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吉之助の音楽ノート

ヴェルディ:歌劇「ラ・トラヴィアータ」


昨年(2005年)ザルツブルク音楽祭の最大の話題はロシアの美人ソプラノ:アンナ・ネトレプコがヴィオレッタを歌った歌劇「ラ・トラヴィアータ」でありました。社会現象とも言えるほどの切符争奪戦が繰り広げられたそうです。そのことはともかく、この「 ラ・トラヴィアータ」上演のもうひとつの話題はヴィリー・デッカーの演出でありました。( 舞台動画はここをご覧下さい。 ネトレプコのヴィオレッタは弱音が美しく・憂い顔の麗人と言う感じですね。最近ロシアの女の子が元気ですな。)

デッカー演出のポイントは「ヴィオレッタの生と死の物語」という視点を前面に押し出したことです。まず舞台上手に直径2.5Mの巨大な生命時計が置かれて・ヴィオレッタの残された生の時間を示します。その横に医師グランヴィル(本来は第 3幕にちょっとだけ登場する役)が立ち、そこに病気で息も絶え絶えのヴィオレッタが 舞台に登場するという幕開きです。ここでのグランヴィルは「死の象徴」と言うと強過ぎになりますが・死を意識しつつヴィオレッタを見詰める観察者です。

歌劇「ラ・トラヴィアータ」は日本では「椿姫」と呼ばれていますが、実はこれは正しい訳ではありません。「椿姫」とはヴェルディの歌劇の原作であるデュマ・フィスの小説の名前です。ヴェルディは「椿姫」の名前を使わず・「ラ・トラヴィアータ」という題名を採用しています。「ラ・トラヴィアータ」は直訳すれば「道を踏み外した女」あるいは「倫落の女」という意味です。「椿姫」というと・いかにもお涙頂戴の・大新派悲劇のように思いますが、「道を踏み外した女」というとそそる題名 とは言えません。実はそこにヴェルディの意図があるのです。

ヴェルディの「ラ・トラヴィアータ」は今ではこれほどの人気作であるのに、ヴェネチアのフェニーチェ歌劇場初演(1853年=嘉永6年・ペリー来航の年)は歴史的な大失敗でした。ひとつにはヴィオレッタが高級娼婦であるという設定が当時の聴衆の社会通念では嫌悪されたということもあります。また第1幕前奏曲の場面で死の床に横たわるヴィオレッタを見せ・死にかかったヴィオレッタの回想シーンとしてドラマが展開する演出が採られたこともショッキングであった可能性があります。現行演出ではそのような手法を採るものがあまりないのです。やはりロマンティックな悲恋物語に仕立てようとする傾向が強いようで・また観客もそれを強く望むのでしょう。どうしても華麗なパーティー場面・豪華な衣装に目が行ってしまいます。

1964年にミラノ・スカラ座でカラヤンがゼッフィレッリ演出・フレー二のヴィオレッタで「ラ・トラヴィアータ」を掛けた時の幕開きは初演の形に近いものでした。しかし、観客が騒ぎ出し(彼らのイメージはヴィスコンティ演出・カラス主演の舞台であったでしょう)、これ以後約20年スカラ座での「ラ・トラヴィアータ」上演ができないほどの大騒動になってしまいました。これは長くスカラでは「カラスの呪い」と呼ばれていました。(現在では上演されています。)まあ、これほどまでに大衆がこの歌劇に求めるイメージは「甘く・切ない」ものなのです。しかし、それがヴェルディの本来の意図でなかったことは確かです。それは第1幕前奏曲と第3幕前奏曲との関連を聞いただけでも分かることです。 第1幕前奏曲の主題は第3幕(ヴィオレッタの死)からフラッシュバックされているのです。

例えば第1幕最後のヴィオレッタの有名なアリアを聴いてみます。パーティーが終わって客が皆帰った後にヴィオレッタはひとり残り、純粋な若者アルフレートの言葉をかみ締め・不思議な心のときめきを感じます。「不思議だわ。心に刻まれたあの言葉。真実の恋は私に不幸かも知れない。お前を燃やした男はまだひとりもいなかった・・・愛し愛されるという・私の知らなかったこの喜び!」

そしてヴィオレッタは静かにアルフレートの言葉を反復します。「その愛は宇宙の、そして世界の鼓動のような、神秘で気高く、心のなかに苦しみ(十字架)と(天上の)喜びがある。」

