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谷崎潤一郎・小説「吉野葛」の世界・その5:葛の葉

*「谷崎潤一郎・小説「吉野葛」の世界・その 4:狐忠信」の続きです。

*団十郎菊五郎在りし日のわが母よ〜谷崎潤一郎・「吉野葛」論の関連記事です。


小説「吉野葛」・その4「狐噲(こんかい)」では、津村は自分の生い立ちに纏わる母の思い出を「私」に語り始めて、話はしばし吉野のことから離れます。津村は大阪の商家の出身でした。津村は幼少期に「狐噲」という曲を琴で弾いていた上品な婦人の思い出を語ります。彼はそれが自分の記憶のなかにある唯一の母の俤(おもかげ)であると信じてい るのです。「狐噲」は母を慕う子供の心情を歌うもので、それが狐に関係あるらしいというところから、津村の話はさらに歌舞伎の「葛の葉」の世界へ展開していきます。

『自分は信田の森へ行けば母に会えるような気がして、たしか尋常二三年の頃、そっと、家には内証で、同級生の友達を誘って彼処(あそこ)まで出かけたことがあった。あの辺は今でも何回電車を降りて半里も歩かねばならぬ不便な場所で、その時分は途中まで汽車があったかどうか、何でも大部分ガタ馬車に乗って、余程歩いたように思う。行ってみると、楠の大木の森の中に葛の葉稲荷の祠が建っていて、葛の葉の姿見の井戸と云うものがあった。自分は絵馬堂に掲げてある子別れの場の押し絵の絵馬や、(三代目)雀右衛門か誰かの似顔絵の額を眺めたりして、わずかに慰められて森を出たが、その帰り路に、ところどころの百姓家の障子の蔭から、今もとんからり、とんからりと機を織る音が洩れて来るのを、この上もなくなつかしく聞いた。多分あの沿道は河内木綿の産地だったので、機屋(はたや)が沢山あったのであろう。兎に角その音はどれほど自分の憧れを充たしてくれたか知らなかった。』(谷崎潤一郎:「吉野葛」)

葛の葉稲荷神社は、大阪府和泉市葛の葉町にあります。「吉野葛」執筆当時(昭和6年)は、葛の葉稲荷に最寄りの駅は南海電鉄の高石駅(当時は葛葉駅)で した。そこから2キロほど歩かなければならなかったようです。現在では 、JR阪和線の北信太駅が出来て、葛の葉稲荷は 、そこから歩いてすぐのところにあります。


平安時代の中頃、冤罪で罷免された安倍保名(あべのやすな)が家名復興を祈願した帰り、猟師に追われた白狐をかくまいました。その時に保名は負傷するのですが、そこへどこからともなく葛の葉姫という女性が現れて、保名を介抱してくれます。それが縁となって二人は夫婦となり、童子丸という子をもうけ ますが、童子丸が5歳の時に、葛の葉の正体が保名に助けられた白狐であることが知れてしまいます。葛の葉は泣く泣く、「恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」という一首を残して、信太の森へと帰って行きます。この童子丸が、後に陰陽師としてしられる安倍清明であったというのが、葛の葉稲荷に残る伝承です。(葛の葉稲荷神社のサイトは、こちら。)

葛の葉神社は、今は住宅地のなかに、昔の信太の森の面影がちょっとだけ残っています。境内には葛の葉姿見の井戸というのがあって、保名に助けられた白狐が、葛の葉に身を変えた時に、鏡に代えて自分の姿を写して確認した井戸と云われています。また葛の葉が無事にこちらの森に帰りついたことから、旅に発つ前にこの井戸に姿を写しておけば無事に帰って来ることができると云われているそうです。








 

写真の千枝の楠は、本殿左手にそびえる樹齢二千年とも云われる楠の大木で、根本から二つに分かれていることから「夫婦楠」と呼ばれて、夫婦円満・良縁成就のご利益があるとされているそうです。葛の葉はこの神木から現れたと伝えられています。









 

谷崎は「幼少時代」のなかで、明治24年3月歌舞伎座での、九代目団十郎の葛の葉の舞台の思い出を語り、このことが「吉野葛」のなかに反映されていることを書いています。谷崎にとって、母の思い出は「葛の葉」に狐のイメージと強く結びついています。

『二番目の「蘆屋道満大内鑑」は、これも前から葛の葉狐の物語を母から聞かされていたのであった。もっとも母は(九代目)団十郎の葛の葉が「恋しくば尋ね来てみよ」の歌を障子に記すのに、赤子を抱えて、筆を口でくわえて書くといっていたので、それを楽しみにしていたのであったが、私の見た時は手で書いたので、それには少し失望した。私は後に四十歳を越えてから、大阪の文楽座で図らずも文五郎の使う葛の葉を見、遠い昔の団十郎の面影を思い出すとともに、そっと私の耳もとへ口を寄せて、「ほらあれはこれこれの訳なんだよ」と囁いてくれた母の姿までが浮かんで来て、懐旧の情に堪えなかったことがあったが、私の昭和6年の作に「吉野葛」というものがあるのは、母と共に見た団十郎の葛の葉から糸を引いていることは争うべくもない。』(谷崎潤一郎:「幼少時代」)

安倍保名と葛の葉との間に生まれた童子丸が、後に陰陽師として知られる安倍清明であったという伝承を聞くと、これは当然、安倍清明神社へも行きたくなりますねえ。清明神社のことは、小説「吉野葛」にまったく登場しません けれども、葛の葉との関連のなかで紹介しておきます。清明神社と云うと、京都堀川通一条戻橋のところにある安倍清明神社が有名ですが、もうひとつ大事な 清明神社が大阪にあります。それが大阪府阿倍野区にある安倍清明神社です。安倍清明はここで生まれたとされています。つまり、安倍保名と葛の葉姫との思い出の地ということです。 写真は、吉之助が4年前(平成25年3月)に同地を訪れた時の写真です。







古来、狐は霊力を持った動物として崇められていました。天才陰陽師として君臨した安倍清明は、神秘的な能力を持っていたので、そのような非凡な力を持つ者は多分親が狐であったに違いないと、民衆は信じたのでしょうか。晴明が阿倍野の出身ということはよく知られたことであったようで、晴明が亡くなった時、その死を惜しんだ花山上皇が、生誕の地に晴明を祭らせることを晴明の子孫に命じ、亡くなって二年後の寛弘四年(1007年)に完成したのが、この安倍晴明神社であるそうです。

 

 


下の写真は、阿倍清明生誕の碑で、清明が産湯をつかったとされる井戸の跡が中央に見えます。(安倍清明神社のサイトは、こちら。)









 

 

 

*葛の葉稲荷神社の写真は吉之助が、平成29年2月9日に撮ったものです。

続編:谷崎潤一郎・小説「吉野葛」の世界・その6:吉野南朝もご覧ください。

谷崎潤一郎:幼少時代 (岩波文庫)

谷崎潤一郎:吉野葛・盲目物語 (新潮文庫)


 

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