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GHQ報告書〜戦後歌舞伎の出発点


○GHQ報告書・戦後歌舞伎の出発点・その1

歌舞伎学会誌「歌舞伎・研究と批評」最新号(第38号)に浜野保樹氏による「GHQ機密報告書:検閲と日本演劇の現状」という研究が出ています。これは1947年 (昭和22年)に提出されたGHQ(占領軍総司令部)の内部報告書の全訳です。機密報告書というと・何だか物凄い陰謀か裏話でも出ていそう に思いますが、そんなことはありません。しかし、あまり 知られることがなかった終戦直後の歌舞伎の実態が・検閲する米軍側からの立場で綴られている点で非常に興味深いものがあります。なるほどここから戦後の歌舞伎が始まったのだということがよく分かります。

この報告書には筆者が明記されていませんが、主筆は民間諜報局・検閲部(CCD)の演劇部門の責任者で・後にハワイ大学で演劇を教えるアール・アーンスト、 歌舞伎の部分は・その部下のフォービアン・バワーズが書いたと推測されます。バワーズについては、皇国・忠孝思想を煽る危険性があるとして歌舞伎の主要演目 (特に時代物)がほとんど上演禁止になったのを少しづつ解禁にする努力をしてくれたということで「戦後歌舞伎の恩人」としてよく知られています。このことは岡本嗣郎著「歌舞伎を救ったアメリカ人」(集英社文庫)に詳しく記されています。 (なお、同書でバワーズがマッカーサーの副官であったとあるのは間違いであるそうです。)

さて、この報告書ですが・目的が検閲部の職務成果報告ですから、ここからアーンストあるいはバワーズがどのくらい歌舞伎を理解しているかを直接判断することはできません。しかし、報告書を読むと 彼らがはっきりした目的意識を以って検閲の仕事に取り組んでいることが明瞭に分かります。つまり、日本での民主化を阻害する要素を徹底して取り除くということです。言い方を変え ると、民主主義的な立場から見て日本人の意識は遅れており・芝居を通じて人民に民主思想を啓蒙しなければならないということです。報告書はそのような視点で書かれています。


○GHQ報告書・戦後歌舞伎の出発点・その2

『検閲部が審査した脚本の大半は、行方不明の子供との再会、間違われた出目、内輪もめ、主人への忠義と言った・幼稚で取るに足らないものである。偉大な悲劇も喜劇もない。文学的価値のある劇は存在しない。』

ここで言う演劇脚本は歌舞伎だけを指していませんが、歌舞伎がそのなかの中核にあることは間違いありません。それらはほとんど歌舞伎から生まれたものですから、こ の文章は歌舞伎のことを言っていると考えて良いと思います。ふーん、「幼稚で採るに足らない内容」ねえ。・・・日本人としてはちょっと物申したい気分になりますが、さらに報告書は次のように述べています。

『現代劇であれ時代劇であれ、禁止されたほとんどの劇は主人公の行動を恩義(obligation)の感覚で縛るという封建的概念に基盤を置いている。(中略) 恩義と感謝の感覚はこのこと自体は有害ではなく、キリスト教徒にもある程度そう思える。しかし検討してみると、それには究極的あるいは絶対的な善と悪、正と邪、正義と不正義の概念が含まれていないことが分かる。』

娘は両親に恩義を感じているので、貧しさのために売春婦に売られても彼女は異議を唱えることができない。使用人は主人の経済的破綻を助けるため、窃盗やそれ以上の悪事を行なう。 ・・・『しかし、それらは仕方のないことなのだ。売春、窃盗、殺人、それらが悪いことであるか、また恩義を感じている人が善人か悪人かについて疑念をはさむことは決してない。問題はただ恩返しということのみである。』

民主主義の教義のひとつは、個人は自分の行動を自分で決定する権利があり・その行動の結果に責任を持つということである・・・『しかし、日本人はこのような行動の選択の自由など思いつきもしないし、自分の意思に関わらず・いったん恩義を受けてしまえば、恩返しするか自決するしか方法がない。(中略)佐倉宗五郎は地域の利益のために自己犠牲を厭わない賞賛すべき男であるが、彼は掟を破ったが故に罰せられても仕方ないということになる。』

これについても吉之助としては物申したい気分ですが、しかし、これは彼らが言いたいことも何となく分からないでもありません。現代日本の若者が歌舞伎を見ても多分同じようなことを感じるだろうと思えるからです。それにしても・1947年にアメリカ人が提出したこの見方に対して、60年経って我々は(歌舞伎役者も・研究者も・劇評家も)彼らを納得させるだけの 独自の理論を構築できたであろうか、そんなことをふと考えてしまいます。


