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特別講座:「かぶき的心情」

「かぶき的心情」は、本サイト「歌舞伎素人講釈」が歌舞伎・浄瑠璃作品を解釈する上でのキーワードとして提唱している概念です。「かぶき的心情」はこの3年くらいで 吉之助のなかで明確になってきたものです。そこで、この機会に「かぶき的心情」の概念を体系的に取りまとめておきたいと思います。これにより「かぶき的心情」の全体像を大ま かに理解いただけると共に、当サイトの記事もより深くお読みいただけるものと思います。

なお、本稿は「かぶき的心情」の全体像を把握していただくための概論ですので・あえて教科書的に記述することとし、さらに細部について補説の形で追加することとします。


1)「かぶき的心情」について

戦国の世・安土桃山の世は、大きな社会構造の変化とともに・民衆の意識に大きな活力を与えました。実力と運さえあれば、身分の低い者でも天下を取れる時代でした。また、南蛮貿易により海外の文化・ 思想が流入して民衆の眼は大きく世界に向けて開かれました。しかし、関ヶ原の戦い・大坂夏の陣が終わると、急速に時代が冷え始めます。身分は次第に固定され・流動性がなくなってきて、かつての時代のダイナミ ズムが失われていきます。江戸初期の若者の心情を代表するのは「生き過ぎたりや」という科白です。「自分はもっと早く生まれるべきであった・遅れて生まれてしまった」という憤懣です。誰もが時代の閉塞感を感じて、ありあまるエネルギーをどこにぶつけていいかが分らなくなっていました。

そうした時期に登場したのが、出雲のお国によるかぶき踊りです。江戸幕府開府の年(1603年)に登場したかぶき踊りは、民衆の心情をとらえ・ついには「かぶき」という言葉が江戸という時代を象徴するものにまでなりました。

「かぶき的心情」、そこでは個人の意識が外界に出て行こうとするエネルギーが封じ込められて・行き場を失ったやり場のない苛立ちと憤懣となって現れます。その苛立ちを晴らそうとして・彼らは粗暴な行動に出ます。また、その心情はしばしば派手な化粧や衣装になって現れます。「かぶき者」というのはそうした無頼漢・ごろつきのことを言いました。しかし、彼らはただ粗暴であるのではなく 、自分が守らねばならない何ものかがあるということを意識しているのです。それが自分の苛立ちの原因であることも分っています。それを現代の言葉で言えば「アイデンティティー(自己の存在証明・自分が自分であることの意味)」ということです。だからこそ、彼らはそれを守り・貫くために命を掛けようとするのです。(別稿「かぶき的心情とは何か」をご参照ください。)

つまり、かぶき的心情は個人の心情の原初的な発露と考えられます。そこでは社会・共同体というものはまだ明確に意識されていません。かぶき的心情は「個人」というものをやっと意識し始めた段階における心情の発露なのです。やっと芽生え始めた個人の真情・自由への息吹きが時代によって押さえ込まれたという異常な状況、それがかぶき的心情を特異なものに しています。抑えられている心情が暴発するような形で突発的な行動に現れます。その行動 は個人のアイデンティティーの主張なのです。

かぶき者において特徴的なこの心情は、かぶき者だけのものではありません。この時代のすべての若者、武士・農民・町人に共通した心情なのです。「かぶき的心情」は江戸時代前期を覆う時代的心情です。

2)「かぶき的心情」の現れ方の時代的変遷と6つのパターン

「かぶき的心情」は、個人のアイデンティティーの強い主張として現れるものです。それは直情的・突発的な行動に見えるかも知れません。しかし、じつは本人にとっては一定の心理的プロセスを経て湧き出すもので突発的でも何でもないのです。かぶき的心情の現れ方にはいくつかのパターンが見られます。それは個人と他者との関わりによって変化します。

例えば「自分にあらぬ疑いを掛けられた時に・腹を切る」という行動を考えてみます。表面的には同じ腹を切る行為であっても、時代によってその腹を切るという行為の背後にある心理プロセスが異な ってくるのです。

