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吉之助流「歌舞伎の見方」講座

第19講:同時代的な歌舞伎の見方


NHKハイビジョンに「100年インタビュー」という番組がありまして・各界著名人がインタビューの最後に100年後の人々にメッセージを送るというものですが、昨年(2009年)9月は演出家・蜷川幸雄氏が 番組に登場しました。蜷川氏のメッセージは現代の我々にも参考になるものだと思うので、ちょっとここに採録しておきます。

『チェーホフの戯曲で100年後の未来について激しい希望と不安を感じている戯曲があります。我々はチェーホフの時代から100年後を見て、ああ 現代はチェーホフが見ていた世の中ではないなあと感じていました。今後は僕自身の100年後、それが美しい未来であって豊かな日々で優しさに包まれた人間的な世界であればいいなあと思います。そのために僕らの苦闘もあ って、日々がどういう思いで成り立っているのか、歳をとるとそのことを痛切に知らされるわけです。ですから穏やかで優しい日々が100年後に実現されていれば良いなあというのは、これは僕の願望です。』(蜷川幸雄:100年後の人々へのメッセージ:「100年インタビュー」・2009年9月放送 ・語句は多少吉之助がアレンジしました。)

この蜷川氏の言葉で吉之助が感銘を受けたのは、「チェーホフの時代から100年後の現代を見た時・今の時代はチェーホフが夢見ていた世の中とは違う」という思いです。チェーホフが未来への希望あるいは不安をその作品のなかで描きました。我々が古典作品を読む時・それは自分の時の作品に重ね合わせるということですが、大事なことはその時代の人々が苦難のなかで痛切に願ったような世の中に現代はまだなっていないという思いなのです。つまり、非常に残念なことに・あるいは非常に恥ずべきことに現代の我々は彼らの夢を実現できていないということです。「俺だけが悪いわけじゃない が、チェーホフさん、 御免、人類を代表して謝る、人類はまだあなたの期待に沿うほど賢くないようだ」という感じでしょうかねえ。だから、我々もチェーホフの思いを引き継いで悪戦苦闘するということです。 蜷川氏も演出なさる時に常にそういうことを考えているのだろうと思います。

チェーホフの「桜の園」の幕切れに(アーニャ)「さようなら、古い生活」(トロフィーモフ)「こんにちは、新しい人生」という台詞があります。桜の園を離れる彼らがどんな生活を夢見たか・どんな未来が待ち受けているかを考えることはもちろん価値がありますが、もっと根本の問題として・この時・チェーホフがどんな生活を夢に描いたかということ を考えなければなりません。つまり100年後・あるいは200年後の未来の世界についてのことです。古典作品と対する時にはそういう問題について我々は内的に対話する義務が常にあるのです。古典作品が成立した時代は場合によっては民族も国も異なり、また社会も・考え方もその成り立ちからして現代ともちろん異なりますが、そのような柵(しがらみ)を越えて・作品と直截的に対峙する為に現代においてはこのような 心情で作品の本質を大きく掴みとる視点が必要になっています。作品を心情的に読むことが古典作品を同時代的に読む最も早道であると吉之助は思います。

あまり好ましくないのは古典作品を読んで「今の時代は昔とは違う・あそこが違う・ここが違う」と決めてかかって読むことです。古今東西、古代ギリシアであろうが・エリザベス朝英国であろうが・はたまた江戸時代であろうが、人間の感じることなど現代の我々と大して変りはないのです。例えば毎年上演される「忠臣蔵」は歌舞伎の定番ですが、お家断絶に直面した赤穂の武士たち の心情を平成不況でリストラされた労働者の心情と重ね合わせることは直接的には無理があると思うでしょうが・吉之助は見立てをするつもりはなく、その怒り・憤りの気分が心情的に非常に似通うことに注目したいのです。忠義とか封建道徳とかいう概念はその後に来るもので・そういうものはその時代や社会と密接 に関連したものですから、そういうものから作品解釈に入るとその解釈も当然時代に縛られたものになってしまいます。