○GHQ報告書・戦後歌舞伎の出発点・その3

『歌舞伎における言葉や習慣は、(昭和20年代の)現実からかけ離れているので、現在の平均的な日本人と歌舞伎の舞台に描かれていること歴史的な場面が心理的に結びつくかどうかは疑問である。(中略)彼らは「手早く文化的なものを」という精神で見に行っているが、実際には劇を見世物以上に深くは理解していない。しかし、それゆえに危険である。(中略)歌舞伎から昔の封建時代の栄光のぼんやりした感覚以上のものを受け取ることのできない今日の観客にとっては危険性が倍加している。それゆえ検閲が必要である。』

そして報告書はその検閲の成果として、次のような例を挙げています。

長い上演禁止の末に上演許可された「熊谷陣屋」の舞台を見て、『ある批評家は、子供の頃から「熊谷陣屋」を見てきたが、これほどまでに「熊谷陣屋」の戦争放棄ということの衝撃がまともに自分を襲ったこともなかったし、戦争がもたらす悲劇と不条理な犠牲を深く感じることもなかったと書いている。この劇は二股物、あるいは引き裂かれる忠義の劇(under two flags)に属する。』

上演された「奥州安達原・三段目」について『ある劇評家は、裏切者貞任は日本のように三つの負け方をしている点に今日現代の意味深々たるものを持っていると指摘した。すなわち、彼は捕われて負けた・敵将自らの手によって自由にされたという敵将の仁慈の偉大さに征服された・武士として鍛えられたにも関わらずそれ以上にわが子を愛したから負けた。今の観客が大体これくらい深く考えてくれたら歌舞伎のもたらすものは確かに有益なものとなろう。』

まあ、そういう見方もあるかも知れませんねえ。なるほどこれが戦後民主主義思想の洗礼を受けた歌舞伎の見方なのだろうなあと言うことは分かります。報告書は自らの検閲の成果を次のように書いています。

『検閲側は、昔の英雄は常に忠義を尽くすという概念を打破するため、二股者の劇を市場に多く出している。これらの劇から受ける印象は、行動を決定するのはヒューマニティという高尚な理由であり、 これこそ以前の日本では見ることのできなかった視点である。』

なるほどキーワードは「ヒューマニティ」というわけです。現在の劇評などでよく見られる「ホームドラマ」とか「家庭悲劇」などという言葉も、1947年にGHQ報告書において提出された歌舞伎の見方のまさに延長線上にあるものです。60年経っても歌舞伎研究や劇評はその影響から脱していないことがよく分かります。


○GHQ報告書・戦後歌舞伎の出発点・その4

『検閲の伝統が日本人の心にしっかりと根を下ろしているので、彼らが疑うことなく連合国軍の検閲制を受け容れてしまうことに、幾分、失望させられている。日本人は、戦時中軍国主義者が利用した封建思想を映した劇が上演されないように気をつけるという責任を感じていない。』

報告書は江戸時代から・戦時中までの政治権力による演劇検閲の歴史を振り返り、日本の演劇人の「検閲慣れ」にいささかあきれて気味です。お上が直せと言われれば・ハイハイと脚本を素直に直すけれども、 たいして反発もしないし・何のために直さねばならないのか・ということを考えてもいないようである。結局、日本人は根本的に反省もしてないし・「自分たちはこんな演劇を作りたい」という理念を持っていないように見えると 言うのです。だから、いつまで経っても同じことをする。「松竹の関係者とは毎日連絡があり・我々の検閲の方針について承知しているはずなのに、松竹が提出してくる脚本には禁止しなければならないものが時々ある」と報告書が書いているのにはちょっと笑えます。この辺は異文化コミュニケーションの話題にもなりそうですなあ。

『日本の演劇の自衛本能はいまだに機能している。外国の流儀や習慣を真似するわずかな期間だけ・演劇に新しい思想が存在していたが、その時でさえ・これらの思想が本質的に日本的になるように変えてしまったと日本人は自慢していた。』

報告者のあきれ顔が見えるようです。この際だから戦時中に禁止されて・やりたくて出来なかったものを復活して・新しい時代の歌舞伎を開拓してみようというようなことは、あまり考えなかったのですかねえ。具体的なことは調べていないので分かりませんが、歌舞伎の脚本 (特に世話物)には戦時中の検閲で部分的に台詞などが削除修正されたのが・そのままになって現在も上演されているものが少なからずあるそうです。 そういうものは是非修正してもらいたいものですね。

『松竹は保守反動的な会社である。歌舞伎の救世主のように装うことで・この芸術形式を守っているという評判を得たが、松竹は戦時中から歌舞伎で損失を出したことがない。興行で失敗した時は安っぽいありきたりのエンタテイメントを大量に上演し、その損失を埋め合わせる。』

松竹のこの体質もあまり変わっておらぬようです。報告者もよく見ていらっしゃいますね。 いずれにせよ現代の歌舞伎の現状(舞台だけでなく・劇評・研究畑も含めて)を振り返ってみると、この報告書が伝えるところの・戦後歌舞伎の出発点の時点から本質的に様相はあまり変わっておらぬのではないか・という感慨を吉之助は持つのですが、如何なものでしょうか。

*浜野保樹:偽りの民主主義 GHQ・映画・歌舞伎の戦後秘史

     

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