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クレンペラーの録音(1960年〜1965年)


○1960年1月22日〜25日・27日・28日−1

メンデルスゾーン:交響曲第3番「スコットランド」

フィルハーモニア管弦楽団
(ロンドン、アビー・ロード・スタジオ、英EMI・スタジオ録音)

これは素晴らしい演奏です。フィルハーモニア管の響きが透明で軽いタッチで、メンデルスゾーンの音楽を水彩画のように透明で淡いタッチで描きだしています。リズムがよく斬れていて、キラキラと煌くようで実に美しいと尾見ます。旋律が実に心地良く歌われています。テンポは全体としては心持ち早めの感じですが、四つの楽章のバランスが実に良いと感じます。第1楽章冒頭部から重苦しさがなく、淡いななにも澄んだ叙情性が感じられます。特に素晴らしいのは中間の2楽章です、早めのテンポで音楽が淀みなく流れて・音楽が生き生きしています。第4楽章は締めくくりにふさわしいスケール感があり・ゆったりとした構えの大きい巨匠の芸です。


○1960年1月22日〜25日・27日・28日−2

メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」

フィルハーモニア管弦楽団
(ロンドン、アビー・ロード・スタジオ、英EMI・スタジオ録音)

描写的というよりも・純音楽的な表現です。フィルハーモ二ア管の響きは透明で軽いタッチで、リズムがキラキラを輝くようで、ゆったりとしたスケールの大きさが感じられる見事な演奏であると思います。


○1960年1月28日、29日、2月16日、18日

メンデルスゾーン:劇付随音楽「真夏の夜の夢」

ヒーザー:ハーパー(ソプラノ)
ジャネット・ベーカー(メゾ・ソプラノ)
フィルハーモニア管弦楽団・合唱団
(ロンドン、アビー・ロード・スタジオ、英EMI・スタジオ録音)

フィルハーモニア管の透明で爽やかな響きが、音楽の持つメルヒェン的な清冽な雰囲気とよくマッチしています。テンポをしっかりとっていて、間奏曲・夜想曲・スケルツオなどむしろ遅めであるにも係わらず、音楽は重くならずに生き生きとしていて・表現は精妙に感じられます。声楽付きの「妖精の歌」など例えようもなく美しいと思います。序曲はリズムをしっかり取っていて・実に音楽的な表現です。結婚行進曲も華やかさはもちろんありますが、どこか朴訥としていて実に音楽的なのです。


○1960年2月15日、17日、18日

メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」

フィルハーモニア管弦楽団
(ロンドン、アビー・ロード・スタジオ、英EMI・スタジオ録音)

愛想が無さそうなクレンペラーとメンデルスゾーンは一見結びつかないですが、クレンペラーのメンデルスゾーンは相性が良くて、どれも素晴らしいと思います。巧く聴かせような小細工をしないからかも知れません。まらフィルハーモニア管の響きが透明で軽い感触なのもメンデルスゾーンによく似合っています。第1楽章はやや遅めのテンポを取って・華やかさを抑えた感じですが、この基本設計が効いて・後の中間楽章が生きてくるのです。しかし、第1楽章が地味だと言うのではありません。しっかりとした足取りで・旋律がよく歌われていて、音楽が実に深いのです。この演奏で特に優れているのは第2・3楽章ですが、テンポは速めに進められて・リズムがよく斬れて・います。第4楽章もリズム感が良くて・決して音楽が粘ることがありません。


○1960年3月5日

R.シュトラウス:楽劇「サロメ」〜7つのヴェールの踊り

フィルハーモ二ア管弦楽団
(ロンドン、キングスウェイ・ホール、EMI・スタジオ録音)

オペラティックな動的な表現ではなく、コンサート・ピースとして重量感のある絵画的表現と言えます。色気という点ではいまひとつですが、構成がしっかりしていて・聴き終わった後の充実感がある演奏です。


○1960年3月8日〜9日

R.シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」

フィルハーモ二ア管弦楽団
(ロンドン、キングスウェイ・ホール、EMI・スタジオ録音)

