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チョン・ミュン・フンの録音 


○1991年10月

サン・サーンス:交響曲第3番「オルガン付」

パリ・バスティーユ歌劇場管弦楽団
(パリ、バスティーユ・オペラ座、独グラモフォン・スタジオ録音)

オケの精度が素晴らしく、テンポは早めでも表情が実に細やかで色彩的。リズムが鋭角的に斬れており、歯切れがとても良い。第1楽章前半のリズム処理が見事で、穏やかな第2主題の息の長い語り口も聞かせます。第2楽章フィナーレは壮麗おのもの、スケール大きいが重い感じがまったくしません。


○1993年5月

ヴェルディ:歌劇「オテロ」

プラシード・ドミンゴ(オテロ)/チェリル・スチューダー(デズデモーナ)/セルゲイ・レイフェルクス(イヤーゴ)/デニス・グレイヴス(エミーリア)/ラモン・ヴァルガス(カッシオ)他
パリ・バスティーユ歌劇場管弦楽団・合唱団
オー・ド・セーヌ聖歌隊
パリ・オペラ座児童合唱団
(パリ、バスティーユ・オペラ座、独グラモフォン・スタジオ録音)

細やかで叙情的な表現、弱音の繊細さにおいて際立った表現です。バスティーユ歌劇場管の弦は透明で繊細な美しい響きです。低音を抑えて・リズムもあまり強調しない行きかたに思われます。したがって、ダイナミックなスケール感はあまりなくて・むしろ小振りに感じられますが、感情表現が豊かで細やかなので・不満は感じません。悲劇で死ぬオテロとデズデモーナにあくまで優しい表現であり、苦しみもだえるオテロに鋭いリズムと重厚な響きで襲い掛かるようなオケではないのです。このようなミュン・フンの棒に、ドミンゴのオテロはぴったりです。第2幕のイヤーゴの「クレド」においても挑戦的な感じはありません。デル・モナコのようなヒロイックなオテロとは違って、ドミンゴのオテロは限りない優しさを感じさせます。第4幕「オテロの死」の情感豊かな歌唱は、声を張り上げるのではなく・まるで語りかけるようです。将軍の威厳ではなく・裸の人間としての尊厳からくる悲劇として心を打ちます。したがって、第2幕のオテロとイヤーゴの二重唱「神に掛けて誓う」も復讐の叫びをダイナミックに歌いあげるものではなく・若干物足りなさがあるのも事実ですが、これも納得ができるのです。レイフェルクスのイヤーゴは声質が軽く・ドミンゴとの二重唱では声の対照が際立たない感じですが、悪意をむき出しにするのではなく・むしろ優しい声で近づいてきて人を騙す悪党になっています。それが「イヤーゴの夢」の自然な語り口に生きています。スチューダーのデズデモーナは清らかで、第1幕のオテロとの二重唱「すでに夜もふけた」はとても美しいと思います。現代の「オテロ」像を提示したものとして・とても優れた演奏であると思います。


○1993年10月

ベルリオーズ:幻想交響曲

パリ・バスティーユ歌劇場管弦楽団
(パリ、バスティーユ・オペラ座、独グラモフォン・スタジオ録音)

オケの精度は素晴らしく、早いテンポでも表情のニュアンスが実に細やかで、色彩豊か。冒頭からフランスらしいセンスと幻想性に満ちていて、とても魅力的な演奏であると思います。早いテンポで通しながら、実はテンポを微妙に伸縮させて表情をニュアンス豊かに描いています。色彩が濃厚に感じられ描写が細やかなので、スケールはちょっとこじんまりした感じはありますが、これは不満にはなりません。第2楽章・舞踏会はリズムが軽やかで幻想的。第5楽章・ワルプルギスの夜の夢のリズム処理も見事で、この交響曲のドラマ性を見事に構築しています。


○1995年5月5日ー1

メシアン:忘れられた捧げ物

バイエルン放送交響楽団
(ミュンヘン、ガスタイク・ホール)

