御木曳初式(外宮)

平成17年より式年遷宮のお祭りが始まっていますが、平成18年度最初のお祭りが
この御木曳初式です。御木曳初式とは、伊勢市及び近在に住む旧神領民が、
御造営の用材を両宮に奉曳する伝統行事「御木曳」の始めに行われる儀式のことです。
正宮や別宮の重要な部分にあてられる「役木(やくぎ)」という代表的な御用材が、
縁の深い各町の奉曳団によって神域に曳き入れられることから、「役木曳」とも称されます。

内宮では御用材を橇に載せて五十鈴川を運ぶ川曳きで、外宮では御用材をお木曳車に載せて
運ぶ陸曳きで運ばれてます。内宮では4月12日に、また外宮では翌13日に斎行されました。


   平成18年4月13日 陸曳き

     川曳きの翌日今度は外宮の陸曳きが行われます。宮川の河川敷にある御用材貯木場に置かれた御用材を運びます。
     直接御用材をお木曳車に載せるものと思っていたら違いました。貯木場からいったん橇に御用材が載せられ、宮川の中
     へと入っていきました。こちらでも川曳きです。その後、橇は中島町のお木曳車へ向うのですが、ちょうど堤防の上に橇が
     差し掛かると、橇を揺らし始めました。これを「どんでん」というそうです。激しくシーソーのように御用材が揺れます。
     中島町の道路に向って、奉曳団の方々が橇に繋がる2本の綱をまっすぐに引く準備を始めました。
     「行くぞぅー」の掛け声が発せられると橇は一気に斜面を駆け下ります。
     橇の向きがちょっとでもずれたら家に突っ込むか、けが人が出ていたでしょう。

    

宮川の桜も散り始めでしたが、まだ満開の状態といってもよく、お木曳きに花を添えているようでした。



    

宮川河川敷に設置された御用材の貯木場です。ここに一旦納められた御用材が橇に載せられて行きます。



    





    





    

橇が何処へ向うのかと思いきや、宮川の中に入っていくでは有りませんか。
ちょっとの間ですが、外宮の陸曳きにも川曳きの部分があるんですね。
これは木曽の御そま山から切り出された御用材が宮川から引き上げられた
ことにちなんでその様子を再現しているのではないかと思います。



    

宮川から引き上げられた御用材を載せた橇は堤防に設置された坂をのぼって行きます。



    

このまま一気にお木曳車のところまで御用材を持っていくのかと思いきや土手のてっぺんで橇が止まりました。



    

この場所を「どんでん場」と言うそうですが、ここで御用材の橇に乗った男衆が激しく橇を前後に揺らします。
諏訪大社の御柱祭の木落としと同じ様な感じで揺らします。曳き手の綱がまっすぐ伸ばされ、
お木曳車がある方向に奉曳団の方々が綱を持って一直線に並びます。

一瞬の静寂があった後に、掛け声が掛かると綱を曳く人々がいっせいに走り出します。
その勢いのすごいこと、あっという間に御用材はお木曳車の置いてある道路にまで滑って行きました。



    

御用材がお木曳車に載せられると、その上に鳥居や楼閣など飾りが取り付けられられます。



    

お木曳車の準備が整うと木遣り歌が披露されます。出発は間近です。
「そーれ、エンヤー!!」の掛け声とともにお木曳車が動き出します。
ものすごいヴォーというほら貝を鳴らしたような椀鳴りをさせて進んで行きます。
「椀鳴り」とは車軸と車輪が擦れて出す音で、この音がいかによく出るかというのも大事なことだそうです。



    

江戸時代のお代官が被るような笠をつけた方がお木曳車の上に乗っている奉曳団もいくつかありました。



    

各町内の奉曳団では、太鼓や踊りを披露するなど様々な工夫をして、お木曳き行事を盛り上げています。



    





    

なかには子供木遣りも登場し、大人達に負けないくらいの声で木遣り歌を披露してくれました。



    