A)江戸初期における「かぶき的心情」の基本プロセス:

自分に罪がないのならほんとうは死ぬ必要はないはずです。しかし、自分は命を惜しむが故におのれの無実を言い訳するのではないということを証明しなければならない。まず腹を刀を突き立ててみせる・それによって自らの潔白を証明するというような形を取るのです。

そうすることで、自分の主張にまったく私心のないこと・損得勘定がないこと・自分の心情の純粋なことを証明しようとするわけです。この心理プロセスがかぶき的心情のもっとも典型的・かつ 基本的な現れ方です。後述のパターンはこのバリエーション(あるいは発展形)と見ることができます。

これを「疑いを掛けられた自分を恥として死ぬ」と読む見方もあるでしょうが・そうではなくて、そうした心理プロセスは後世において現れるパターン(E)なのです。江戸初期のかぶき的心情に「恥」の概念はあったとしても・それが根本動機ではないと考えるべきです。

かぶき的心情はしばしば劇場的(演劇的)な現れ方をするもので・そこに「観客」が意識されています。しかし、アイデンティティーの主張の 方向は「観客」より「自分自身」の方を向いているのです。彼は自分のアイデンティティーを裏切ることが許せないから自ら腹を切るのです。ひたすらに無私であって・後の事を何も考えていないのが特徴でもあります。だからこそ・その思いに嘘偽りがないと見なされるわけです。それ故にその思いの強さが観客を感動させるわけです。

「曽根崎心中」においてお初が「証拠なければ理も立たず、この上は、徳さまも死なねばならぬ。いつまでも生きても同じこと、死んで恥をすすがいでは」と叫び、徳兵衛と心中に突っ走る心理はまさにかぶき的心情の典型的な現れ方です。我が子を忠義の証として主君の身替りに殺す「寺子屋」の松王などもその例です。

B)江戸初期における「かぶき的心情」のバリエーション:

自身のアイデンティティーに疑いが生じた時に、自分が腹を切ることによって・アイデンティティーそのものを消し去ってしまおうとする心理プロセスです。つまり、自分が自分であることの根拠を自ら抹殺することで、自分の信じていたものに対して復讐しようとしているとも考えられま す。自暴自棄の行為に見えますが、この場合でも・そういうものを信じていた自分自身が許せないという思いの方が強いのです。つまり、これはAのパターンの裏返しと見ることができます。

「出世景清」において、夫景清に裏切られた阿古屋が「殺す母は殺さいで助くる父御に殺さるるぞ」と叫んで・二人の間に生まれた子供を刺し殺す行為は・そうした心情の反映と言えます。

C)江戸中期における「かぶき的心情」のバリエーション:

「自分が自ら命を捨てる」ことで・その思いの強さによって相手の心を変えようという行為です。芝居では近松半二作品の登場人物に多いパターンです。例えば「沼津」において平作が十兵衛に対して・敵の行方を白状させるために・まず自分の腹を切るというケースです。あるいは「盛綱陣屋」で小四郎が腹を切り・それを見た小四郎を無駄死にさせないために盛綱は偽首なのを承知しながら・その首を高綱の首だと言うというケースです。「勧進帳」の弁慶もこのパターンだと言えます。

この場合はアイデンティティーの主張の対象が「自分自身」よりも・「相手」の方にやや比重が移行しています。そこで「自分の正当な位置(アイデンティティー) の実現」を相手に要求するのです。そのために自らの命を捨てて・相手を心情によって揺り動かそうという心理プロセスになります。

このパターンにおいても、その心情の強さは自分にまったく私心のないこと・損得勘定がないこと・自分の心情の純粋なことが大前提になっています。すなわち、「自身のアイデンティティー」の強さがまずあるのです。それがなければ相手の心を変えることはできるはずがありません。「・・だから相手は自分を受け入れるはず(べき)だ」という論理展開 になります。その点でその行為は能動的行為であるということが言えます。

