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カラヤンの録音(1987年7月〜12月)


○1987年7月26日ライヴ

モーツアルト:歌劇「ドン・ジョヴァン二」序曲

ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場、全曲上演からの抜粋)

序曲だけでも素晴らしい演奏です。まず冒頭からして気合いが違います。低音を効かせた重い響きと息の深い演奏はデモーニッシュな雰囲気に満ち溢れ、モーツアルトの見た地獄の世界が垣間見えます。展開部に入ると音楽は軽快になりますが、カラヤン重過ぎず軽過ぎず音楽を締めて序奏とのバランスを取っています。精神的に深いものをかんじさせて、まさにカラヤン晩年の至芸と言えます。


○1987年8月15日ライヴ

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」〜前奏曲と愛の死

ジェシー・ノーマン(ソプラノ)
ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

ノーマンの歌唱はリートとも思えるほどに純音楽的で端正です。スコアの要求している情感を十全に表現し尽くしていると思えます。これをサポートするカラヤンがまた伴奏の見本のように見事。歌手を響きで圧倒するところがまったくなく、優しくそっと包み込むというようなのです。ウイーン・フィルの響きが実に柔らかで暖かくエレガント。カラヤンの得意曲でもあるから悪かろうはずがないですが、テンポは心持ち速めに感じられるほどで、あっさりして古典的にさえ感じられます。オペラというよりは歌手付きの 交響的作品というような印象です。聴き終わって清々しいほどに・至福と救いに満たされた感動的名演です。


○1987年8月27日ライヴ

シューベルト:交響曲第8番「未完成」

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

同年4月の同曲の演奏よりスケールはこじんまりしたものに感じられますが、表現は渋く落ち着いていて晩年のカラヤンの不思議な魅力を感じさせます。 均整の取れた古典的な佇まいのなかに・この曲のロマン性がほんのりとした色合いになって現れます。2つの楽章で構成がぴったりと納まって、二楽章の交響曲として完璧なフォルムを成しているように感じられます。第1楽章は実に美しい演奏です。 リズムを明確に刻んでいながら・旋律が流れるように歌われます。中間部の盛り上がりも決して重くなることなく・表現を極力抑えて落ち着いた趣きの演奏に仕上げています。第2楽章はむしろ内省的な感じさえする繊細な表現です。 第2楽章フィナーレはゆっくりとテンポを落として余韻を以って終わります。これはカラヤンの数ある「未完成」のなかでも特に印象に残る演奏だと思います。


○1987年8月28日ライヴ

ベートーヴェン:交響曲第4番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ザルツブルク、ザルツブルク祝祭大劇場)

ベートーヴェンの第4交響曲は、私にとっては第3番と第5番というふたつの交響曲の間に咲く可憐な花という印象ですが、このカラヤンの演奏はそうしたイメージにぴったりという感じがします。洗練されたスマートさと同時に、表現にしっとりと落ち着いた感じもあって、この古典交響曲のたたずまいを過不足なく表現していると思います。第1楽章の序奏部から展開部への移行も自然で無理がなく、のびやかな旋律が余裕を以て歌われます。第2楽章もそのゆったりとしておおらかな流れが好ましく感じられます。その器の大きさを自ずから顕すという感じなのです。第4楽章もテンポをいたずらに上げて聴衆と興奮に誘うようなことを決してしません。この曲にそんな興奮は必要がないのです。もしかしたら人によってはこの演奏にもう少し活気が欲しいという不満を漏らす人がいるかも知れません。それほどにしっとりと落ち着いたたたずまいの演奏なのです。それにしても、この演奏に限らないのですが、晩年のカラヤンの演奏は聴く者の心にしみ入るような不思議な雰囲気を持っていると思います。


○1987年9月26日ライヴ

ブラームス:ドイツ・レクイエム

レッラ・クベルリ(S)
フランツ・グルントヘーパー(Br)
ウイーン楽友協会合唱団
ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、ベルリン芸術週間)

全体がゆったりしたテンポですが、晩年のカラヤンの変化と言うより・カラヤンの体調が悪そうな感じがあります。カラヤンらしい劇的な起伏があまりなく、いつもより流れが平板な感じがします。良く言えば淡々と音楽を運んでいるとも言なくもなく・第1曲・第3曲・終曲などにじっくりしたテンポの良さが出てはいますが、逆に第2曲や第6曲はカラヤンからもっとドラマティックに盛り上げても良いと思います。そのせいか合唱もやや響きが粗い感じがして・弱音のニュアンスでカラヤンの意図を体現できていないような気がします・独唱のふたりもやや小粒で・可もなく・不可もなしと言うところ。


○1987年11月1日ライヴ-1

モーツアルト:交響曲第39番

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

古楽器・室内オケばやりの昨今では大編成オーケストラのモーツアルトはややもすれば大柄もの感じられますが、逆にこうした響きの深いモーツアルトに接するとホッとした気分になります。大編成オケのモーツアルトとして十分に納得できる表現です。第1楽章序奏は不協和音を強調して重々しくやるのが普通だと思いますが、ここを抑え気味にして展開部にサラリと持っていくのはいい感じです。ただ展開部のテンポがやや早くて優美さがちょっと欠けるところがあります。もう少しテンポが遅ければバランスがとれただろうにと惜しい感じがします。第2楽章は早めであっさりした感触が美しい演奏です。後半の2楽章は素晴らしい表現です。早めのテンポですがリズム感があり、スマートなモーツアルトになっています。


○1987年11月1日ライヴー2

R.シュトラウス:アルプス交響曲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン・フィルハーモニー・ホール)

オケの響きが明るく・爽やかで・決して響きが重く粘ることがありません。曲の展開がすみずみまで見渡されているような明晰さに溢れており、アルプスの晴れ渡る峰々を悠然と眺めるが如きのパノラマ感があります。この響きと明晰さにカラヤンのR.シュトラウスの魅了があります。冒頭の霧が次第に切れて・空が晴れ渡っていく描写などは実に感動的です。カラヤンの語り口の巧さ・情景描写の巧さは言うまでもありません。


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