ことさらにユーモラスに聞かせようと細工することもなく・大掴みに曲を捉えているのですが、語り口の巧い下手を越えたところで・曲自体から自然にユーモアが滲み出てくるような感じです。構成が実にしっかりしています。それにしてもクレンペラーの指揮するR.シュトラウスはどれも同時代に生きた人の空気を感じさせる素晴らしい出来だと思います。木管が抜けて聴こえて・響きが重くならず・独特の軽さと透明感があります。


○1960年3月9日〜10日

R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」

フィルハーモ二ア管弦楽団
(ロンドン、キングスウェイ・ホール、EMI・スタジオ録音)

狂熱に身を委ねるというのではなく・構成感を大事にして、叙情性に勝った表現です。そこにフィルハーモニア管の透明な響きが生きています。テンポの速い激しい部分よりも、テンポの遅い静かな部分において・じっくりした線の太い表現が聴けます。


○1960年11月5日、1961年4月5日・10月25日

ワーグナー:ジークフリート牧歌

フィルハーモ二ア管弦楽団
(ロンドン、キングスウェイ・ホール、EMI・スタジオ録音)

透明で・独特の軽さのある明るめの響きで、爽やかな叙情が湧き上がります。奏者の自発性に任せて・クレンペラーは小細工せずに淡々としている感じであるのも成功の一因かも知れません。


○1961年10月23日・11月13日

R.シュトラウス:交響詩「死と変容」

フィルハーモ二ア管弦楽団
(ロンドン、キングスウェイ・ホール、EMI・スタジオ録音)

大掴みに曲の本質を捉えた線の太い表現です。前半の抑えた表現のなかにも叙情性が光ります。この前半があるから・中間部の激しい表現が生きてくるのです。フィルハーモニア管の透明が響きが魅力的です。


○1961年11月3日〜4日

R.シュトラウス:変容(メタモルフォーゼン)

フィルハーモ二ア管弦楽団
(ロンドン、キングスウェイ・ホール、EMI・スタジオ録音)

遅めのテンポで・楽器の旋律の絡みあいを慈しむように・じっくりとからみ合わせていきます。透明な響きのなかから・祈りにも似た情感が湧き上がります。実に深い音楽だと思います。


○1962年3月21日・23日

ブラームス:アルト・ラプソディ

クリスタ・ルートヴィッヒ(アルト)
フィルハーモ二ア合唱団
フィルハーモ二ア管弦楽団
(ロンドン、キングスウェイ・ホール、EMI・スタジオ録音)

ルートヴィヒの歌唱は、ドイツ語の発音が明瞭で・前半の悲劇的な厳しさから後半の静かな慰めまで・きめの細かい名唱です。クレンペラーの指揮はテンポをゆったりとって、オケは透明な響きが美しく・好感が持てるサポートです。


○1962年10月19日ライヴー1

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オヴ・ミュージック)

インテンポでしっかりと地面を踏みしめて・決してはやることなく音楽を進めていく第1楽章。リズムによる推進力で音楽を押していく感じはあまりありません。その結果・この曲の骨太い構造が明らかにされていますが、その一方でこの曲の持つヒロイズム的輝かしさはやや遠のいています。まあクレンペラーはそうしたものに関心はないのだろうと思います。そう考えれば愚直ともいえるほどにリズムを淡々と踏んでいくことで、堅固な建築物を見るような気がしてくるのです。第2楽章も悲壮感に酔うところはなく、冷静に曲に対しているところがあります。第3・4楽章も手綱をぐっと引き締めて・決して音楽を熱くするところがないのはベートーヴェンの解釈として納得はできますが、一長一短があるかも知れません。フィラデルフィア管の弦は引き締まっており、全曲通じて緊張感を持続しているのはさすがです。


○1962年10月19日ライヴー2

ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オヴ・ミュージック)

