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吉之助流「歌舞伎の見方」講座

第5講「舞台を見る」その2


1)「芝居が分かる」ということは「筋が分かる」ということではない

歌舞伎に限らないようですが、芝居を見ている最中に筋書を開いて読む人が多いようです。「芝居の背景がよく分からない、登場人物の関係がよく分からない」とかで、つい筋書を開いてそこのところを確認したくなるということだろうと思います。その気持ち分からなくもないですが、そこのところを我慢してまず舞台からすべてを察するようにすることをお勧めしたいと思います。「芝居が分かる」ということは「筋(ストーリー)が分かる」ことではないと 吉之助は思っています。

「筋が分かる」ということは頭(理屈・理性)で理解することですが、舞台から受ける視覚的印象や聴覚的印象、そこから受ける感動というのは感性から来るものです。芝居見物というのは感性のトレーニングです。芝居を見ている時は舞台に集中する方がいい、舞台にすべての情報があると思います。もし舞台にあなたを納得(あるいは感動)させるだけの情報がない(あるいは感じられない)なら、多分その舞台は出来が良くないのです。

「歌舞伎を見る前に事前学習が必要だ」と思い込んでいる人は多いようですが、まあそう身構えないで下さい。筋書を読んだところで歌舞伎のストーリーなんて入り組んでいてよく分からないし、読んで納得できるようなら芝居を見ても筋を再確認しているようなもので詰まらないと 吉之助は思うのですが。

多分、筋書は芝居の後で読んでこそ価値のあるものだと私は思います。筋書には粗筋の他に解説やら、芝居にからまる裏話・役者の芸談なども載っておりますから、これらを読みながら「あの場面はこういう意味だったのか」・「この芝居にはこうした背景があったのか」と気がつくことが大事です。この作業は観劇の後にすべきもので、このときに芝居で受けた印象や感動が、知識・経験として脳にインプットされるー「芝居を理解する」というのは大体こういう過程を経るものかと思います。

2)気を抜いて見る箇所もある

外国からオーケストラが来ますと、たいてい彼らは演奏会場での日本人のマナーの良さを褒めるようです。日本人はそれこそ雑音のひとつも立てずに息を詰めて聞き入りますし、どんな演奏でも大抵は盛大な拍手をしてくれますから、「こんなに真剣に聞いてくれてうれしい」と感激してます。日本人にとっての演奏会はまるで儀式みたいに厳かなものなのでしょう。

歌舞伎ではまさかそこまではいかないでしょうが、近年は歌舞伎を「教養・勉強」として見るという傾向も強くなってますから(事前学習が必要だと思うのもその一例ですが)、科白のすべてを聴き取れないといけない、舞台を隅から隅まで理解しないといけないような気になって緊張してしまうようです。しかし歌舞伎の歴史を見てますと、江戸の庶民の観劇の楽しみは「食べる楽しみ」と言ってもよかったようで、客席で弁当などを食べて酒を飲みガヤガヤしながら舞台の方を時々ついでに見るといった感じさえありました。はっきり言うと真剣に芝居なんか見ていなかったのです。「歌舞伎の発声が抑揚をつけて大げさなのはこうしないと騒がしい客席に声が通らないからだ」という説さえあるくらいです。そんなものですからあまり緊張して舞台を見つめない方がいい。

さきほど外来オケの演奏会のことを言いましたが、仮に2時間の大作の場合に2時間ずっと緊張して聞き入ることは大変なことでして、誰でもどこかで緊張を緩めて流す部分が必要なのです。これは聞く方だけでなく、演奏する方にとっても同じことなのです。この辺の呼吸が分からないで一音も聞き漏らすまいと緊張しつづけていると、演奏会はつらいものになります。

同じことが歌舞伎でも言えるでしょう。歌舞伎に限らず芝居というのは、序幕が開いた時から主役が板付きでいる(「舞台に立っている」の意味)ことはまずありません。しばらくは端役がガヤガヤやって、芝居の雰囲気を盛り上げたり背景説明したりするわけです。歌舞伎ではこういうのを「ホコリ沈め」と呼びますが(もう死語かも知れませんが、なんとも凄い表現だと思いませんか)、何度も同じ芝居を見てる人はこういうところは大抵は「流します」(つまり「気を入れて見ない」ということです。舞台に出ている役者さんには申し訳ありませんが)。

舞台の途中にも必ずダレる場があります。これはどんな名作でもダレ場はあります、というよりダレ場はどこかに必要なのです。これは作劇術が分かれば理解できると思いますが、緊張する場面の前にこうした場があるからこそクライマックスがそれらしくなるのです。何度も同じ芝居を見てる人はこういうところは大抵は流します。そうしておいて、役者がここぞという時はその息をぐっと詰めて見入る、ということでしょう。この辺の呼吸が分かってくれば、芝居見物はもうある程度は「通」ということでしょう。

3)舞台写真を数多く見ておく

もし「来週歌舞伎を見るので事前学習に何をしたらいいか」と聞かれたとするなら、吉之助は「参考書など事前に読むのはおよしなさい」と申し上げたいですが、もしどうしても「事前学習」をお望みならば、もっとも有効な「事前学習」はその舞台の写真を眺めておくことだと思います。先ほど申し上げましたように、粗筋やら人物関係など理解しておく必要はありません。しかし、その芝居の見所の写真を見て、役者の決めのポーズ・表情などを覚えておくこと、これは必ず役に立ちます。

普段から雑誌「演劇界」でも、あるいは歌舞伎の写真の多い本で、いろいろな舞台の・いろいろな役者の写真をできるだけ多く見ておくことをお勧めしたいと思います。そして実際の舞台を見た時に「あっ、この場面・この形、知ってるよ」というのが、歌舞伎を見るための事前学習として最も効果的な方法です。

雑誌や本に載っている舞台写真というのはだいたいその芝居の勘所の場面なのです。「寺子屋」の首実検の松王なら、戸浪と突き当たって「無礼者!」と叫ぶシーン・首桶を前にしていよいよ実検というシーン・「出かした、源蔵、よく討った」と叫ぶシーンのどれかということになるでしょう。そのシーンの役者の形・表情・あるいは共演者の動き・全体の雰囲気、と言ったものを想像しておくことです。そこで育てたイメージが眼前の舞台と重なった時、「分かった」というのがやってくるはずです。

第二段階としては「この科白、知ってるよ」(つまり「名科白を知っておく」ということですが)というのもありましょうが、まずは事前学習なら「舞台写真を見る」、これを是非やってみてください。

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