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初代鴈治郎の熊谷直実


初代鴈治郎と言えば「頬かむりの中に日本一の顔」ということで、まず思い浮かべる役は「紙治」(「河庄」の紙屋治兵衛)ということになりましょう。しかし、上方和事の役だけがガンジロハンと思たらあきまへん。時代物かて良ろしゅおましたのやで。「寺子屋」の源蔵・「岡崎」の政右衛門・「近江源氏」の盛綱・「布引」の実盛もガンジロハンの当たり役だす。ということで、本稿では初代鴈治郎の「熊谷陣屋」の熊谷次郎直実を紹介したいと思います。

まず左の写真をご覧下さい。大正15年6月・大阪中座での舞台。「陣屋」の熊谷の花道の出の場面であります。

まず感心するのはそのマスクの押し出しの立派なことです。まさに歌舞伎味横溢というか、「錦絵から抜け出てきた」というのはこういう時に使う表現ではないかと思います。

諦観に満ちた九代目団十郎の熊谷の花道の出と違って、鴈治郎の熊谷は自らの行為の確信に満ちた感じであります。時代物にふさわしいスケールの大きさ・風格の芸というものが、この写真からも感じられるでしょう。客席の人々の風俗にも時代を感じますが、「歌舞伎がまだ時代のなかに生きていた時代」の幸福を想わざるを得ません。

 

 

 

 

上の写真は大正13年12月・京都南座の顔見世での舞台、首実検の有名な制札の見得の場面であります。画像が鮮明ではありませんが、義経は十五代目羽左衛門・相模は六代目梅幸・藤の方は六代目吉三郎。

驚いたのは、吉之助は根拠もないまま鴈治郎は四代目芝翫型で熊谷を演じたものと思い込んでいましたが、写真を見ると、これは九代目団十郎型との折衷型というべきか、ちょっと珍しい型でありますね。制札は下に向けていますが三段に突かず。これは何してるのかというと、制札で息子・小次郎の 首を隠して・二人の女性から見えなくしているのでしょう。見得は相模の方に向けてしているように見えます。

九代目団十郎の「肚芸」の内省的な演技もいいですが、初代鴈治郎のような形容の押し出しで見せる芸も捨てがたいと思います。

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