ミュン・フンはメシアンに学んだ関係があって、メシアンを積極的に取り上げているそうです。三部構成のこの曲では、バイエルン放送響のドイツ的な線の太い暗目の音色が、必ずしも曲にマッチしているとは云えないのかも知れませんが、第1部での緊張感ある弦はなかなかのものだと思いますし、第2部はダイナミックな迫力があって、このオケの重量感が生きていると思います。ミュンフンのリズム感覚の鋭いところがよく生きています。


○1995年5月5日ー2

メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」

バイエルン放送交響楽団
(ミュンヘン、ガスタイク・ホール)

「イタリア」と云うと、第1楽章のあまりの輝かしさのせいで明るい曲にイメージしそうですが、意外と内省的な曲だと思います。そこのところが、バイエルン放送響の線が太い重めの響きと合致して、これはなかなか良い演奏に仕上がりました。特に第2楽章の暗目の感触ながら深い味わい、第3楽章のゆったりと落ち着いた歌い回しなの、ミュンフンの音楽性を感じさせます。


○1995年5月5日ー3

ショスタコービッチ:交響曲第6番

バイエルン放送交響楽団
(ミュンヘン、ガスタイク・ホール)

バイエルン放送響きの線が太い響きに、ミュンフンの鋭敏なリズム感覚がマッチして、特に第2・3楽章のテンポが早い楽章において、リズムが重量感と躍動感を以て、音楽がダイナミックで生きています。暗めの音色ながら、ショスタコービッチの諧謔味が良く生きています。音楽が決して軽くならないのです。第1楽章においては、粘りのある旋律の歌い回しがやや独特に感じられるのと、響きにもう少し透明感が欲しいところです。


○1995年6月16日ライヴー1

ドヴォルザーク:交響曲第7番

ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウイーン、ウイーン・コンツェルトハウス大ホール、ウイーン芸術週間)

病気休演のマゼールの代演としてのミュン・フンのウイーン・フィル・デビューです。ドヴォルザークとしてはちょっとユニークな演奏に思えます。色彩の濃厚なこと、リズムが鋭く・造型に躍動感に魅力的ですが、その反面、音が厚塗りの感じで・旋律の歌い回しに独特の粘りがあって・旋律はちょっと平板に感じられ、ダイナミクスにおいてやや小さく感じられる面があるようです。例えば第1楽章において第1主題はダイナミックに力感溢れるのですが、叙情的な第2主題はもう少ししみじみ歌わせてもいいのではないかと思えます。ドヴォルザークだからと言って民族色にこだわりはしませんが、農民舞曲敵な素朴さとは異なる・悪魔的な凄みさえ感じさせる個性的な表現になっています。


○1995年6月16日ライヴー2

ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」

ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウイーン、ウイーン・コンツェルトハウス大ホール、ウイーン芸術週間)

同日のドヴォルザークと同じく・個性的な表現ですが、内に向けての表現ベクトルを感じさせる密度の高い表現であることには感心させられます。したがって、「バーバ・ヤーガの小屋」や「キエフの大門」では外に向けて開放する力とは違うものを感じさせます。「卵の殻をつけた雛の踊り」では旋律をゆくうり歌わせて独特の見せているのも面白いとことです。色彩が濃厚で・どっしりとした質感があって、雰囲気がやや暗めのこの曲には似合うようにも感じられます。


○1995年9月19日ライヴ−1

メシアン:忘れられた捧げ物

フィルハーモ二ア管弦楽団
(東京、東京芸術劇場)

メシアン初期の作品で・「交響的瞑想」と名づけられ、第1部「十字架」・第2部「罪」・第3部「聖体」の3部から成ります。斬れ味鋭い感覚とリズム感を感じさせる演奏で、特に第2部におけるリズムの乱舞の迫力は素晴らしいと思います。一方、第3部はピアニシモをさらに効果的に使用することで、宗教的な静寂を深めることが出来るのではという気もしました。オケは気合いが入っていて、緊張感が高い演奏を聴かせます。


○1995年9月19日ライヴー2

ラヴェル:組曲「マ・メール・ロワ」

フィルハーモ二ア管弦楽団
(東京、東京芸術劇場)