ところがここでヴィオレッタは突然言うことを変えてしまいます。ヴィオレッタは必死で自分の感情を打ち消そうとするのです。「馬鹿らしい。これこそ無意味なうわ言だわ。可哀想な女よ、ひとりぼっち、パリと呼ばれる・人で埋まった砂漠に見捨てられて、今になって何を望むのよ。楽しむのよ。快楽にふける、悦楽の繰り返しで死んで行く!遊ぶのよ!」ヴィオレッタは娼婦の身である自分が純真無垢な 年下の若者アルフレートにふさわしくないと感じているのです。だから、必死で自分の感情を否定しようとするのです。しかし、湧き上がってくるアルフレートへの思いをヴィオレッタは抑え切れません。それが強烈な急き立てるようなリズムと激しく上下する音程の超絶技巧の歌になって現われるのです。そのまさにクライマックスでどこからかアルフレートの「神秘で崇高な愛」を讃える声が聞こえてきます。思わず立ちすくむヴィオレッタ。そして、ヴィオレッタはその静寂を断ち切るかように「馬鹿らしい、遊ぶのよ、私はいつだって自由!」と叫びます。

ここで娼婦ヴィオレッタが「私はいつだって自由!」と叫ぶのは、カルメンが「自由に生きて、自由に死ぬんだ!」と叫ぶのとまったく同じなのです。ヴィオレッタもカルメンも勝手気ままに振る舞いながら・実は自由にもの凄く餓えており、彼女たちは社会的犠牲者であり・真実の人生を絶望しているのです。そのことがここで明らかになります。恐らくヴィオレッタには体調の不調が忍び寄っており、近い将来での死が無意識的に予感されているように思われます。(別稿「八つ橋の悲劇」をご参照ください。)

別稿「その心情の強さ」において、第2幕第1場におけるヴィオレッタの台詞「愛して、アルフレード、私を愛して。私があなたを愛しているくらいに。」を引用しました。これはアルフレートの父親の懇願(娼婦が息子の恋人では世間体が悪いという)に負けて・泣く泣く身を引くヴィオレッタが・アルフレートに理由を告げずに立ち去ってしまう時の台詞です。この台詞がいかに引き裂かれているか・いかに「かぶき的心情」に裏打ちされたものなのかは、第1幕フィナーレの ヴィオレッタのアリアを聴けば理解できると思います。

晩年のヴェルディが・ちょうど歌劇「オテロ」を書いていた頃のこと、サラ・ベルナールと並んで当時の最高の女優であったエレオノーラ・ドゥーゼの演じる「椿姫」(デュマ・フィスの小説そのままの舞台化ですから役名はヴィオレッタではなく原作通りのマルグリット)の派手さを抑えて・心に静かに染み渡るような写実の舞台を見た時、 老ヴェルディはこう言ったそうです。

「もしこの舞台を「トラヴィアータ」作曲前に見ていたなら・第3幕でヴィオレッタが死ぬ場面で彼女が「アルフレート!」と単純に呼ぶだけのクレッシェンドをもっと美しいフィナーレに仕上げただろうに ・・・。」


(吉之助の好きな演奏)

第1幕のヴィオレッタのアリア後半のカヴァレッタは華麗なる技巧の聞かせ所ですが、完全に満足できる歌唱は実はそう多くはありません。もちろん華麗で美しい歌唱はごまんとありますが、この場面の強烈な高音から引き裂かれるようなヴィオレッタの悲鳴が聞こえてくる歌唱は少ないと思います。 それを表現できた数少ない歌手がマリア・カラスですが、残念ながらカラスにはヴィオレッタの完璧なスタジオ録音が残されていません。管弦楽においても斬れのある・急き立てるリズムでヴィオレッタの苛立つ心情を感じさせてくれるものは少ないと思います。例えばトスカニーニの指揮のものはリズムが鮮血になってほとばしるような気がしますが。(この録音のアルバネーゼはよくやっていますけどね。)そういうわけで・これほどに有名なオペラであるのに「ラ・トラヴィアータ」には歌手・管弦楽・録音で決定的に満足できるものがないように思います。まあ、全体にバランスが取れているのはカルロス・クライバー指揮バイエルン国立歌劇場、真摯なコトルバスのヴィオレッタ・ドミンゴのアルフレートによる録音(グラモフォン)でありましょうか。 それにしてもカラスの万全の録音がないのは実に残念です。上述のミラノ・スカラ座の1956年ライヴはライモンディ・バスティアニーニの共演・ジュリー二の指揮でベストなのですが、如何せん録音が悪いのでお薦めできません。カラスのヴィオレッタを聴くならロンドン ・コヴェントガーデンでの1958年ライヴが良ろしいと思いますが、総合ではアフルレート・クラウスが共演しているリスボンでの同じく1958年ライヴ(EMI)がお薦めでありましょう 。

(H18・2・17)

ヴェルディ:歌劇「椿姫」全曲(1958年リスボン・ライヴ、カラス&クラウス)

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