッボにはまってしまった。
 確かに立ち上げれば画面は出るが初期状態のため、それ以上どうすることもできない。つまり手足(FDとCD−ROM)がない。仕方なく、Diskをノートパソコンから外し、以前遣ったようにデスクトップに変換コネクターを使いDiskを接続し動作させたがFDとCD−ROMはあるが認識しない。
 そこでDiskを初期化して最初から作ることにした。リカバリーCDはあるがこれを使うと元の状態に戻ってしまうので、オリジナルから作ることにした。50分ほどかけてWin98をインストールしてノートパソコンにセッティングするが、最初のところでSYSTEM OSを認識しない。遣り方を間違えたと思い、数回行ったが同じである。ちょっと焦って来た。
 そこで、以前のノートパソコンからDiskを外し、セットしたら機器構成を認識しながら動作した。この違いが分からず少し悩んだ。ひとつ違うとしたらDiskのFormatをノートパソコンでやったか、デスクトップで遣ったかの違いだけである。結果としては以前買ったノートパソコンでFormatしたらOKになった。手足のないノートパソコンを動かすためにはちょっとした工夫がいる。つまり、デスクトップでWin98のOSをインストールし、FDだけあるノートパソコンを使い、USBのCD−ROMを動作させるようにして、LANやアプリケーションが動くようにする。ドライバーがFDで作られているものは、その時点でDiskに書き込んで置く。LANやLinuxなどもインストールして動作する状態にして、手足のないノートパソコンに組み込むとLANやLinuxが使えるようになる。
 LinuxでのブラウザもメルコのLPC3-TXでは以前動作したから問題なく動いた。ところが以前動作しなかったIO-DATAのPCLA/TEがpsnet_csのモジュールを使って動いた。よく分からない点である。今回、LinuxはRedHat9.0を使った。CLARAというグループウェアがこのバージョンでも動作するように改良されたので試してみる予定である。
 ジャンク品(キーボードの文字が消えているため文字ラベルを貼った)のノートパソコンが動作したので、持ち運びが楽になり助かる。このパソコンとプロジェクターやイントラネットでの映像も含めたテストに使おうと考えている。市民プロジェクトで遣るアイディアも考えなくてはいけないから、これからが大変だ。

2003/10/27

 Linuxのことではないが、最近Eclipse(フリーのIDE)でJAVAをマスターしょうと悪戦苦闘している。このソフトはプラグイン方式で、TOMCAT、STRUTS、PostgreSQLなどの連携したWebアプリケーションが開発できるようになっている。例えば、Easy Strutsのプラグインを導入するとStrutsのスケルトンだけであるが自動で作成してくれる。
 試してみて、Strutsでいう「フレームワーク」が少し分かってきたような気がする。参考書を見ながらであるがStrutsを使って簡単なWebアプリケーションをつくれたらと考えている。ここらをマスターしたら、ある程度JAVA言語を理解したことになる。ちょっと面白くなってきた。

2003/08/03

 Linuxでは、最近新しく挑戦することがなくなってきた。奥は深いがそこまでの細部には入らない。ところでRedHat8.0を導入後に気が付いたがNECのPC−PR1000やPC−MW2000FWのページプリンターが動作するようになっていた。どのバージョンから動作するようになったかは今となっては分からない。
 ただ、今もLinuxに対する興味はつきない。フリーソフトでここまで本格的に使えるとはすばらしい。そんな折り、WindowsでJavaのテスト環境が出来ないかと考えていたときに、WindowsでLinux環境を作り、PostgreSQLを動かすことができる「Cygwin」を知った。
 また、懲りずにチャレンジ精神が。そこでCygwin/XFree86とApache/phpまで導入し、WindowsにLinux環境を作り込んだ。Linux版ほど本格的には使えないがTest的には結構使えそうだ。ちょっと物好きと言われそうである。

2003/06/08

 今日、暇に任せて懲りずにメインマシーン(中古の自作マシーン)をRedHat9.0にアップグレードした。「clara」を動作させるため、HTTP、PHPとPostgreSQLは旧バージョンを使った。RedHat8.0からあまり大きな変化は感じられなかった。ただ、少し早くなったのと安定度は増したようである。また、このマシーンはWindows98とのマルチブートになっているため、Windows版の「eclipse」も導入してある。そこで新発売のEclipse導入ガイドの本を買ってきていろいろと試していた。以前もTomcatのPluginを使って例題を試していて使い方は分かったが、実際にある程度のプログラムを作ろうとすると難しい。
 いろいろなソフトを使ってシステムを構築するのは出来るが、実用のあるアプリケーションをJAVAで作るとなると結構難しい。例題を見ながら変更して使うことのが精一杯である。しかし、JAVAへの興味は尽きないのである。 

2003/03/09

 ノートパソコンでRedHat7.3からRedHat8.0にアップグレードし、Tomcat4.1.18を導入していたら、ファイルがパンクしてLinuxが立ち上がらなくなった。そのため、再インストールしたら、またブラウザーを使ってインターネットで外部に出て行けなくなった。この原因が分からず、再インストールすることを5〜6回も繰り返した。原因はよく分からないが、「S10network、S24pcmcia」を「S10pcmcia、S11network」に変更後、ネットワーク設定し、ホストとDNS(導入)をすべてセットしてから再立ち上げしたら動作し始めた。
 この原因が今だに理解できない。しかし、動作した後は問題なくブラウザーを使いインターネットで外部に出て行ける。LAN内だけなら問題なかったので不思議である。
 この動作がOKになり、RedHat7.3からRedHat8.0にバージョンアップしてOpenOffice.orgとTomcat4.1.18やSTRUTSを動作させた。ノートパソコンはPCMICAカードを使うため、LAN経由の動作が今ひとつ分からない。だが、これらが動作するとワクワクして来る。というのはWebサーバーとインターネットを見ることが出来るノートパソコンを持ち歩ける。このシステム環境が出来ればいろいろなところに持って行って、イントラネット経由でWebサーバーを使い、高度なプレゼンテーションが出来る。すでにおうみ市民活動屋台村で実践済みである。
 約1ヶ月掛かって、ノートパソコンにWin98とのマルチブートで「clara」「OpenOffice」やRedHat8.0など新しいバージョンに置き換えた。

2003/02/26

 中古のノートパソコン(FMV−5233NU/W)がRedHat7.3でやっと外部インターネットへ接続できるようになった。原因は余りよく分からない。つまるところWin98もLinuxもPCMICAカードを弄ったり、内臓LANカードに変えたりしているうちに接続できなくなってしまった。
 仕方なくDISKをすべて初期化して、Win98をインストール後、インターネット関係の動作確認。そして、再度、RedHat7.3をインストールし/etc/rc.d/rc5.dにある「S10network、S24pcmcia」を「S10pcmcia、S11network」に変更後、ネットワーク設定でメルコの「LPC3−TX」のPCMICAカードを使用しているのであるから「eth0」のEthernetのモジュールは「axnet_cs」を使うはずなのに「3Com 3c501」が指定されて「3c501」になってしまう。しかし、TCP/IPの動作は正常であるし、インターネットで外部に出て行ける。だが、設定を変更するときには「axnet_cs」でないというERRORがでる。この原因がよく分からない。ここで設定を「axnet_cs」関係に変更すると動作しなくなって、そのうちににっちもさっちも行かなくなる。
 ここらはまだ、ノートパソコンのPCMICAガードには相性があるようである。この問題を解決するためにPCMICAガードをもう1枚買う羽目になった。これらのLANカードはLan内は動作するがADSL経由でインターネットに出て行けない現象が何かの拍子に発生する。ここがよく分からない、以前も今回もメルコの「LPC3−TX」でコンピュータから言われるままの設定では動作し、こうあるべきという設定では動作しないのである。摩訶不思議である。しかし、動作しているから余り弄らないほうが無難のようである。後はRedHat8.0にしOpenOffice.orgとTomcatを動作させればOKである。

2003/02/12

 Tomcat4.1.18とRedhat7.3(8.0)の連携がやっと出来た。原因はRedHat7.3のApache1.3.23ではjakarta-tomcat-connectors-4.1.18-src.tar.gzなどからコンパイルした「mod_jk2」は/var/www/html/examplesを読みにいってerrorになり動作せずであった。そのためにいろいろな「mod_jk2」のconnectorsを試したが駄目であった。そこでjakarta-tomcat-connectors-4.1.18-src.tar.gzで「JK」用でコンパイルを行って再度「mod_jk」のモジュールを作り、指定の場所にコピーしてhttp.confの内容を変更(2002/8/4に一部変更)して動作した。タイプミスなども重なり、狐に摘まれたような感じで動作したので何となく腑に落ちない。しかし、確かに動作はしている。RedHat7.3でインストールするApacheでは「mod_jk2」は動作しないことは確実である。
 腑に落ちないといえば、ノートパソコン(FMV−5233NU/W)で上記の環境を作ろうとしてRedHat7.3を再インストールしたら、SambaやイントラネットでClaraは動作するが、ブラウザで外部にインターネットで接続しようとするとErrrorで繋がらなくなってしました。PCMICAをいろいろ調べているが原因が分からずである。ひとつ問題が片づくと、また次といろいろな問題が出てくる。じゃじゃ馬を乗りこなすのは難しい。

