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絶望やニヒリズムから芸術は決して生まれないのです。


つい先日(平成27年1月)Eテレで「日本人は何をめざしてきたのか」というドキュメンタリー・シリーズで・戦後の知識人7人(司馬遼太郎・丸山真男・吉本隆明など)を取り上げた番組が放送されたのでそれを見ました。「日本人は何をめざしてきたのか」というタイトルならば平成の現代は彼らの思想からみて在るべき未来になっているのか・あるいは平成の現代から彼らの思想を読み直すならば改めて 問われているところは何か・・戦後史を検証する・そういう視点がなければならないと思いますが、そのような視点がまるで欠けているのがNHKらしいところだなあと思いました。こういう知識人がいたんだということを総花的にひと通りさらうには便利な番組という以上のものでないのは残念なことでした。

たとえば第7回の三島由紀夫のことですが、生前の三島と親しくしていたドナルド・キーン先生が遺作となった「豊穣の海」四部作の構想について、三島がキーン先生に「豊穣の海のタイトルは月面の海のカラカラの嘘の海を暗示したもの」という手紙をもらって衝撃を受けたというエピソードが出て来ます。この話は三島文学に関心のあるなら知らない方はいないはずで、吉之助にとっても今更というようなものですが、番組ではこれが三島のニヒリズムを示すものだという結論になっています。これでは平成の現代に生きる人たち ・特に若者への三島からのポジティヴなメッセージにならないと思いますがね。

まずドナルド・キーン先生に申し上げたいですが、失礼ながら、三島と同時代に一緒に仕事をしてきた方は・あまりに三島に近過ぎる位置にいた為に、見なくてよいものを見てしまい・遠くにいれば見えたはずのものが見えないという不幸もあるかと思いますね。もちろん同時代人の証言という価値を認めた上での話です。同時代文学としての読み方は、作品が生まれた時代から時を経るにつれ当然変わって行かねばならないものです。吉之助は若干遅れた世代です(13年くらいしか三島と重なっていない)が、遅れた世代だから見えるものもあるのです。キーン先生は「完全なニヒリズム」と仰いますが、三島はあの手紙に次のように書いていますね。

『「豊穣の海」は月のカラカラの嘘の海を暗示した題で、強いて言えば宇宙的虚無感と豊かな海のイメージをだぶらせたようなもの』

キーン先生は後半の「・・と豊かな海のイメージをだぶらせた」の部分を重視されないのでしょうか。「豊穣の海」は近くで見ればカラカラの不毛の土地、しかし遠くからみればそれは豊かな生溢れる海なのです。そのどちらもが真実なのです。キーン先生は片方だけしか見ていません。「暁の寺」に出てくる唯識論が分かっていれば、 そのような読み方は出来ぬと思います。吉之助の考えは別稿「三島由紀夫と桜姫東文章」をご参照ください。いくらでも論拠は出せます。

キーン先生も立派な著作をいくつもものした書き手であるからよくお分かりのはずだと思います。吉之助も物書きですから、これは確信として言えます。芸術作品というものは絶望やらニヒリズムからは決して生まれないのです。作家は自分の生きている証を作品のなかに刻みつけようとするものです。見掛けがどれほど絶望やニヒリズムのように見えても、たとえ一片であっても生に対する 愛おしさがなければ芸術作品は作れないのです。「・・と豊かな海のイメージをだぶらせた」のなかに、三島の生に対する前向きの意志のようなものがあります。ポジティヴなものがどこかになければ作品は未来の読者に対するメッセージには決してならないのです。これは誰の作品でもそうです。三島が「完全なニヒリズム」だなどという読み方は、三島のどの作品においても、少なくとも吉之助の読み方ではありません。三島由紀夫没後45年にもなろうとしているのだから、そろそろ戦後を引きずらない世代の、三島文学を平成のポジティヴな新らしい視点で読み直した評論がこの時代の為に必要であると思います 。

(H27・4・5)


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