色彩が濃厚で・旋律に独特の粘りがあって・フランス的な透明感という点では不満がありますが、テンポが早く一気に聴かせます。ただし第1曲「眠りの森の美女のパヴァーヌ」あるいは第5曲「妖精の園」では弦のピアニシモが効果的に使えていないようで、曲のダイナミクスが狭くなっているところがあると感じます。あるいはその分、線の太いラヴェルを志向しているのかも知れません。その一方で第3曲「パゴダの女王レドロネット」での東洋的な雰囲気は抜群です。


○1995年9月19日ライヴー3

ベルリオーズ:幻想交響曲

フィルハーモ二ア管弦楽団
(東京、東京芸術劇場)

テンポを速めに取って・一気に聴かせる熱気に溢れた見事な演奏に仕上がりました。。響きの色彩が濃厚で、また旋律の歌い回しに独特の粘りが感じられますが、これがミュン・フンの個性であるようです。またピアニシモをあまり強調しないせいか・響きのダイナミクスに不足するところもないではないですが、逆に言えば・線が太い音楽作りだと言えるかも知れません。しかし、緊張感が高い演奏なので・一気に聴かせますが、聴き終わってちょっと疲れる演奏ではあります。第1楽章はミュン・フンのリズム感覚の鋭さがよく生きています。また第4〜第5楽章は色彩が飛び散るような鮮烈な出来で、ベルリオーズの音楽の奇抜さと革新性を実感させます。しかし、第3楽章は表現がやや平板で・ちょっともたれる感じになってしまったのは残念です。フィルハーモ二ア管は指揮者の棒によく応えて・気合いが入った素晴らしい出来です。


○1995年9月19日ライヴー4

ショスタコービッチ:交響曲第6番〜第3楽章

フィルハーモ二ア管弦楽団
(東京、東京芸術劇場、当日のアンコール曲目)

リズム感覚が鋭く、音楽に躍動感があります。色彩は濃厚で・本来なら重めにも感じるところですが、躍動感があるので・ずっしりとした質感を感じます。テンポ早めで一気に聴かせますが、パロディ的な洒脱な感覚もしっかりと表現されていて、見事な出来です。


○2000年5月6日ライヴ

マーラー:交響曲第1番「巨人」

NHK交響楽団
(東京、NHKホール)

全体に響きが柔らかく聴きやすいマーラーです。第1楽章はややテンポがお染で、牧歌的な感じがするほど、ゆったりした気分が漂います。青春を甘く切なく回想しているような風情があります。そのせいか第2楽章のグロテスクなリズム・第3楽章の暗いムードなどは抑えられた感じで淡い印象となり、もう少し濃淡の差を付けて欲しかったと思うところもあります。またミュン・フンは各楽章の中間部の抒情的な旋律をテンポをぐっと落として思い入れを込めて歌わせており、それがロマンティックなマーラーという印象を生んでいますが、反面、曲の締まりが緩んだ感じもします。第4楽章の中間部などさながらオペラの間奏曲のようにも聴こえます。


○2001年5月18日ライヴ

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲

チョン・キョン・ファ(ヴァイオリン独奏)
ローマ・サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団
(横浜、横浜みなとみらいホール)

チョン・キョン・ファのヴァイオリンはやや細身で・低音は物足りませんが、中高音の伸びが良く・テクニックは抜群に切れています。全体に抒情味のあるブラームスといえます。その良さは第2楽章に特によく出ていると思いますが、第1楽章の第2主題やカデンツァなどもみずみずしい表現で聴かせます。チョン・ミュン・フンの指揮はソリストの個性を良く引き立てており、サンタ・チェチーリア管はイタリアのオケらしい低音があまり強くない・明るい感じのブラームスで、若干軽くて線が細い感じもありますが、これはソリストの個性にもよく似合っているように思われます。姉弟だということもありますが・ソリストととても息が合った演奏で、第3楽章はキリリと引き締まった演奏に仕上がりました。


○2004年ライヴ

ショスタコービッチ:交響曲第5番

ザールブリュッケン放送交響楽団
(ザールブリュッケン)

ミュン・フンの表現はどちらかと言えばこの交響曲の叙情性に重きを置いた表現です。オケももう少し低弦に力があればと思うところはありますが、高弦の引き締まった表現で指揮者の要求によく応えており・なかなか聴かせます。特に第1楽章や第3楽章の弦主体の緊張感ある表現が聴きものです。