2003/02/11

 Tomcat4.1.18とRedHat7.3(8.0)の連動で悪戦苦闘である。というのはClara(グループウェア)を動作させるためには、RedHat7.3環境で動作させることが前提になっている。そのため、インストール時にApache1.3.23、PostgreSQL、PHPをそのまま使う。そこへTomcat4.1.18とjakarta-tomcat-connectors-4.1.18-src.tar.gzをコンパイルしてモジュール「mod_jk2」を作り、指定のデイレクトリィにコピーするがApacheのerror.logに連携が上手くいっていないため/var/www/html/examplesを読みにいってerrorになる。この原因が今だ分からずである。また、mod_jk.cでerrorになっているのも気にかかっている。
 インターネットで情報を収集すると、同じ現象で質問している内容もあり、また、動作しているように記載しているサイトもあった。「mod_jk」でも挑戦したがこれも駄目であった。Apacheを最初からコンパイルすれば動作することは分かっているが、そうするとClaraが動作しないというトレードオフになり、諦めきれずにこだわっているのである。
 これができるとRedHat8.0でClara、Tomcat、Struts、OpenOffice.org、Sambaなどほとんど動作し、フリーソフトであらゆることができるようにある。
 動作した人がいれば、情報を提供していただきたいものである。IP:192.168.1.1でLanを構成しているのでここらも影響しているかもしれない。今日も諦めずに挑戦することになる。

2003/01/13

  この三連休は古いパソコンの修復に悪戦苦闘していた。今は撤退したGateway2000(266Mz)のパソコンで、あるソフトをインストール中にストールして再起動ができなくなった。このパソコンには特殊なソフトが入れてあり、遊びの要素がたくさん入っていて子供たちが楽しめたのである。
 そのため、現状復帰に何度もトライしたがどうしても駄目であった。このパソコンは5年以上前に購入したので、Win95からWin98に更新するとともにテスト的にいろいろなソフトをインストールしてあった。仕方なく、すべてを削除して最初からインストールすることにした。しかし、パソコンが古いためWin98をCD−ROMからインストールできないことが分かった。いろいろ試行錯誤したがどうしても駄目であった。
 そこで他のパソコン(HDDを抜き差しができる)でWin98をインストールすることにした。だが他のパソコンでインストールすると機器構成に違いがあるため、動作しなくなる装置ができる。今回はCD−ROM、LANと音源が使えなくなった。最近のパソコンはリカバリーCDが添付されているので簡単に復旧できるが、OSを自分でアップグレードするとこの問題が起きる。
 そこで工夫することになる。今回はCD−ROMをUSBタイプで対応した。LANはネットから最新のソフトを落としたが駄目なため、新しいLANカードで対応した。しかし、原因不明だが元のHDDを使うとADSLでインターネットに接続ができず、HDDが2台あるうちの1台にOSを入れ替えて構成を変えたら動作した。この件はいまだに不思議である。音源はネットから最新版をダウンロードしたら動作した。やれやれである。つまり、新しいOSを使うと動作しなくなる装置かあって苦労することになる。
 新しいことに挑戦することは面白いが、パソコンなどでは互換性と相性があり、パソコンに興味がある方はこんなことで結構苦労しておられる方は多いのではないだろうか。私もそのひとりである。今回もこのトラブルで修復するのに二日間かかった。子供たちが楽しんだゲームソフトはもう手に入らないため復旧できずである。
 この無駄な疲れを癒すため、メインマシンでLinux版のOpenOffice.orgにマイクロソフトのMSゴシックとMS明朝のフォントが使えるように挑戦した。この挑戦は上手くいったので少し疲れが取れた。フォントを流用するのはマイクロソフトには内緒の処置(灰色のため)などで、ネットから情報を仕入れて挑戦してほしい。これができるとWinのMSOfficeとLinuxのOpenOffice.orgの互換が充実することになる。ただ、ファイル名に漢字を使うと互換が取れないなどWinとLinuxではまだ問題はあるようである。マイクロソフトがフォントを有償で販売してくれると公にできるのであるがしないだろうと思うなぁ。
 LinuxにOpenOffice.orgを入れるため、RedHat8.0を導入したがこのバージョンからApache2.0系に変更になったためClaraが動作しないのでApache、phpとPostgreSQLはRedHat7.3の環境のままである。この状態でTomcat4.1.18などを動作させようとTomcatとApacheを連携させるコネクター(mod_jk2)をコンパイルして実行するが/var/www/html/examplesを見に行ってエラーになっている。そのため、ここに/webappsをコピーすると他のエラーになる。Tomcat単体では動作するがこの原因がいまだ分からずである。

2003/01/01

 年末から元旦にかけて、Windows版のEclipse(エクリプス)というフリーのJAVAのIDE(統合開発環境)に挑戦していた。このソフトは以前挑戦したが処理速度が遅く、あまり興味を惹かれなかった。そして、いろいろなJAVA開発ソフトを試したが今ひとつ馴染めなかった。しかし、Linuxの挑戦もほぼ完了してきたので、今後はWebアプリに再挑戦しようと考えるようになってきた。
 そこでEclipseに再トライをすることにした。ホームページから情報を仕入れ、Servlet/JSPのサンプルをテストした。環境はEclipseとPluginとしてTomcatの構成である。JSPは問題なく動作したがServletで3日間悪戦苦闘することになった。というのはHPから仕入れた情報でTomcatを起動し、イントラネットでURL http://localhost:8080/testweb/servlet/HelloServletを指定し実行しても(404 Not Found)エラーになり見えない。
 だが、コンパイルしたclassesをTomcatのwebappsの配下にコピーすればうまく表示する。そのため、server.xmlを変更したりしたが、Tomcatがエラーになるなど原因が分からなかった。つまり、EclipseとTomcatとの間でどのような状況で動作するのか理解することができなかった。そこでネットのHPからいろいろな情報を探したが、原因解決に至る情報を手に入れることもできなかった。
 仕方なく、本屋で情報を探すことにした。今まで何気なし見ていたJAVAの本を、「EclipseでTomcatを動作させるには」という探す目的がはっきりしていたので、雑誌のJAVApress 27号の「Eclipseを愉しむ」などは今まで立ち読みをしていたが、今回だけは強烈に目に飛び込んできた。早速、購入して家に持ち帰って読むが少し知識の量が多くなっただけで状況はあまり変化しなかった。
 いろいろ試していくうちに、server.xmlかweb.xmlを変更すれば何とかなりそうだということが分かってきた。しかし、壁にぶち当たっていたので休むことにして、今日の元旦に再度挑戦することにした。朝起きて、JAVApressをじっくり読んでいたら欄外に(注)で%TOMCAT_HOME%\conf\web.xmlを一部修正し、デフォルトのサーブレットinvokerを有効にしないとエラーになると書かれていた。この発見ですべては解決した。3日間悩んだ末の結果がこれだけである。
 つまり、この修正でEclipeで作ったServletを「ctrl+s」でコンパイルし、Tomcatを起動しURL http://localhost:8080/testweb/servlet/HelloServletをWebから指定すると「HelloServret!」が表示したのである。これを確認したときはEclipseで何かができるぞと内心微笑んだ。

2002/12/14

 電話とインターネットを同時に使うためと、どのパソコンからでもインターネットやイントラネットに接続できるようにするために、12月10日からNTT西日本のフレッツ・ADSL(12Mb)を導入した。複数のパソコンでネットワークを構成してあるのでcoregaのブロードバンド・アクセス・ルーターBARSW−4Pの中古を購入し、右下の構成に変更した。知識が不十分なために、何の問題もなく動くことはまれである。つまり、まず最初にPROXYを使ったダイアルアップのネットワークとADSLなどの常時接続のネットワークではTCP/IPの設定が変わってくる。ゲートウェイを私の場合は「192.168.1.1」に変えなければならなかった。ところが、ここでブロードバンドに対応できないLANカードのパソコンが存在すると複合的な障害になるため、動作確認が困難になる。また、イントラネットでWebサーバーを立ち上げるとなるとIPアドレスを個々に設定する必要があり、DHCPで自動認識の設定ができない。
 さらに、LANカードとルーターには相性がある見たいで苦労した。中古で2枚のLANカードを購入したが1枚はうまく動作しなかった。それと、今はルーターなどの設定もwebから設定するファームウェアになっているため、中古のルーターを購入したときは設定時にミスをすると工場設定に戻すために大変な場合がある。私の場合は、このソフトにバグがあり、coregaのHPから最新のファームウェアソフトをダウンロードすることになった。こんなことを繰り返しながらいろいろと設定を変更し苦労して動作確認を続けると、どうすれば動作するかが分かってくる。
 また、複数のパソコンがあるから、LANカードが故障している場合は助かる。テストしていたパソコンのLANカードがブロードバンドでは使えないことがわかったからである。なんとかTCP/IPとブラウザの動作されるための設定が分かればひと安心である。
 ADSLを導入して何も問題なく行くこともあるが、結構高度な知識がいるので問題が起きると大変である。今回の場合は複数台のためと、メインに使っているパソコンがル−ターとLANカードの相性ためLANカードを交換したのと、Win98のネットワークのソフトが今までは問題なかったがルーターを入れたことによりあたかも正常だが、TCP/IPが動かなくなりインターネットにどうしても接続ができなかった。そのため、最初からインストールすることになった。
 すべてのパソコンで元の状態のように、インターネットと電子メールやHP更新のためのFTP転送(PASVモードで接続)ができるまでに、20時間ほど掛かった。確かに新しいことに挑戦するのは大変であるが、知識の更新が図れて結構面白いが実感である。それに新しいADSL技術では回線のスピードが速くなり、使い始めると便利である。
 そして、Linux系も接続できるように、設定を変更したらマルチブートのノートパソコンは問題なく動作した。しかし、メインのパソコンは最初は動作しなかったが、ネットワーク設定でアダプタを「RealTek RTL-8139 SMC EZ Card」に変更したら動作した。このパソコンはWin98とLinuxRedHat8.0のマルチブートでOpenOffice.orgとClaraが入っている。ただ、ClaraはApache2.0では動かないのでApache1.3.3やPostgreSQLなどはRedHat7.3の環境のままである。 

