作品研究

歌舞伎・文楽の作品を通して「日本のこころ・芸のこころ」を
時に民俗学的に、時には歴史学的に
また時に心理学的に深く追求していきます。

関連作品      

題名

青砥稿花紅彩画 :弁天小僧      源之助の「弁天小僧」を想像する
女形の弁天小僧
伊賀越道中双六:沼津 「理を非に曲げても言わせてみしょう」
世話物のなかの時代
           岡崎      「笑うて祝う門出は侍なりけり」
仇討ち物の論理
伊勢音頭恋寝刃 ピントコナ考
一谷嫩軍記:組討 須磨浦の目撃者
        熊谷陣屋 「熊谷陣屋」における型の混交
回向者としての熊谷直実
熊谷の引っ込みの意味
義経は無慈悲な主人なのか
団十郎の熊谷を想像する
勘三郎の「熊谷直実」
制札の見得を考える
守らねばならないものがある
幽霊の御講釈
「熊谷陣屋」における時代の表現
直実と相模〜歌舞伎座さよなら公演の「熊谷陣屋」
型とは何か〜八代目芝翫襲名の熊谷
妹背山婦女庭訓:吉野川 「ますらおぶり」の情緒的形象
勘三郎の大判事
ピュアな心情のドラマ玉三郎・吉右衛門の「吉野川
近松半二の作劇術〜「妹背山婦女庭訓・吉野川」をめぐって
            御殿 殺されることで救われる
君のなかの・君以上のもの
疑着の相を考える〜玉三郎のお三輪
絵本合邦衢 返り討物の論理
絵本太功記:十段目 勇気の人・武智光秀
近江源氏先陣館・盛綱陣屋 京鎌倉の運定め
兄弟の絆(きずな)
歌舞伎における「盛綱陣屋」
「盛綱陣屋」の音楽的な見方
盛綱は智の人である〜八代目芝翫襲名の盛綱
小栗判官 「小栗判官」とは何だろうか
女殺油地獄 和事芸の多面性
近松のリアリズムについて〜山の手事情社の「女殺油地獄」
籠釣瓶花街酔醒 八つ橋の悲劇
縁切り物のドラマツルギー
敵討天下茶屋聚 端敵としての元右衛門
仮名手本忠臣蔵 「忠臣蔵」は御霊信仰で読めるか
「忠臣蔵」のもうひとつの見方
「近世的な・あまりに近世的な」
           三段目 本蔵はなぜ判官を抱きとめたのか
               「太平記読み」と忠臣蔵
恋歌の意趣
イライラした気分
            四段目 由良助は正成の生まれ変わりである
          道行旅路の花婿 しばし松陰の足休め
             五段目 仲蔵の定九郎の型はなぜ残ったのか
五段目の「闇」
             六段目 しゆみし場での切腹
勘平は死なねばならない
「六段目」における時代と世話
古典的な勘平〜菊五郎の勘平
           七段目    平右衛門:足軽身分の悲哀
平右衛門は単純人間なのか
誠から出た・みんな嘘
「七段目」の虚と実
古典的な「七段目」〜国立劇場の「忠臣蔵」通し
            九段目 本蔵はなぜ死なねばならないのか
「九段目」における本蔵と由良助
「九段目」における戸無瀬と小浪
            十段目 天河屋の義平は男でござるぞ
鎌倉三代記 私が私であるために〜時姫の決断
盟三五大切 「こりやかうなうては叶うまい」
人格の不連続性
今日もまたこのようになりしかな
「世界」とは何か
神明恵和合取組・め組の喧嘩 五代目菊五郎の肚芸
勧進帳 勧進帳は音楽劇である
勧進帳:義経をめぐる儀式
身分問題から見た「勧進帳」
身分問題から見た「天覧歌舞伎」
「勧進帳」について
「勧進帳」についての対話
「勧進帳」の変遷
勧善懲悪覗機関:村井長庵 「世直しもの」としての村井長庵
菊宴月白浪 「同時代化」の発想
京鹿子娘道成寺 変容する「道成寺」伝説
菊五郎の「道成寺」を想像する
歌右衛門の「道成寺」
本当は怖い「道成寺」
あなたでもあり得る
「道成寺」の娘
「やすらえ。花や」〜山の手事情社の「道成寺」
恐怖時代 谷崎潤一郎の「感覚的な悪の行為」について
天衣紛上野初花:直侍 古き良き江戸の夢
暗闇の丑松 「暗闇の丑松」の幕切れについて
廓文章・吉田屋 和事芸の起源
黒塚 松羽目における幽玄〜四代目猿之助襲名の「黒塚」
黒蜥蜴 どれが本当の私なのかしら?〜美輪明宏の「黒蜥蜴」
傾城反魂香 山の手事情社の「傾城反魂香」
元禄忠臣蔵 個人的なる仇討ち
高揚した時代の出会い〜青果と二代目左団次
「元禄忠臣蔵」の揺れる気分
「元禄忠臣蔵」の二枚の屏風
                       大石最後の一日 内蔵助の「初一念」とは何か
         御浜御殿綱豊卿 指導者の孤独
源平布引滝:実盛物語 実盛の運命
「実盛物語」における反復の構造
