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公開講座: 「黙阿弥劇の魅力を考える・その2」

*本稿は平成17年4月3日(日)):池袋自由学園・明日館において行われた第2回・歌舞伎素人講釈・公開講座の草稿です。当日は、 写実表現を考える材料としてクルト・ワイルの「ハッピー・エンド」からの音楽、プッチーニの歌劇「トスカ」第2幕からの場面などを断片でお聞かせしました。それらのことは文章から推察いただくしかないですが、会場の雰囲気はお察しいただけ ることと思います。


1)七五調の面白さ

「写実」は世話物のキーワードです。前回の第1回講座「黙阿弥劇の魅力を考える」では、七五調を音楽的に歌うということと・写実にしゃべるということにどう折り合いをつけるかということを考えました。黙阿弥の科白の基本リズムは「(7)を7分の7で言い・(5)を5分の5で言う変拍子」 で構成されます 。言葉の抑揚に応じて微妙にテンポを伸縮させます。そうすると音楽的な様式のなかにも・リアルさが出てくる、それが世話物の 七五調の科白の面白さであるということを考えました。

観念論になりますが、テンポの遅い部分は「時代(様式)」を・テンポの早い部分は「世話(世話)」を志向しているとも言えます。テンポの伸縮は「時代と世話の揺り動き」なのです。こうした「押しては引く・引いては押す」の呼吸は、世話物・時代物の区別なく芝居の根本です。 例えば「こいつア春から」を遅いテンポで時代に言って大きく張り・「縁起がいいわへ」を早いテンポでさらっと流して世話に流す、そのような時代と世話の揺り動きが黙阿弥の七五調の面白さです。

(お嬢吉三のツラネ)『月も朧(おぼろ)に白魚の、篝(かがり)もかすむ春の空。冷たい風もほろ酔ひに、心持ちよくうかうかと、浮かれ鳥(からす)のただ一羽。塒(ねぐら)へ帰る川端で、棹(さお)の滴(しづく)か濡れ手で泡。思い掛けなく手に入る百両。(御厄しませう、厄落とし厄落とし)ほんに今夜は節分(としこし)か。西の海より川のなか、落ちた夜鷹は厄落とし。豆沢山に一文の、銭(ぜに)と違った金包み。こいつァ春から、縁起がいいわへ。』(「三人吉三廓初買」・大川端のお嬢吉三の長台詞)

「月も朧に白魚の・・」などの文句は芝居の筋に全然関係ないし、意味も何だかよく分かりません。「状況から切り離された詩」、お嬢吉三の長台詞はそのようにも感じられ ます。時間が止まったかのように・その台詞は芝居のなかで屹立しています。ブレヒトは自作の芝居「三文オペラ」のなかで「ソング」と呼ばれる劇中歌を多用して、ドラマにダイナミクスを与えています。お嬢吉三のツラネはたしかにそれにに似たところがあります。ブレヒトは「三文オペラへの註」のなかで、ソングについてこう書いています。

『歌を歌うことで、俳優はひとつの機能転換を行なう。俳優が普通の会話から無意識のうちに歌に移っていったような振りを見せるほどいやらしいことはない。普通の会話・高められた会話・歌唱という三つの平面は、いつもはっきりと分離されねばならない。高められた会話が普通の会話のたかまりであったりしては決していけないのだ。』(ブレヒト:「三文オペラへの註」〜ソングを歌うことについて)

*ベルトルト・ブレヒト:三文オペラ (岩波文庫)に収録

ブレヒトは「無意識のうちに歌に移っていったような振りを見せるほどいやらしいことはない」と言っていますが、ミュージカルを見てそういう感じに襲われる方は 少なくないようです。リアルな芝居のなかで登場人物が突然歌いはじめる不自然さ、慣れるとこれも なかなかの味なのですがね。ブレヒトもこれを嫌ったようです。ブレヒトは様式の境目を意識したのです。

しかし、ブレヒト・ソングもお嬢吉三の台詞も「劇中歌」ですから、芝居と「ソング」の間を揺れ動くところに面白さがあるのです。お嬢吉三の場合で言えば、近くで厄払いの声ありこれに「オオ、それよ」とお思い入れあって、「ホンに今夜は節分か・・」と続けるあたりが芝居味あって嬉しいところです。 その瞬間に歌がフッと芝居に戻るのです。これも時代と世話の揺れ動きです。

