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「こりやかうなうては叶うまい」

〜鶴屋南北を同時代化の発想で読む(3):「盟三五大切」


1)五瓶の名作「五大力恋緘」

並木五瓶の「五大力恋緘(ごだいりきこいのふうじめ」は、寛政7年(1795)1月江戸・都座での上演。この作品は五瓶の代表作であるだけでなく、歌舞伎史を通じての傑作とされています。それは五人斬りという猟奇事件を題材にしているにもかかわらず登場人物の心情を極めて自然に描き出したからだといわれています。

「五大力の世界」、すなわち薩摩源五兵衛の五人斬り伝説はもともと上方系統で上演されてきた題材でした。これが前年に上方から下ってきた五瓶によって取り上げられ、設定を江戸に移し変えて上演されたのです。「五大力恋緘」は、九州の大名千島家(=島津家)の江戸詰めの武士たちが深川の芸者との間に起した事件を描いたものです。当時、九州侍というのは江戸では「野暮」の代名詞で、田舎侍・無粋の極致と言われていました。参勤交代という制度のなかで故郷を離れて暮らしながら、江戸では野暮とさげすまれ、故郷とのつながりも薄まって精神的に追い込まれていく武士たちの心情が背景にあります。

これに対して深川芸者は江戸の代表的な遊所の女であり、意気地と張りと達引に生き「辰巳芸者」の異名を取っていました。この対照的な田舎侍と辰巳芸者との間に事件が起こるのです。芸者小万は源五兵衛と割りない仲でしたがある理由から愛想づかしをしてしまいます。実はこれは小万が源五兵衛と別れないと、源五兵衛は科人となって国元へ引き渡されるという、恋敵三五兵衛の策略に小万が乗せられたためでした。小万は偽りの愛想尽かしをしますが、しかし、源五兵衛は小万の縁切りをまことの心変わりだと早合点して、小万を含めて五人の人間を次々と斬ってしまいます。

この「五大力恋緘」の初演には鶴屋南北もスタッフとして参加していました。この時、南北は41歳。作者としては五枚目という低い位置(一枚目の立作者が最高の位置)にありました。この頃の南北は地位が上がったり下がったりで、南北としてはもっとも不遇の時期でした。その南北がこの「五大力恋緘」を書き替えて、さらに「忠臣蔵」と「四谷怪談」の筋まで混ぜ合わせて「盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)」を書き上げたのは、その30年後、南北71歳のことです。本作は文政8年(1825)9月に江戸・中村座で初演されました。これより2ヶ月前に「四谷怪談」が初演されて大当たりをとっています。

2)「こりやかうなうては叶ふまい」

「盟三五大切」も「四谷怪談」と同じく義士物ですが、さらに複雑な構造になっています。ここでは義士である不破数右衛門が「五大力」の世界から来た薩摩源五兵衛という変名で登場するのです。これは「やつし」という手法です。「五大力」の世界において源五兵衛は五人斬りの大罪を犯しますが、これは源五兵衛の人格の時のことなので、幕切れにおいて本名の数右衛門の人格に戻った時には源五兵衛の罪は関係がないということになってしまうのです。

これは現代人の眼から見るとまったく納得いかないことだと思います。「やつし」の時にも元の人格との関連を考え、その連続性を見ようとします。あるいは、そこに登場人物の行動の隠された原因や真意を見ようとします。もし義士の性根を引きずったままの源五兵衛が殺人を犯したのならば、あるいは殺人者の性根を引きずったままの数右衛門が討ち入りをするのならば、「討ち入り」という行為の意味は単純に賞賛されるべき行為ではなくなり、その意味は全く変わってしまうでしょう。

「盟三五大切」では討ち入りという行為さえも血塗られた行為であるとしてその偽善を問うているのだという見方が確かにあり得ます。それは源五兵衛の「やつし」の人格と数右衛門の人格の間に連続性・関連性を見ようとするからそうなるのです。

しかし歌舞伎の場合はそうでない場合もあるのです。つまり、源五兵衛と数右衛門の人格が地層の断層のようにスッパリと切れている・しかしズレているけれども切り口がピッタリとくっついているということがあり得るのです。そうなるとその人格の転換自体がドラマと密接な関係を持ってくるのです。「こりやかうなうては叶ふまい」、この源五兵衛の科白は「五大力」の世界が「忠臣蔵」の世界に転換していくための重要なきっかけになっています。

三五郎は主人数右衛門のために、小万に偽りの「縁切り」をさせて源五兵衛を騙ったはずでした。しかし騙した相手の源五兵衛が実は数右衛門と同一人物であったということが分かって、三五郎は自分のしたことを悔やみ腹を切ります。ここで源五兵衛は「こりゃかうなうては叶ふまい」と言うのです。三五郎は、源五兵衛を騙して結果的に多くの人を殺傷させた原因は自分にあること・すべては主人数右衛門のためにと思っての行為であったことを告白し・数右衛門に義士として末代までその名を上げて下され、と苦しい息の下で頼みます。

ここにおいて、源五兵衛は三五郎の犠牲を当然のように受け取って、元の人格である数右衛門に返るのです。御用金の紛失という事態が彼を「五大力」の世界へ引き込んだのですが、しかし、小万が殺され・三五郎が自害して・御用金が元に戻れば、源五兵衛は元の数右衛門に戻るのです。元の人格に戻る権利が数右衛門にはあると考えなければなりません。だから彼は「こりゃかうなうては叶ふまい」と言うのです。このこと自体に論理的な破綻はないと思います。ただ現代人はそれを素直に受け取れないだけです。