じっくりと大地を踏みしめるようなテンポは第5楽章でついに花開きます。全曲を通じてむっつりと頑固そうに黙って歩いている老人の内面の豊かさを最後に見るような思いです。第5楽章でも表面的には笑顔を見せるでもなく・朴訥とした趣きではあるのですが、そこから湧き出てくる情感の深さがもう尋常なものではありません。これまで聴いた「田園」のなかでもこの第5楽章は抜きん出て感動的なものだと思えます。逆に言えばこの第5楽章のために・それ以前の4つの楽章があったという感じです。第1楽章冒頭から遅めのテンポで、リズムはしっかり打ち込まれて・音楽は味わい深いものです。しかし、曲の持つ明るさとか伸びやかさという要素からは遠のいています。良く言えば聴衆に媚びるところがまったくなく、描写的と言うよりは純音楽的なのです。第2楽章は落ち着いた流れで聴かせますが、第3楽章の農民の踊りなどはもう舞曲のリズムではなく・鈍重ではないですが・とても重い感じです。しかし、全曲を通してみれば・ここが要になっているのかも知れません。


○1962年10月27日ライヴ−1

ブラームス:交響曲第3番

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オヴ・ミュージック)

クレンペラーのブラームスは木管がよく抜けて聞こえて・響きがぶ厚く重くならず・独特の透明感と軽さがあるのが魅力的です。その分・曲の見通しが良いと思います。メランコリックな濃厚なムードに乏しいのはこれは仕方がないと思います。曲にのめり込むことなく客観的に音楽を進める感じではありますが、感心するのはリズムがよく斬れていて・しっかりと刻まれたリズムが音楽の推進力になっていることです。全体が引き締まって・力感のある造形に仕上がりました。その良さが特に両端楽章に現れています。第3楽章も甘みを殺した純音楽的な進め方が好ましいと思います。


○1962年10月27日ライヴ−2

シューマン:交響曲第4番

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オヴ・ミュージック)

同日のブラームスも素晴らしいですが、このシューマンはさらに素晴らしいと思います。どっしりとした安定感。骨太い構成。無愛想な顔をして訥々と振っているのですが、曲自体が持つロマン性がほんのりと香ってくる感じです。クレンペラーの素晴らしいのは木管が良く抜けて聞こえて・響きが透明で・決して重くならないことです。第1楽章から確信に満ちた足取りですが、リズムがしっかりと打ち込まれて・音楽に安定感があります。第2楽章も甘くならず・素朴な味わいです。第4楽章ではリズムを急き立てるのではなく・しかりと手綱を引き締めて安定したフィナーレを作り上げており、聴き応えがします。


○1962年10月27日ライヴー3

ベートーヴェン:エグモント序曲

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オヴ・ミュージック)

インテンポで・足取りをしっかりと取った演奏で、その分・派手さはなくて・実直で手堅いという印象を受けます。オケは緊張感を持続した良い出来です。この曲の骨太い構成が明らかにされていますが、ドラマティックな興奮にはやや乏しく・聴き手を巻き込んでいく熱さには欠けるところがあります。


○1962年11月2日ライヴー1

モーツアルト:交響曲第41番「ジュピター」

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オヴ・ミュージック)

テンポ早めにして・リズムの刻みを明確に取り、旋律を滑らかに歌わせるのではなく・造型を鋭角的に取っている印象です。したがって曲の表面がゴリゴリと武骨で、柔和で優美なモーツアルトのイメージからクレンペラーは意識的に背を向けているようです。甘さがないユニークで硬派のモーツアルトの特徴は両端楽章に良く出ています。交響曲としての厳格なイメージが前面に出ており、構成は骨太でがっしりとした感じで・リズムの推進力があり、ここまで表現が徹底するとひとつの見識として納得できるものを感じます。第2楽章も甘さを殺した淡々とした表現ですが、交響曲全体のなかでこれも納得できます。


○1962年11月2日ライヴ−2

ベートーヴェン:交響曲第7番

フィラデルフィア管弦楽団
(フィラデルフィア、アカデミー・オヴ・ミュージック)

