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クーベリックの録音


○1950年2月9日ライヴ

ショスタコービッチ:交響曲第7番「レニングラード」

アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団
(アムステルダム、コンセルトへボウ楽堂)

クーべリックは指揮はテンポやや速めに・古典的な印象があり、曲とある程度の距離感を持って冷静に処理しています。第1楽章のボレロのクライマックス場面でもしっかり客観性を保っていて・曲のメッセージをよく掴んでいると思います。第4楽章終結部においてもテンポをちょっと落として感動的に締めくくるというのでなく・インテンポを貫いて・そこにこのフィナーレの皮肉な意味を持たせているようです。この方が作曲者の意図を掴んでいるようです。コンセルトへボウ管は特に高弦が素晴らしくて、第3〜4楽章では悲しみの感情が痛いように伝わってきて素晴らしいと思います。


○1952年

スメタナ:交響詩「モルダウ」

シカゴ交響楽団
(シカゴ、米RCA・スタジオ録音)

スメタナはクーベリックのお得意で・全体の解釈は後年の録音とそう変るわけでもないのですが、クーベリックのシカゴ響音楽監督時代はあまり幸福な時期と言えなかったのが・覗われるような演奏です。何となくオケとの感覚のズレを感じます。まず旋律の歌い方が硬く・潤いが乏しいように感じられます。農民の踊りでもリズムが素っ気無い感じがして、ここでもクーベリックの持ち味が生きていない感じがします。オケの水準は高く、月光が河面に映える場面における弦の透明さは素晴らしいものがありますが。


○1966年6月

ドヴォルザーク:交響曲第8番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、DGスタジオ録音)

民俗色を強調するのではなく、堅実でしっかりした純音楽的表現。派手さはないけれど、正調と云えそうな風格が漂います。特に第1楽章はリズムが斬れて躍動感があり、魅力的な演奏です。ベルリン・フィルの弦はしっとりとして美しく、第3楽章の澄み切った抒情性が心に残ります。


○1971年3月

スメタナ:交響詩「モルダウ」

ボストン交響楽団
(ボストン、DGスタジオ録音)

ボストン響の落ち着いた渋い響きを良く生かして、格調高い・しっとりとした雰囲気の演奏に仕上がりました。民俗色を出そうという感じはないですが、農民の踊りのリズムのなかに独特に色合いが聞こえるようです。月の光が川面に映える場面では、その清態な美しさのなかにボストン響の弦が生きています。


○1972年6月

ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、DGスタジオ録音)

クーベリックにとってはお国ものということですが、感触としては淡々と純音楽的表現に徹しているような感があります。やや小振りで地味な感じさえしますが、表現は密度が高く、手堅い出来です。第4楽章などダイナミックに派手に振りたくなりそうなところですが、そこを敢えてしないところに正統派たるところがあると言えるでしょうか。第2楽章にはしっとりと澄んだ美しさがあり、クーベリックの飾り気ない人柄がよく出ているようです。


○1977年4月14日ライヴ

マーラー:交響曲第2番「復活」

エディット・マティス(ソプラノ)
ドリス・ゼッフェル(アルト)
バイエルン放送合唱団
バイエルン放送交響楽団
(ミュンヘン、ヘラクレス・ザール)

バイエルン放送響の暗めで重厚な音色を生かした演奏です。オケのリズムが重めであることで、特に前半3楽章は重量感のある演奏になっています。テンポをあまり動かさず、じっくりと視点を据えて曲と対峙した感があり、したがって熱い感情のうねりはありませんが、この交響曲を古典的に捉えているというか・実に安定感のある演奏なのです。しかし、第1楽章冒頭の低弦のゴツゴツした動きなど気迫がこもっていて、この曲の奇怪さを改めて感じさせます。第2楽章はゆったりと余裕を以って旋律を歌っています。しかし、第4楽章以降声楽が入ると、クーベリックのスタイルがやや抑え過ぎに感じられて・もう少し奔放に歌い上げて欲しいと感じることも事実です。しかし、全体のバランスを考えると、均整のとれた古典的解釈であると言えましょう。歌手はとても行儀のよい歌唱だと思います。


〇1991年10月11日

ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
(プラハ、スメタナ・ホール、ドヴォルザーク生誕150周年記念コンサート)

とても好感が持てる演奏です。オケの響きをホールいっぱいにゴージャスに響きかせようというのではなく、音楽をあくまでも真摯に奏でるのみという姿勢に徹しています。オケの響きは虚飾なく、シンプルで音楽を在るがままに自然に流れている感じで、「これはかつて昔聞いたことのある音楽だ」という遠い記憶を蘇らせるような印象です。とにかく昨今あまり聴かれないタイプの演奏なのです。旋律の歌い方は素朴で、誠実さにあふれているように思われるのは、ク―ベリックの暖かい人柄のゆえでしょう。第1楽章においてもドヴォルザークの望郷の念がしみるようですが、第2楽章も、これほどさりげなく、しかし暖かく奏でられた例が少ないように思われます。第3・4楽章のリズム処理も、もっと激しく華やかにできそうなものなのにそれをせず、実に落ち着き払った足取りで、これが本場の強みなのかなと深く考えさせられます。


〇1991年11月2日ライヴ

スメタナ:連編交響詩「わが祖国」

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
(東京、サントリー・ホール)

お国物と云う言葉をあまり使いたくはないですが、本物はことさらに本物ということを主張しなくてもやはり本物ということかと思います。表現に余分な力を入れることがなく、民族色など強調することもなく、むしろ簡潔に淡々とした印象ですが、描くべきことはしっかりと描かれて、感動がストレートに迫って来ます。説得力がある演奏に仕上がっています。信頼し合った者たちだけに出来る演奏だと思います。「モルダウ」など描写的な表現ではなく、純器楽的に処理しているように思われます。6つの曲が絵画的に組み合わさって、この連作の意味を実感させてくれます。


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