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レオポルド・ストコフスキーの録音 


○1917年10月24日

ブラームス:ハンガリー舞曲第5番、第6番

フィラデルフィア管弦楽団
(ニュージャージー、カムデン、RCA・スタジオ録音)

遅いテンポがぐんぐん速度を上げて行き、快速テンポになったと思ったら、またテンポがぐぐっと遅くなる。まさに変幻自在の、アクの強いストコフスキー節です。今日の指揮者にはやりたくてもできない、個性たっぷりの指揮ぶりで楽しませてくれます。 その意味では、第5番の方が段違いに面白い出来です。


○1926年11月18日/1927年1月6日

ワーグナー:歌劇「リエンチ」序曲

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オブ・ミュージック、RCAスタジオ録音)

冒頭はテンポをゆったり取って、荘重でスケルが大きい。展開部からはテンポを上げて、勇壮で躍動感ある雰囲気で盛り上げます。


○1929年

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

セルゲイ・ラフマニノフ(ピアノ独奏)
フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、RCAスタジオ録音)

ピアノの繊細な響きが拾い切れていない貧しい録音に多少不満はありますが、作曲者自作自演の貴重な録音です。まず印象に残るのは予想に反して乾いた感触があることです。映画音楽的にも聴こえる甘くロマンティックな旋律を感情移入せずに淡々と演奏しています。テンポは速めで・リズムをインテンポに取ってキビキビした感じです。ラフマニノフはピアノの名手で知られていますが、その技巧と打鍵の強さは聴きものです。メランコリックなこの曲の甘さが消されたことで・曲の骨太い性格が浮かび上がってきて、第3番によく似たヴィルトゥオーゾ・コンチェルトの様相が見えてきます。


○1932年4月16日・23日

ワーグナー(ストコフスキー編曲):楽劇「トリスタンとイゾルデ」からの音楽
(前奏曲、第2幕からの音楽、愛の夜、愛の死)

フィラデルフィア管弦楽団
(ニュージャージー、カムデン、トリニティ・チャーチ・スタジオ、RCA・スタジオ録音)

スココフスキーの編曲は、Symphonic Synhtesis (交響的統合)とクレジットされています。スココフスキーの編曲は、この楽劇のなかで管弦楽の占める位置が、従来のオペラの概念をはるかに超えて重いということを実感させてくれます。声楽を抜いても、「トリスタンとイゾルデ」の音楽構造がまったくビクともしないことが、よく分かります。テンポを若干早めにとって、情感を過剰に取ることをせず、感触はさっぱりしています。解釈としては中庸を保ち、旋律線を大事にした感じです。オケの色彩感が見事です。

なおこの録音のうち、前奏曲を除いた残りの部分が、三島由紀夫が監督と勤めて制作された映画「憂国」(1960年)の背景音楽に使用されたものです。このことは別稿「妻麗子の幻影〜映画「憂国」」のなかで触れています。


○1933年3月25日、4月29日・30日

ワーグナー(ストコフスキー編曲):楽劇「神々の黄昏」からの音楽
(夜明けとジュークフリートのラインへの旅、ジークフリートの死と葬送、フィナーレ)

アグネス・ディヴィス(ソプラノ独唱)
フィラデルフィア管弦楽団
(ニュージャージー、カムデン、トリニティ・チャーチ・スタジオ、RCA・スタジオ録音)

テンポ早めでスッキリした造形は、ストコフスキーらしいところです。夜明けでの、フィラデルフィア管の弦の透明な響、ラインへの旅での闊達なリズムが魅力的です。一方、ジークフリートの死と葬送行進曲は沈痛な思い入れを込めるとかはぜず、純器楽的にややドライな印象がします。フィナーレは抒情的な響きのなかにも、じっくりとスケール感大きく描いていきます。ディヴィスは印象がやや弱い感じもしますが、可憐なブリュンヒルデだと思います。


○1934年

ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲

セルゲイ・ラフマニノフ(ピアノ独奏)
フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、RCAスタジオ録音)

1934年11月初演の直後に初演の顔触れで録音されたものだけに、録音状態は良くはないが・貴重なものです。全体として線の太い演奏であることが強く印象に残ります。ラフマニノフのピアノ技巧はもちろん素晴らしいものですが、打鍵が強く・音が塊りとなって聴き手にぶつかってくるような力感があります。ストコフスキーの伴奏もソリストに合わせて・甘いアプローチはせず・直線的に力強い演奏を展開しています。


