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ハーディングのマーラー・第9番


マーラーが「やがて私の時代が来る」と言ったことは良く知られています。しかし、著名なマーラー研究家であるアンリ-ルイ・ド・ラ・グランジュは、マーラーがいつ・なぜ・そんなことを言ったのか・誰もそのことを考えていないと指摘しています。

『マーラーは生涯にただ一度、1901年1月にアルマへの手紙のなかでそう言ったのです。そして皆が忘れてしまっている要点というのは、彼がリヒャルト・シュトラウスについて述べていて、「リヒャルト・シュトラウスの時代が終わった時、私の時代が来る」と言った ということです。「私の時代が来る」という言葉はよく議論されますが、皆、彼がリヒャルト・シュトラウスについて語ったのだということは忘れられています。』(アンリ-ルイ・ド・ラ・グランジュ:1986年10月来日時、「レコード芸術」誌のための座談会)

これはとても重要なポイントだと思います。しかし、「リヒャルト・シュトラウスの時代が終わった時、私の時代が来る」とマーラーが言う時に、彼がリヒャルト・シュトラウスを或る意味においてアンチ・テーゼ的に置いていることは確かですが、それはもちろん音楽的なスタンスの取り方の相違から来るもので・音楽の良し悪しを言っているわけではないはずですから、音楽史的な流れを充分に踏まえないと誤解すると思います。座談会のなかでラ・グランジュは、リヒャルト・シュトラウスが偉大だとされているのは主として初期の作品によるのであり・「薔薇の騎士」以後は下降線を辿ったということを言っていました。 その辺は異論のあるところでしょうが、そういうことも考慮に入れるならば、マーラーは自身の音楽をロマン主義の伝統の流れを踏まえた終着点と見るのではなく・新しい音楽の始まりであると 自認したということであろうと吉之助は解釈をします。

マーラーの交響曲は・「大地の歌」を含めれば10曲と未完の第10番があり、その変遷のなかにいくつかの区分を見ることが出来ます。一般的にそれは歌曲との強い関連において語られます。「さすらう若人の歌」(第1番)・「子供の不思議な角笛」(第2〜4番)、そしてリュッケルトと角笛詩集との関連が指摘される第5〜7番ということになります。それはともかく音楽的な印象で言うならば、吉之助の場合は第6番・第7番辺りにひとつの切れ目(音楽的転機)を見たい気がしています。ラ・グランジュが興味深い思い出話をしていました。

『カルロ・マリア・ジュリー二はロマン的な伝統に基づく最も偉大な芸術家のひとりです。彼は純粋にロマンチックです。ジュリー二は「私はマーラーの交響曲全部は好きではない」と言いました。私は「あなたがマーラーの交響曲すべてが好きでないことは知っていましたよ。それにどの交響曲が好きでないかも、正確に知っています」と言いました。私は第6番と第7番を念頭に置いていたのです。というのは、私にとってはこの2曲は20世紀の音楽で、真に20世紀の人間のみがうまく演奏できる交響曲だからです。』(アンリ-ルイ・ド・ラ・グランジュ:1986年10月来日時、「レコード芸術」誌のための対談)

ところでジュリー二にはとても素晴らしい第9番の演奏(正規録音としてはシカゴ響)が残されていますが、第9番の場合はロマンティシズムに回帰している面があるので・その線で捉えても充分に素晴らしい演奏が出来るということです。(同様なことがバーンスタインの演奏にも言えると思います。)しかし、マーラーが第6番と第7番によって或る一線を越えてしまったとするならば、第9番でロマンティシズムに回帰したとしても・マーラーはもはやまったく同じ場所に戻れないということになると吉之助は想像します。もしそうならば、第9番は20世紀の音楽として、つまりロマン派の黄昏の音楽としてではなく・「新しい時代の始まりの音楽」として鳴らしたいと吉之助は思うのです。吉之助にとってマーラーの第9番はそのような両面性を持つ音楽 なのです。そういう意味で吉之助が評価するマーラーの第9番の録音は、カラヤン・ショルティ・アバド・バレンボイム・インバル辺りになりますかねえ。(別稿「音楽ノート・マーラー・交響曲第9番」をご参照ください。)

