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フリチャイの録音 


○1950年6月6日ライヴ

ヨハン・シュトラウス:ワルツ「芸術家の生涯」

ベルリンRIAS交響楽団
(ベルリン、ベルリンRIASスタジオ)

コンサートスタイルですが、ワルツのリズムの推進力に頼って音楽が前のめりにならず、旋律が息深くしっかり歌われて、軽い音楽に墜していないことを評価したいと思います。


○1951年1月18日ライヴ

モーツアルト:歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」序曲

ベルリンRIAS交響楽団
(ベルリン、ベルリンRIASスタジオ)

テンポが早く、リズムがよく斬れており、響きが引き締まって透明感があるせいか、若干ロッシーニみたいな感じがしあすが、生きの良い表現です。そのような面は曲の性格のなかに出ているような気もします。


○1959年9月17日〜23日(FR)

チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

ベルリン放送交響楽団
(ベルリン、ダーレム、イエス・キリスト教会、独グラモフォン・スタジオ録音)

白血病のために長期療養を余儀なくされていたフリチャイがベルリン放送響の指揮台に復帰したのは1959年9月27日のことで、この録音はそれに先立って録音されたものです。死に直面したフリチャイの心境がこの「悲愴」の演奏に影を投げかけていると聴き手がそう思って聴くせいもありますが、特に第1楽章冒頭はじつに重苦しく 、低音がうめくように響く深刻な雰囲気で、また第4楽章終結部でもテンポをグッと遅く取って・消え入るようま弱音のなかに緊張感を極限まで持続させていきます。その全体を貫くその緊張感は尋常ではありません。そのことが50分を超える演奏時間の長さにも現れていますが、しかし、これは思い入れ過剰な演奏ではなく 、むしろきっちりとフォルムを意識した演奏なのです。かなり遅めのテンポを取っていますが、あまりテンポを動かさず・ベルリン放送響の硬質な響きをうまく使って旋律の歌い方もどちらかといえば直線的であり、感傷的な表現を拒否しているように感じられます。第1楽章はフリチャイが録り直しを考えたようですが、やや深刻になり過ぎで・重い印象を後に引きずっているように感じられますから、そのことをフリチャイは気にしたのでしょう。印象に残るのは中間楽章で、キビキビと引き締まった造形とオケの整然とした動きが生命への輝かしい讃歌のように聴こえることです。特に第3楽章でのベルリン放送響の重量感と迫力は数ある「悲愴」の演奏でも抜きん出たものです。


○1961年2月5日ライヴ

ベートーヴェン:レオノーレ序曲第3番

ベルリン放送交響楽団
(ベルリン、自由ベルリン放送協会大ホール)

芝居っ気のある表現を意識して排除しているようなところがあり、オペラの序曲というより、交響詩的な演奏ですが、密度が高く、純音楽的に引き締まった表現であると思います。


○1961年11月14日ライヴ

デュカス:交響詩「魔法使いの弟子」

ベルリン放送交響楽団
(ベルリン、自由ベルリン放送協会大ホール)

リズムはとく切れていて、生きの良い表現ですが、フリチャイはあまり情景描写には関心がないうようで、洒落っ気に欠けるところがあります。純器楽的に表現に徹していて、早いテンポでさっさと済ませる感じで、もう少し遊びが欲しいところです。


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