○1934年4月30日

ワーグナー(ストコフスキー編曲):楽劇「ワルキューレ」からの音楽
(第2幕情景、ワルキューレの騎行、ヴォ―タンの告別)

ローレンス・ティペット(バリトン独唱)
フィラデルフィア管弦楽団
(ニュージャージー、カムデン、トリニティ・チャーチ・スタジオ、RCA・スタジオ録音)

色彩感のある管弦楽の響きが魅力的ですが、前半はドラマは置いて純音楽的に処理した感があって、ワルキューレの騎行もこじんまりとしたドライな印象があります。後半のティペットのヴォ―タンによる告別はスケールが大きいとは云えませんが、旋律美をよく生かした聴きやすい編曲になっています。


○1934年12月10日

ワーグナー(ストコフスキー編曲):楽劇「ジークフリート」からの音楽
 

アグネス・ディヴィス(ソプラノ独唱)
フレデリック・ヤーゲル(テノール独唱)
フィラデルフィア管弦楽団
(ニュージャージー、カムデン、トリニティ・チャーチ・スタジオ、RCA・スタジオ録音)

森のささやきの場面での抒情的な響きに、ストコフスキーのスッキリした音楽作りがよく冴えています。ディヴィスとヤ―ゲルを起用した第3幕フィナーレでは、オペラ指揮者としてのストコフスキーの資質の片鱗が窺われます。


○1935年12月16日・30日、1937年4月5日・11月7日、1939年4月20日

ワーグナー(ストコフスキー編曲):楽劇「トリスタンとイゾルデ」からの音楽
(前奏曲、愛の夜、第2幕フィナーレ、イゾルデの愛の死)

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オブ・ミュージック、RCAスタジオ録音)

スココフスキーの編曲は、Symphonic Synhtesis (交響的統合)とクレジットされていますが、32年の録音とは編曲が微妙に異なっています。全体の傾向としては、32年録音と変わらず、感触はスッキリしていますが、フィラデルフィア管の色彩感は見事なものです。


○1937年12月12日

ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲とヴェヌスベルクの音楽

フィラデルフィア管弦楽団と女声合唱団
(フィラデルフィア、アカデミー・オブ・ミュージック、RCAスタジオ録音)

テンポ早めでスッキリした音楽作りなので、序曲前半の巡礼の合唱の旋律はあっさり過ぎでスケールが不足は否めませんが、色彩的でリズミカルなヴェヌスベルクの場面になると、ストコフスキーの色彩的な音楽作りが俄然冴えて来るところが、とても面白いと思います。


○1939年4月9日

ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」〜魔の炎の音楽(ストコフスキー編曲)

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オヴ・ミュージック、RCAスタジオ録音)

前半ヴォータンの別れの部分はフィラデルフィア管の柔らかく温かみのある弦を情感豊かに歌わせて・実に魅力的です。後半の炎の音楽ではオケから色彩的な響きを引き出しています。オペラティックというよりは音画的な味わい。


○1941年7月

リスト:ハンガリー狂詩曲第2番

オール・アメリカン管弦楽団
(ニューヨーク?、米コロンビア・スタジオ録音)

オール・アメリカン管弦楽団は、1941年〜2年にストコフスキーが編成した学生中心のオーケストラである。本曲はストコフスキーの十八番と云えますが、この録音ではスココフスキーらしい強烈なデフォルメと細工がされていて、変幻自在と云うか、次は何を仕出かしてくれるかと云う期待に見事に応えてくれる怪演と申すべき。


○1960年2月25日

ワーグナー(ストコフスキー編曲):楽劇「トリスタンとイゾルデ」第2幕と第3幕からの愛の音楽

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、ブロードウッド・ホテル、米コロンビア・スタジオ録音)

スココフスキーの編曲は、Symphonic Synhtesis (交響的統合)とクレジットされています。同じ表題の1932年・35年録音とも編曲がまったく異なっています。心持ちテンポは遅めで、ゆったりとして感じられることに歳月を感じたりはしますが、フィラデルフィア管は素晴らしく、優美な弦を生かした官能的でしなやかな歌い回しは、とても魅力的です。