2002/11/16

 以前から試したいと思っていたフリーソフト、「Clara(グループウェアのSkyboardの後継)」とMSofficeと互換のあるフリーソフト「OpenOffice.org」に挑戦した。
 RedHat7.3でLinuxの最新技術であるApache2.0やTomcat4.0をTest的に導入していたマシンでの動作確認がほぼ完了した。そこでSkyboardの後継であるClaraを試すことにした。このソフトは初心者でも扱えるようにとRPM版のインストールなった。そのため、Apacheなどをコンパイルしながら組み込んだシステムでは動作しない。
 そんなとき、TurboLinux8 wsにStarSuite6.0(OpenOffice.orgの製品版)が同梱されているという記事を見たので、プロモーション版を導入してみた。しかし、当たり前であるがSS6.0はなかった。いろいろなTESTを行ったが、Workstaionタイプでは高度な利用が出来ないため物足りない。そこで削除することにした。
 再度、RedHat7.3を導入することにし、今度はClaraを導入する目的で動作環境を構成するソフト、Apache1.3.23-14、PHP4.1.2、PostgreSQL7.2.1、ZendOptimizer1.3.1、そしてPHPlib7.2dなどをインストール段階で指定し自動でPRMタイプで構築した。Claraを導入するマニュアル従えば、ある程度出きるがERRORが起きると大変である。また、PRMタイプで構築すると楽であるが、導入するソフトを理解していないとマニュアルだけでは分からない点がある。というのは設定FILEの場所が全然違う。
 なんとか試行錯誤しながら動作させることができた。後継のソフトであるから画面レイアウトなどが斬新になっていて使いやすくなった。このソフトは10名以下の使用はフリーで、それ以上はプロ版で製品版となっている。商品としても耐えうるソフトに変身していた。また、この挑戦では、PostgreSQLをPRMで導入したときの使い方が分かったのが収穫であった。今までは自分でコンパイルして使えるようにするには、結構大変で2から3時間かかっていた。
 OpenOffice.orgは最初、Linux版を導入しようとしたが日本語表示が上手くいかないため諦めた。そこでDOS/Vmagazineの雑誌を購入し、Windows版を導入した。こちらは導入が簡単だから、チューニングでOpenOfficeを日本語に最適化するだけで上手くいった。互換状況を自分なりにTESTしたが雑誌に書かれている一部特殊な使い方はダメであるが、ある程度は使えそうである。日本語表示が良くなってきたら、将来はLinuxとWinなどでプラットホームフリーの互換があるため移行していこうを思っている。

2002/11/05

 ちょっとLinuxの話してはないが、このHPも更新を重ね2.5Mb以上になってきた。一部の修正や構成変更のフルアップロードにフリーのWS_FTP95を使っていた。そのため、全てをアップする時は電話回線の56Kbで30分ほどかかっていた。この問題を何とかならないかと考えていた。ADSLという方法もあるがインターネットを余り使わないのと、システム構成が複雑なため躊躇している。将来的には考える予定である。そこで変更されたFILEだけアップロードできないかと思い、FrontPage2000に付いているFTPに注目しいろいろと挑戦した。しかし、上手くいかない。転送を始めるがFILE変更時に原因不明のパーミッションエラーになる。CGIやPerlを使っていないのであり得ないのだが。また、PROXYが使えないので諦めた。
 そんなとき、BIGLOBEで鈴木氏が制作された「FTP Exchange」というHP更新ソフトを知った。最初は半信半疑で使い方にトライした。設定を試行錯誤しながら動作確認したら、更新した個所だけをFTP時間差比較を設定して短時間でアップロードができた。サーバー側にあってクライアント側にないFILEを削除されたときは少し不安になったが問題はないようである。LAN構成になっているのでフリーソフトのWinGateでPROXYを構成しているが、これも動作したので助かった。このソフトはカンパ型のソフトであるが、私の問題点を解決してくれたので喜んでカンパした。というのは、FrontPageは大規模はHPの作成に向くソフトであるため、HPの更新や修正をすると自動でいろいろな個所を修正するため、構成を変更したときはほとんどフルアップロードしなければならなかったが、このソフトで更新作業が非常に楽になった。

2002/10/27

 おうみ市民活動屋台村のイベントも終わり、やれやれである。イベントで紹介するシステムとしてはだいたい思い通りに出来たが、来場者の興味度は今ひとつであった。Linuxに興味がある人が余りおられず不発であった。NTTが構築されたLANシステムにも組み込め、今後の「図解の技術」などのデモンストレーションに使用できる感触を得たのが収穫であった。
 最近少しLinuxから離れていたので、新しいApache2とTomcat4のコネクターである「mod_jk2」の動作確認をしていた。コンフィグレーションが圧倒的にシンプルになったのが印象的であった。機能的に何が良くなったかは分からない。また、英語版でもコンフィグレーションに関してサンプルがないなど詳細はよく分からない。
 mod_jk2のコンパイルは、jakarta-tomcat-connectosr-4.1.7-src.tar.gzを解凍し、jakarta-tomcat-connectosr-4.1.7/jk/native2にディレクトリを移動し ./buildconf.shを実行するのですが、最初は実行ファイルになっていないため実行ファイルを変更する必要がある。./configureはmod_jk時とほとんど変わりません。正常終了するとmakeを実行すればOKです。makeの実行が終了すると、/jk/build/jk2/apache2にモジュール「mod_jk2.so」が出来上がっている。このモジュールをapache2の/modules にコピーする。そしてjakarta-tomcat-connectosr-4.1.7/jk/confにあるworkers2.propertiesをapacheの/confにコピーします。server.xmlの設定はmod_jkの設定で問題なしでした。apacheのconf/http.confに次の設定LoadModule jk2_module module/mod_jk2.soを追加する。これだけで動作するはずです。ただ、少しは試行錯誤する必要があるかもしれません。そして、workers2.propertiesファイルを修正するとStrutsも動作します。なお、これが出来たからといって余り収穫はありません。自己満足だけです。しかし、製作者のCostin氏には尊敬の念をいだきますねぇ。今後はApache2とTomcat4のコネクターの正式版として大いに活用されるだろう。

2002/09/21

 Tomcatの自動起動がかからないのを調べていた。まずひとつはサービス設定でテスト起動を行ったとき順位には関係なく起動しないのは、スクリプトの中で「nobody」を指定すると起動しないことが分かった。これは原因が不明である。もうひとつは「S09tomcat」程度の起動順位ではダメで「S05tomcat」にし、もう少し早めにしたら起動がかかった。このふたつが原因であった。これでLinuxでできる動作は、LAN経由でNetscapeでインターネットに接続、イントラネットでSkyboardのグループウェアに接続、サーブレット/JSPとStrutsのフレームワークのテストサンプルに接続ができるようになった。それとWWWサーバーが立ち上がっているので、自分のテストホームページが即座にできる。
 つまり、Win98とLinuxのマルチブートになっているから、Power Pointなどで作ったホームページをLinux立上げ後、指定のデレクトリーに移せば、イントラネットで閲覧することができる。
 後は、Power Pointで簡易「図解の技術」を作れば、持っていく展示内容のモノはすべてとなる。

2002/09/16

 この3連休を使って、「第4回おうみ市民活動屋台村」に持っていく富士通のノートパソコンのソフトの導入と「知研」を紹介するB5版の8枚の写真パネルを作っていた。この「写真パネル」はイメージ通りにできた。当日はどのような評価をされるか。
 ノートパソコンで紹介するのは、知研のホームページのほかにLinuxでskyboardのグループウェアとTOMCATやSTRUTSなどJAVAなどの環境。これは屋台村のLAN構成に依存するため、成功するかは半々である。それと久恒宮城大学教授から講演していただいた「簡易 図解の技術」をPOWER POINT化して紹介できればと思う。
 さて、いつものことながらLinuxの構築でまた一苦労である。というのはTomcat4.1.7をapache1.3.24で構築する場合、連携するモジュールをmod_jkを使おうとしたが進歩が早くて戸惑うことになった。しかし、最後は“mod_webapp.so”を使用した。つまり、apacheとapache2のどちらでも使えるようになったため、Tomcatの設定File“server.xml”のコメントアウトなどで1日悩んでいた。また、RedHat7.3からランレベルを変更できなくなったので、“S09tomcat”という起動スクリプトを作成したが上手く動作しない。いろいろやったが起動がかからずである。来週の3連休はこの解決とPOWER POINTで「図解」の作成である。どんな手ごたえがあるか。期待と不安が交錯しているというところである。