○2010年2月5日ライヴー1

マ・メール・ロア

フランス放送管弦楽団
(パリ、サル・プレイエル)

テンポ早めに・あまり思い入れを入れず・インテンポに淡々と進めていますが、それが成功しています。メルヒェン的な雰囲気に浸ることなく・表現が引き締まって、いかにもバレエ音楽らしい簡素な味わいに仕上がっています。この伴奏ならばとても踊りやすいと思います。フランス放送管の響きが透明であることはもちろんですが、随所でフランスのオケらしい巧さを出しています。


○2010年2月5日ライヴー2

歌曲集「シェラザード」

アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(アルト)
フランス放送管弦楽団
(パリ、サル・プレイエル)

これは名演です。何といってもフォン・オッターの歌唱が素晴らしいと思います。響きの美しさだけではなく、言葉を大事にしてとても説得力がある歌唱で、まるでリートを聴くように細部まで充実した表現。特に第1曲・「アジア」がミュン・フンの絶妙な伴奏と相まって、とてもスリリングです。


○2010年2月5日ライヴー3

バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第1組曲・第2組曲

フランス放送管弦楽団
(パリ、サル・プレイエル)

前プロのマ・メール・ロアとも共通することですが、インテンポに取って・淡々とした表現ながら、バレエ音楽のツボを心得た演奏なのです。フランス放送管がラヴェルで悪かろうはずがなく、その響きは透明で・いかにもフランスらしい香気に満ちています。第2組曲の「夜明け」などとても清々しい出来。「全員の踊り」ではリズム感良く全曲を締めます。


○2010年2月5日ライヴー4

ラ・ヴァルス

フランス放送管弦楽団
(パリ、サル・プレイエル)

充実したラヴェル・プロの最後を飾るラ・ヴァルスでは、ワルツの旋律の歌い廻しが艶やか魅惑的です。それまでのプロでのミュン・フンとフランス放送管はインテンポに表現を簡潔に取っていましたが、ラ・ヴァルスでは一転して・それまで押さえ気味にしていたロマンティックな感覚を一気に開放した感があります。リズムも緩急を付けて・表現に幅を持たせて、最後の破綻のフィナーレに持ち込んでいくミュン・フンのドライヴは見事なものです。


○2010年3月19日ライヴ−1

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

ニコラス・アンゲリッヒ(ピアノ独奏)
フランス放送管弦楽団
(パリ、サル・プレイエル)

引っ込み気味の録音のせいかも知れませんが、全体的にオケに対してピアノが埋没した感じで、その存在を十分主張できていないと感じます。叙情的な箇所でテンポが間延びして・情感に浸るかの如くで、表現が締まらない。技巧的にはさほど不満は感じないのにまったく心に響かないのはラフマニノフのフォルムがつかめていないからだと思います。特にリズム処理に問題があるようです。これはソロのアンゲリッヒだけでなく、指揮のミュン・フンにも責任があるように思いますが、この曲をロマン派協奏曲の延長線上に考えようとしているかに思われます。その捉え方であると甘ったるさのある第2番のコンチェルトは処理できても、 アジタートな要素が強い第3番は巧く処理できないでしょう。確かにラフマ二ノフは「遅れていたロマン派」かも知れませんが、この曲は1909年初演で・20世紀の作品なのです。もっとピアノの響きを粒立たせて・リズムをインテンポに鋭角的に処理して欲しいと思います。この曲のフィナーレでこれほどフニャッとして締まらぬ感触の演奏を初めて聴きました。


○2010年3月19日ライヴー2

チャイコフスキー:交響曲第4番

フランス放送管弦楽団
(パリ、サル・プレイエル)

前半はテンポに多少伸縮を持たせて・前プロのラフマニノフの印象を引き継いだようなロマンティックな味わいがあります。曲の性格にもマッチしているので・これも悪くないですが、 若干緩い感じがします。ところが、後半 は一転してテンポ早めに・インテンポで機能的に押し切る感じになります。これは全曲一貫してもらいたかった気がしますが、後半の方が表現のメリハリが効いてミュン・フンの良さが出ていると感じられます。第4楽章の溌剌とした表現がとても魅力的です。


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