「桜姫東文章」(文化14年・1817)の桜姫の場合でも同じです。吉田家のお姫様がふとした事から女郎・風鈴お姫に墜ちるわけですが、この風鈴お姫が我が子を殺し・間夫である釣鐘権助までも殺してしまえば、当然のように元のお姫様・桜姫に戻ってしまうのです。その権利が桜姫にはあるということなのです。これを不潔だとかご都合主義だとか、理不尽だと考えると歌舞伎は見れなくなってしまいます。数右衛門も桜姫もあるべき場所へ返ることによってすべての問題は落着し、ドラマは納まるべきところへ納まっていく、「そうでなければ叶わない」、そのように歌舞伎は出来ているのです。

「南北はコントラストの効果のためなら何でもやる。劇作家としての道徳は、ひたすら、人間と世相から極端な反極を見つけ出し、それをむりやりに結び付けて、恐ろしい笑いを惹起することでしかない。登場人物はそれぞれ壊れている。手足もバラバラの木偶人形のように壊れている。というのは、一定の論理的な統一的な人格などというものを、彼が信じていないことから起きる。(中略)こんなに悪が自由とが野放しにされている世界にわれわれに生きることができない。だからこそ、それは舞台の上に生きるのだ。」(三島由紀夫:「南北的世界」・昭和42年3月)

3)「デウス・エクス・マキーナ」としての「忠臣蔵」

本稿は「盟三五大切」を同時代化の発想で読むということですが、こう考えた時に、幕切れのシーンの意味が見えてきます。幕切れにおいて、源五兵衛は不破数右衛門の人格に戻って、塩 冶浪士の列に加わります。火事装束の塩冶浪士の仲間たちは唐突に・まさに何の前触れもなく登場します。もちろん彼らはこのあと高師直館に討ち入ろうとして、数右衛門を呼びに来たのです。生々しい江戸の惨劇は、突如として時代物の枠組みのなかに押し込められていきます。舞台に魅入られていた観客は、ハッと我に返ってそれが虚構であったことに気が付くのです。

幕切れの割り科白には次のようにあります。( )内は役名です。

『(鉄)古主の鬱憤散ざん為、大工左官と様を変え、(市)或いは商人、日雇取り、皆この辺に徘徊なすも、(辰)これ皆義士の棟梁たる、大星殿の指図に依り、数右衛門どの迎えの為、(鉄)塩田、倉橋、前原はじめ、義士の輩参りし上は、大望即ち今日今宵。(市)門出を祝して、(皆々)ご用意あれ。(源五)然らばこれより同道いたして、(了心)本望達するめでたき門出。(三五 郎)我はこのまま、あの世の門出。(源五兵衛)臨終称念。』

この時、「塩冶浪士の討ち入り」を観客はどう感じたのでしょうか。討ち入りもまた血塗られた行為であるとおぞましく感じたのでしょうか。いや、むしろ、行き先を見失ってさまよっていた主人公がやっと行き先を見つけて、在るべき場所に納まった安心感を感じたのではないでしょうか。「忠臣蔵」が持つ秩序のなかに納まった時、数右衛門(源五兵衛)の行為はすべての汚れを脱ぎ捨てて、「明の世界」に照らされるのではないでしょうか。

ギリシア悲劇では「デウス・エクス・マキーナ(機械仕掛けの神)」という手法があります。例えば、エウリピデスの悲劇「メデイア」の幕切れで突如として登場する「龍の車」です。それは日の神アポローンからメデイアに贈られたものでした。夫イアーソンとのいさかいに苦しんだメデイアは、愛する二人の子供を殺しますが、最後の場面でこの龍の車に乗ってこの世に在らざるものになって飛び去っていきます。「喜んで苦しみますのよ。あなたに嘲られさえされなければ。」とメデイアは夫に向って言い放ちます。ここでの神は自由な意志をもって物事を操る神ではありません。まるで機械のように、すべてを清め、すべてのことを「在るがままに肯定してしまう」、神の力なのです。

「東海道四谷怪談」の大詰の雪の場面で伊右衛門を討つために駆けつける火事装束の佐藤与茂七も、「盟三五大切」の大詰で登場する火事装束の塩冶浪士の仲間たちもまた「メデイア」での龍の車と同じく、「デウス・エクス・マキーナ」です。それは、こんがらかった芝居の人間模様を唐突に・無理矢理に終結に持っていくための突飛な趣向なのではありません。舞台の上で演じられた喜びも悲しみも、愛も憎しみも、笑いも涙も、すべてを在るがままに肯定して受け入れてしまうための趣向です。なぜならば、「デウス・エクス・マキーナ」は我々の住んでいる世界の秩序を代表するものだからです。額縁の中に納まった時、すべては清く見えてくるということなのです。

鶴屋南北は同時代化の発想によって、「忠臣蔵」の世界を借りて、同時代の江戸の人々の生活・感情をリアルに描き出しました。それが再び「忠臣蔵」の世界秩序の内に返っていく時、観客は安心するのです。お芝居とは慰みであります。巷で言われているより、ずっと鶴屋南北は常識人ではないのかと吉之助には思えます。

(H14・3・31)

盟三五大切 時桔梗出世請状 (歌舞伎オン・ステージ (9))

(参考文献)

森山重雄:「鶴屋南北 綯交ぜの世界」(三一書房)

(後記)

「南北を同時代化の発想で読む」のシリーズは、1)「菊宴月白浪」、2)「東海道四谷怪談」、3)「盟三五大切」(本稿)の三本から成っています。

「南北を同時代化の発想で読む」の姉妹編:「桜姫東文章」もご参考にして下さい。

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