ここでブレヒトの「ハッピーエンド」というお芝居のなかでのソングで・有名な「スラバヤ・ジョニー」という歌を聞いていただきます。酒場で飲みつぶれた女が・自分を捨てた船乗りジョニーのことを歌います。ジョニーの名前を呼ぶところは「歌」ではなくて「地」ですね。 ジョニーの名を呼ぶたびに歌は芝居の方にググッ・ググッと引き寄せられていきます。そしてまた歌の方に揺り返していく。そうやって、芝居(写実)とソング(虚構)の間を大きく揺れ動く・そうすることで ソングの独自性が際立ち、また芝居のリアルが際立つわけです。

もうひとつ、「歌ってさえも写実であり得る」という実例として、マリア・カラスが歌姫トスカを演じる歌劇「トスカ」(プッチーニ作曲)第2幕の舞台をご覧に入れます。ここで歌姫トスカが悪役スカルピアをナイフで刺し殺す場面で「死んでしまえ、死んでしまえ」と叫ぶ場面、カラスは 歌わないで・完全に「地」で以って叫んでいるのです。この場面は聴く者に鳥肌立つような衝撃を与えます。劇的なシーンであるとは言え・本来はオペラは歌芝居ですから「リアル」 にしようとしても表現にはおのずと限界があるのです。その限界をカラスは大胆にも乗り越えしまって鮮血がほとばしるような生々しいドラマを作り上げています。

ただし、ご注意申し上げておきますと、何でもかんでも「地」で叫べば写実(リアル)になるというようなものではありません。ここでのカラスの演技は確かに凄いのですが・間違いなく これは「禁じ手」であることを肝に銘じておかねばなりません。カラスの演技はその後のオペラに革命的な影響を与えていますが、このような演技はカラスのような天才だけに許されるものかも知れません。

「仏芸」という言葉があるそうです。形としては美しく完璧であっても・いつやってもまったく寸分変わらず同じというような様式に頼り切った芸は、死んだ(仏さま)と同じという 意味でありましょうか。しかし、様式(フォルム)というのは、それはどんな芸術にも必ず様式があるのです。大事なことは様式のなかにどう写実の要素を入れ込むか ・生き生きした表現にするかということです。 そのことにみんな苦労をしているわけです。テンポか息か、その工夫はいろいろあると思いますが、大事なことは型のなかにいかにして生気を吹き込むかなのです。

2)お嬢吉三の役柄分析

歌舞伎の役柄(キャラクター)を分析する時の方法にはふたつあります。ひとつは西洋演劇と同じような手法ですが、個々の芝居の主題や背景の分析からそれに応じた役の性格を 導き出すということです。そういう場合には、例えば 「御贔屓勧進帳」で分析した弁慶のキャラクターは「勧進帳」の弁慶には適用できない・「弁慶上使(御所桜堀川夜討)」の弁慶には適用できないということになりますね。その独立した作品に立脚した個々のキャラクターがあるべきだということになります。そういう役の構築の仕方ももちろんあります。

もうひとつは、役柄をパターンで大きく捉えていくという分析手法があり得ます。この役は荒事系の役だとか・二枚目だとか言う「記号」として読んでいくやり方です。歌舞伎の場合は、このやり方を主体にした方がいいようです。

例えば「寺子屋(菅原伝授手習鑑)」の松王は「モドリ」の役柄と言われますね。悪人藤原時平の手先として働く悪役松王が最後に菅丞相に心を寄せる善人の本性を告白する、そういう役の変化が「モドリ」です。「モドリ」という意味は、つまり本来の善人の性根に最後に立ち返るということです。だから、「寺子屋」前半の松王は悪人を騙(かた)っている・善人の本性のうえに悪人の仮面をかぶっているということです。

作品に立脚した役柄分析であれば、前半の首実検の時の憎 々しげな態度のなかにも・そこに本来の善人たる松王の悩み苦しみが見えてこなくてはならぬということになります。松王に一貫したキャラクターを求めようとするなら、当然そうなるわけです。そうすると台詞のなかのどこに咳きを入れるかとか「無礼者め」をどうやって叫ぶかとか・そうして松王の心のなかの葛藤をどう表現するかが役作りの核心になってきます。もちろんこれも役作りのひとつの行き方です。

