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本物のチープ感覚〜武智歌舞伎の理念


○本物のチープ感覚・その1

現在では歌舞伎の世界でさえ武智鉄二のことが話題にされることはほとんどありません。とは言え、歌舞伎を深く知ろうとする人が、必ずどこかでぶちあたるのは武智のことです。しかし、武智理論とは何ぞや・ ナンバとは何か・「息を詰める」とはどういうことかを知ろうとすると、客観的にそのようなことを総括して・位置付けして教えてくれそうな論考はほとんどありません。あるとするならば、まあまだ未完成であるとしても、そのようなことを真剣に考えようとしているのは本サイト「歌舞伎素人講釈」くらいのものでしょう。事実、武智の名前を検索してこのサイトにたどり着く方は多くいらっしゃいますし、みなさん同様のことを口々に仰います。ホントは堂本正樹先生や権藤芳一先生にそういうことをして欲しかったと思います。ところですっかりムック本に模様替えしてしまった雑誌「演劇界」がどういう風の吹き回しか、今月号(平成23年12月)で「怪人武智鉄二と武智歌舞伎」なる特集を組んでいます。武智歌舞伎に接した面々の文章が並んでいますが、「今頃何で武智歌舞伎なのか、武智を知らない若い世代に何を伝えたいか」という思いはやっぱり伝わってきません。まあ証言者としての役割は立派に果たしていますから、それで十分ですけどね。

「怪人武智鉄二」というタイトルに、編集者の武智のイメージが良く出ています。「ある時は伝統芸能の世界に一石を投じた男、ある時は猥褻映画の監督、しかしてその 実体は・・・」というところですかね。まあ興味の最初のきっかけはそれでも良ろしいと思います。ところで特集のなかで児玉竜一氏(児玉氏は吉之助よりお若い方ですから武智との直接的な出会いはあまりなかったとは思います)が、武智の映画のなかに共通した「画面にみなぎるチープ感(安っぽさ)」ということを書いています。あの場面に突如能面が現れて核心の部分を隠 してフワフワ動く・それが何ともチープで、「こんなツマランことをやって、この人はどこまでが本気なのか、それとも山師なのか」と感じるのだそうです。これは重要な指摘を含んでいるのだけれど、このチープ感覚が武智歌舞伎とどう関連するのかということまでは児玉氏は触れていません。ホントはそこからが肝心のところだと思います。そこで吉之助が武智歌舞伎のなかのチープ感覚というものがどういうことなのか、補足説明して差し上げましょう。

まず武智鉄二の活動は、歌舞伎も映画もすべて、「アヴァンギャルドavent-garde」に根差したものだということです。アヴァンギャルドとは、前衛芸術(または前衛美術)のことです。20世紀初頭の芸術運動であり、特にロシア革命前後に起こったロシアン・アバンギャルドはその代表的なものでした。(別稿「武智鉄二のアヴァンギャルドな感覚」をご参照ください。)この時代のキーワードは何でしょうか。まあいろいろあると思いますが、そのひとつは「大量生産」です。例えばフォード自動車の大量生産です。 ヘンリー・フォードの大量生産技術によって、それまで金持ちにしか買えなかった自動車を、多くの人(と言っても中産階級くらいまでかも知れませんが)が望めば手が出せるくらいの価格にまで引き下げることを可能にしました。つまり、高品質なものを・安価に・すべての人に等しく 行き渡すこと、これが この時代の「大量生産」の夢のイメージなのです。