    

度会橋南側のどんでん場を出発したお木曳車は県道伊勢南島線に入ります。
道路は二車線に広がりゆったりとお木曳車は進んで行きます。



    

お木曳車は外宮に向うまでの間、何箇所かで休憩を取ります。その際は曳き綱が地面に付かぬよう
に竹で組んだ支えの上に置くことになります。綱を跨ぐことは御用材を跨ぐのと同じことになるため
必ず綱を持ち上げて下をくぐるようにしなければなりません。これは川曳きでも同じです。

休憩の途中でも太鼓の演奏や踊りの披露が行われます。



    

ようやく外宮北御門に到着しました。川曳きと同じく外宮北御門に入る直前はエンヤ曳きとなります。
ここまで4時間ほどの時間がかかっています。歩けば30分ほどの距離なのですがほぼ半日掛りです。

写真右側の橋は火除橋で、この橋からが外宮の神域となります。この後、お木曳車が外宮神域まで
入っていくので橋面を守るために養生の板が貼り付けられています。御用材の重さは1トンほど、
お木曳車も含めると3トンを超えるということですから橋が傷つかないようにしなければなりません。

また、御用材を運ぶ途中に事故が起きたり、けが人が出てしまうと、その御用材は穢れたということ
になるので神域にお木曳車が入ることはできませんし、その御用材も使われることがなくなってしまう
ということですので、荒っぽい曳き方をする場面もあるお木曳きですが、慎重に曳かれているのです。

実際に、5月に行われた外宮のお木曳きでは、外宮北御門に入る直前のお木曳車が曲がり損ねて
信号機をなぎ倒してしまい、曳いていた一人の方が倒れてくる信号機を避けようとして転んでしまい
救急車で運ばれるという事故が起きてしまいました。せっかくあと40mというところでしたが、その
御用材は神域にはいることはできなかったようです。



    

お木曳車が神域に入る前に神職による御用材への御祓いが行われます。
写真は外宮神楽殿方向から外宮北御門へ向う神職です。
神職の手には榊と素焼きの皿に入った清めの塩が入っています。



    

ふれ太鼓の音が神域に鳴り響きます。大宮司以下神職と青い装束の小工の参進が始まりました。
いったんお木曳車のある北御門へと向います。



    

九丈殿横には一番車の小川町の奉曳団の方が待っていました。かわいい子供たちの姿も有りました。
北御門へ御用材を迎えに出ていた神職たちが戻ってきました。



    

神職の方々が五丈殿内に入りました。そしていよいよお木曳車が神域内に曳かれて来ます。
エンヤーの掛け声で曳いてきたお木曳車も神域内では無言で運ばれてきます。
ただ、お木曳車の椀鳴りだけが神域内に響いています。



    




    

お木曳車は九丈殿前まで曳かれていきます。御用材はこの九丈殿前の広場に安置されます。



    

お木曳車は向きを変えます。これは御用材を下ろした後、そのまま表参道方向に出て行くためです。



    

御用材は大切に下ろさなくてはなりません。お木曳車からゴロンと転がすなんてとんでもないです。
御用材が転がる反対側から2本の綱を掛け、ゆっくりと御用材を下ろして行きます。
このとき、お木曳車の上に乗った男衆が御用材の様子を見ながら後ろで綱を引く人々に指示を出し
均等に御用材が降りていくように調整します。



    

無事御用材がお木曳車から下ろされました。あとは造営司丁の職員が九丈殿広場の安置場所まで運びます。

御正宮の御用材3本が九丈殿前の広場に安置されるのを見届けると御木曳車から降ろされて安置されました。
無事に奉安されたことが確認されると、大宮司以下の神職及び参事以下の造営庁職員は御正宮に向かいます。



    

大宮司以下の神職及び参事以下の造営庁職員は御正宮に参拝後、多賀宮遙拝所にて
多賀宮を拝礼して儀式は終了しました。



    


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