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ラトルの録音(1995年ー1999年)


○1995年6月25日ライヴー1

バーンスタイン:キャンディード序曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ヴァルトビューネ野外音楽堂)

ヴァルトビューネでのアメリカ音楽を中心としたポピュラー・コンサートです。ベルリン・フィルが軽快で透明な音を出していて・普段とは別のオケのようです。ただし、ラトルのテンポが早過ぎで・駆け足で世話しない感じがします。聴き終わって・なんだか騒がしい落ち着かない音楽を聴いたような印象が残ります。この曲はバーンスタインが「ヨーロッパ音楽へのラヴ・レター」と言っているように・ラヴのいっぱいつまった曲だと思いますが。


○1995年6月25日ライヴー2

ガーシュイン:ラプソディー・イン・ブルー

ウェイン・マーシャル(ピアノ独奏)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ヴァルトビューネ野外音楽堂)

品行方正の優等生が一生懸命不良ぶっている感じがしなくもありません。ベルリン・フィルにジャズのフィーリングが・・などと言っても仕方のないことで、理屈抜きで楽しめばよろしいことだと思います。ベルリン・フィルの楽員たちも普段とは違って裃脱いで音楽を楽しんでいるのがよく分かります。


○1997年3月17日ライヴー1

エルガー:序奏とアレグロ

バーミンガム市交響楽団
(ウイーン、ウイーン・コンツェルトハウス・大ホール)

荘重な序奏から、物憂げで・どこか懐かしさを感じさせる中間部、躍動的なフーガ形式の展開部まで、曲の変化を愉しませる密度の高い演奏です。お国物という言葉は安易に使いたくないですが、どことなく清潔感が漂うのが英国的な感じがします。オケの響きは透明で・旋律は粘り気がなくサラリとした感触ですが、高弦の力強さが印象に残ります。


○1997年3月17日ライヴー2

R.シュトラウス:四つの最後の歌

ジュディス・ヘイワース(ソプラノ)
バーミンガム市交響楽団
(ウイーン、ウイーン・コンツェルトハウス・大ホール)

全体的にテンポは速めで、いわゆる後期ロマン派の濃厚な世紀末的感触ではなく・サラリとした叙情的な味わいです。それも悪くはないですが、いかにも英国趣味のシュトラウスという感じです。ヘイワースは温かみのある歌唱で聴かせます。


○1997年3月17日ライヴ−3

マーラー:交響曲第4番

ジュディス・ヘイワース(ソプラノ)
バーミンガム市交響楽団
(ウイーン、ウイーン・コンツェルトハウス・大ホール)

全体にテンポが早めの印象ですが、第1楽章などは結構テンポの緩急がついた演奏で・ちょっと醒めたアイロニカルな感じがします。この第1楽章は整理がついていない感じですが、面白いのは第2楽章で・ロマン的な曲想と皮肉な味わいの曲想のはざまに歪んだ感性が見えてきて、非常に興味深く思いました。第3楽章はサラリとした味わいで・もう少し濃厚なロマン性を感じさせて欲しいところですが、ラトルは本質的にメルヒェン的な世界に酔えないのだろうと思いました。第4楽章のハワースの歌唱は温かみのある声で嫌味のない歌唱です。


○1997年4月20日ライヴー1

ハイドン:交響曲第70番

ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウイーン、ウイーン楽友協会大ホール)

普段のウイーン・フィルとはまったく違った響きの澄んだ・リズムの軽いハイドンであり、特に第1楽章はリズム感が良く・純音楽的な演奏で、みずみずしい魅力があります。一方、第2楽章はやや感触がさっぱりした感じのあるのは仕方ないところか。前半と比べると第3・4楽章はやや感じが重くなります。


○1997年4月20日ライヴー2

R.シュトラウス:23の独奏楽器のための変容(メタモルフォーゼン)

ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウイーン、ウイーン楽友協会大ホール)

作曲者の指定通りの編成による演奏で・こうすると弦の厚みにかき消されることなく・各楽器の線の絡み合いと・響きの織り合わせがよく分かって、いつもの大編成とは違う趣きがあります。この演奏ではウイーン・フィルの響きがいくぶん硬質に感じられ、透明ではあるが・決して熱っぽくなることはありません。情感のうねりよりは、冷たく沈滞していくロマン性を感じさせます。


○1997年4月20日ライヴー3

ベルリオーズ:幻想交響曲

ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウイーン、ウイーン楽友協会大ホール)

全体的にテンポが遅めですが、ウイーン・フィルの個性をよく生かした「幻想」であると思います。ウイーン・フィルは立ち上がりの鋭いオケではないですが、この交響曲のグロテスクさに・幾分湿り気と温かみが加わって、いつもと違う面白さがあります。特に第4−5楽章で「断頭台への行進」のテンポがゆっくりで・かつリズムの打ちも重く・重量感のある歩みを示していること、「ワルプルギスの夜の夢」でもリズムの鋭さにかける分・印象がマイルドになっている点などです。一方、大見得を切るような芝居っ気は少なくて・生真面目に芝居しているようでもあります。第1−2楽章ではウイーン・フィルの弦の柔らかさや木管の音色が生かされていて、温かみのある・ロマンティックな仕上がりになっています。特に「舞踏会」はウイーン・フィルならではの優雅な味わいがあります。第3楽章「野の風景」はちょっと音楽が重くて・だれる感じがします。


○1997年12月7日ライヴー1

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番

アルフレート・ブレンデル(ピアノ)
ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウイーン、ウイーン楽友協会大ホール)