2002/09/08

 中古ノートパソコンの富士通FMV−5233NU/Wが苦労の末、やっとすべて動作した。ノートパソコンでLANを使うネットワークには相性があり動作しないことがあることは知っていたがこんなに苦労するとは思わなかった。結果的には、メルコの「LPC3-TX」で動作した。ここに至るまでには、分からないことばかりであった。インストール時に自動で認識した富士通の内臓LANはあたかも正常に動作しているように見えるが「ifconfig」コマンドで見るとエラーで動作しない。
 つぎに購入してきたCoregaの「EFther UBS-TXS」はLinux動作と書いてあったがRedHat7.3の情報がなく、またPATCHが必要で断念した。ここで諦めるわけにも行かず、インターネットでRedHat7.3で動作したという情報があったので、「FEtherU CB-TXD」購入した。 しかし、これも動作しなかった。その間、ネットからいろいろな情報を仕入れた。このことにより、PCMCIAカードのLinux起動時の動作が大分分かってきた。このとき、networkサービスがpcmciaサービスより先に起動がかかるのが気にかかっていた。ネットで調べたらその通りで起動のタイミングを逆にしなければいけない事も分かった。また、ドライバーモジュールで“pcnet_cs”が結構いろいろなLANカードで動き、RedHat7.3ではインストール時に格納されることも確認できた。
 その中に、メルコの「LPC3−TX」があった。しかし、3枚目の購入になるので動作しないことを考え、少し躊躇していた。そうこうしているときにGoodWillの中古店を覗いたら、偶然に発見した。悩んだ末、ダメ元で購入することにした。3回目のトライのため期待半々であった。
 早速、家に帰りLANカードのセットアップをX-Windowsのネットワーク設定画面で実施したら上手くいった。やれやれである。このとき、起動時にエラーにならないように「S10network、S45pcmcia」を「S10pcmcia、S11network」に変更し、サービスの起動を逆にしたのはもちろんである。
 デスクトップパソコンでは一度も経験していないので苦労したが、ノートパソコンではLinuxを導入するのは結構難しいが実感である。最新のノートパソコンではLinuxが動作するかの情報を探しからでないと難しいと思われる。IBMやDELLはサポートすると発表しているから大丈夫と思うが。またPCMCIAカードではLinuxの動作確認済みの製品はひとつもなかった。
 収穫と言えば、ノートパソコンでLinuxを動かすのが難しいため勉強になったことである。
 あとは、屋台村に持っていって、NTTが構築されるLANネットに組み込めるかである。

2002/09/01

 大津市の「第4回おうみ市民活動屋台村」に出展するときに、インターネットを使って「知研」を紹介する予定である。そのときに使うための中古の安いノートパソコンを探していた。偶然に先週の日曜日に大須で見つけた。手に入れたノートパソコンは富士通の「FMV−5233NU/W」で2万5千円で購入した。性能はCPU 233Mhz、MM 96kb HD 3.1GBでFD、LAN、USBと音源である。ところが大事なCD−ROMがない構成である。
 一瞬躊躇したが掘り出し物と思い、決断して購入した。このノートパソコンで使ってやりたい事は、Win98とLinuxサーバーのマルチブートができるようにし、Linuxを使いデモをしようと思っている。しかし、心配したことが現実となった。Win98のインストールにはCD−ROMがないため苦労することになる。それとデスクトップパソコンでインストールを行うための変換ケーブルが不良だったため、一度は諦めることになった。再度、変換ケーブルを購入し挑戦したら今度は、ノートパソコンのドライバー関係のインストールでCD−ROMがないため失敗した。いろいろ試行錯誤して完成するまでにノートパソコンの2.5HDを外したりセットしたりすること10回以上。中古のUSBのCD−ROMを使えるようにしてすべての動作確認するまで結構大変であった。
 次は、Linuxを導入するため、FDの起動ディスクを作りインストールした。RedHat7.3JはUSBのCD−ROMをサポートしていたので結構順調にインストールができた。しかし、再起動したら画面全体が緑色表示になった。何度かの起動で元の正常表示に戻ったが原因不明である。これはインストールすると今も発生する。何とか動作するようになったのでSAMBAを使いネットワークの確認をする。
 しかし、期待に反して動作しない。どうもLANの素子がLinuxではサポートしていないようである。Linuxをインストールするだけで1時間30分程度かかる。いろいろな方法で挑戦したがダメである。Win98ではすべてが動作するので諦めきれず。そこでLinux動作確認のUSBのLANを購入してきたが、今度はUSBのコネクターが2個入るためHUBが必要なり動作確認ができていない。
 今現在、「安物買いの銭失い」にならないように悪戦苦闘中である。屋台村の出展にLinuxサーバー持っていけるか、挑戦は今日も続くのである。

2002/08/04

 Apache2系に挑戦し始めて、フレームワークのStrutsが今日、やっと動作した。
 大きな原因は、Tomcat4.0.4のmod_jkでは動作しなかったが、Tomcat4.1.7のベータ版で動作を確認できた。つまり、動作環境としては、Apache2.0.39、Tomcat4.1.7、j2sdk-1.4.0とjakarta-tomcat-connectosr-4.1.7-src.tar.gzでStrutsが動作した。“Apache2.0〜Tomcatコネクタ セットアップ”の応用として、jakarta-tomcat-connectors-4.1.7-src.tar.gzで“mod_jk”作る。そして、mod_jk.confのファイルを編集する。
JkMount /struts-example/*.jsp    ajp13
JkMount /struts-example/servlet/*  ajp13に
JkMount /struts-example/*.xml   ajp13 
JkMount /struts-example/*.do    ajp13を追加する。
さらに、<Directory で/struts-exampleのURLを指示するようにする。ここのところで個人で作成したPROGなどのURLを指示することになる。
 それと、Tomcat-4.1.7からはserver.xmlでカラム107付近のcoyote/jk2 AJP1.3 connectorが有効になっているのでコメントアウトし、次にあるAJP1.3 connectorのコメントを外し、有効にする。そうするとStruts1.0.2のサンプルが動作するようになる。説明を少し寸足らずにしてあるが、ここに書かれていることで試行錯誤されると動作する。お試しあれ。ここまでできるといろいろなプログラムを作り動作確認ができること請け合いである。

2002/08/03

 Apache2とTomcat4が連携できたので、フレームワークのStrutsを動かそうとしているが、mod_jkでは動作しないようである。いろいろと設定を変えているが“*.XML”関係のFILEが読めないようである。「ajp13」ワーカがサポートしているか、現在のところ不明である。というのはポート(8080)を設定してTomcatの簡易httpサーバーを使用すればOKだが、ポート(8080)を外してApache2とmod_jkの連携を使うとモジュールを見つけることができないと言うエラーメッセージがでる。これを解決するにはもう少し時間が必要のようである。 

2002/07/21

 Apache2とTomcat4の連携が始めて上手くいった。使った連携モジュールはmod_jkである。
 連携できなかった原因は、一箇所workers.propertiesのファイルで入力ミスをしていたためである。このやり方は“Apache2.0〜Tomcatコネクタ セットアップ”を参考にすることをお勧めします。私が取り組んだ環境は、Apache2.0.39、Tomcat4.0.4、PostgreSQL7.2.1とそれにPHP4.2.1で行った。ただ、コンパイルをするときに、Apache2を連携させるため“apxs”を指定するがそのとき使用するApache2系でコンパイルする必要がある。ここらを間違えるとApache2の起動時にエラーになり、原因を追求するのが難しく挫折することになる。また、mod_jkではworkerという考え方に戻るため、mod_jkの考え方を理解する必要がある。

2002/07/09

Apache2.0.36とTomcat4.0.4をmod_jkという連携モジュールを使って連携させようとしているが、まだ、上手く動作しない。mod_webappモジュールでは今現在、動作はしない。しかし、mod_jkではApache2で動くと書いてありいろいろと試してみたが、ダメである。しかし、mod_jkの動作ロジックが大分、分かってきたので近いうちにはOKになりそうだ。

2002/06/20

 Apache2.0.36とPHP4.2.1とそしてPostgreSQL7.2.1の連携動作がある程度上手くいったので日本語表示について調べていた。ここで分かったことは、“PHP.INI”ファイルに“default_handler = Shift_JIS”“mbstring.http_output = SJIS”を追加したらIPプラウザの“エンコード”の設定を変えなくても正常に表示した。ただ、skyboard2.0はphp3で書かれているため、PHP3とPHP4をapache2.0に同居する設定でコンパイルしたがダメであった。もともとapache2.0はPHP3のモジュールはサポートしていない。そこで拡張子をPHP.3からPHPに変更したらPostgreSQL7.2.1に接続され、MENU画面は上手く表示したがそれ以降はダメであった。ここらはClara(Apache2はまだサポートしていない。7/1に発表された)に更新されなければダメのようである。また、PHP4.2はApache2.0に対しテスト的サポートであるからPHP4.3.0以降で本格的に良くなると思われる。

