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ショルティの録音(1981年)


○1981年8月30日ライヴ

バルトーク:管弦楽のための協奏曲

シカゴ交響楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

完璧という言葉が思う浮かぶような名演です。しかも熱演というような・汗や力みを感じさせるのではなく、これを軽々とやってのけて・息ひとつ乱さないという感じなのです。全体が透明で涼しい風が吹きぬけるような爽やかさと明晰に溢れています。楽譜の音符をそのままあるがままに音化したという感じがします。それを可能にしたのが驚くべき精妙な合奏力なのはもちろんです。特に金管の輝かしさは筆舌に尽くし難いと思います。ショルティにとってはお国物ということですが、民族性を超えた普遍性な表現がここに実現されていると感じます。第1曲の弦の鋭い立ち上がりと斬り込みから、終曲のダイナミックな追い込みまで緊張感を持続させて一気に聴かせます。時代への不安・危機感のようなものが音をして語らしむという感じで、聴き手のなかにイメージとして確かに伝わります。


○1981年8月31日ライヴ

ムソルグスキー(ラヴェル編):組曲「展覧会の絵」

シカゴ交響楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

ラヴェル編曲の持つフランス的な明晰さと香気を感じさせる点で群を抜いて素晴らしい演奏であると思います。ショルティ・シカゴ響がまったく苦労の跡を見せずに・いとも軽々と見事に描いてみせたイメージは、楽譜を隅々まで見通したような明晰さがあって・しかも独特の軽味があって・まったくもたれることがありません。その絵画的イメージがまるで幻燈でも見るかのように明滅して・聴き手に訴えかけます。「卵の殻をかぶったヒナの踊り」のリズムの軽妙さも印象に残りますが、「バーバヤーガ」や「キエフの大門」ではゆったりとスケールの大きい表現を展開し、まったくオーケストラのショーピースとして申し分がありません。


○1981年11月−1

バルトーク:管弦楽のための協奏曲

シカゴ交響楽団
(シカゴ、シカゴ・オーケストラ・ホール、英デッカ・スタジオ録音)

楽譜に記されたものをそっくりそのまま音にしたような感じがするほど・明晰で楽譜を見通す目を感じる演奏です。テンポが完全に取れていて・曖昧な要素がまったくありません。シカゴ響の素晴らしさは今さら言うまでもありませんが、高弦の力強さと斬れの良さ、低弦の動きの良さ、金管の輝かしさなど挙げたらキリがありません。リズムの立ち上がりが実にシャープで・響きの斬れが良いので、音楽が重く感じることがまったくありません。特に第1楽章や第5楽章でのオケのリズム感と機動力は素晴らしいと思います。ショルティは民族性などということを気にかけず・純器楽的表現に徹していて、第3楽章エレジーでも ・第4楽章中断された間奏曲でもあっさりした表現なのですが・これが全体の解釈から見て実にぴったりとくるのです。結果としてこの音楽の持つ民族性も自然な形で表出されているようです。


○1981年11月ー2

バルトーク:舞踊組曲

シカゴ交響楽団
(シカゴ、シカゴ・オーケストラ・ホール、英デッカ・スタジオ録音)

リズムの斬れ味が鋭く、音楽が躍動感に溢れています。ショルティはことさら民族性を出そうとすることなく・むしろ突き放したようにドライに扱っているのですが、逆にバルトークの音楽のなかにある民族的な活力が聴き手に突き刺さってくるような感じです。シカゴ響きの合奏力は素晴らしく、高弦の動きの良さ・金管の輝きなど印象的です。


〇1981年12月

ハイドン:交響曲第103番「太鼓連打」

ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
(ロンドン、キングスウェイ・ホール、英デッカ・スタジオ録音)

ショルティはリズム感が明確であるし、古典的な形式を厳格に守る指揮者であるので、ハイドンに向いていると思いますが、このロンドン・フィルを振った演奏では、シカゴ響を振る時よりも、響きが柔らかで、リズムが若干重めの感じです。旋律が柔らかく歌われて、マイルドな味わいになります。ハイドンとしては聴きやすい演奏だと思います。ショルティらしくリズムがしっかりして、古典的で端正な感触がするのは、期待通りです。リズミカルな面が出ている第1・3楽章が楽しめますが、第2楽章の優雅な表情も悪くありません。


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