これを自らのアイデンティティーの論理に縛られて・自ら死に追い込まれていくという解釈に取るのは間違いです。それは後世において現れるパターン(E)なのです。

D)江戸中期における「かぶき的心情」のバリエーション:

アイデンティティーの強さが重荷に感じられてくる・自分の正当な位置を実現することの責務から「逃避」しようとする心理によって自害するケースがあり得ます。この場合、アイデンティティーが世間のしがらみ・義理の重さとして意識されています。

しかし、一般的には身分を捨てたり・土地から逃げ出すことで・アイデンティティーの重みから開放されようとする形で現れる場合が多いだろうと思います。禄を離れた武士や・人別帳からはずれた無宿者が江戸に目立つようになって社会問題化するのは江戸中期以降のことです。鶴屋南北作品においてこうした登場人物が多くなります。「四谷怪談」での民谷伊右衛門がその典型的な例です。

ここで気を付けなければならないのは、自由を求めて身分を捨てる・共同体の否定反抗という明確な社会意識を持った行為ではないということです。個人と社会の対立関係は まだそこまで明確に意識されてはいないのです。単なる逃避行為と考えるべきです。さらに時代が下がって社会の閉塞感が強くなって・あきらめと無力感の方が先に立つようになると、次の(E)のパターンになっていきます。

E)江戸後期における「かぶき的心情」のバリエーション:

「疑いを掛けられた自分を恥として死ぬ」というようなパターン、あるいは「自分の正当な位置」に縛られて・強制される形で自ら死に追い込まれていくというパターンです。周囲に振り回される・他動的 行為であって、その心情の強さにより自ら死に追い込まれるという印象が強くなります。

ここではアイデンティティーの主張の対象は「自分自身」より「周囲・世間」が強く意識されています。「アイデンティティーが実現されないことの口惜しさ・みじめさ」が、周囲の嘲笑・あざけりのような形で意識されます。それが「恥」の意識を生むのです。場合によっては、周囲から嘲笑されている自分が耐えられない・それを恥として死ぬという心理プロセスをとります。

これでお分かりの通り、日本人の「恥」の観念・あるいは「世間の目」への意識というものは、江戸後期におけるかぶき的心情のバリエーションから来るものなのです。

この場合においても、もちろん自分の正当な位置(アイデンティティー)の主張の強さが主人公の心情の根本にあります。しかし、自分を取り巻く環境のどうにも動かせない無力感というものが圧倒的に強くて、その心情の強さが逆に「みじめさ・やりきれなさ」という形で自分自身をさいなむのです。

黙阿弥の芝居の登場人物の多くは、例えば「十六夜清心」の清心は「一人殺すも千人殺すも、取られる首はたったひとつ、こいつァめったに死なれぬわえ」などと言いますが、社会への反抗などという明確な意識 を持っているわけではありません。ただ逃避的に社会から離脱しようとして・意気がっているだけのことです。結局は社会に絡め取られて罰せられることになります。「ああ、あれも一生、これも一生・・・こいつァ宗旨を替えなきゃならねえ」と言って、鋳掛け道具を川へ投げ込んでしまって盗賊になるという「鋳掛け松」なども同様です。

F)明治以降における「かぶき的心情」のバリエーション

ここまで5つのパターンは江戸期におけるかぶき的心情の現れ方を示しました。明治においては、西洋から「個人の権利意識」あるいは「社会契約思想」などが流入しています。近代社会になって・国家の重圧は一層の重圧感を以て個人に迫ってきました。だから、日本の若者はいや応なしに個人と社会の問題に対峙しなければならなかったのです。この時に想起されたのがかぶき的心情です。したがって、かぶき的心情を個人と社会の関係から捉えようとする新しい見方が出てきます。かぶき的心情を「社会への反抗・社会への批判」 によって読もうとするわけです。