2002/06/16

 昨日から今日にかけて、Apache2.0.36とPHP4.2.1とPostgreSQL7.2.1の連携動作を調べていた。インターネットや雑誌から情報を収集して、試行錯誤していた。連携を確認するskyboard2.0はphp3で作られているため動作しないが、PHPの動作確認をする<?phpinfo()?>は正常に動いた。そして、その中に日本語で「これはテストです」を埋め込んで日本語の判定を日本語(EUC)か自動判定にしたら正常に表示した。
 ただ、ここまで来るのにLinuxのPHP4.2.1の“./configure”でミスが重なって何十回と失敗した。Apache2.0.36とPHP4.2.1ではまだテストでしか使えないと言うのが実感である。
 解凍(解凍場所:/usr/local)後の作業は、Apache2.0.36では
  cd httpd-2.0.36を実施後  ./configure --enable-module=so を実施し正常なら make これもerrorがなければ、 次にmake installで終了となり、apache2のディレクトリができる。
 PHP4.2.1でも同じことを実施するのであるが、./configure --with-apache2 --with-apxs2=/usr/local/apache2/bin/apxs --with-pgsql --enable-mbstring --enable-mbstr-enc-trans --without-gd --enable-track-vars --enable-versioning と1行で入れることになる。私もこのコマンドを入力ミスし、半日以上悩んだ。というのは新しいことに挑戦すると、どのような状態が正常なのかを理解するまでに時間がかかる。この場合は
apache2のModuleディレクトリに“libphp4.so”のファィルがインストールされていること。そして、apache2の設定ファィルであるhttpd.confの内容の中のLoadModuleの個所に“LoadModule php4_module  module/libphp4.so”が追加されいるとコンパイルは正常となる。
 さらに自分でPHPのMIMEタイプを宣言する。そこの個所に”AddType application/x-httpd-php .php と AddType application/x-httpd-php-souece .phps”と追加し、Directoryindex に index.htmlに index.phpも追加する。
 ここらの内容は、インターネットで検索すれば詳しく書かれていますが、今回のような最新の情報は余りないので、自分で試行錯誤して見つけるしかないと思う。英語ができれば海外のサイトを見ることもお勧めします。 

平成14年06月08日

 昨日、RedHatLinux7.3の付録CD-ROMが付いたLinuxの7月号雑誌が発売された。
 いろいろな雑誌の中から、記事の内容が面白いLinuxMagazineを購入して、早速、RedHatLinux7.3を一番早いPCに導入した。5台のうち3台はLinuxとマルチブートできる環境である。
 早速、RedHat7.2で問題があった個所を調査した。その結果、CDーROMの認識は直っていた。SAMBAが動作しなかったのは、私のミスのようであったと思われる。というのは今回も同じく動作しなかった。そこで調べたら、インストール時はネットーワークの設定が停止の状態である。このことは分かっていた。しかし、その前にSAMBAをサービス設定で起動するにしたSAMBAが、起動するときに動作するsmbdとnmbdがあるがnmbdがエラーになることが分かった。つまり、ネットワーク設定で立ち上げ時に起動するの設定にしておく必要があった。
 今までの問題が解決したのでApache2.0.36を導入してみた。新しいアーキテクチャーで作成されたのでいろいろな問題があるようである。Apacheの動作はするがPostgreSQLと連携するためのPHPやTomcatと連携させるためのmod_webappをコンパイルするがエラーで動作しない。”./configure”のoptionの設定だけではダメのようである。
 また、新しい問題を解決するため情報の収集が必要になってきた。
 それと、RedHatLinux7.3では、より洗練され“マイコンピュータ”と役割が同じ“ここからスタート”やFILEのコピーなどWindowsに近づいてきた。ただ、サービス設定など素人に分かりやすくなった反面、微妙な設定ができなくなったことが気に掛かる。

平成14年05月28日

 Tomcat4.0.3とapache1.3.24の連携できない問題を調べていた。自動起動を掛ける起動スクリプトをいろいろ変更してたら、コマンドを間違えて立上げ時に永久ループをするようになってしまった。これには一瞬焦った。
 しかし、もうどうしようもないので諦め、最初からシステムを構築した。元に戻すために6時間以上掛かった。今度は失敗しないために再度、情報を収集しマニュアルなどを検討した。RedHatには起動スクリプトを作る流儀があり、これで何とかならないかと考えていた。“chkconfig”により自動起動設定をすると書いてあるがこれを実施してもサービスされていないとメッセージが出るだけであった。そこで悩んだ挙句、RedHat7.1では“control panel”があり、“Runlevel Editor”を開いたら“Tomcat”をRedHat流儀で起動スクリプト書いたことにより表示されていた。これを見て暗闇の中からひと筋の光を見た思いがした。
 最初は起動の順番を中間ほどに設定した。これでは上手く連携されなかった。いろいろ設定を変更して最終的には、Runlevel5になってすぐに“Tomcat”を自動起動掛け、最後に“apache”を起動するようにしたら、上手く連携できるようになった。怪我の功名とはこのこというのかも知れない。Tomcat4.0.3になってから起動完了が長くなったためと思われる。すべての問題を解決するために4週間ほど掛かったが、今まで知らなかったいろいろなことが分かった。失敗は成功の母とはよく言ったものである。得ること多しである。

平成14年05月19日

 「Struts」が苦労の末、やっと動作し始めた。しかし、まだいろいろと問題が残っている。まず一つが「Struts」を導入した、一番古いパソコンが最近、RedHat7.2などをインストールするときにエラーになるので調べたら外部キャシュメモリーが壊れているとことが分かりメモリーを64KBに増設したが余りスピードが上がらない。
 また、RedHat7.2ではsambaとCDROMが上手く動作しない。そのため、RedHat7.1で構築した。PostgreSQL7.2.1を使ったSKYBoard(グループウェア)は自動起動で上手く動作する。しかし、Tomcat4.0.3は自動起動が掛かかり、apache1.3.24も動作するが連携が上手く動作しない。立ち上がった後でapache1.3.24をrestartするとOKになる。どうもTomcat4.0.3が起動中にapache1.3.24の自動起動がかかるため連携が上手く動作しないようである。それと「Struts」では所定の個所にコピーしてもこの連携がOKになったあと、apacheの設定Fileである「httpd.conf」の中の<IfModule mod_wedapp.c>に「WebAppDeloy」でサンプルのディレクトリー名を追加しないと思い道理の動作をしないことが分かった。自動起動でapache1.3.24とTomcat4.0.3の連携が解決すればすべてOKになる。ただ、以前にapache1.3.20とTomcat3.1.2では上手くいっていたがTomcat4.0.3でダメになったのはアーキテクチャーが変更されたためと思われる。「Struts」はサンプルが動作したからOKではなく、これを参考にしてフレームワークでWebアプリケーション作るのが本来の目的とあるが本格的なシステムを構築するとなると非常に難しいというのが本音である。

平成14年05月12日

 「Struts」にチャレンジしようと、5月の連休の後半からLinuxのシステムが構築してある一番古いパソコンに前段階として「TOMCAT4.0」を導入しようとした。ところが設定ミスなどが重なってシステムが壊れてしまい大変な苦労をすることになり、やっと昨日すべてを新しい形で基の状態に戻した。というのは、最初からシステム構築することになってしまった。そこでシステムをバージョンアップすることにした。RedHat7.1でsambaとbindはそのまま使い、apache1.3.24、PostgreSQL7.2.1、Jdk1.4.0とTomcat4.0に更新した。
 このとき、Tomcat4.0はまったく新しく開発されたので動作確認に手間取ったのと、apache1.3.24とTomcat4.0を連携させる個所でErrorが発生し、この原因が2週間ほど掴めなかった。分かれば、何だということである。しかし、分かるまでが大変であった。
 現象は、apacheの設定FileであるHttpd.confで「invalid Virtual Host」のerrorが発生し起動しなかった。原因はServerNameのコメントの#を外せばOKになったが、このことがわかるまで1週間以上費やした。
 また、この原因を追求するためWin2000が入っている別のパソコンにRedHat7.1を導入したらフォーマットの関係でマルチブートで立ち上がらなくなってしまった。以前のRedHat6.2ではOKであったのだが。しかたなく、Win2000をWin98と同じFATフォーマットで再インストールしてOKになった。
 それと、一番古いパソコンではシステムが重くなり、動作が非常に遅くなってきた。
 次は「Struts」の動作確認をするつもりである。こんなに苦労してまで挑戦するかと言えば、JAVAなどのフリーソフトでここまでできるという魅力は捨てがたいのである。

平成14年04月06日

 この2週間ほどは、知研東海の記念誌の編集と4月の知研東海のセミナーの手配に明け暮れていた。そんな折、行きつけの本屋でJAVAworldの雑誌でStruts(ストラッツ)の特集を見つけた。副題は「『最強のWebフレームワーク』を知る、学ぶ、使いこなす」と書いてあった。何となく興味を引く記事である。記事の内容を読んでいくと、開発者は「TOMCAT4.0」を開発した、クレイグ・R・マクラナン氏でStrutsの原型は1週間で作られたと書かれていた。最初はこれで何ができるのか余り理解できなかった。だが、夢中にさせられる「何かが」ありそうであった。
 読んでいくに従って概要が分かってきた。それは、ソフトウェアの再利用を高める方法としては、「ライブラリ」と「フレームワーク」などがある。Strutsはこの「フレームワーク」とWebアプリケーションを開発するアーキテクチャに「MVCモデル2」の考え方に基づいて作られていることである。
 だから、StrutsはWebアプリの共通の機能や構造といった「半製品」をフレームワークという形で提供し、画面表示や処理ロジックなど固有処理はWebアプリの開発者が、「アドイン」する形で開発していくこととなる。そのときの考え方(アーキテクチャ)として「MVCモデル2」を使うのである。
 「MVCモデル2」とはModel(アプリケーションのデータとロジックのカプセル化)をJavaBeansコンポーネント(Bean)で、Controller(ModelとViewの制御)をサーブレットでView(Modelの可視化)をJSPで実装することにある。
 「TOMCAT4.0」を開発したクレイグ・R・マクラナン氏は、このアイデアを欧州の4ヶ国語向けのWebアプリを開発したときに浮かんだそうでする。そして、Strutsの原型は1週間で作ったとのことである。何かを作り出す人とは、八木理事長が「知的生産は面白い」で話されていた知識の積み重ねによる知恵と、それによる成果ということがよく分かる。ここらは万国共通のようである。