現代の我々は、例えば伝統の手作りの木製の玩具にその良さを見い出し・そういうものは高価であっても商品価値を認めるでしょう。一方、大量生産のプラスティックの安価な玩具にはあまり価値を認めないかも知れません。そういうものは「チープ(安っぽい)」と 一等低く見る感覚がどこかにあるかも知れません。しかし、それは見方の違いなのであって、どんな環境であっても・同じ価値のものがすべての人に等しく 行き渡たるということは素晴らしいことだという思想が間違いなくありました。もちろん現在もあります。その夢は「万人を等しく豊かに幸せにする ・そのような世界を目指す」ということでした。このレトリックの暗黒面はもちろんあって、グローバル・スタンダードということの是非論もそこから来るものです。今話題のTPP議論とか、南北問題などもそうです。根源にある旗印は「世界の国々を等しく豊かに幸せにする」ということにある。しかし、実際には各国の利害 や思惑が絡む。だからややこしいわけです。ここではとりあえずそのことは置きますが、ここで大事なことは、「同じ価値のものがすべての人に等しく生き渡たる」ということが 反義的にチープ(安っぽい)感覚と微妙に結びついているということです。このことがお分かりになれば、武智歌舞伎のなかのチープ感覚ということが分かります。

例えば19世紀後半の写真技術の発達は、それまで細密に・本物そっくりに描かれていた肖像画・風景画というジャンルを無価値にしました。庶民は写真を額縁に入れて室内に飾るようになりました。少し遅れて登場した映画の技術は、それまで着飾って・おめかしして劇場に出かけていたブルジョワのお楽しみ・社交の場であった観劇を、庶民のものにしました。 蓄音機の技術は、庶民が音楽をそれぞれの家庭で手軽に楽しめるものにしました。そうやって絵画や演劇・音楽という芸術のお楽しみが、ちょっとチープで安っぽいように見えるかも知れないけれども、写真や映画 ・レコードというジャンルとなって庶民の生活に流れ込んでいく。そういうことで芸術を楽しむことがすべての人に広く等しく生き渡ったということです。これは悪いことではありません。いわゆる文化人を気取る方は「チープ(安っぽい)」と笑うかも知れませんが、決して悪いことではありません。これは芸術がすべての人のものになったという理想の形の、いわば第1段階なのです。第2次世界大戦の後のことですが、ポップ・アートの奇才アンディ・ウォーホルの代表作「キャンベル・スープ缶」・「マリリン・モンロー」などもその延長として捉えられます。

「芸十夜・第5夜」で山城少掾が「義太夫というのは、頭さえ使えば誰でも語れるものです」と言ったということを、武智が証言しています。(「吉之助が芸十夜を読む・上・その2」をご参照ください。)山城少掾の言いたいことは、「作者と同じように、一定の思考の筋道を以って同じように考えるならば、誰でも同じ結論に達するはずである」ということです。だからそのことを信じて私(山城少掾)はテキスト(丸本)を読むのですということです。このことを延長して考えるならば、「芸十夜」のなかで武智が繰り返し言っていることは、「名人が考えていることを同じようにやるならば貴方も同じように名人の芸が出来る(はずだ)」ということです。もちろんそういうことが凡人に簡単に出来るはずもないことです (私ら凡人は心のなかで出来ればそれで良いのサ)が、思想としては「名人が考えていることは秘伝でも奥義でも何でもない。学ぶ心があるならば、誰でもそれを自分のものに出来得る」ということなのです。この武智の考え方と大量生産の夢のイメージと、どこに違いがあるでしょうか。これはどちらも同じ時代(20世紀初頭)の感覚から発したものです。それがアヴァンギャルドの思想です。

武智鉄二・八代目坂東三津五郎:芸十夜

武智の考えることは、「伝統芸能は日本人の根本にある大事なものを想起させる、だから名人の秘伝も奥義も・芸術の秘密をすべての人に等しく生き渡せたい」ということであったと思います。だからチープ感覚が反義的に結びついて 来るということです。 そのようなチープ感覚がもっとも強く出ている武智歌舞伎の作品は何かと言えば、それはもちろん血糊をふんだんに使った「恐怖時代」です。作者谷崎潤一郎の意図もそういうところにあったと思います。吉之助は昭和56年歌舞伎座での「武智鉄二古希記念歌舞伎」でこれを見ました。(むろん昭和28年の初演とは違う 演出です。)吉之助は晩年の武智演出をいくつか見ましたが、そのような視点で見るならばいろんなところにチープ感覚が見えていたと思います。武智の歌舞伎も映画も、そういう線で同じレヴェルにおいて捉えていただきたいと思う わけです 。