○1962年1月20日ライヴ

ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」第3幕〜ブリュンヒルデの自己犠牲
グノー:歌劇「ファウスト」第4幕〜メフィストフェレスのセレナード

ビルギット・ニルソン(ソプラノ独唱、ブリュンヒルデ)
ジョージ・ロンドン(バス独唱、メフィストフェレス)
フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オヴ・ミュージック)

ニルソンのブリュンヒルデは云うまでもなく、堂々として立派なものですが、ストコフスキーの指揮もなかなかのものです。フィラデルフィア管の響きに透明感と軽やかがなく、いわゆるワーグナー的な重ったるさがないのも、この部分だけ取り出して聴いた時には、独特の魅力を感じます。ロンドンのメフィストフェレスも、闊達かつ洒脱で生きの良い歌唱を聴かせてくれます。


○1962年2月6日ライヴ

チャイコフスキー:幻想序曲「ロミオとジュリエット」

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オヴ・ミュージック)

ストコフスキーならリズムを揺らして濃厚に攻めて来ると思いきや、意外とリズムを律儀に刻んで、テンポは若干早めです。造形が引き締まって、古典的な印象です。オケの色彩感も十分で、見事な演奏です。


○1963年1月26日ライヴ

ジョルダーノ:歌劇「アンドレア・シェ二エ」第1幕〜「ある日青空を眺めて」
ドニゼッティ:歌劇「ランメルムーアのルチア」第3幕〜狂乱の場

フランコ・コレッリ(テノール独唱、アンドレア・シェ二エ)
ジョーン・サザーランド(ソプラノ独唱、ルチア)
フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オヴ・ミュージック)

コレッリのアンドレア・シェ二エの歌唱は、声に若々しい張りがあって、朗々と歌う堂々たる歌唱です。サザーランドのルチアも高音が澄み切って、得意の役だけに見事なものです。ストコフスキーのサポートはやや重めの印象があるのは確かですが、響き豊かに歌手を大きく包み込んで、なかなかのものです。


○1963年7月23日ライヴ

ムソルグスキー(ストコフスキー編曲):組曲「展覧会の絵」

BBC交響楽団
(ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホール)

フランス的なエスプリを感じさせる洗練されたラヴェル編曲に対して、ストコフスキー編曲は、泥絵の具を塗り付けたような濃厚な感触を主張します。さらに全体的にはテンポは速めなのですが、緩急を大きく付けて変化を付けるストコフスキー節が面白く、これがこの曲がもともと持っている奇怪な印象をさらに強調しているようで、一気に効かせます。まさに策士と云うか、ストコフスキーらしさの面目躍如という演奏です。変わった編曲ということではなく、曲の本質に迫るところがあると思います。BBC響も密度高い演奏を聴かせて、終演後の観客も大いに反応していますが、それも当然です。


○1966年3月

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」

グレン・グールド(ピアノ独奏)
アメリカ交響楽団
(ニューヨーク、マンハッタン・センター、米CBS・スタジオ録音)

これは個性的かつ魅力的な演奏です。この演奏にケチを付けるのは簡単なことかも知れません。まずアメリカ響の響きからしていかにもストコフスキー的で、明るく軽い透明感があり・とても晴れやかな感じがします。これはいわゆるドイツ的なやや暗めで・湿り気のある重厚な響きとはまったく対照的なもので、悪く言えばアメリカ的に薄っぺらという言い方ももちろん出来ます。しかし、弁護すればそこにベートーヴェンから「伝統」という名の覆いを引き剥がしたような新鮮さを感じます。 グールドの独奏もまた個性的なもので、グールドのノン・レガート奏法のピアノ独奏が、軽く明るいオケの響きと実に見事にマッチします。ふたりの息が実によく合っているのです。まずグールドの作り出す音楽がベートーヴェンの純器楽としての本質を剥き出しにしてみせたような感じに 太いタッチで生々しく迫ります。「皇帝」などというタイトルや・思想的イデオロギーから解き放たれるかのように、グールドの独奏には音楽することの意志的な愉しみが感じられます。どの楽章も聞き逃せませんが、第1楽章のカデンツアの前後はとても面白いと思いますし、内省的な第2楽章でこれほど引き込まれる演奏もそう多くはない かも知れません。


 

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