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吉之助流「歌舞伎の見方」講座

第3講:舞台を見る


1)とにかく舞台を見る

吉之助が初めて歌舞伎を見たのは昭和47年(1972)のことで、前進座の「俊寛」でありました。この舞台は「これが歌舞伎か」といった感じで強烈な印象で吉之助の頭のなかに残っています。芝居でも音楽でも同じだと思いますが、一番最初に感激したものが何だったかというのは後で思えば結構大事なことで す。アヒルが最初に見たものを親を思い込むのと同じことでその後の趣味の展開を左右するような大きな意味を持っています。吉之助も思い返しますと、最初に見た歌舞伎の舞台が 「俊寛」であったことの幸運を思わずにはいられません。

「最初の演目は何を見たらいいのか」というのはよく聞かれる質問です。しかしどんな舞台がその人の心をとらえるか・どんな舞台がお奨めか、というのは誰にも分からない、じつに難しい問題でして、 吉之助の場合はたまたま「俊寛」でしたが、誰が見ても同様にお奨めなのかどうかは分かりません。最初に見る歌舞伎は世話物の方が分かりやすいと言う人も多いですが、結局、それは「めぐり合わせ」というか「ご縁」であるとしか言いようがありません。

最初に何を見たら良いのかとお悩みの方には、あまり身構えずにとにかく舞台を見てみることをお勧めいたします。最初に見た歌舞伎が死ぬほど退屈で「もう歌舞伎はこりごりだ」という人も知ってますがたいへんお気の毒ですが「ご縁がなかった」と言わざるを得ません。そういう人でも次に見た舞台で歌舞伎にはまってしまうかも知れないし、こればっかりは分かりませんね。

吉之助が歌舞伎を本気になって見るようになったのはもう少し後のことで、昭和が平成に変わるくらいまでの十年くらいの歌舞伎・文楽の舞台は自分で言うのは何ですがもうホントに一生懸命見ました。東京で上演される「歌舞伎」と名のつくものは一日だけの特別公演も含めて片っ端から見ました。玉三郎のマクべス夫人からビルの一室で上演された郡司正勝先生の創作歌舞伎まで見ました。しかし現在は仕事や家庭の事情もあって、歌舞伎座へ行くことも年に1回あるかないかで、もっぱらテレビ観劇で済ませている状態であります。

「習うより慣れろ」・「百聞は一見にしかず」ということわざの通り、歌舞伎・文楽を知るには百冊の本を読むより舞台を見たほうがずっと良いと思います。それもできるだけ数多く見た方が良いのも、これも確かなことです。しかし、仕事や学業の関係で時間がとれないとか、東京から遠いという物理的事情とか、切符が高いとか、歌舞伎を見たくてもいろいろ制約はあるものかと思います。

2)ビデオ観劇の可能性

歌舞伎座の舞台が見られないならテレビで歌舞伎を見ることをお勧めしたいと思います。最近は歌舞伎ブームのせいか、テレビで歌舞伎が放映される機会も多くなっています。衛星放送では有料で「伝統文化放送」という専門チャンネルもあり、過去の名舞台や最新の話題の舞台を放送していますからこれを利用するのも手 だと思います。「舞台は生に限る・テレビで見ても劇場の雰囲気を味わうことはできない」というのはその通りかも知れませんが、いまは映像を単なる記録・代用品だと決め付けずに積極的に利用するべき時代になっていると思います。

吉之助はじつはクラシック音楽の趣味の方が歌舞伎の方より長いのですが、特に日本人の場合には本場は海の向こうですからコンサートよりレコード(CD)鑑賞の方がどうしたって主体にならざるを得ません。レコード鑑賞では過去の名演奏家、トスカニーニやフルトヴェングラー・カラヤンのような巨匠たちの録音を、現在の演奏家、アバドやラトルと時代を超えて同列に並べて聞き比べることが可能になります。こうしたことが日本の音楽ファンをマニアックな細部にこだわる特殊な聴き方にさせていることも否定できませんが、その音楽生活をある種の深さを持った、バラエティに富んだものにしているのは事実だと思います。

