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先代勘三郎の法界坊


別稿「時代との親和性と解離性」において、疎外された法界坊のことについてちょっと触れました。 当代勘三郎がニューヨークで「法界坊」を演じた後のインタビューで「(法界坊は)みんなに汚い、汚いって言われて厄介者に思われていて、雷様とだけ しか話しができない。なんと淋しいヤロウだ。法界坊は『Nasty, nasty… I’m not nasty(汚い、汚いって…、俺は汚くなんかない)』って心の中のぼやきを英語で言うんだな 」と語っています。その通りです。疎外された法界坊という要素が「隅田川続俤」において非常に大事であると思います。しかし、残念ながら「串田版・法界坊」はお笑いコントになって しまって・そうした法界坊の側面が見えてこないのだなあ。実際に勘三郎が舞台で演じている法界坊は「皆に汚いと罵られれても・どこか憎めない愛くるしい法界坊」 (チラシの文言)なのです。汚くないんだ・ホントはピュアだ・天衣無縫だと言いたいのでしょう。しかし、憎めない愛くるしい法界坊では疎外されているとは言えません。疎外されている法界坊と言うのなら、汚らしくて嫌われていて・本人は逆にそれを恨みに思って・世を呪っていて・それでも生き抜く欲望はギラギラと人一倍強いのが法界坊なのです。

吉之助は先代(十七代目)勘三郎の法界坊をその最晩年(昭和50年代)に見ました。先代 最後の法界坊はお笑いに崩れた感じが多少あって(身替座禅もそうでしたが)必ずしも手放しで良いと言えないところもありましたが、それでも先代の法界坊の目付きは時々行っちゃってるみたいな・狂人的な感じがあってそれがとても興味深いものでした。

写真は昭和30年頃の先代勘三郎の法界坊。先代の若い時の・この法界坊の写真ではそれがとてもよく 出ています。法界坊というのは他人が嫌がる・嫌われることをするのが生きがいになっている歪んだ人物です。こういう嫌な奴いますねえ。当代勘三郎は愛嬌が勝ちすぎて・こう した悪意のある表情ができないでしょう。でも挑戦してみる価値はあると思いますよ。愛嬌ばかりが法界坊ではないわけです。

 

 

渡辺保:中村勘三郎
 



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