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吉之助の音楽ノート

ラヴェル:ボレロ


ラヴェルの「ボレロ」は1928年11月初演。「ボレロ」はご存知のとおり、単純な旋律とリズムが反復されながら・最弱音から次第にクレッシェンドしていくという構造で、リズムも楽想も変化せず、展開も変奏もされないというユニークな構造です。変化するのは楽器の音色と音量のみです。作曲者ラヴェル自身もそう認めていますが、ここには常識的な意味での音楽が欠けているのです。

この「ボレロ」の構造ですが、これは別稿「歌舞伎の舞台構造におけるバロック」で紹介しましたフリードリッヒ・シンケルの新古典主義の建築構造とまったく同じものです。つまり、一定のリズムで柱がずらっと並んでいて・見かけはギリシア様式を模していて古典的に見えるのですが、人体の影としてのオーダーを単純に反復して・ 横に引き伸ばして・ついには人間的なプロポーションを逸脱したムカデ構造になっているのです。ここに新古典様式のバロック的な要素があるわけですが、その「バロック的」なことの意味を考えて見なければなりません。

「ボレロ」は聴く人をエロティックな感覚に誘い込む効果を喧伝されてたちまち人気曲になりました。初演のコンサートの時のことですが・曲が最終場面に差し掛かった時、ラヴェルの従兄弟が聞いている傍で或る老婦人が前の座席の背をつかんで身体を震わせて「だめ、だめっ」と叫んだということです。従兄弟がそのことをラヴェルに話すと、ラヴェルは吃驚した顔をして「そのご婦人は理解していたんだ」とボソッとひと言言ったそうです。そのようなエロティックな効果は恐らくスペイン風の主題の旋律とリズムのおかげだろうと思います。

実は「ボレロ」の反復は情感によって人の心を底から自然に揺さぶっていくのではなく・どこか機械的・人為的に人を揺さぶり否応なく興奮状態に追い込んでいくような非人間的な要素があるのです。それが絶え間なく反復(リフレイン)されるリズムの効果です。つまり、この曲は歪(ひず)んでいるのですが、「ボレロ」ではそのような非人間的な要素がエロティックな効果のために見えなくなっています。 違う旋律とリズムなら曲の印象はまったく別物になったでしょう。

「ボレロ」と同じ反復構造を持っているショスタコービッチの交響曲第7番「レニングラード」第1楽章(1941年)ではその歪んでいる要素が明確に聞こえます。ショスタコービッチは「ヒトラーに破壊され・スターリンにまた壊されようとしているレニングラードを描いた」と言っています。それがこの歪んだ構造が描き出すところのものです。ショスタコービッチはラヴェルの「ボレロ」があまりに有名なのに困ったのか、「私の曲がラヴェルの真似だと言うなら言わせておけ、私のは違うんだ」と言ったそうですが、反復構造の意味が明確に分かることから言えばショスタコービッチの作品の方が 教材になるかも知れません。

バレエとしての「ボレロ」を初演したのはロシア・バレエ団出身の舞踏家イダ・ルビンシュタインですが、この時の舞台は広いホールでひとりの女性が踊りつづけるうちに、やがて周囲の人々も踊りに加わっていって、最後は大きな群舞に発展していくというものでした。有名なモーリス・ベジャール演出の舞台も基本的には同じコンセプトだと思います。 ベジャール演出は1982年にジョルジュ・ドンの舞台を見ましたが、魔人がその力で周囲の人々をねじ伏せるような 魔力がありました。これはやはり「ボレロ」のエロチックな要素の方に関心が向いているのです。

しかし、ラヴェル自身が構想していたものはこれとはちょっと違っていて、舞台はアンダルシアの工場、工場から外へ工員たちが踊りに加わっていき、そこに闘牛士が現われ・ひとりの娘と愛を交わしますが、彼に嫉妬する男に刺されて死ぬという筋立てであったそうです。ビゼーの「カルメン」を連想させるような愛と破綻の物語です。これを見ますと、まず工場という機械的な・殺風景な非人間的環境、そこで展開する愛憎のドラマ・そして 破綻ということです。だからラヴェル自身も反復構造のバロック的効果を認識していたということだと思っています。

(H17・10・13)


(吉之助の好きな演奏)

「ボレロ」で好きな演奏を挙げるならば、アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団の演奏(仏EMI録音)です。透明で明るい色彩感とリズムがなんとも見事なラヴェルです。

ラヴェル:ボレロ、他(クリュイタンス/パリ音楽院管)

一方、色合いはちょっと暗めでリズムは重めだけれど・フランス的なラヴェルとはひと味違う面白さがあるのはカラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏(独グラモフォン録音)でしょうか。

ラヴェル:ボレロ、スペイン狂詩曲 (1985年録音)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

 

 

同じくベルリン・フィルを振ったブーレーズ指揮(独グラモフォン録音)も面白いと思います。

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