テンポは遅いのですが、しっかりと大地を踏みしめるようなリズムの刻みが音楽を確実に前進させていきます。その構えの大きいものがググッと動いていく重量感が見事です。音の構築物を見るが如くで、リズム主体で成り立っているこの交響曲の本質を納得させられて、忘れがたい感銘を残します。全曲を通じてそれは言えますが、特に第1楽章が聴き物です。ニコリともしないで無愛想な感じがあるのですが、音楽の原初的な力を感じさせるような素朴さがあり、訥々と進む第2楽章はまさにその典型と言えます。ゴツゴツした感触ですが、実に力強いのです。第4楽章などリズムの推進力に任せて聴衆を煽るように進めがちのところを、じっくりと手綱を引き締めてじっくりと音楽を進めるところ・さずがに大家の芸であると思います。


○1964年2月/1966年7月

マーラー:交響曲「大地の歌」

フリッツ・ヴンダーリヒ(テノール)
クリスタ・ルートヴィッヒ(アルト)
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
(ロンドン、EMIスタジオ録音)

作曲者マーラーと親交のあったクレンペラーの演奏は安定感があって・さずがに説得力がありますが、この録音をとりわけ魅力的にしているのはふたりの名歌手です。この曲にはどちらかと言えばワルター盤のパツァークのような暗めの声質のテノールがふさわしいとこれまで思い込んでいましたが、ヴンダーリヒの声は明るめで実に歌らしく伸びやかに歌っているのに・言葉ひとつひとつが大事にされていて、繊細さのなかに深みがあって・これはとても良いものだと感銘を受けました。この明るい声質であるとアルトとの対比が際立ってバランス的に良いということも改めて感じました。特に第1曲「大地の哀愁に寄せる酒の歌」はクレンペラーのサポートも素晴らしく、聴き手に突き刺さるような衝撃があります。ルートヴィッヒも第4曲「美について」はとても素晴らしい歌唱です。クレンぺラーのサポートはリズムをしっかりとって真摯に曲に対しており、楷書の趣きですが・歌手から見るととても歌いやすく、各曲の個性がよく描き分けられていると思います。


○1965年5月30日ライヴ-1

ベートーヴェン:交響曲第4番

バイエルン放送交響楽団
(ミュンヘン、ヘラクレス・ザール)

全体とゆっくりとしたテンポで通し、茫洋としたスケールの大きさを感じさせます。その一方であまり生気を感じさせるわけではないですが、おっとりとした器の大きさを感じさせるのがこの演奏の本領でしょう。またこの演奏で特に印象的に感じられるのは高弦の響きの抜けの良さで、全体の響きがスッキリと澄んでいて美しいと思います。第2楽章はゆったりとして滔々と流れる自然な旋律が美しく感じられます。特に最終楽章はかなり遅いテンポをとっていますが、昨今は快速テンポを取る指揮者が多いので・実にユニークに感じられるというか・このテンポならでは見えてくるものがあるようです。スケールが大きくて・ベートーヴェンの音楽の持っている器の大きさ・気品の高さというものが際立ってくるように感じられます。


○1965年5月30日ライヴー2

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」

バイエルン放送交響楽団
(ミュンヘン、ヘラクレス・ザール)

同じ日での第4番の演奏でも同じことが言えますが・第4番では良い作用をしていたものが、第5番では逆に作用しているように感じられます。これは曲との相性に関連するのでしょう。第5番はブロック的に積み上げ・リズムを音楽の推進力にする音楽ですが、クレンペラーの音楽作りはリズムが前面に出るのを押さえ込もうとしているような感じがします。そういう意味では第2・3楽章のような緩徐楽章はまだ良くて、第3楽章などはもともと勝利のフィナーレに突入するのをできるだけ引き伸ばそうとしているような感じもなくはないので・まだ納得はできます。しかし、やはり両端楽章においては、音楽の推進力が感じられないのはかなり不満を感じます。これは単にテンポが遅いということだけではない問題があるようです。器の大きさばかりが目立つ感じで、中身が伴っていない印象を受けます。


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