平成14年03月06日

 本屋でTOMCATについて書いてある本を立ち読みしていてあることが閃いた。それはTOMCATが起動されていないのではないかということである。家に帰り調べたらそのとおりであった。つまり、年末にTOMCATを導入して監視デーモンのpostmasterが動かなくなったのは(原因は不明)3月3日にPostgreSQL7.2にバージョンアップしたことによってpostmasterが動作するようになった。しかし、この時点でTOMCATが自動起動しなくなっていた。そこで再度、自動起動のスクリプトを見直し、Windows98でいうところのスタートアップの役目をするrc.localの中に自動起動できるようにスクリプトを書き直した。これによって、LAN構成の中で一番古い中古のPC(サイリックス120MhzのCPU MMは32Mb Disk 3Gb)にWin98とRedHat7.1のマルチブートでLinuxの最新技術を詰め込んだ。
 使っているLinuxのフリーソフトは1)apache1.3.20 2)Tomcat3.1.2 3)PostgreSQL7.2 4)php−3.0.18 5)samba2.2.1 6)skyboard−2(グループウェア) 7)Bind9.1 8)jdk1.3.1 などである。私がLinuxで想定している最新技術の環境が一応出来上がった。これからは実用に耐えうるかのテストをすることになる。 

平成14年03月03日

 今日は少し時間があったので、PostgreSQLがTOMCATを導入したことで動作しなくなった件を調べていた。原因がわからないのでPostgreSQL7.2にバージョンアップした。このことによってPostgreSQLの監視デーモンであるpostmasterが動作するようになりグループウェアのSkyBoard2.0は動作した。
 しかし、今度はTOMCAT3.1.2(サーブレット/JSP)が動かなくなった。すべてのサンプルがERROR表示になりがっかりである。どうも相性が悪いようである。また、再度調べることになりそうだ。 基本的な原因は分からないのでTOMCAT4.0とJDK1.4で挑戦することになるだろう。マイクロソフトのASPに比べるとJSPはまだまだだが、フリーソフトの点から将来はこちらがスタンダードになると思われる。

平成14年02月02日

 Linuxとは関係ないが、知研東海の創設8周年記念誌を作成中である。その中で、私が書こうとしているテーマ「ザ・名古屋『それは大須!』」で大分前からいろいろな資料を集めたり、取材したりしている。なぜ、このテーマを選んだかと言えば、パソコンの部品などを購入したり、ITの最新情報を収集するため毎週土日に通っているが活気がある地区である。いつも「なぜ活気があるか」疑問に思っていたので、いつか調査しようと考えていた。そこで今回記念誌を作るに当たり、自分なりに調べてみようと思った。調査の方針は、1)大須のルーツを探る。2)活気の源泉を探る。3)キーマンはだれだということで調べることにした。
 最初は、愛知県図書館で下調べをし、大須商店街連盟に伺っていいことを聞いた。それは名古屋タイムズ社が平成12年11月から「大須 てんこ盛り」という紙面の半分を使った連載を行っているとのことであった。だれもが注目するところは一緒のようである。そこで直接、連載を書いている大須報道部に電話し、小林記者に会いいろいろ伺った。その話の中で、パソコン街の話が出て万松寺(織田信秀公の菩提寺)の副住職が関係しておられると聞き、その後、直接副住職にお会いし疑問点を伺った。
 1)なぜ、ここに万松寺があるのか。2)なぜ、アメ横ビルがあるのか。3)なぜ、古着屋が多いのか。4)なぜ、万松寺に「織田信長のからくり」があるのか。5)なぜ、パソコン街になったのかなどいろいろな疑問をぶっけたが的確に答えていただいた。尚、副住職はGoodWillの共同創立者でも有ったりで、現在はソフトウエアの潟Gスエムシーの社長でもある。こんなことから、大須ビットバレーの将来を垣間見る思いがする。
 ほんの少しの取材ではあるがおぼろげながら、大須の活気の原点が見えてきた。この情報を基に再度、愛知県図書館に行き名古屋タイムズ社の連載を読んで、その中のコラム「大須今昔物語」に興味を持ち、「大須観音」「大須文庫(国宝 古事記)」「万松寺」の連載記事のコピーを、後日小林記者から頂いて来た。この記事は、分かり易く大須の原点を詳細に調査し書かれているので、一読にあたいする。
 そして、今日、大須観音の本家本元がある羽島市に行き、長良川のたもとにありひっそりとたたずむ出世大須観音を訪ねた。なにか良いものが書けそうだ。

平成14年01月13日

 今年に入ってから、中古の部品で作った自作のPCに導入してあったLINUX系のシステムの内、PostgesSQLをコントロールする監視デーモンのpostmasterが起動できなくなった。昨年に導入したTOMCAT(サーブレット/JSP)が影響しているようである。そのためにグループウェアのSkyBoard2.0は動作しなくなってしまった。
 原因は今のところわかってない。機会を見て調査することになる。これをきっかけにPostgesSQLをバージョンアップする予定である。ここらがフリーソフトで構築する落とし穴であり、現業で使っていたら大変なことになっていた。
 さて、話は変わるが私の今年の目標は、英語とJAVAの能力アップである。英語は手付かず。だから、正月休みはJAVAの専門書を購入して勉強していた。なんとか、オブジェクト指向の考え方は分かってきたが、自由自在に使うとなると難しい。とまどう基本概念は、クラスとオブジェクト(インスタンス)、抽象化、メッセージ、カプセル化、コンストラクタ、継承、インターフェース、そして多態性となるから現実性がつかめなくなる。しかし、部品化すると便利になるは何となく分かるが、いざ使うとなるとブラックボックス化して詳細が分からず不安になるのは私ひとりだけであろうか。

平成13年12月16日

 日経Linuxを購入し、またも懲りずにRed Hat Linux7.2をインストールした。新しきモノ好きは困ったものである。ブートローダーが「LILO」から「GNU GRUB」に変更になり、マルチブートの画面が変わった。ただ、ジャーナリング機能を持つファイル・システム「Ext3 fs」は余り使わないので、確認はできていない。LInuxもWindowsXPと同じく、技術的新鮮さが無くなってきたので、心躍る感激は少なくなってきた。
 今後は、アプリケーションの世界が中心になると思われる。その注目度から言えば、JAVAや.NETなどオブジェクト指向プログラミングになるだろう。最近読んだ、日経コンピュータのトヨタのIT戦略の記事の中に、3層構造でJavaを全面採用とすると書かれていたがJavaの特性を理解してのことである。つまり、クライアント・パソコンにはWebブラウザだけを搭載し、アプリケーションを一切載せない。こうすれば、何千台〜何万台もあるクライアント・パソコンのメンテナンスの必要がなくなる。
 また、日経Linuxの2002の1月号にSUNがStarSuite6.0 Betaというオフィス・ソフトをネットで無償公開の記事があり、早速、ダウンロードしようとしたが、SUNの英語のレジストリで許可が出ず断念。何が不十分か今だ分からずである。

平成13年10月13日

 昨日から今日にかけて、自作のパソコンを作っていた。ただ、私が作るのであるから部品がいわく付きのものが多く苦労した。まず最初が市価の半値以下で手に入れたジャンクのベアボーン品(半完成品)で動作させようとしたら画面表示しない。メインボードが壊れていた。そこで、フェアで手に入れた少し時代遅れで半値以下のメインボードを使用することにした。そのため、最新のCPUは使えない。CPUはCelerons433MHzの中古品が偶然売っていたので買って来た。DISKは中古品がなかったのでビデオカードと一緒に新品を買って組み立てることにした。
 昨日はCPUをメインボードにセットしようとしたが、セットできない。中古品のためかピンが曲がっていることが分かった。そこで修正しようとしたが、中高年の悲しさピンが良く見えない。拡大鏡付きの懐中電灯を用意したが上手くいかずその日は諦めた。
 今日は、何とかピンの曲がりを修正し、半値以下の怪しげなメインボードにセットし初期動作確認をした。何とか動いた。やれやれというところである。ベアボーンの欠点は他のメインボードなどを使うといろいろな個所を修正しなければならないことである。
 また、これができないこともある。今回、購入してあったベアボーンはその点まで考慮して買ってあったので、I/O TemplateとPower onなどのPanel Pinを修正するだけで済んだ。すべてを組み込んで電源を入れようとしたら電源が入らない。調べたら接触不良個所があった。すべてを直し、Win98のインストールである。私の場合は、いろいろな使い方ができるように、DISK(20GB)のパーティションをいくつかに切る。
 Win98をインストール中にシステム構成を組み込む段階で余り見慣れないメッセージが出てきた。それは PCI Communication device と次に、PCI Media Communication Deviceというメッセージである。Driver ソフトがいることは分かるがどこにあるかが理解できない。そのため、上手く組み込めない。英語のマニュアルを読むが微妙なニュアンスが分からないのと、メインボードの仕様を理解していなかった。後で分かったことであるが、このメインボードには音源(これは理解していた)とモデムの制御部分が乗っているボードであった。そのため、BIOSでその部分を制御する個所の設定があったが、最初は別のモデムをセットしていたため、競合を起こしていた。それと、最近は、メーカーが付けるDriver ソフトも、どのボードにも合うように種類ごとにたくさん入っているので、自分が持っているボードの仕様を理解してインストールする必要がある。それに輪をかけて英語のマニュアルと来るから苦労することになる。
 結果的には、音源とモデムのDriver ソフトをインストールすることにより解決した。
 そういえば、最近、TOEICを会社の通信教育で受けているが悪戦苦闘である。それに比べれば、テクニカル英語はまだマシのはずだがこの程度である。
 IT分野など先端は技術の進歩は早いので、新しいことをやると何回やっても苦労の連続となる。ここらが理屈ではなく実践の難しさであり、面白さである。
 