ところで先日(2012年1月21日)ダニエル・ハーディング指揮新日本フィルで、このマーラー・交響曲第9番を聴いてきました。前日の同プロではホルンが派手にコケたらしいですが、この日はそういうこともなく・満足いく演奏であったと思います。ハーディングのアプローチですが、前年6月の第5番の時とほぼ同様のアプローチで、曲に対して醒めた感覚で客観的に接して・古典的な交響曲の枠組みのなかでこれを処理しようという解釈に思えました。第5番の時はそれが結構巧くはまったように思いましたが、今回の第9番では前半においてアッサリ感が強くて物足りない感じが若干ありました。そこで改めて第9番の「始まりの音楽」としての意味を考えてみたいと思ったわけです。第6番・第7番をひとつの切れ目(音楽的転機)として、そこに第5番と第9番の性格の微妙な違いを見たいと吉之助は思うわけです。

両端楽章を緩徐楽章に置く四楽章の交響曲の構成は、チャイコフスキーの「悲愴」交響曲(1893年)の着想に負うところが大きいそうです。(マーラーの第9番の完成は1910年です。)第1楽章のソナタ形式には同様に「悲愴」の影響が認められます。当然ながらこの緩徐楽章の意味はとても重いのです。思えば前回来日の時の第5番の時も、ハーディングの第4楽章アダージェットの解釈はそっけない感じがするくらいにテンポが早い・淡々として情感に浸らない演奏であったことを思い出します。とするならば第9番での緩徐楽章である第1楽章のハーディングの解釈が同じようなアッサリ風味になることは予想が付かないことはなかったわけです。しかし、第5番のアダージェット楽章は第5楽章へと続くこの交響曲の第3部の・時代物浄瑠璃で言えば端場ということですから・まあ軽めの処理は理解できるわけですが、第9番での同じ緩徐楽章である第1楽章の位置は同じに扱えないと思いますねえ。ハーディングの演奏であるとオーケストラのリズムがきれいに揃って・スッキリした感じがあり過ぎで、聴き手が旋律のなかに深く沈み込もうとしている時に音楽が先にサラサラ流れてしまうような気がしました。これはテンポを早めに取ったというせいではなく(ハーディングのテンポはカラヤンの演奏に近いと思われます)、オーケストラのリズムが揃って整然とした印象が強過ぎることが原因のように思われま した。演奏の精度のことを言っているのではなく、わざと各セクションのリズムをズラす・それによって響きを歪ませる(あるいは混濁させる)高等技術が必要なのです。別稿「音楽ノート・マーラー・交響曲第9番」で取り上げたバレンボイムの演奏がまさにそういう感じでした。カラヤンの演奏も全体は端正な造りの印象に聴こえるかも知れませんが・だからこそ瞬間のズラしがとても効いて来るのです。古典的な印象の音楽がググッと裂けて・そこから予想もしなかった深い暗闇が覗くような感覚があります。そこがまさに「未来の音楽の予感」ということになるのです。まあそこのところは何度 もやってみて分かるということもありますね。

もっともハーディングも曲が進むにつれて熱さが出てきて、後半はなかなか良い演奏に仕上がったと思います。まあロマンチックな熱い感覚の方に・黄昏の音楽の方に傾いてしまったということは確かに言えますが、先ほど書いた通り第9番においてはその解釈もあり得るのです。第4楽章 アダージョには深い祈りの感情があったと思います。ここでは旋律に熱いうねりが感じられました。あの3・11追悼コンサートでの第5番に負けず劣らず、深い祈りと追悼の感情が渦巻いて感動的な瞬間がありました。特に第4楽章フィナーレのピアニシモ では新日本フィルの弦セクションの緊張感が素晴らしく、よくやったと思います。バーンスタインがイスラエル・フィルとの来日公演(1985年9月)で振った第9番のフィナーレを思い出しましたが、あれと同じくらい感動的でしたねえ。


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