(TOP)            (戻る)

「せまじきものは宮仕え」

〜「寺子屋」をかぶき的心情で読む:その2「武部源蔵」


1)「寺子屋」の首実検

「寺子屋」という芝居において首実検の後、松王は源蔵宅をふたたび訪れます。それは三兄弟の裏切り者と見なされていた松王がその本心を告白して、源蔵をアッと驚かせようと思ってのことでは無論ありません。源蔵に身替わりになって死んだ息子小太郎を弔ってもらい、悲しみをともにしてもらいたいと思ってのことです。「寺子屋」の芝居の身替わりという行為のなかで、松王と源蔵は同志なのですから。「弟子子といえば子も同然」という関係において源蔵と小太郎は親子の関係に擬せられ、「寺子屋」のなかで松王と小太郎の親子に並列される位置におかれているのです。(このことは別稿「源蔵の寺子屋」で論じましたのでそちらをご参照ください。)

松王は源蔵を「丞相のためには身を捨てて働く」同志と踏んで、我が子小太郎を身替わりとするための協力者としたのです。このことが源蔵に告白される時、松王はその身にまとった悪役のイメージを捨て去って、本来のあるべき姿に戻ることができるのです。「モドリ」はその意図を告白する相手が、それに値する人物でなければ決して救われることはありません。源蔵はその価値のある男なのです。だからこそ、松王の「かぶき的心情」を真っ向から受け止める源蔵の演技次第で「寺子屋」という芝居の意味はまったく変わってしまうと思います。

次男坊・松王が故郷の喪失感のなかで怒りをたぎらせていったように、源蔵もまた、まったく別の次元ではありますが、自分にとってかけがいのない存在(筆法の師である菅丞相)を汚されたことに対してやり場のない怒りを感じています。丞相とは源蔵にとってアイデンティティーそのものである、と言ってもいいからです。(源蔵にとって丞相がどういう存在であるかは序切である「筆法伝授」の場において詳しく描かれています。)したがって丞相に恩あるはずの三つ子の兄弟であるのに時平の家来として悪役面して振舞う松王に、源蔵が怒りをたぎらせるのは当然のことです。

首実検の場において、松王はこの源蔵の怒りの炎にわざと油を注ぎます。「ヤアその手は喰はぬ。暫しの用捨と隙取らせ、逃げ仕度致してもナ、裏道へは数百人を付け置く、蟻の這ひ出づる所もない。ガまた、生き顔と死に顔は相好が変はるなどと、身代はりの贋首、それもたべぬ。古手な事して後悔すな」と、松王は是非もない状況に源蔵を追い込みます。それでなければ、源蔵に我が子も同然の弟子子を身替わりとして手にかけるなどという非人間的行為ができましょうか。松王は源蔵に「それでもお前は丞相の弟子なのか・丞相への誠をお前はいつ示すのか」と暗黙のうちに最後の決断を迫るのです。まさに松王の「かぶき的心情」に触れて、源蔵がその「かぶき的心情」を爆発させるのが「寺子屋」の首実検なのだ、と言えます。

2)「せまじきものは宮仕え」

こう考えた時、あの有名な「せまじきものは宮仕え」という源蔵の科白の意味が理解されると思います。この科白は、こんな可愛い子供を身替わりに殺すのは可哀想だとか・非人間的だ、というような封建制度へのヒューマニズム的な批判から発せられているわけではありません。もっと根源的な人間のどうしようもない罪への畏れから発せられていると思います。

歌舞伎においては戦前に、戸浪が「せまじきものは宮仕え」と言うと源蔵が叱りつけるような感じで「コリャ、お宮仕えはここじゃわヤイ」という入れ事が行なわれました。この型は明治3年に、大谷広次(ひろじ)が源蔵を市村座・中村座の合併興行で演じた時に行なったものと言われています。戦前には源蔵の演技はよくこの型で演じられたものでしたが、その後、「身替わりという行為は封建制度が個人に強制する非人間的行為である」とする見方からこの入れ事は改悪であると非難されて、最近ではこの型をやる役者はいなくなりました。しかし、視点を変えて「何としても若君を守らねばならぬ」という決意を示すものと考えるならば、これはこれでそれなりに納得できる型ではないのか、とも思えるのです。

むしろセンチメンタルな感傷を以って「せまじきものは宮仕え」が言われるのだとしたら、その方がもっと改悪ではないか、とさえ思ってしまいます。なぜなら、どんなに源蔵夫婦が悩み苦しんだとしても結局は源蔵は小太郎を斬ってしまったのですから。

ある源蔵役者(名前は伏す)がいかにも感情を込めましたという感じで抑揚たっぷりにこの「せまじきものは宮仕えじゃなあ」を言ったのを聞いたことがあります。この時、前の席にいた女子大生らしき二人組が「キャハハ・・」と笑い声を上げました。彼女らの行為は確かにマナー違反でしたけど、しかしこれはもしかしたら辛辣な批評かも知れないとも思いました。彼女らはあの科白廻しのなかに「偽善」を嗅ぎ取ったのかも知れません。

丸本で見るとこの場は、『互ひに顔を見合はせて、「弟子子といえばわが子も同然」「サア、今日に限って寺入りしたは、あの子が業か、母御の因果か」「報ひはこちが火の車」「追付け廻って、来ましょう」と、妻が嘆けば、夫も目をすり、「せまじきものは宮仕え」と、共に涙にくれゐたる』と描かれています。

「報ひはこちが火の車」・「追付け廻って、来ましょう」には、人間が社会に生きる状況のなかでどうしようもなく背負ってしまう罪のようなものについての嘆き・畏れの響きがあります。それは「人間の原罪」という言葉で置き換えてもいいものだ、と思います。このように「寺子屋」という芝居を見てこそ、この芝居を現代において見る意味があると 吉之助は思うのですが。

源蔵にとっての「アイデンティティーの根源」が菅丞相である以上、その高弟である源蔵が若君菅秀才を命に賭けても守らねばならないのは明白なことです。そのためには誰かを身替わりにせねばならないわけで、源蔵を取りまく状況はまさに切迫しています。罪もない子供を身替わりに殺さなければならない、これは間違いなく非人間的行為です。このことを源蔵ははっきりと意識しています。しかし、また同時に若君の絶体絶命の危機を黙って見過ごすことも丞相の高弟として源蔵にできることではありませんでした。なぜならそれは「丞相の弟子である」という源蔵の存在(アイデンティティー)を否定し去ることであったからです。

また「丞相は天神様である」ということですから、観客にとってもこの危機を見過ごすことは許されず、この場面において観客は源蔵と同位置である、ということを忘れてはなりません。やはり源蔵は否応もなく小太郎を斬らざるを得ない状況に追い込まれていくのです。

だから、この時に発せられる「せまじきものは宮仕え」という科白は、それでも鬼になっても若君を守らねばならぬ・そしてこの罪の報いは人間として必ず受けよう、という決意を示すものでなければなりません。そのように強い意志と・この状況へのどうしようもない怒りを以って・そしてすべての感情を押し殺してこの科白は言われなければなりません。こうして押し殺された感情を源蔵は首実検の場において「かぶき的心情」として爆発させるのです。

(H14・2・17)

菅原伝授手習鑑 (岩波文庫)

菅原伝授手習鑑 (歌舞伎オン・ステージ)

(追記)

本稿の姉妹編:「寺子屋をかぶき的心情で読む」その1「松王丸」もご参照ください。

   (TOP)          (戻る)