ウイーン・フィルの柔らかな響きをよく生かし、ちょっと吃驚するほど温和で落ち着いた表情をみせるオーソドックスな表現です。ブレンデルのピアノも渋いなかにも・芳醇なコクを感じさせる演奏です。このコンビの良さが一番発揮されているのが第2楽章。たっぷりとして暖かな情感あふれる美しい演奏です。ウイーン・フィルの響きは深みがあり、特に木管が美しく聴こえます。またテンポはゆっくりして深く刻まれていると思います。ただし、ベートーヴェンの若書きと言うよりも、もう少し老成した曲に聴こえます。


○1997年12月7日ライヴー2

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番

アルフレート・ブレンデル(ピアノ)
ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウイーン、ウイーン楽友協会大ホール)

予想以上にオーソドックスな表現。テンポはたっぷりとして・深く刻まれているのは良いと思いますが、表情が柔和で・おっとりし過ぎの感じです。同日の第1番はともかく、第4番はもう少し表情に冴えが欲しい感じがします。細部はそう不満なく・よく練られた表現だと思いますが、聴き終わるとどうもぬるま湯につかったような感じで・新鮮味に欠ける気がします。ブレンデルのピアノもニュアンス豊かなのですが、やや細部にこだわり過ぎた感じ。特に第2楽章はテンポが遅過ぎでちょっと眠くなりました。


○1998年2月15日ライヴ

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」

アルフレート・ブレンデル(ピアノ)
ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウイーン、ウイーン楽友協会大ホール)

全体に従来の「皇帝」の華やかなイメージを抑えて・内面志向の趣きの演奏です。ブレンデルのピアノは響きが渋くて骨太い音楽を作り出していますが、全体の解釈はブレンデルのリードのようにも思われます。第1楽章はダイナミクスを抑えてリズムが前面に出るのを控えた感じでその分渋い印象になって、リズムが重いわけではないのに地味な演奏に聴こえます。この第1楽章は好みが分かれるところかと思います。成功しているのは第2楽章で、その内面的・思索的な足取りが効果的です。第3楽章は活気がありますが、エネルギー全面開放というわけではなく、多少欲求不満が残ります。


○1998年8月16日ライヴー1

ベートーヴェン:交響曲第1番

バーミンガム市交響楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク・モーツアルテウム・大ホール)

ザルツブルク音楽祭でのラトル/バーミンガム市響のベートーヴェン・チクルスの初日の録音です。第1番はフレッシュな感覚に溢れた好演だと思います。いわゆるドイツ的な重厚さの代わりに、軽やかさと明晰さが前面に出ています。表情が若々しく引き締まっています。テンポは早めですが・セカセカした感じはなく、音楽が前のめりにならないのは素晴らしいと思います。特に前半2楽章が見事だと思いますが、トスカニーニ/BBC響の名演を思い出させます。第4楽章はちょっとバランスが難しいところですが、若干軽めかも知れません。


○1998年8月16日ライヴー2

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

バーミンガム市交響楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク・モーツアルテウム・大ホール)

同日の第1番ではその軽やかさと明晰さがフレッシュな印象になるのはやはり曲自体にハイドンの音楽に通じる器楽的要素が強いからでしょう。第3番ではバーミンガム市響の響きに重厚さが欠けるので、全体が軽めの印象にな って、物足りなさがあるのは否めません。しかし、ラトルの指揮はテンポ設定も良くて、・細部の表現では見事な制御を見せます。早めのテンポですが・リズムが浮つかないのと、劇的な表現を追わず 、淡々と純音楽的表現に徹しているのも納得ができます。第2楽章はちょっとあっさりし過ぎの感じはしますが、オケの響きを考えれば、これも分かります。しかし、ウイーン・フィルを振るならばかなり表現は変るのかなという気もします。


○1999年2月21日ライヴ

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウイーン、ウイーン楽友協会大ホール)

98年8月バーミンガム市響での演奏の印象がいまひとつであったので、このウイーン・フィルとの演奏に注目しましたが、特に前半2楽章が軽くて、非常に物足りない演奏だと思いました。表面的にはリズムが軽快で、如何にも生き生きしているように聴こえますが、リズムの打ち込みが浅く上滑りして、音楽がふわふわ耳を通り過ぎていく感じがします。この交響曲をロマン的な重さから解き放ち、純器楽的な側面を浮き彫りにしようという意図であると理解はしますが、この軽さというよりも薄っぺらさでは、この曲の革新性が感得はできないように思えます。わざわざウイーン・フィルを振ってこの演奏はないだろうと云う気がします。第2楽章の軽さも、葬送行進曲の過度な重さを排除したい主張は、そんなものかなと思います。確かに悲壮感は必要ないかも知れませんが、ベートーヴェンには意志の強さがなければならないと思います。リズムが前面に出て来る後半2楽章は、耳が慣れて来ることもあって、まあ聴けないことはないですが、軽い印象は否めません。


○1999年9月24日・25日ライヴ

マーラー:交響曲第10番(クック版)

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、EMIライヴ録音)

アバドの後任としてラトルがベルリン・フィル芸術監督に指名された後、初の共演です。ベルリン・フィルの豊穣な響きを使ってゴージャスな印象です。もちろんオケの技術などに不満はありませんし、この複雑な交響曲をよく整理していることに感心しますが、聴いた後にもうひとつ納得がいきません。その理由ですが、ラトルの作り出す響きが単色であまり変化がなく、音楽の奥行きが浅いと感じられることです。曲想の変化に応じて・もっと音色を変化させて欲しいと思います。音色のパレットの手持ちが少ない感じなのです。第1楽章の主題のようにゆったりした旋律は低音がよく効いていて・音色も深みがあって良いですが、中間楽章でのテンポの早い虚無的な旋律においては音色がこれを十分に表現できているとは言えない気がします。第1楽章では調 性が失われていくような・感性の揺らぎをあまり感じさせてくれません。その意味ではやはり健康的な感性の演奏なのです。


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