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吉之助の音楽ノート

ショパン:24の前奏曲 作品28


本サイト別館「クラシック音楽雑記帳」をご覧になればお分かりの通り、吉之助は圧倒的にロマン派嗜好でして・これまでバッハをあまり聴かないで来ました。しかし、最近はそういうわけにもいかず意識してバッハを聴き始めました。現在の吉之助が聴くのは平均律クラーヴィア曲集ですが、まだその魅力を把握したという実感はありません。何人かのピアニストの録音を聴きますが、折に触れてよく聴くのはグールドではなくて・ポリーニの演奏です。(注:ポリーニの録音は現在は第1巻のみ) 実はグールドのバッハを聴くと吉之助は頭のなかで数字か元素記号が飛び交うようで・長い時間聴いていられないのです。ロマンティックで落ち着いた佇まいのポリーニの演奏はバッハの音楽をじっくり味わえる気がします。この辺は好みとしか言いようがないもので・他人様にはなかなか説明し難いのですが、吉之助は古典的な作品はロマンティックに、ロマンティックな作品は古典的に演奏する方が良いという考え方なので、吉之助はロマン派を弾くグールドの方が好きですし・実際教えられるところが多いと思います。グールドがショパンを毛嫌いせずに弾いてくれればよかったのにと思います。ところでショパンの作品はロマンチックで詩的かつ乙女チックなイメージで捉えられ勝ちであることはワルツ集の項でも触れました。しかし、実はショパンは文学的な修飾を拒否した純粋音楽的な方向を目指していたと思うので、吉之助はショパンの場合はあまりテンポを動かさず・古典的に解釈した演奏の方を好ましく思 っています。

バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻(ポリーニの演奏)

まああまり根拠はないですが、吉之助はショパンの19世紀的な魅力というのはリズムというより・半音を駆使した音階かつ色彩的な揺らぎにあると勝手に考えています。そうなると気になってくるのは24の前奏曲です。24の前奏曲は作曲年代が明らかではありませんが、ショパン21歳(1931年)から29歳(1839年)頃までにバラバラに書いた24の小品を 或るインスピレーションで配列し直したものだと考えられています。その発想のもとはバッハの平均律クラーヴィア曲集で、前奏曲とフーガ(遁走曲)の一対で24の長短調すべてに対応する48曲が含まれる形式を模したと言われています。事実、ショパンのピアノの上にはいつも平均律クラーヴィア曲集の楽譜が乗っていたそうです。しかし、24の前奏曲と平均律クラーヴィア曲集との共通点はそれが24の長短調で書かれているだけで、それ以外の形式的な類似はないとの学説もある ようです。確かに1分にも満たない断片のような旋律があると思えば・5分以上かかる長い曲もあって雑多な組曲の印象があります。前奏曲というのはもともと何かの楽曲の序奏部的なものから派生した形式ですから、一番演奏時間が長い第15 曲(一般的には「雨だれ」と言われる曲・ただしショパン自身の命名ではない)を頂点とした組曲と考えて良いのでしょう。そこに平均律クラーヴィア曲集との関連をどう見るかですが、ピアニストの園田高弘氏が次のように語っているのがヒントにな ると思います。

『だんだん5度圏をまわっていくにつれて上に5度づつ上がっていくわけだけど、真ん中は短調を挟んで、色彩と明るさが、シャープを増すごとに豊かになっていくわけですよ。そしてシャープがフラットになったところでとたんに感じが変わるでしょう。そのフラットとシャープが異名同音みたいに変わるところというのは、ショパンの最も得意とする調性ではなかったかしら。それでフラットが段々現象するにつれて色彩も柔らかく鈍くなって落ち着いていくわけです。だから調性に対してこの変化に追随できない人は、これはプレリュードの色彩は分からないんじゃないかと思う。』(園田高弘・諸井誠との対談:「ロマン派のピアノ曲〜分析と演奏』)

園田高弘・諸井誠:ロマン派のピアノ曲―分析と演奏

24の前奏曲は多くのピアニストが手がけて名演も多いのですが、吉之助はクラウディオ・アラウの録音をスタンダードに考えています。アラウはふっくらと落ち着いた古典的な演奏です。ところが最近 イーヴォ・ポゴレリチの録音を聴きまして、これはちょっと新古典的と言うべきか・とても新鮮な感覚があって面白いと思いました。まあこれ(第3曲・ト長調)を聞いてみてください。打楽器的な左手のリズムの軽やかな動き。曲名を知らないで・これはプロコフィエフが若い頃にショパンを模した習作だよと言われれば吉之助は信じますねえ。どの曲も文学的な修飾を一切排して・フォルム的に研ぎ澄まされています。ポゴレリチの演奏を聴くと、平均律クラーヴィア曲集との関連が感覚的に掴めるような気がして、これはなかなか示唆のある演奏だと思います。

ところでショパン自身は24の前奏曲の各曲に標題を付けていないし・その考えもなかったでしょうが、アルフレッド・コルトーが24曲に標題を書いています。一般的に行なわれる文学的な発想から音楽を結びつける方式とは異なり、コルトーの場合は音楽から純粋に湧き上がった詩的なインスピレーションがあって・これは曲の理解にとても役に立つものです。

第1曲「恋しき人を待ち焦がれて」、第2曲「悲しき瞑想、遥かに見える寂しき海」、第3曲「小川のせせらぎ」、第4番「墓場のほとりにて」、第5番「歌声に満ちた樹々」、第6曲「不幸なる祖国を思い」、第7曲「記憶のなか、芳香の如く愉しき思い出は漂う」、第8曲「雪は降りしきり、風は吼え、嵐は狂えども、我が心のなかにはなお恐ろしき嵐あり」、第9曲「ポーランドの最後」、第10曲「降り来る火箭」、第11曲「乙女の願い」、第12曲「夜の闇を駆ける騎士」、第13曲「異国にて、星空を仰ぎ、遥かに恋人を思う」、第14曲「嵐の海」、第15曲「しかれども、死はそこに、蔭の如く」、第16曲「奈落への道」、第17曲「彼女は私を愛していると言った」、第18曲「呪詛」、第19曲「恋人よ、我に翼あらば、君が許に天翔り行かん」、第20曲「葬送」、第21曲「ここ、告白の思い出の場所、ひとり寂しく帰り来る」、第22曲「革命」、第23曲「水の女神の戯れ」、第24曲「血、肉欲地獄、死」。

ショパン:プレリュード集(クラウディオ・アラウ)

ショパン:24の前奏曲(イーヴォ・ポゴレリチ)


 

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