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吉之助流「歌舞伎の見方」講座

第8講:「舞台を見る・その3」


1)ついに歌舞伎に字幕スーパー

新聞報道によれば、国立劇場「歌舞伎鑑賞教室」で今月(平成13年6月)公演中の「引窓」(双蝶々曲輪日記)に「字幕スーパー」が登場したとのことです。舞台外の上手・下手にそれぞれ電光掲示板を設置し、日本語字幕を流したのだそうです。「おおっ、ついにここまできたか、世も末じゃ、末じゃ・・・・」という感じです。もっとも字幕を流したのは竹本の詞章だけで、さすがに役者の科白までは字幕でなかったようですが。

舞台での電光掲示板自体は、もう10年以上前からオペラ公演や海外からの劇団公演では使用されておりましたから目新しいものではありません。外国語のオペラを初めて見る(「聞く」ではなく「見る」ですが)時には、たしかに「字幕スーパー」というのは筋を理解するのに役に立ちます。ただし、舞台を味わうのにはまったく邪魔です。舞台には全ての情報があるのですから、まずは舞台に集中したいと思います。字幕スーパーは集中力を削ぐのです。 吉之助だってイタリア語を知ってるわけでないですが、しかし「トロヴァトーレ」や「オテロ」の音楽を聴くのには大まかに意味を知っていれば十分ですし、分からなければ後でリブレットを読めばいいと思っています。

誤解ないように付け加えますと、オペラは言葉が分かればその面白さは倍加します。例えば「トラヴィアータ」(「椿姫」ヴェルディ作曲)の第1幕のヴィオレッタのアリアを、イタリア語が理解できなくてもリブレットのアルファベットの音を追い、日本語訳を対照させながらその音楽をじっくりと聴いてみてください。「この言葉からこの旋律が生まれてくるのか」あるいは「この言葉からなんと生き生きとした情感が引き出されてくるのか」と、イタリア語が分からないなりにもその言葉と音楽の微妙かつ精妙な関係に驚嘆いたします。しかし、この面白さは字幕スーパーでは絶対にわかりません。

音楽を聞くということは意味をとることではありません。粗筋が分かってオペラを聞いた気分になってしまったとしたら、これは困ったことだと思います。これはオペラでなくても、歌舞伎でも他の芝居でも同じことだと思います。

歌舞伎でも「言っていることがよく分からない・邦楽の歌詞が聞き取れない」という声は昔からあります。国立劇場では数年前から「歌舞伎鑑賞教室」での字幕スーパーの検討をして、今回は実験的に行なってみたということのようです。「歌舞伎鑑賞教室」は歌舞伎を見る高校生が中心で、先生引率で学校ぐるみで見に来る場合が多いですから、今回の試みはたしかに特殊ケースでしょう。将来、字幕スーパーが歌舞伎で一般的になるということは当分なかろうと思います。

この字幕スーパーの試みが「無駄だ」と申し上げている訳ではありません。あるいは今回、字幕スーパーで歌舞伎を初めて見た高校生から「歌舞伎はこんなに面白かったのか」という声がたくさん出るのかも知れません。だとすれば、これは実験としても、それなりの意味が見出せるかも知れません。これはその後の調査結果を見てみる必要がありそうです。(私も遥か昔に国立劇場の「歌舞伎鑑賞教室」にお世話になった人間でございます。)

ただ、歌舞伎に字幕スーパーを導入するのは小学校の算数で円周率を3.14でなくて3で教えるという教育指針の改訂と連動しているようで、「分かりやすく教えること」と「教育レベルを落とすこと」を混同しているような感じがありますね。

それにしてもいくら義太夫が聴き取りにくいと言っても日本語であるし、日本人ならすべては分からなくても部分的には分かる部分があるでしょうに。聞いても分からない日本語が「流れる字幕」で読んで分かるようになるのでしょうか。今度は漢字が読めない、ということにならないのでしょうか。新聞では「いっそ現代語訳を字幕で流したら」と皮肉っていましたが、あるいはその方がいいのかも。

2)芝居を見たあとにもう一度

前回の講座でも申し上げたと思いますが、芝居が分かるということは「筋が分かる」ということではありません。むしろ、分からないことはそのままにしておいて、何が分からないのかを明確にしておいた方がいいのです。

私は昔からどんな芝居でも幕が開く前に筋書きを読むことは頑固にしてません。というより、私の場合は、見てない芝居の粗筋を事前に読んでもピンと来なくてよく分からないのです。歌舞伎の世話物の人物関係など、筋書きを読んだだけでは複雑ですぐ理解できません。

芝居を見ている時に、「どうしてここはこうなるの」とか「ここは何だか意味が分からない」と思って引っ掛かるような時が必ずあります。そういう箇所を確認するために筋書きを読みます。私にとっては筋書きは芝居の後に読むものでした。筋書きを読むなら芝居を見た後に読む方がはるかに役に立つと思います。

「旅行は三度楽しめる」とよく言いますね。その1:「どこに行こうか」と考えてパンフレットやガイド・ブックを調べながら「旅行を事前に楽しむ」、その2:実際に現地にいって「旅行を生で楽しむ」、その3:お土産や写真、思い出ばなしなどで「旅行を事後にまた楽しむ」。芝居見物でも同様であります。劇評でも評論でも、芝居を見た後に関連するものを読んで見る方が得るところが多いと思います。それが芝居の第三の楽しみ方であります。

本サイトの記事でも、見たことのない方が読んでも「この芝居を見てみたいな」と思ってもらえるように努力しているつもりですけど、やっぱり見てない芝居の記事は読んでもピンと来ないことも多かろうと思います。それでも、芝居を見た後で、本サイトの関連記事を読み直してもらえれば「こいつの言いたいことはそういう事だったのか」と思い当たることもあるかと思います。是非、お試しあれ。

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