新歌舞伎はこうした「かぶき的心情の新しい読み方」から出てくるのです。「濁りに沈んで濁りに染まぬ、清いおとめと恋をして・・・」という「鳥辺山心中」の菊池半九郎はその代表的な例です。あるいは「頼朝の死」において、名ばかりの将軍に仕立て上げられ・父の死の真相さえ知らされないことに怒り・いらだつ源頼家です。

以上、かぶき的心情の表れ方を時代変遷によって見てきました。時代的な流れを通覧すれば、「アイデンティティー」の主張が個人レベルにおいて出てくるのが初期の段階で、それが次第に社会(世間)あるいは周囲の眼を意識し始める ・やがて、逆に社会(世間)が個人の意識を縛り始める・それによってかぶき的心情の発現がねじれ始めるのが中期・後期の流れであるということが大まかに理解されると思います。

3)「かぶき的心情」は日本だけのものか

「かぶき的心情」は日本だけのものではありません。それを個人のアイデンティティーと・彼を取り巻く状況との関係であると考えるならば、それは洋の東西を問わない問題であると考えるべきです。実際、上記に上げたかぶき的心情のパターンと同様なものを西洋文学作品から挙げることができます。

「かぶき的心情」の特徴的なことは、安土桃山期において・大きく外部へ(自由へ)踏み出し個人の意識を持ち始めた精神が、江戸期になって・身分の固定化と鎖国制度など特異な人為的 政治要因において狭いところに押込められた・自由を急激に奪われた状況になったことが非常に大きいのです。いわば「精神の監獄状態」です。この特殊な時代状況がかぶき的心情を生み出したのです。

この江戸の日本人の特殊な精神状況は、19世紀の西欧において・合理的世界観の行き詰まり・膨張した経済と帝国主義のなかで個人が巻き込まれていく閉塞感やこれからの時代はどうなっていくのかという不安・いらだちとまったく質的に同じです。だからこそ、19世紀の西欧の芸術家は江戸文化を知って衝撃を受け たのです。ジャポニズムの衝撃はそこから生まれたのです。かぶき的心情は、19世紀の西洋人の精神状況を先取りしていたということです。

ただし、次のことを付け加えておく必要があります。かぶき的心情は本来、個人の深いところから発する心情であって、他者・あるいは社会を「自己と対峙する存在」として意識するものではないのです。

日本人特有の概念だとよく言われる「世間」は、個人と彼が所属する共同体との関係がちょうど親と子のように・切っても切れない血縁にも似た精神的つながりで結ばれていることから生まれるものです。西欧のように個人は社会との契約関係によって成り立つという考えならば、個人のアイデンティティーを意識した時に・個人は共同体との疎外感(対立意識)を持つものだろうと通常は考えられます。ところが日本人の場合はその意識にある種の甘えか・許しが最初からあるので、反応がウェットに現れるのです。それは江戸初期に個人の意識が芽生え始めて十分に伸びきらないところで急激に押さえ込まれたという特殊状況によるところが大きいと思われます。社会的に自立しきっていない・未成熟であるという見方もできます。かぶき的心情を考える時には社会を対立的概念としてあまり強く考えない方がいいです。(ただし、明治以降の新歌舞伎を考える場合は別です。)