九代目団十郎や五代目菊五郎がいかに名優だと言っても、現代の私たちはあの古い「紅葉狩」の雨が降るような映像以外には動く姿を知らず、その口跡も録音は残っていないので聞くことはできません。その芸がいかに素晴らしかったかは、文献や芸談などを読みなから自分で想像していくしかありません。しかし、百年後の歌舞伎ファンは六代目歌右衛門や十七代目勘三郎の芸を知るのに、我々のような苦労をしなくても、残されたビデオ映像によって、もっと具体的かつ鮮明にその芸を認識できる、我々が百年前の名優を想像するのとは次元が違うということは素晴らしいことだと思うのです。

もちろんビデオで歌舞伎を見る場合にも舞台の寸法や雰囲気が頭の中に入っている方がいいに違いありません。吉之助が知っているオーディオ評論家の先生は年にニ百回近くコンサートに通うそうで、何でそんなに聞くかというとご自身が音楽が好きなこともありますが、「生の音を常に頭にインプットしておかないと正しいオーディオ批評ができない」のだそうです。 吉之助の場合は、家の機械で音楽を聴くときはコンサートの響きや雰囲気を頭の中で想像力で補い修正しながら音を聞いています。同じような作業は歌舞伎のビデオ観劇の場合にも当然必要になるでしょう。

歌舞伎の映像資料が手軽に手に入る時代になって、生の舞台だけがすべてではなくなり、歌舞伎の鑑賞法も自ずと変化していく可能性があると考えています。十一代目・十二代目団十郎の与三郎と、新之助の与三郎を並べて批評することが可能になるでしょう。

3)同じ作品を何度も見る

「勧進帳」は団十郎の弁慶で一回見たからもういいや・・なんて思わないでください。吉之助が最初に見た「勧進帳」の弁慶は海老蔵時代の現十二代目団十郎ですが、その団十郎の弁慶も共演の富樫役者によって変化していくものですし、また襲名披露の時の弁慶、その後の弁慶と、同じ団十郎でも何度も見ていけば現れてくるものが変化していくのが分かります。また弁慶もいろいろな役者で見比べていけば、作品の味わいがいろんな味がしてくるのが分かり、作品の別の面が見えてくると思います。

クラシック音楽でもそうですが、「同じ楽譜を同じように弾いているのだから誰が演奏しても大して変わりないのじゃないか」などと言う人がいますが、とんでもないことでこれが大違い 。テンポも違えば、音色も違う、音楽の柄・気品まで変化する。これだけでこんなに印象が違うものかと思います。歌舞伎でも同じことで、「歌舞伎は型の芸術だ」などと言う人がいて誰でも演じ方は同じだと思っている人が多いようですが、ひとつとして同じ舞台は存在しません。

「勧進帳」は別名を「またかの関」というくらいで頻繁にかかりますので、吉之助も「勧進帳」を何度見ましたか、数えてみる気もしませんが。しかし作品理解の上からは同じ作品を違う役者で何度も見るほうがいいことは確かなのです。

4)贔屓役者を作る

外国語を学ぶのに最高の方法は「外国人の恋人を作ること」だと言いますが、歌舞伎でも同じ。「好きな役者の芝居を追ってせっせと舞台を見る」のが一番いいと思います。もっとも役者を選んで好きになるというわけにもいかないでしょうが。「好き」になるというのは理屈じゃないですから。しかし長く付き合いたいならやはり若い役者を贔屓にすべきかも、と思います。

吉之助の音楽鑑賞の趣味のほぼ20年はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者であったヘルベルト・フォン・カラヤンと共にありました。彼のコンサートを聴きにベルリンやザルツブルクへも行ったくらいカラヤンの芸術には惚れ込んでおりました。しかし1989年にカラヤンが亡くなって、2年ほど経ちますと自分の心の中にはっきり「カラヤン以前」と「カラヤン以後」ができているのを痛感させられました。もちろんカラヤンの死後もショルティ・マゼ−ル・アバドなど優れた指揮者はおりましたが、自分にとってはもうクラシック音楽が現在進行形の趣味でなくなってしまったような感じに襲われてなりませんでした。この感じは随分長く続きました。

歌舞伎でも吉之助が熱烈に見た昭和の歌舞伎を支えた大幹部の多くが亡くなった状況においては、多少似たような感じが正直言ってしなくもありません。(ただ誤解しないようにしていただきたいですが、今の歌舞伎がつまらないなんてことは 吉之助は全く思っていません。)趣味も長く続くと、その中に春夏秋冬のサイクルがあるものなのです。そういう意味では、どうせ惚れるなら若い役者さんに惚れなさいよ、とアドバイスしたい気がするのであります。 
 

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