しかし、記号として読むならば「モドリ」の松王は前半が悪役・後半は善人と性格がはっきり切れている役だと割り切ってしまう ・ふたつの性根がチャンネルが切り替わるように変化するパターンの役柄だと考えることも可能なのです。むしろ、そういう解釈の方が都合がいい場合もあるのです。この場合には、いわばその役柄の分裂した・引き裂かれた性格が形象化されることになります。これは別の機会に考えたいと思いますが、いくつかの相矛盾する要素がひとつになる表現、そこに互いの要素の裂け目が感じられることこそ、歌舞伎の表現にとって大事なこと・「かぶき的心情」を表現することになるのです。

ここで「三人吉三」のお嬢吉三という役柄を考えてみます。お嬢吉三は、もともと八百屋久兵衛の息子として生まれたのですが、幼い時にかどわかされて・旅芸人の女形役者として育てられ・・・というのが、大川端でお嬢が女装で盗賊をすることの裏付けになっています。しかし、お嬢吉三という役は男性が得意の女装をして登場する役だから性根を男の方に置くべきだということになってしまうと、それは新劇的な役の理解ということになります。

お嬢吉三は男の役者が虚構の女を演じ・その女形が男の本性を現す「二重の逆転」ということも言われますけど、それは現代ならば確かにそういう見方も出来ましょうが、江戸の世においては女は女優が演じることができなかったわけですから・女形が演じているのは確かに女なのです。この前提がなければ歌舞伎というものが成立しません。だから、大川端のお嬢吉三のサプライズは、女(と思っていたの)が男に変わった・その変化であると単純に考える方が役のパターンの分析がしやすいわけです。

これは弁天小僧も同様です。単純に女(と思っていたの)が男に変わった・その変化の面白さ・驚きというのがまず芝居の根本にあるのです。その他の主人公の境遇だの・騙りに登場するいきさつなどは、そのサプライズのための言い訳のために用意されている・単なる段取りに過ぎないと、そう考えた方がいいのです。そう考えれば、お嬢吉三や弁天小僧も同じパターンだということがお分かりかと思います。このことはふたつの役をもともと同じ役者(八代目岩井半四郎)に演じさせることを想定していたこと からも裏付けができます。(注:お嬢吉三の初演は半四郎ですが、結果的に弁天小僧の初演は五代目菊五郎になったことは言うまでもありません。このことは別稿「半四郎の弁天小僧」をご覧下さい。)

ここではお嬢吉三と弁天小僧を悪婆という役柄で読むことをしてみますが、これによって黙阿弥劇のひとつの面が見えてくるだろうと思います。

まず悪婆という役柄ですが、「切られお富」・「鬼神のお松」・「蟒(うわばみ)およし」・「女団七」というような役柄です。どちらかと言えば小芝居の演し物でして最近はほとんど上演されることがなくなりました。ところで「悪婆」と言うと、 濃厚なお色気の年増の女性を想像するかも知れませんが、ホントは婚期を逃したという程でもない若い娘でして、ピチピチした健康的な色気を持つ活発な女性といったところです。

悪婆という役柄について考えて見ます。折口信夫は「もともと歌舞伎芝居は女形の演じる女を悪人として扱っていない。立女形や娘役には昔から悪人が少ない。昔の見物は、悪人の女を見ようとしなかったのである」と書いています。古い時代の歌舞伎の女性は類型化されていて、本質的に「善人」です。女形の演技術が開発途上の段階においては、女形は女性らしく見えるようにまずはキレイでなければならなかったはずです(それは今時のキレイの感覚とはかなり異なるでしょうが ・キレイが大事であったことは間違いない)。次に女性は清純・控え目というイメージが大事だったでしょう。これが女形という役どころの本来のあり方なのです。こうして控えめにしていれば女形という嘘が露呈せずに済むという知恵でもあります。

