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「身替座禅」の名舞台


「身替座禅」は六代目菊五郎(山蔭右京)と七代目三津五郎(奥方玉の井)の組み合わせで、明治43年 (1910)3月に二長町・市村座において初演されました。このコンビが好評で、同じ岡村柿紅の筆によって更に「棒しばり」や「太刀盗人」などの狂言ダネの松羽目舞踊が作られました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上の写真は、大正4年8月帝国劇場での六代目菊五郎(右京)と七代目三津五郎(奥方) という初演メンバーによる舞台。 本作は音羽屋の家の芸である「新古演劇十種」にもなっていますから六代目存命中は他の役者はやらなかったようですが、今や大人気狂言として誰もが演りたがる舞踊になっています。

戦後の山蔭右京といえば、やはり十七代目勘三郎ということになるでしょう。下の写真は、昭和54年10月御園座での十七代目勘三郎(右京)と十七代目羽左衛門(奥方 )ですが、六代目を基本としながらも勘三郎ならではの愛嬌が実に楽しい舞台でありましたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

松羽目舞踊は楽しくて観客の受けがいいので役者が気をよくして車輪でますますサービスをしてドタバタ喜劇風になってしまうケースがままあります。しかし、「身替座禅」の原作である狂言「花子(なはご)」はなかでも秘曲として重習(おもならい)とされるものなのです。そこのところ抑えて品格ある舞台を期待したいものです。(別稿「もうひとつの身替座禅」をご参照ください。)

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