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吉之助の音楽ノート

ショパン:ワルツ集


交響曲やピアノ・ソナタは純器楽的な音楽形式ですが、それでも「田園」とか「月光」とか標題付きの作品が人気が高いのは、やはり標題が喚起するところの文学的イメージというものが何がしか曲の理解を助けるところがあるのでしょう。本来は空気振動に過ぎない純粋な響きに如何にして文学的・絵画的イメージを込めるかというのは、ロマン楽派の課題でありました。このことは通常の音楽史においては、古典楽派が完成した音楽形式を乗り越えたところの・ロマン楽派の概念的発展とみなされています。その境目に立つのがベートーヴェンであることは言うまでもありません。

しかし、すべてのフォルム(様式)を古典的形式とバロック形式との間で揺れ動きであると考える吉之助のバロック理論からみますと、ロマン楽派の志向する文学性・絵画性というものは・ある種の過剰性であり、音楽を古典様式からバロック様式に傾斜させる力であると見るわけです。

フレデリック・ショパンと言えば、恐らく最も典型的なロマン派作曲家と見なされていると思います。何しろ「ピアノの詩人」と呼ばれているくらいです。ナイーヴで繊細な風貌、若くして肺病に冒されたはかない人生、男装の麗人ジョルジュ・サンドとの恋に見られる ・ちょっとひ弱な優男のイメージなどです。実際、ショパンの音楽はナイーヴで繊細・女性的なイメージで受け取られることが多いようです。

しかし、「別れの曲」とか「雨だれ」などと言う標題の多くがショパン自身がつけたものではないようです。ある音楽研究家はショパンはピアノという楽器の可能性をワルツ・マズルカ・ポロネーズといった形式のなかで純粋に器楽的に追求しただけであると、つまり、その音楽は聴く者に詩的な感興を呼び起こすけれども・その曲自体は形式を非常に重んじていて、文学性・絵画性を本来帯びたものではないことを指摘しています。すなわち、ショパンはある意味で古典的な作曲家であると言えるわけです。実際、ショパン自身も ベートーヴェンなど古典派の作曲家を尊敬し・自分がロマン派に属するという考えを否定することを言っているようです。

吉之助にとってもショパンは大切な作曲家で、ソナタ・スケルツオ・ノクターン・マズルカのいくつかの曲が非常に大事ですが、本稿ではまとまった作品群として「ワルツ集」を挙げておきます。ワルツは本来は舞踊のための三拍子のリズムの曲ですが、もともとは貴族階級のおっとりした舞踊のリズムであるメヌエットを庶民向けに発展させたものでした。ワルツはショパンの時代にはまだ誕生したばかりで爆発的な流行を見せていたのです。ちょこっとご婦人の指先を取って踊るお上品なメヌエットと違って、ワルツでは女性の腰を抱いて・身体を密着させる・つまり・当時としては扇情的で下世話な踊りなのです。そうした庶民の下品な(と言うか親しみやすい)リズムをサロンの純粋器楽として用いて・如何に芸術的に昇華させるかがショパンの挑戦でありました。マズルカやポロネースという故国ポーランド民族舞踊のリズムを作品に利用したのもやはり同様の実験です。

したがって、ショパンのワルツは踊ることを前提にしたものではなく・音楽形式としての三拍子の純粋な追及にあるわけです。しかし、踊りを前提にしておらぬとは言え 、舞曲オリジンのイメージは香り付けとして大事ということもありますが、やはりリズムがただの三拍子になってはならないと思うのです。

例えば一般的に演奏される「子犬のワルツ」(ワルツ 変ニ長調 作品64-1)のテンポは吉之助にはちょっと早すぎるように感じられます。ちなみに「子犬のワルツ」というのは日本での愛称でして、サンドの飼い犬が自分の尻尾を追いかけてくるくる回っている様子を描いたと言う逸話から来ています。この曲は欧米では「a minute walz(一分間のワルツ)」と呼ばれるのが普通で・その名の通り大体一分半くらいで演奏されるようです。これだとなんだか吉之助にはメカニカルな感じで・回転車に乗って走るハツカネズミを想像して、どうも「指が回る」ことだけに気持ちが行っているような感じがしてしまいます。もうちょっと遅いテンポの優雅なワルツが聴きたいと思うのですね。しかし、ショパンの名演と言われる録音は数あるけれど・そうした演奏は意外と見つからないものです。そこで吉之助のお薦めは、断然クラウディオ・アラウの演奏(フィリップス録音)であります。アラウのテンポだと「子犬」は2分26秒、ゆったりした優雅なムードなのです。 こういう遅いテンポで弾くのはプロのピアニストにとっては意外と度胸が要るのかも知れませんが、これが実に素敵なのです。

ショパン:ワルツ全集(クラウディオ・アラウ)

アラウはベートーヴェン・ブラームス・シューマンと言ったドイツ古典/ロマン派の大家と言うイメージが強くて・ショパン弾きとは見なされていないと思いますが、ノクターンでもソナタでも、アラウのショパンを吉之助は最も好んでいます。アラウのショパンはサロン趣味としての保守性(古典性)と実験性(バロック性)がほど良い形で調和しているように思われます。音符の一つ一つが意味を以って弾かれており、三拍子のリズムのままに放置されていないと感じます。その古典的な・しっかりした構造のなかからイメージが香りとなって自然に立ち上ってくるのがまさに浪漫的と言えると思っています。


(吉之助の好きな演奏)

アラウのショパンのことは上記で書きましたので・それ以外を挙げるとすると、吉之助はスヴャトスラフ・リヒテルのショパンが好きです。リヒテルも「ショパン弾き」という呼ばれ方はされない でしょうが(レパートリーの広い方ですので)、リヒテルのショパンも形式感がしっかりしていて・派手さはないけれども・堅実なショパン なのです。もうひとりは、アラウやリヒテルとは対極になりますが、ウラディミール・ホロヴィッツです。打鍵の非常に強い・力強さのあるショパンは、シューマンが「ショパンは花の陰に隠れた大砲だ」と評したことを思い出させます。ただし、リヒテルも・ホロヴィッツも「ワルツ集」として はまとまった録音を残しておらぬようです。(ホロヴィッツのワルツ作品34−2をお聴きください。

 

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