寿曽我対面 中心としての曽我狂言
曽我狂言の「やつし」と「予祝性」
鷺娘 「鷺娘」の責め
佐倉義民伝 「子別れ」の乖離感覚
惣五郎とかぶき的心情
桜姫東文章 母性喪失の「隅田川」
「桜姫」という業(ごう)
連関性の喪失
三島由紀夫と「桜姫東文章」
「桜姫」断章
「桜姫東文章」について
サド侯爵夫人 「サド侯爵夫人」を様式で読む
花街模様薊色縫:十六夜清心 「稲瀬川・百本杭」はなぜ可笑しい
黙阿弥の諧謔味
三人吉三廓初買 生は暗く死も暗い
お宝の権威喪失
「三人吉三」の三すくみ
「因果の律」を恩愛で断ち切る
玉三郎初役のお嬢吉三
黙阿弥の因果論・その革命性
身分問題から見た「暫」
荒事における稚気
十二夜 シェークスピア・喜劇「十二夜」を記号論で読む
似てはいても別々の二人
暗喩としてのシザーリオ
出世景清 その心情の強さ
「出世景清」はなぜ画期的作品なのか
修善寺物語 極限状況における父娘の和解
春興鏡獅子 獅子物舞踊の始まり
女形舞踊としての「鏡獅子」
大顔合わせの「合腹」
将軍江戸を去る 青果劇の台詞のリズム
慶喜の心情〜真山青果の歴史認識
島鵆月白浪 黙阿弥にとっての明治維新
新薄雪物語 宿命の恋の予感
身替りになる者の論理
大顔合わせの「合腹」
心中天網島 「たがふみも見ぬ恋の道」
女同士の義理立たぬ
惨たらしい人生
鬼が棲むか蛇が棲むか〜谷崎潤一郎:「卍」論
上方和事の行方
新皿屋舗月雨暈・魚屋宗五郎 荒事としての宗五郎
水天宮利生深川・筆屋幸兵衛 黙阿弥のトラウマ
菅原伝授手習鑑   道明寺 舞台の「足取り」について考える
「道明寺」における時代の表現
                  寺子屋 源蔵の「寺子屋」
せまじきものは宮仕え
失われた故郷への想い
何とて松のつれなかるらん
切り取られた風景
千代について〜推理:「忠臣蔵」事件
「寺子屋」における並列構造
助六由縁江戸桜 曽我の雨〜曽我兄弟をめぐる女たち
中心としての曽我狂言
身分問題からみた「助六」
悪態の演劇性
隅田川 生と死の境
「隅田川」の精神
摂州合邦辻:合邦庵室 玉手御前のもうひとつのイメージ
哀れみていたわるという声
玉手御前の恋
天王寺の西
「合邦庵室」の劇的構造
文学のふるさと・演劇のふるさと
「合邦庵室」の倫理性
女武道としての玉手御前〜菊之助の玉手御前
曽根崎心中 曽根崎心中・お初観音廻りの意味
色で導き、情けで教え
「曽根崎心中」での「男」徳兵衛
純粋にせられた死
近松心中論
滝の白糸 鏡花とかぶき的心情
壇浦兜軍記・阿古屋 知らないことの強さ〜玉三郎の阿古屋
椿説弓張月 三島由紀夫の「椿説弓張月」
梅雨小袖昔八丈・髪結新三 三津五郎の髪結新三
東海道四谷怪談 伊右衛門はホントに大悪人なのか
与茂七と「三角屋敷」の意味
「四谷怪談」の東と西
「四谷怪談」から見た「忠臣蔵」
時代物としての「四谷怪談」
軽やかな伊右衛門
時代の循環・時代の連関〜歴史の同時代性を考える
お岩の悲しみ〜これが私の顔かいの
お化け芝居の明晰さ
時今成桔梗旗揚 初代吉右衛門の「馬盥の光秀」
競伊勢物語 昔おとこありけり〜半世紀ぶりの「競伊勢物語」
番町皿屋敷 散る花にも風情がある
「禁問」とかぶき的心情
新歌舞伎の行方
ひらかな盛衰記・逆櫓 申し訳なさそうな顔をしている「時代」
双蝶々曲輪日記:引窓 光と闇の狭間に
殩静胎内捃 近松のかぶき的心情〜巣林舎の「殩静胎内捃」
平家女護島:俊寛 時代物としての「俊寛」
「今日より親子の約束、わが娘」
「互いに未来で」
本朝廿四孝:十種孝 超自我の奇蹟
伽羅先代萩 引き裂かれた状況
都鳥廓白浪:忍ぶの惣太 四代目小団次の発想
身替座禅 もうひとつの「身替座禅」
処女翫浮名横櫛・切られお富 悪婆の愛嬌
名月八幡祭 ファム・ファタール神話の崩壊
鑓の権三重帷子 女敵討ちを考える
義経千本桜:渡海屋・大物浦 生きている知盛
安徳天皇について考える
「大物浦」における業(ごう)
知盛の肖像〜染五郎の知盛
爽やかな知盛〜仁左衛門の知盛
        椎の木・鮨屋 なぜ「鮨屋」に義経は登場しないのか
放蕩息子の死
「モドリ」の構造
民俗芸能としての「鮨屋」
「鮨屋」における他者
「鮨屋」の巨視的構図〜幸四郎のいがみの権太
        川連法眼館 義経と初音の鼓
花のない「千本桜」
義経の神性とは何か
        吉野花矢倉   その問いは封じられた

頼朝の死

家は末代・人は一世か
組織のなかの個人とは
与話情浮名横櫛 与三郎の台詞のリズム
鹿鳴館 影山伯の舞踏会