平成13年9月16日

 この2週間ほど、Apache(Webサーバー)とJAVA版のTomcat(サーブレット/JSP)の動作確認に費やしていた。なにせ新しい情報技術に挑戦するのは大変である。
知的生産でいうところの、情報収集から始まり、今までの知識を活用し、実践となる。というのは、昨年にJAVAに興味が有り、通信教育で「JAVAの活用」を勉強し、マニュアルを見ながらではあるが、簡単なエディターや通信のプログラムを作り、オブジェクト指向の考え方はある程度理解していた。
 こういう知識をベースに、UNIXuserの2001年2月号の特集「サーバーサイドJavaでグループウェアに挑戦を!」を参考にして構築した。また、情報の収集ではインターネットから「Tomcat」で検索し集めた。今回の場合はそんなに大きなテーマではないのでA4用紙で10枚程度であった。これがLINUXを最初に挑戦したころは、インターネットからだけでもA4用紙で5cmほどの高さになった。また購入した本だけで何十冊となる。
 さて今回の作業の流れは、JAVAのフリーソフト(JDK1.3.1)の解凍、Tomcatを構築するためのフリーソフト(Jakarta−ant、Jakarta-Tomcat−servletapi、Jakarta-tomcatjaxp-1.1jsse-1_0_2)の解凍とコンパイル後、Buildして構築することである。
そして、最後にApacheにTomcatをモジュールとして組込み、Webプラウザ-からCGIの変わりにJAVAソフトで組まれたCGIで動的HTMLを見ることができるようにすると完了である。これだけの作業で、2週間も掛かったのは、問題点が続出したためである。まず最初がJDK1.3(この時点ではJDK1.3.1は持っていなかった)をRedHat7.1で使用するとエラーになることが分かった。このためJDK1.3.1のCD−ROMが付録でついている雑誌を購入した。(ネットからDownLoadするには29MBの容量は余りにも大きすぎるためである)
 次は、JAVAタイプのコンパイルの意味を理解するのに時間が掛かった。何とかこれを乗り越えてコンパイルしていくと、Tomcatを構築時に、jsse-1_0_2(セキュリティ関係のソフト)は無視できると書いてあったが、どうしてもここでコンパイルエラーになる。そのためSUNのホームページからDownLoadしようとしたが、英語で書かれたレジストリがあり、何度も登録するが許可がでない。これにはまいってしまい。思案に暮れ、ネットで「Tomoさん」にメールで問い合わせ、早速回答を頂いたが自分もある過程で止まっているという返事でフリーソフト使う悲しさで待つしかないと書いてあった。確かに今後出るJDK1.4では標準で同梱されるソフトである。
 ここで諦めるわけにも行かず、昨日本屋に行きいろいろとJAVA関係の本を見ていて以前に出たJAVAworldの7月号「特別リポート JavaSDK1.4プレビュー」を発見した。
 早速、購入し家に帰って読んでいて、あることが閃いた。つまり、コンパイルされたTomcatをネットからDownLoadすればいいことに気が付いた。そこでネットから手に入れ解凍した。
 これをもとに、プログラムのある場所示す、PATHやCLASSPATHを設定しTomcatを起動される。初期設定ではTomcatのHTTPサーバーを見に行くため、他のパソコンからWebプラウザで見ることができ成功した。少し感激であった。
 今度は、通常のApacheを通じて見えるようにすることである。この連携をつかさどるモジュール「mod_jk.so」を最初はコンパイルせずにネットから手に入れた。しかし、実際に組み込むと動作しないことが分かった。そのため、「mod_jk.so」をコンパイルして作る事にした。実行後、指定の場所にコピーした。Tomcatを起動後、エラーが出たが指定のファイルに実行許可を与えるなどしてエラーをなくした。
 文章で書くと簡単なように見えるが、実際は苦労の連続であった。ここらが机上と実践の違いでやってみないと身につかないものである。動いたときの感激は人に言い表せないものがある。
 私が教えていた人で、Windows98でJAVAを勉強をしようとして「autoexec.bat」の設定を変え起動できなくなったと飛んできた。そこで修復してやり、JAVAが動作できる環境を作ってやった。そして、サンプルのJAVAプログラムをエディターで作り、コンパイルから実行までを見せてやったがその感激はすごかった。というのはJAVAプログラムをだたで作れるような環境になったからである。
 数日前の日経産業に富士通が中国でJAVA関係の大規模のソフト工場を作るという記事が載っていたが、こんなところを注目しているのである。中国を侮るなかれである。

平成13年9月2日

 LinuxなどUNIX系は、インターネットなどに強いOSでありオープンシステムで注目されている。特にIBM、NECや富士通などの大手ベンダーがLinuxを採用し始めたのはフリーソフトでコストを下げることができるからである。また、JAVAがバージョンアップし、エンタープライズ的(J2EE)な使い方にも対応してきた。今までは、動的なホームページを作成するにはCGI(Common Gateway Interface)としてPerlなどのプログラム言語が使われていた。しかし、今後はJAVA言語で書かれたサーブレットが多く使われるようになるだろう。次はApacheとTomcat(サーブレット/JSP環境)連携させJAVA版のグループウェアに挑戦してみる。

平成13年8月19日

 5ヶ月を要して、最新バージョンの構成でSkyBoard2.0というグループウェアを完成できた。フリーソフトの構成はRedHat7.1を使用しSAMBA2.0.7とDNSサーバー(BIND9.1.0)はRedHat7.1導入時のまま使ったが、設定が意外と分かり易いためである。その他のApache3.1.20、PostgreSQL7.1.2とPHP-3.0.18はコンパイルしながら組み込んだ。PHP-4.0.6の最新版を使わなかったのはSkyBoard2.0がPHP3で作られているため動作しないことが分かった。
 ここで注意が必要なのは、段階を踏んで進めていかないとシステム構成が大きいので、成功しない。例えば、Apacheではサンプル画面が表示されることを確認。
PHP3ではPHPのサンプル画面が出ることなど。ただ、この流れが一発で成功することは稀である。私の場合もこのシステムを組み込むために何十回と失敗した。
 「知的生産の技術」ではないが失敗の都度、失敗の原因をメモし、後で本などに記録しながら情報を蓄積していくのである。これがないとシステムを作りこめない。
 というのは、いくら雑誌や技術的な本を読んでもこういう失敗は書かれていない。
実際にチャレンジした人にしか分からない領域である。これらは実践でしか身につかないのである。

平成13年8月18日

 ここまで来ると、WebDBを導入することになる。そのためにはPHP-4.0.6(HTML上でDBに読み書きできるスクリプト)とPostgreSQL7.1.2(Webデータベース)をコンパイルしながら組み込む。なぜ、コンパイルするかといえば、いろいろな修正がしやすいためである。RedHat7.1をインストール時にすべて組み込むとどうやって修正するかが分からなくなる。最新のフリーソフトを使う場合は、Linuxの雑誌などを頼りにすることになる。今回は、UNIXuser2001.9号のWebDB入門を参考にする。ただ、間違いなどがありある程度理解していないと読んでもそのとおりには行かないことが多い。PHP-4.0.6が上手く導入できたかはinfo.phpファイルを作り、そこに「<?php phpinfo(); ?>」を書いてWeb上からそのファイルを見てPHPのバージョンや構成の情報が表示されれば動作確認はOKとなる。PostgreSQLもコンパイルしながら組み込むのであるが、データベースはWindowsのAccessなどを使ったことがないと理解するまでに少し時間がかかる。私もすべてを自由自在に使えるわけではなく、試行錯誤の連続である。まだまだ、LinuxなどのUNIX系はWindowsのような手軽さがないところに問題である。

平成13年8月15日

 RedHat7.1にApache1.3.20をコンパイルしながら組み込み、Lanに接続されているPC端末から動作確認をした。ここでもやはりトラブルが発生した。つまり、http://192.168.0.3というようにIPアドレスを指定すればWWWサーバーのApacheに接続されたサンプルページを見ることができるが、http://server3.katou3.co.jp/というようにURL形式で指定すると見れない。
 これはNameサーバーであるBIND9.1.0の設定が上手くいっていないためである。
設定のサンプルを見ながら試行錯誤して、BindConfで設定を再度見直し動作するようにした。ここらは設定の理屈がわかるまで何度も繰り返すしかない。
 Samba2.0.7が動作していて、ApacheでNameサーバーが問題になるかといえばTCP/IPがより高度に使われているからである。BIND9.1.0の設定により世界のサーバーに繋がるようになる。

