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ユージン・オーマンディの録音 


○1950年3月19日

シェーンベルク:浄められた夜

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オブ・ミュージック、米CBS・スタジオ録音)

これはなかなかの演奏だと思います。フィラデルフィア管の弦の響きが柔らかくロマンティックで、旋律をじっくりと息深く歌わせて、病的な青白い光ではなく、ほんのりの暖かみのある赤い光が感じられて、情感豊かで、音楽の線が太く感じられます。オーマンディはこの曲を後期ロマン派の延長線上に捉えており、それが実感として納得できる演奏になっています。


○1961年1月1日ライヴ

ストラヴィンスキー:幻想曲「花火」

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オブ・ミュージック)

オケのリズム処理と鋭敏な感覚を聴くというのとはちょっと違って、それがマイルドに処理されているところが、このコンビの個性と云うべきでしょう。もとよりオケの技量に問題があるはずはなく、フィラデルフィア管の闊達な名人芸が楽しめます。


○1967年2月13日

ラロ:スペイン交響曲

アイザック・スターン(ヴァイオリン独奏)
フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、米CBS・スタジオ録音)

五楽章版。スターンのヴァイオリンは低音が豊かで・芯のある力強い響きが曲によく似合っています。第1・3・5楽章でのリズムが良く斬れて、スペイン的な色彩感覚に溢れる見事な出来です。オーマンディの指揮は奔放なスターンのソロを自在に泳がせつつ・しっかりと支える理想的なサポートで、フィラデルフィア管の色彩とリズムが飛び散る伴奏は実に見事です。


○1967年8月13日ライヴー1

ガ―シュイン:パリのアメリカ人

フィラデルフィア管弦楽団
(ニューヨーク、サラトガ・パフォーミング・アーツ・センター)

小粋という表現がぴったり来るような、センスが良い、クラシックな味わいに仕上がっています。ジャズ風味を強調しなくても、ごく自然にクラシックのなかに消化してしまったと云う感じで、そのさりげなさと気品が素晴らしく、まさに上品なクラシック音楽という気がします。遊び心と軽く爽やかな風味があって、チープな感じがまったくしません。ガ―シュインもこういう演奏を聴いたら、さぞかし本望であろうと思います。


○1967年8月13日ライヴー2

ガ―シュイン:ラプソディー・イン・ブルー

ホルヘ・ボレット(ピアノ独奏)フィラデルフィア管弦楽団
(ニューヨーク、サラトガ・パフォーミング・アーツ・センター)

「パリのアメリカ人」と同様なことが云えますが、ボレットのピアノも実に小粋で、即興性もあって、実に楽しく上手いものです。オケのリズムは柔らかく上品ですが、全然お澄ましの様相はなく、きさくで気取りがない、両曲ともに最高水準の演奏であると思います。


○1968年3月11日

アルヴェーン:スウェーデン狂詩曲第1番「夏の徹夜祭」

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、米コロンビア・スタジオ録音)

オーマンディの語り口の巧さと、フィラデルフィア管の色彩感が相まって、とても楽しめる演奏に仕上がりました。前半部の生き生きとしたリズムの踊りと、中間部の抒情的な静けさとの対照が素晴らしく、夏至の一夜の祭りの情景が目に浮かぶようです。


○1973年4月25日・26日・27日

レスピーギ:交響詩「ローマの松」

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、RCA・スタジオ録音)

リズムと色彩が飛び散るような美しさ・華やかさで、オーマンディはこの曲の魅力を余すところなく表現していて見事なものです。第1曲「ボルゲーゼ荘の松」冒頭の朝日の指してくる爽やかさ、第3曲「カタコンベ周辺の松」での静寂、第4曲「アッピア街道の松」ではフィラデルフィァ管のアンサンブルの威力が光ります。


○1974年12月4日

レスピーギ:交響詩「ローマの泉」

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、RCA・スタジオ録音)

全体を速めのテンポで、軽やかに仕上げています。冒頭からオケの透明で軽やかな響きが何とも魅力的です。フィラデルフィア管の艶のある弦の響きとリズム感の良さが、イタリアの陽光を感じさせる明晰さと透明感を感じさせて、オーマンディの描写力が冴えます。


〇1978年1月8日ライヴ

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

ウラディミールホロヴィッツ(ピアノ独奏)
ニューヨーク・フィルハーモニック
(ニューヨーク、カーネギー・ホール、米RCA・ライヴ録音)

これは超名演。聴き物はもちろんホロヴィッツのピアノです。硬質でクリスタルな響き、粒の揃ったタッチ、リズムの斬れ、音の立ち上がりの鋭さ、打鍵の強さ、テクニックの斬れ、どの点を取っても驚嘆すべき名人芸です。まことにピアノという楽器の本質が打楽器であることをこれほど実感させられる演奏はありません。ラフマニノフが単なる甘い音楽ではなくて、ロマン的心情に引き裂かれたものであることも良く分かります。ホロヴィッツのピアノが時に無機的とさえ思えるほど厳しく、非情にラフマニノフの病める魂を掘り下げていきます。オーマンディのサポートも実に見事なもので、第1楽章ではぶ厚い響きでピアノを大きく包み込み、濃厚なロマン的情感を感じさせますし、第3楽章でのピアノとオケの掛け合いの緊張は息を呑むほどです。


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