ところが、作品の筋が複雑になってくると悪の要素を持つ女性も歌舞伎に少しづつ登場して来ます。たとえば「中将姫」に登場する岩根御前などは悪人ですが、女形の演技術が次第に固まっていくと、そこにある特別な女の性根が出来てきます。これが「女武道」の成立に繋がっていくと折口信夫は言います。

「女武道」と言うと、「ひらかな盛衰記」のお筆・「毛谷村」のお園のような役どころです。根本的には正義の役どころですが、芝居の正義というものは道徳的な正義とはちょっと違っていて、どこか鬱屈した押さえつけられているような気分・陰湿な気分を振り払うような華々しいスカッとしたものが正義になる わけです。つまり言い換えると、それだけ女形という役柄が鬱屈した・陰湿な気分を演じる者(役者)に強いるということでもあります。実際に女形には意地悪や・大酒飲みが少なくようです。女を演じることがストレスになるのでしょう。だから、演じる役・見る側の胸がスクような・スカッと発散できるものが女武道の正義になるのです。

そして、江戸末期になって成立した「毒婦・悪婆」も同じ気分を持っているのです。悪婆というのは、いわば世話の「女武道」です。だから切られお富の科白に「お家のためなら愛嬌捨て憎まれ口も利かざあなるまい」というのは女形のある特性を示している重要な科白だと折口 信夫は言っています。つまり、女形としてあるまじき事(女武道)をするのも忠義のためだから仕方ないと断りをすることで、「女形本来の性質である善人に立ち返っている」のだと言うのです。そういう断りを入れることで、スカッとすることの正当性を主張しているわけです。

こう考えると、お嬢吉三や弁天小僧の有名なツラネの持つ演劇的な意味が理解できます。あの七五調のツラネ(「月も朧に白魚の・・・」(お嬢吉三)/「浜の真砂と五右衛門が・・」(弁天小僧))の高らかに詠い上げる行為というのは本来なら立役の行為なのです。女形が大上段に振りかぶってツラネを高らかに詠い上げるという「女形の身にあるまじきこと」をあえてするという意識を持つことで「悪婆は改めて自分の本質が善人であるという意識に立ち返る」のです。そうした意識が役者にも見物にもあるからこそ、朗々としたリズムが独特のカタルシス・独特の悪の美を生み出すことになるのです。お嬢吉三や弁天小僧のツラネがもたらすカタルシスはそういうところから出てくるわけです。

このことは黙阿弥作品をざっと眺めてみれば分かることですが、お嬢吉三や弁天小僧の七五調の音楽的な長台詞はいかにも「黙阿弥的」というイメージがありますが、同様な・いわゆるツラネと言えそうな名場面というのは・他の黙阿弥作品に は意外と見出せないのです。ということは逆に言えば、彼らは黙阿弥作品のなかでも特異なキャラクターなのです。つまり、これらは八代目半四郎という素材から発想された悪婆のイメージだからです。ここに女形という役どころが発展して・爛熟して・それが崩壊していく過程を見ることができます。これ以上に行ってしまったら、歌舞伎における性の境界線・虚構としての女形の一線が崩壊してしまうという・その寸前の姿が、そこに見え るのです。そこに幕末の歌舞伎の姿を見ることができます。

お嬢吉三・弁天小僧は十五代目羽左衛門のイメージが強烈で・これ以後はどちらかと言えば立役の勤める役になっています。女が男に鮮やかにカチャカチャとチャンネルを切り換 え・気持ちよくツラネを詠うのも感覚としてはカラリとして健康的な感覚になってきます。もちろんそれも悪いものではないですが、本来のイメージはもっと陰湿で・倒錯的な感じがあると思います。見顕しになった後も「そうは云うものの、やっぱり女ではあるまいかと」思わずその顔をマジマジと見てしまうという ような倒錯的なイメージが、お嬢吉三や弁天小僧の本来のイメージだろうと思います。あるいはお嬢吉三とお坊吉三、弁天小僧と南郷力丸とのやり取りのなかに、どこかに同性愛的な感じがあるのが本来のイメージかも知れません。

こういうことは実際の舞台だけを見ているとあまり感じないと思います。しかし、たとえ現実の舞台では実現されなくてもこれを想像してみることは十分に可能ですし・それは非常に有益な作業である のです。

