紙谷 芳彦

Yoshihiko Kamitani
「賃貸住宅の近未来・個性派賃貸」’04 2月

1.居住概念の変化
 賃貸住宅に求められるものと言えば、駅や学校やスーパーに近いなどの利便性と、広さ、日当たり、眺望、設備の充実などの居住性であった。供給する側も、一般的な入居者を想定し、特殊なプランより一般的プランの方が好まれ、長期的ニーズがあると考えてきた。量的供給が不十分な時代はこれでよかった。しかし、量的供給が満たされ、さらに新しい供給が続いている状況では、無個性だがそれなりの居住性をもった賃貸住宅は、新しいものの方がいいに決まっている。古いものは空室率が上がり、賃料を大幅に下げなければ、テナントが決まらない状態に陥る。
 そんな中で、個性的なプランや空間を売り物にした賃貸住宅が脚光を浴びている。デザイナーズマンションの流れが賃貸にまで波及してきていると言うこともできる。単身者やDINKSをターゲットに、コンクリート打放し、高い天井、吹抜け、メゾネット、らせん階段、大形テラス、屋上庭園、脱nLDK(個室+LDKという範疇に納まらないプラン)などのキーワードを持った賃貸住宅が作られている。タイプはいろいろで、造作家具によって作り込まれ、身の回りのものさえ持ち込めば、明日からでも生活できるホテルライクなものから、あえて曖昧な空間をつくり、住む人の個性的な使い方にゆだねるものまで千差万別である。共通して言えることは、すべての人に受け入れられなくても、共感してくれる人に入ってもらいたいと言う姿勢がみられることである。
 個性的といっても、建築家ひとりよがりのデザインやオーナーの個人的思い込みであってはならない。そのために、十分なマーケットに対する認識と検討の上に、快適性や使い勝手を追求した工夫が必要である。
2.物件探しの変化
 住むことにこだわりを持つ人が確実に増えている。賃貸住宅は分譲住宅を買うまでの仮住まいではなく、一生、賃貸住宅に住もうと考えている人も多い。気にいった物件があれば、開きが出るまでウエイティングするという人も多い。また、老朽化していても、立地がよく、格安物件なら、自己資金でリフォームする人もいる。分譲マンションのフリープランのように、オーナーがテナントの希望に合わせてリフォームすることも、今後、増えてくると思われる。この場合、退去時の条件を十分話し合っておかないと、思わぬトラブルを招く恐れがある。
 若い世代に限らず、インターネットによる物件探しは一般化している。沿線による検索の他に、条件による検索も可能で、会員登録しておけば、条件にあったものがでた時に、メールで連絡が来るサイトもある。インターネットにヒットさせる条件を揃えることも重要なポイントになっている。
3.個性派賃貸の実現に向けて
 個性派賃貸は、テナントとオーナーの感性の共有と捕らえることもできる。住戸プランだけでなく、緑や共用部の豊かさ、IT対応などの設備、環境への配慮なども重要な要素となる。
 個性派賃貸づくりには、企画と建築家の選定が重要となってくることは言うまでもない。立地に相応しい用途や居住形態を選択が勝負の分かれ目となる。住戸プランは広さや間取りにバリエーションを持たせ、多様なニーズに対応させることも一つの方法である。
 また、テナント退去時をピンチと捕らえず、リフォームや間取り変更のチャンスと捕らえ、先手を打った対応をしたい。リフォームや間取り変更済み住戸に、長期入居テナントを優先的に移動させるシステムづくりなど、テナントを逃がさない工夫も必要だ。
 最近、注目を集めているオフィスビルから住居系へのコンバージョン(用途変更)は、採光など制約はあるものの、オフィスビルの階高の高さ、開口部の大きさを生かせば、個性派賃貸になる可能性を秘めている。ただし、フィージビリティ(採算性)を無視した過剰な投資は禁物である。
個性派賃貸(ワンルームタイプ)の実例
「後藤ビルディング」 設計:紙谷空間計画事務所 竣工:1990年
5坪の中に、冷凍冷蔵庫組込みのキッチン、クロゼット、カウンターデスクが一直線に並び、畳ベッドからオーディオまで付属しているので、ホテルライクな生活ができる。収納量も十分。水廻りはユニットバスを使用せず、バスタブは鋳物ホーロー製。住戸面積:16.69F
「バンビル」 設計:山本理顕設計工場 竣工:1997年
閉鎖的になりがちな水廻りをあえて窓際に配置することによって、開放的な空間をつくっている。水廻りと居室はブラインド付ガラススクリーンとによって仕切られているので、居室に十分な光が差し込む。住戸面積:32.09F

「キャトルセゾン」 設計:アーバンフォルム建築研究所 竣工:2003年
テーブルと一体化したアイランドキッチンが特徴的プラン。25F弱ながら、半透明な引き戸によって寝室部分と仕切ることができる。冷蔵庫置場や洗濯機置場など細部に神経の行き届いた設計。住戸面積:24.98F