その一方で芸の秘伝・奥義ということで自分たちを権威付けたいと思う方々がいるわけです。「芸の秘伝・奥義は限られた・選ばれた自分たちだけのもの」と云うわけです。「本物は自分たちだけが知っている」という形で、彼らは現代のなかでの自分たちの希少価値を高めようとします。彼らから言わせれば、大量生産の芸術活動はチープで安っぽいということになります。(武智を知る方々が映画のことになると口を閉ざすというのはそういうことです。)しかし、チープ・イコール偽物であるということは決してありません。本物のチープというのもあるのです。(ピカソを見て下さい。ウォーホルを見て下さい。)武智が目指しているものは、そのような本物のチープ・しかして本物の芸術なのです。「芸術の秘密をすべての人に等しく生き渡せる」ということです。だから大上段に芸術を振りかざしたところで、反義的にチープ感覚が顔を出すのです。これは和事芸にシリアスな面と滑稽な面が交錯するというのと同じような現象ですね。(別稿「和事芸の起源」をご参照ください。)武智は、自らをトリック・スターのように戯画化しつつ、 自らの理想を大真面目に追求したということです。武智歌舞伎もそのように見ないとホントのところは分からないと思いますがねえ。


○本物のチープ感覚・その2

我々が現在目にすることができる武智鉄二演出の舞台と言えば、 恐らく舞踊「蝶の道行」が唯一のものです。「蝶の道行」は「けいせい倭荘子」という天明期の歌舞伎のなかの所作事で、昭和37年(1962)9月歌舞伎座での武智鉄二演出・川口秀子振付・山本武夫美術による復活上演で大評判を取ったものでした。(この時の助国は七代目梅幸・小槙は六代目歌右衛門でした。)本年(平成23年)5月明治座でこの武智演出での再演が掛かった時に、「初演の時は斬新に見えたが・今見ると巨大な蝶や花・義太夫の曲・古色蒼然として もはや時代遅れに見える」ということを仰った方がいらっしゃいました。言い方を変えれば、チープ(安っぽく)に見えるということです。言いたいことは分からぬではないですが、ホントはそのチープ感が何から発するかということを考えることから批評が始まるはずなのですがね。(別稿「武智歌舞伎のアヴァンギャルドな感覚」をご参照ください。)

例えば武智歌舞伎を見た方の感想として、「丸本の読みが深い、原作通りの演出で「そうだったのか 、在来の舞台は役者の仕勝手で曲げられていたんだ」と納得できる舞台でとても感激した」ということが良く言われます。武智演出は正しかった・真実を描いていたと云う わけです。なるほど・・・武智歌舞伎をリアルタイムで見た方々がそう感じたというのは、とても大事なことですね。しかし、その一方で歌舞伎役者の大半は、武智の感想を聞か れると皮肉な笑みを浮かべて、「まあ理屈ではそういうことになるのでしょうね、しかし、実際に舞台に掛けるとなると、理屈だけではうまく行かないものですよ」などと言って 平然と無視したものでした。平成23年現在を見れば、歌舞伎の舞台のどこに武智の影響が見えるでしょうか。武智演出が正しかったのならば、どうしてその正しいものが歌舞伎に残らなかったのか。そういうことを考えてみる必要があります。