「六段目」で仇討ちの軍資金を調達しようとして結果的に腹を切る破目になる勘平・同じくそのために身を売る女房お軽。彼らは封建倫理の犠牲者である・だから「忠臣蔵」は忠義批判の作品であるという見方も角度を変えれば確かに可能で、そういう分析で作品の違った様相が見えてくることがないとは言えません。しかし、そういう見方は所詮「現代はそのような封建主義の時代ではない」という安全地帯にいるところで成り立つもので、封建社会を必死で生きた登場人物の視点に立ってはいないのです。吉之助に言わせると、それは昭和20〜30年代頃の戦後史観から抜け出ていないものです。仇討ちとか忠義という論理は「忠臣蔵」の枝葉の問題で、ホントはどうでも良いことなのです。もし会社を首になったとすれば「これから俺はどう生きていけばいいんだ」という時の憤りの心情の方が現代と江戸時代の心情とを直截的に繋げる糸口になります。実はこういう憤りの心情は非常に危険なアナーキーな要素を孕んでいるのですが、そう考えると仇討ちという行為の意味も分かってきます。また大石内蔵助という人物がそのような危険な憤りの心情を秘めながら・見事にそれを制御し切ったことも分かるはずです。「最初に忠義ありき・仇討ちありき」で内蔵助が一直線に行動したと考えるなら、そういうものは決して見えてこないと思います。年号も平成になっているのですから、もうそろそろ戦後史観から抜け出たところで歌舞伎作品を読むことをしたいものであるなあと思います。

ところで昨年(2009年)はベルリンの壁崩壊20年でした。冷戦の象徴・東西ベルリンの街を隔てた壁は1989年11月10日に実にあっけなく崩壊しました。昨年11月にはそれに因んだドキュメンタリーがテレビで放映されましたが、そのなかでとても印象的な場面がありました。 ある旧東ベルリンの住民がこう語ったのです。彼は「俺はあの壁崩壊の日のことは決して忘れない。あの日のテレビ演説でコール首相(当時)がこう言ったんだ。『東のみなさん、自由社会へようこそ。我々はあなた方にバラ色の未来をお約束します』ってね。・・(20年後の) 今の我々の生活がバラ色なのかね。これがあの時の我々が夢見た生活なのか、とんでもない。』と吐き棄てたのです。強い失望と憤(いきどお)りが渦巻く言葉です。彼をあざ笑うことは簡単かも知れません。旧東ドイツの人でも・統一後に努力して成功 した人も大勢いるからです。しかし、現在の東欧を見渡してみれば、冷戦が終結して民主化した後の民衆の生活レベルはむしろ悪化しており、「あの民主化は一体なんだったのか・これなら共産社会の方がずっとましだった」という声が日増しに高まっているようです。このような状態にある時、彼の憤りの言葉はとても重い意味を持ってきます。西側の人々が東側の人々を放置した・冷遇したということではないと思います。 西側の人々にも統合の負担が重く圧し掛かって・それに対する不満がつのっているようです。結果として事はまだ巧く運んでいないということです。以上は西欧のことだけのようですが、実は似たような問題が世界の平和をジワジワと脅かしているのです。地球温暖化あるいは核やテロリズムの問題もそのような課題のひとつです。世界同時不況など経済の問題もそうです。そのような問題が複合的に醸し出す心情は突き詰めれば「これは我々が望んだ平穏で温かく平等で人間的な世界ではない」というものになるのです。ちょっと間違えばそれはアナーキーな思想にもなりかねないのですが、その心情をじっと内に秘めて燃やし続ければ・それはいつか世界を根底から動かす原動力にもなり得るわけです。(関連する記事としては「村上春樹・または黙阿弥的世界・その3」をご参照いただきたいと思います。)

別稿「歌舞伎とオペラ」などで度々触れている通り「今は我々が望んだ平穏で温かく平等で人間的な世界ではない」というのは典型的な19世紀西欧芸術のロマン的心情だと言えますが、それは江戸初期(17世紀前半)のかぶき者の「生き過ぎたりや」のかぶき的心情と全く同じものです。現代の状況は19世紀西欧あるいは17世紀江戸よりも様相が一段と複合化・混迷化していると言えますが、基本的にその延長線上にあると見てよろしいものです。ですから現代においても「今は我々が望んだ平穏で温かく平等で人間的な世界ではない が、いつかはそういう未来にしたい。」と考えることはとても大事な意味があるわけです。そこに古典を同時代的に鑑賞するヒントがあると思います。

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