平成13年7月22日

 Samba2.0.7が動作したので、プリントサーバに挑戦した。動作確認環境は、RedHat7.1がインストールしてあるパソコンに接続しているEpson MJ-5100Cに対して、Windows98からWord2000で作成した文章をLan経由で印刷する。
 RedHat7.1のプリンタ設定をGUIで設定し、Sambaのsmb.confはPrinter設定の;のコメント外しただけでWin98で使用している感覚で正常に動作した。
 TurboLinux3.0で苦労したのが何だったかと考えてしまう。3年間の進歩を感じる。というのは、TurboLinux3.0頃は、Linuxの印刷は標準がPDFでGhostscriptを設定するため、Scriptを書いたりした。今回のRedHat7.1ではGUIで設定するとLinuxから印刷するときはGhostscriptが働き、PDFファイルが印刷できる。また、Win98から印刷すると、Sambaの垂れ流しが働き、Word2000の文章が綺麗に印刷でき、完全にプリントサーバの役目を果たしている。
 これで、今までに確認できたLinuxでの動作確認は次のようになる。
 ・WWWサーバーを使い、自分で作ったホームページの確認。
 ・PostgreSQLのデータデースを使った、Webからのデータ収集。グループウェア
  構築。そして、ODBCを使い、そのデータをAccessで確認すること。
 ・Sambaを使ったファイルサーバ、プリントサーバ。
 ・Linux側に導入してあるNetscapeのプラウザからLan経由でWin98に導入しているWingate(Proxy)からインターネットに接続する。この結果をPDFプリンタとして印刷する。 

平成13年7月21日

 今日、RedHat7.1にしてから初めてSamba2.0.7が動作した。このために2ヶ月余りを要したことになる。原因が判明すると、なんだこんなことかとなるが分かる迄が大変である。原因が複合的になると、専門家でも分からない。また、Linuxの説明はほとんどが英語で、理解に苦労する。今回も、最初はネームサーバが影響してると思い、BIND9の問題を解決したが直らず。本屋でRedHat7.1についての本を立ち読みしたが、Firewallに注意という言葉を見つけただけであった。そこで、買ってあった最新のSambaのことを書いた本を見て、Logファイルを調べてもエラーになる要素の個所が見当たらない。
 再度、本屋へ行って手当たり次第に、RedHat7.1について書いた本を立ち読みしていくと、「はじめてのRedHat Linux7J」という本のSamba設定の個所のコラムにRedHat7.1からSambaのTCPポートである137−139は初期設定ではリジェクトされるという個所を見つけた。そして、コマンドであるlokkitを使って再設定ができると書いてあった。この個所を発見して暗黒の世界からひと筋の光を見る思いであった。というのは、Redhat公認の本やリファレンス本には一言もうたってなかった。
 また、ここまでくると現象として、TCP/IPのネットワークで拒否されているのではないかとなんとなく分かってきた。Linuxはネットワークに強いOSであるから、セキュリティーの面から、ポートを許可するため/etc/servicesファイルなどを変更しなければならないことは知っていたが、そこではなかった。
 lokkitというファイルを手がかりに調べることにした。Findコマンド(ファイル検索)で半信半疑に探し、実行しところFireWallの設定画面が表示された。ここで原因が分かった。FirewallでSambaがネットワークから拒否されていた。ただ、これだけ。
 つまり、RedHat7.1のインストールから追加されたFirewallを初期設定は中級だが、これを「NO」にしておけば何の問題もなかったことになる。ネットではクラッカーとハッカーの戦いは激しく、セキュリティーホールの指摘が後を絶たない。
 いままではこんなことはなかったので、Linuxの進化を垣間見る思いがした。 セキュリティー強化は難しい問題である。だから、商売になるのである。だが、しかし・・・・・である。

平成13年7月8日

 暇にまかせて、RedHat7.1の動作確認をしていた。まず最初にSambaからWindows98の印刷をできるように試みることにした。しかし、Win98からネットワークコンピュータでLinuxを覗こうとするのだか、ホスト名がないなどと言われ見えない。
 そこで原因を調べていくと、どうもRedHat7.1で新しく導入されたBIND9.1.0のネームサーハが゙動作していないことが分かった。ところがこのネームサーバを理解して動作させるために一ヶ月以上かかってしまった。なぜそんなにかかったかといえば、理解が足りなかったの一言に尽きる。結果としては、RedHat7.1から導入されたBINDの設定画面であるbindconfを使って、指示どおりにすれば動作した。
 ただ、BIND9からtestコマンドがnslookupからdigまたはhostコマンドを推奨すると英語で表示されるようになったのと、ネームサーバの設定ファイルをBIND8から流用し修正したため、複合的エラーが発生した。その表示が英語のため理解するため、ネットから情報を集めたり、本屋で立ち読みしたりで大変であった。BIND9からIPv6がサポートされるなど時代の進歩は早い。これを考える人もすごいが、付いて行く人も大変である。
 だが、BIND9は動きだしたが、Windows98からSambaでLinuxを覗くことは原因が分からず今だできず。RedHat6.1とBIND8では他のマシンで問題なく動作はいる。

平成13年5月25日

 今日は休暇を取って、米を作るための田ならし作業と、Linuxには関係ないがJAVAの統合開発環境ソフトであるJBuilder4Foundationが以前から問題があったので調査していた。今までのテスト的なJAVA開発環境はBuilder3.5FoundationとBuette1.0J(韓国製の日本語版)の評価版であった。Bluett1.0JはJDKを自分で組み込む方式でJDKの更新に柔軟に対応できるのと、JAVAの命令(コマンド)を簡単に追加でき使いやすかった。また、高度なJAVA開発のフルセットも手ごろな値段で購入できる点がいい。
 今回調査したのは、Builder3.5Foundationがある状態でJBuilder4FoundationをInstallするとライセンスキー入力時にerrorになっていた。そのため、JBuilder4Foundationが付録にある雑誌(日経ソフトウェア)を購入し、初物好きな私は再度挑戦した次第である。分かったことは現象が同じであったということ。
 そこで別のマシンにInstallしたら正常終了した。このことから原因を調べたら3.5と4は同居できないことと、ATOK12のバグで動作しなったことが判明した。このことが分かるためだけに4カ月ほどかかった。最初から4で挑戦しIME2000の仮名漢字変換を使ってInstallしている人は何も問題なく使えているはずである。
 こんな寄り道の苦労も原因が分かるとなんとなく心が躍る。だが他人が見たら「???」だろうなぁ。趣味の世界とはこんなものではないだろうか。 

平成13年5月22日

 RedHat7.1J(FTP版)がやっとInstallでき、動作し始めた。というのはUNIXUSERの6月に付録で付いていたRedHat7.1Jは最初に出たためか、CD−ROM2の交換メッセージ後にCD−ROM2を認識できないバグがあった。
 次に出版された日経Linuxの別冊付録のRedHat7.1Jでは正常に終了した。簡単なテストを実施しただけだが、マルチブートがビジュアル画面に変更になっていた点と、英語版ではあるが、KDEアプリケーション作成用の統合開発環境のKDevelopが入っていた。Linux2.4の新機能を今のところテストできる環境にはない。

平成13年3月31日

 現在では、中古部品で作ったパソコンを含め、5台構成でWin98、Win-NT(scsiタイプのスキャナーがWin2000で動作しないため)、Win2000、Linux構成になっている。
 問題点はLinuxのSAMBAでWindowsとのプリンターの共有ができていないこと。SkyBoardを最新バージョンにするとともにPostgreSQLやLinuxを2.4にアップすることより業務的にも耐えられるようにすることが課題である。

平成12年6月頃

 LinuxのNetscapeのブラウザで印刷すると、EpsonのプリンターでGhostScriptを使って日本語などが綺麗に印刷できた。ここらにNetscapeのLinuxに対する意気込みを感じた。

平成12年1月頃

 この頃には、Linuxも大分理解でき、LOCUSのオープンソースでつくる「グループウェア」に挑戦している。このシステムはRedHatのLinuxで構築した。RedHat5.2に移ったのは雑誌のFTP版がフリーで手に入ったからで、この頃にはマニュアルがあまり必要でなくなっていた。このグループウェアを稼動させるためにはPostgreSQLやWWWサーバのApacheなどをコンパイルしながら構築していくことになる。

平成11年9月頃

 Webからデータを収集できるようになり、PostgreSQLの手足としてAccessで見るため日本語のODBCを導入し、Accessにリンクさせることができた。

平成11年6月頃

 この頃、LinuxでOSの中身をある程度いじれるようになり、Epsonのプリンターで漢字を打ったり、GhostScriptを使って虎や日本国憲法を日本語で打った。
 また、LinuxのSQLデータベースとしてPostgreSQL6.4.2とPHP3でWebのデータベースに挑戦し、フリーのデータベースであるPostgreSQLを理解するため、3ヶ月以上かかっていた。しかし、Webからデータを収集できるようになったときは感激であった。

平成10年12月頃

 この年の年末に、PC-UNIXに挑戦しようとTurboLinux3.0を5,000円弱で購入したのがLinuxとの最初の出会いである。このころの私のシステム構成は中古のGateway(166MHz)がメインマシンで2、3台目が中古の自作のパソコンでLAN構成にしてあった。そして、3台目にWin95とLinuxのマルチブートでインストールした。さらにこのころは、Linux用にDiskの領域を切るのに苦労している。Linuxは初めてのため、マニュアルを見ながら、インターネットのTCP/IPのローカルアドレスなどを設定したが、LANカードの動作が上手くいかなくて苦労していた。
 しかし、何とかWWWサーバ、DNSサーバ、FTPサーバを立ち上げるところまででき、WWWサーバを使って、HTML(ホームページ)からFTPを使ってアップロードできる環境を構築できた。