結論から言えば、原典(丸本)に即して・忠実に読んだと云っても、読み方(解釈)はいろいろ出てくるのであって絶対の解釈などない、武智の解釈もまた数多いもののひとつに過ぎなかったということなのです。だから生の武智歌舞伎を見た当時の若者が「武智は正しかった」と感じたというのはそれはそれで真実ではあるのだけれど、その正しいという感覚はどこから来 たのかと云うことが問題です。実はそれは「武智の解釈が正しいとか、在来の型は間違っている」とか云うことではなく、ホントは「原典に即してドラマを忠実に読 む・常に原典に立ち返る」という理念がそこにあったということなのです。つまり、武智の理念を取り入れてドラマを読み込めば、自分でもいろんな解釈を作り出す可能性があるということです。しかし、そこにはいろいろな選択肢があるわけであって、武智歌舞伎で見られる舞台というものは、そのような武智のひとつの解答例に過ぎないのです。

型というものが、初めから型として創造されたものと思うのは間違いです。どんな型でも最初はすべて生乾きの型なのであって、そういうものはある種の安っぽさを帯びているものです。それだけだと最初の見た瞬間には一時的な新鮮さを感じさせることが出来ても、在来の型の持つ安定感には結局勝てません。なぜならば歌舞伎は伝統芸能であるからです。繰り返し上演されていくなかで、型は本物の型になっていくのです。武智演出が在来の型に対抗できるだけの強さを身に付けていくためには、「これが正しい・あっちは正しくない」という 論議で終わらせるのではなく、 理念で戦わねばならなかったはずです。それは武智によく言われるところの階級闘争理論とかフロイト心理学ということではありません。(そういうものはツールに過ぎないのです。)もちろん武智本人にも悪いところはあります。演出家は理屈ばっかり言っても・舞台の仕事をさ せてもらえなければ冷や飯ですから、結局自分で自分を貶めるような場面も少なくなかったと思います。

しかし、残念ながら生の武智歌舞伎を見た当時の若者の議論のほとんどが、「これが正しい、あっちは正しくない」という次元に留まりました。 これは結局、「私はこれが好き、あっちは嫌い」という感想と同じ次元に落ちたということです。武智の解釈ではなく、武智の理念をこそ引き継ぐべきであるのに、これを発展させて自分で新たな解釈を生み出そうとすることが出来ませんでした。結局、武智の理念は残らなかったということになります。だから現在の歌舞伎に武智の痕跡がほとんどないのです。あるのは昔の武智歌舞伎の思い出だけです。何だか当時の日本の学生運動の様相と似てますねえ、あれも結局何も状況を変えませんでしたね。

山城少掾が「義太夫というのは、頭さえ使えば誰でも語れるものです」と語ったということは、とても大事なことです。六代目菊五郎が「吃又」・「野崎村」などの丸本再検討の演出を行なったということ も、とても大事なことです。山城少掾にも六代目菊五郎にもいわゆる理屈・理論はなかったかも知れませんが、しかし、やったことは原典(テキスト)に立ち返って忠実に読むと云うことで した。これは武智の理念とまったく同じことです。ですから 武智は「ここに自分の理想とする芸の在り方の手本がある」と思ったと思います。 武智が「芸十夜」で繰り返し訴えていることは、自分がやっていることは伝統芸能の改革・既成の破壊ということではなく(そのように周囲から見られ勝ちであるが)、伝統芸能の本来の筋道のうえに立ったものだ、ホレそこにお手本(六代目菊五郎・山城少掾)が ちゃんといるじゃないかということです。とてもシンプルなのです。

そういうことですから、恐らく武智は自分の演出が絶対正しい・歌舞伎はこの解釈で行くべきだなんて、そんなことは全然考えていなかったと思います。チープ感覚結構じゃないか、俺の演出なんてその程度のものだよと思っていたと思います。まっそれでも歌舞伎にちょっとは痕跡を刻み付けておきたいということも人情としてはあったかも知れませんね。ですから舞踊「蝶の道行」は是非大事にしてもらいたいものです。武智が復活していなければ、すっかり忘れ去られて我々の記憶のなかになかったはずの作品なのですから。

(H23・11・27)


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