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九代目団十郎の芸


九代目市川団十郎は、天保9年(1838)の生まれ、明治36年(1093)10月13日に66歳で亡くなりました。幕末から明治にかけて活躍して「劇聖」と呼ばれた名優です。 団十郎の功績は何と言っても歌舞伎の「高尚化」に力を尽くしたことです。団十郎によって、それまで河原乞食と蔑まれてきた役者たちの地位は著しく向上したのです。

坪内逍遥は団十郎の芸に心酔し、次のように記しています。

「ああ、あの朗々たる音吐!向こう正面の、いわゆるツンボ桟敷の隅々までも凛々とまた堂々と鳴り響き渡った明治二十四五年頃までの彼の名調子!彼の成功の三分の一はあの声の魔力であったとも言える。」(坪内逍遥:「舞台の団十郎」)

団十郎の芸は、まさに時代とともにあったものです。団十郎は富国強兵・殖産興業という明治の時代の要請によって歌舞伎を作り変えた人でした。

写真は、明治30年6月歌舞伎座での「裏表忠臣蔵」での大星由良助 です。団十郎の由良助は天皇を頂点とする中央集権社会のシンボルであったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下左の写真は「先代萩」の仁木弾正。団十郎の舞台写真は、まだこの時代の写真技術が拙いせいもあってかなかなかその魅力を伝えてくれません。しかし、この仁木の横顔などは団十郎の舞台映えする顔の立派さをよく伝えているようです。

また下右の写真は「鷺娘」。団十郎は女形はもちろん本役ではありません。この写真はなかなかグロのいい味を出していますね。この写真から団十郎の「鷺娘」がどんなによかったかを想像するのは到底無理 というものです。しかし、団十郎の女形はその後姿の襟足がとっても綺麗で本人はこれが自慢であった、という話も残っております。

 

 


 

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