『自由主義者ってのは、あれは、いったい何ですかね?」と、かっぽれは如何なる理由からか、ひどく声をひそめて尋ねる。「フランスでは、」と固パンは英語のほうでこりたからであろうか、こんどはフランスの方面の知識を披露する。「リベルタンってやつがあって、これがまあ自由思想を謳歌してずいぶんあばれ廻ったものです。十七世紀と言いますから、いまから三百年ほど前の事ですがね。」と、をはね上げてもったいぶる。「こいつらは主として宗教の自由を叫んで、あばれていたらしいです。」「なんだ、あばれんぼうか。」とかっぽれは案外だというような顔で言う。「ええ、まあ、そんなものです。たいていは、無頼漢みたいな生活をしていたのです。芝居なんかで有名な、あの、鼻の大きいシラノ、ね、あの人なんかも当時のリベルタンのひとりだと言えるでしょう。時の権力に反抗して、弱きを助ける。当時のフランスの詩人なんてのも、たいていもうそんなものだったのでしょう。日本の江戸時代の男伊達とかいうものに、ちょっと似ているところがあったようです。」「なんて事だい、」とかっぽれは噴き出して、「それじゃあ、幡随院長兵衛なんかも自由主義者だったわけですかねえ。」「そりゃ、そう言ってもかまわないと思います。もっとも、いまの自由主義者というのは、タイプが少し違っているようですが、フランスの十七世紀の頃のリベルタンってやつは、まあたいていそんなものだったのです。花川戸助六鼠小僧次郎吉も、或いはそうだったのかも知れませんね。」「いったいこの自由思想というのは、」と固パンはいよいよまじめに、「その本来の姿は、反抗精神です。破壊思想といっていいかも知れない。圧制や束縛が取りのぞかれたところにはじめて芽生える思想ではなくて、圧制や束縛のリアクションとしてそれらと同時に発生し闘争すべき性質の思想です。」』(太宰治:「パンドラの」 )

*太宰治:パンドラの匣 (新潮文庫)

ここで太宰治は「かぶき者の心情は自由思想、その本来の姿は反抗精神」とその本質を看破しています。その反抗のエネルギーを自分自身に向けて蓄積して・高めていって・自分自身にその意味を問うのがかぶき的心情です。その意味でシラノ・ド・ベルジュラックも、ルートヴィッヒ・ファン・ベートーヴェンも、アルチュール・ランボーもかぶき者なのです。

だから、かぶき的心情を日本特有なものと考える必要はないです。かぶき的心情で大事なことは「自身とアイデンティティー」との係わり合い、そして、それを実現し・守り抜くためにどう自分は生き・行動するかという問題なのです。かぶき的心情を考えることは現代においてその意味を さらに増していると言えるのはないでしょうか。

4)かぶき的心情の芸術表現の現れ方

自由な精神は、世界を在るがままに表現しようという意欲を持つものです。つまり、その芸術表現は本来は「写実・そっくりそのまま」を目指すものなのです。写実とは何でありましょうか。イメージとしては、「曲線的・立体的・ 協和音・流れるような動き・ゆったりとしたテンポ・複雑・曖昧・柔らか・豊かな色彩感・豊穣・喜び・感謝」などです。

かぶき的心情の表現はその逆・すなわち「反写実」と考えられます。状況によって自由を奪われた精神においては、世界がそのままに見えることは決してありません。どこか が歪んで見えるのです。イメージとしては「直線的・平面的・ 急き立てるような単純なリズム・ぎこちない機械的な動き・鋭さ・原色的な色彩・不協和音・高調子の発声・苛立ち・訴え」などです。

しかし、明記しておかねばならぬのは、芸術家はたとえどのような状況であっても決して世界を呪うことはしないのです。芸術家は「反写実」の表現によって自由な 精神への憧れを歌うのです。そのことを忘れてはなりません。(別稿「立体性のない演劇」「なぜ歌舞伎の舞台は平面的か」をご参照ください。)

万有引力とは引き合う孤独の力である/宇宙はひずんでいる・それ故みんなは求め合う/宇宙はどんどん膨らんでゆく・それ故みんなは不安である』(谷川俊太郎:「二十億光年の孤独」)

かぶき的心情は確かに江戸の特殊な「精神の監獄状態」が生んだものです。(別稿「かぶき者たちの心象風景」をご参照ください。)しかし、それは「江戸暗黒時代説」に直接つながるものではないのです。江戸の民衆の精神はそのような 厳しい状況においてもなお自由であったのです。このことは江戸文化の生み出したその豊穣を見れば明らかなことだと思います。

(H16・10・10)

(後記)

「かぶき的心情」についての一連の考察は「芸能史考・かぶき的心情」のコーナーをご参照ください。

本稿で取り上げた歌舞伎作品での「かぶき的心情」の現れ方の具体的な考察については、「芸能史考コーナー」での作品リストをご参照ください。

 

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