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十八代目中村勘三郎・一周忌に寄せて

*十八代目中村勘三郎は平成24年12月5日没。


平成25年11月28日に吉之助の最初の書籍本「十八代目中村勘三郎の芸」が発売になり、勘三郎の一周忌にどう にか間に合いました。結果として、吉之助はこの一年間ずっと勘三郎のことを考えて来たことになります。

勘三郎が亡くなった日の記事に書きましたが、吉之助は七十代になった勘三郎の舞台を見ながら(つまりあと20年くらい後に)「ま すます先代に似てきたねえ・・・」などと言いながらポロポロ泣くのが夢で、そのひと言を言うために歌舞伎をずっと見て来たようなものでした。だから勘三郎が亡くなったことを聞いた時には 、吉之助のなかの歌舞伎のこれからの楽しみがもぎ取られたような気がしました。これから歌舞伎を見る気になるだろうかということを一瞬思いました。大げさな・・と思うかも知れませんが、勘三郎の葬儀の時に 三津五郎が「身体の半分がもぎとられたような・・」ということをつぶやいたそうですが、まさに同じ気持ちです。

これは吉之助にとって勘三郎が特別に好きな役者だったとか云うのと全然違うもので、完全に同世代あるいは同志感覚から来るものです。共に同じ時代を呼吸し、場面は違えど同じ気持ちで戦っているという感覚なのです。三津五郎の気持ちも同じであったと思います。だから、歳が離れている役者さんが亡くなった時には「これから舞台を見れなくなって残念だ」とか「惜しい方を失いました」という気持ちが当然湧きますが、勘三郎の訃報を聞いた時の感覚はそういうのとは全然違ったもので、強い痛みが 胸に来るような感じでした。だから吉之助は本を書いて、自分のなかの勘三郎に総括を付けなければなりませんでした。

今後、勘三郎は歌舞伎史のなかにどのように位置付けされることになるでしょうか。前稿において「勘三郎は記録よりも記憶に残る役者ということになるだろう」と書きました。まだどうかは分かりませんが、歌舞伎役者・勘三郎の演劇史的 評価をするのはなかなか難しいと思います。ひとつには、「野田版・研辰の討たれ」のように・勘三郎の個性にはめて書かれた演目は 、今後の再演が難しいと思われるからです。コクーン歌舞伎は形を変えて行なわれるかも知れませんが、勘三郎という強烈なキャラに拠るところが大きかった ところがあるので、 様相はやはり変わらざるを得ないでしょう。ただし、これらについては幸い映像が多数残っていますから、 こちらについての評価はある程度されるでしょう。一方、古典歌舞伎においては、もちろん思い出す舞台はたくさんありますが、五十代の若さで亡くなった役者の評価は難しくならざるを得ません。吉之助は、勘三郎がコクーン歌舞伎や野田歌舞伎にのめりこむことの気持ちは痛いほど分かったのだけれど、「違うだろ、お前がホントにやらなきゃならないことは古典歌舞伎をヴィヴィッドに生きたものにすることだろ、六代目菊五郎を今に蘇らせることだろ」という ことをずっと感じていて、勘三郎に対して歯がゆい気持ちが強かったのです。だから 、これからの二十年の勘三郎に期待をしていたのですが。

吉之助は、勘三郎の古典に関して期待が大きい為、他の役者より評価基準を厳しく取っていたかも知れません。「十八代目勘三郎の芸」を読めば、それをお感じになるかも知れません。例えば、本では取り上げませんでしたが、平成24年2月新橋演舞場での「鈴ヶ森」の白井権八ですが、これは巷間とても評判が良いもの だったと思います。評判の良い理由はもちろん分かるけれど、吉之助は七代目梅幸の権八の舞台も・十七代目勘三郎の権八の舞台も見ておりますのでね、それと比べてどうかということになるから評価が自然と厳しくなります。吉之助の感じでは、勘三郎は先達ふたりの芸の記憶を「柔らか味」というキーワードでなぞろうとしているように思われました。前髪立ちを強く意識し過ぎで、どこか 変成男子に見えました。もっと凛とした感覚が欲しいと思います。特に台詞回しにです。それと目付きですね。吉之助のなかの記憶では、先達ふたりの権八は、柔らか味のなかにも凛とした感覚がしっかりあったと思います。ここが大事なポイントです。吉之助が思うには、勘三郎の権八を見ると、先達の呪縛がまだ感じられ 、イメージを表面に取って、これを勘三郎のキャラにおいて消化仕切れていない感じを持ちました。吉之助の記憶では、むしろ昭和五十四年十月御園座での勘三郎二十代の時の権八の方が、無心である分・凛としていたと思います。演舞場での権八 を見て、吉之助は「あれれ・・」と思いました。芸とは難しいものですね。

だから勘三郎は芸の発展途上で亡くなったというのが、現時点での吉之助の評価となります。役者・勘三郎の 芸の世間の評価はこれからのことだと思いますが、「十八代目勘三郎の芸」はそのようなことを見据えて、勘三郎の芸の演劇史的な位置付け への方向を示した最初の論考ではないかと思います。この本の副題は「アポロンとディオ二ソス」と言いますが、「祭祀としての演劇の理性と熱狂は同じ身体に宿るか」という問題は、吉之助のなかで勘三郎の死によって「保留」されたということです。七十代になった勘三郎 ならば、この問題に明解な解答を示してくれたことだろうと信じます。

(H25・12・1)


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写真 c松竹、2012年5月、平成中村座、髪結新三


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