3)幕末の無力感

「悪婆が自分の本質が善人であるという意識に立ち返る」ならば、このことの意味も考えて見る必要があります。 お嬢吉三も弁天小僧も盗賊騙りでありながら・その性根は善人であり、自分の犯した罪業を悔悟しながらも・最後はそのために死んでいく人物です。

(お嬢)「浮き世の人の口の端に」(和尚)「かくいふ者があつたかと」(お坊)「死んだ後まで悪名は」(お嬢)「庚申の夜の語り種」(和尚)「思へばはかねへ」(三人)「身の上じゃなあ」

黙阿弥の「三人吉三廓初買」(安政7年1月市村座初演)のなかの割り台詞です。ところで、この台詞は自分たちが悪党であることを世間に誇っている・自分たちの所業を世間に知らせたいと思っているということではないのです。語り種になるのは「悪名」だと彼らは言っています。これは「あいつ らは悪い奴だ、親不孝者だ、人間の屑だ」と後々までも言われるということです。これは「俺たちの人生は何だったんだ」という嘆息の台詞なのです。

そこには「どうせ俺たちは何をしたって浮かばれないんだよ」という無力感が漂っています。幕末期(四代目小団次との提携時代)の黙阿弥の主人公たちは、閉塞した状況を打開しようとして必死でもがきます。しかし、結局は状況に絡めとられていくのです。なまじっか強引に状況を変えようとするから・状況に仕返しをされるのです。そこに幕末のどうしようもない閉塞感・袋小路に入った時代へのいらだちがあるのです。

そういう者たちが一時(いっとき)の詩を詠うのです。それがお嬢吉三や弁天小僧のツラネです。いわば彼らは、今は盗人騙りに身を落としているけれども、ツラネを詠いながらかつて「こんな状況は嫌だ、この状況を変えて・もっといい暮らしをしたい」と思い立ったあの頃を思い起こすのです。そこには何かしらの「志(こころざし)」があったに違いありません。つまりここで 彼らは「何かしらの善に立ち返っている」のです。

このような黙阿弥の主人公たちのあがきを「革命への萌芽」だと読むことができるでしょうか。言えないことはないと思います。白浪物には「世直しもの」の要素があるということは別稿「小団次の西洋」で書きました。が、所詮は盗賊のことではあります。あの謹厳実直な黙阿弥が盗賊の所業を賛美するなんてはずもありません。「このままでは嫌だ・なにかを変えたい」という気分を世間に醸し出した点において・確かに盗賊は「世直しの神」であったと言えます。しかし、やはりそれだけのことだったのです。そこに白浪物の無力感があるのです。

結果から見れば、結局、明治維新が「下からの変革」ではなかったのは確かなことです。時代へのいらだちを抱きつつも、黙阿弥はその解決方法を見出すことまでは行きませんでした。そのことを責めることはできません。そこまでで精一杯であったと思います。だが民衆の無力感は明治以降の歴史を見れば民衆がずっと引きずってきた根本的な問題です。だから私は「三人吉三」が悪党 (アウトロー)の魅力だ・これがエンタテイメントよ、と明るくアッケラカンと割り切る気にはとてもなれなないのです。そんな単純なものではないと思っています。もし「三人吉三」の主人公たちが本当に「自分たちが盗賊であることを誇らしく思っている」のならば・そのようなことを黙阿弥が 真正面に描ける状況ならば、間違いなく「革命」が起こっていたでしょう。でも明治維新は革命ではなかったのです。

こうして見ると、幕末の江戸という「ねじれきった状況」が露わに見えてくるのですね。女形というのは非常に不自然な存在なわけですが、こういう状況下においては・観客(見る方 )の感覚もねじれてくる、すると女形の不自然さが逆に当たり前みたいに見えてくる。歌舞伎に本来あるべき「性の境界線」が崩れてくる。そうすると女形が本来は全体見せてはならない部分(男としての地)をチラリと見せることが「売り」にもなってくるということです。非常にバロック的な感覚ですね。これが悪婆というものの本質だろうと思います。

だから、黙阿弥作品のなかでも・お嬢吉三と弁天小僧という二役はかなり特異なキャラクターであると見なければならないと思いますし、そこに幕末の空気が濃厚に現われていると思うのです。

(H17・7・30)

 

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