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日本における「バロック的なるもの」・その1


日本にも「バロック的」なものがいたるところに見られます。むしろ、日本こそは「バロック王国」なのではないのでしょうか。本稿においては日本における「バロック」がどういうところに あるかを簡単に見てみ ます。

「バロック」は壮大な構想と細部にわたる過剰な装飾が特徴だと言われます。古典様式を破壊したような乱雑さ・猥雑さ。そのイメージからすると、それにピッタリの「日本のバロック」の代表はやはり日光東照宮でありましょう。

東照宮がバロックというのは何となく分かると思いますが、桂離宮にバロック的なところがあるというのは理解しにくいと思います。東照宮の過剰さに対して・桂離宮の簡素さ、それはまるでバロックの対極にあるように思われます。しかし、実は共通した感性でふたつの建物は結ばれているのです。

次の写真は桂離宮ではないですが・小堀遠州の設計による広間の茶の湯座敷で、狐篷庵忘筌(こぼうあんぼうせん)と言います。 簡素な書院造りの格式を残しながらも、天井板の砂ずりの木目にみえるようなわびの理念を取り入れています。こうした細部に装飾を凝らしたキッチュな質感の美が桂離宮にも随所に見られます。

実は千利休によって完成されたわびの理念は、その小さくて窮屈な茶室からも分かるように・本来は広間のような空間にはそぐわぬものです。遠州はその相反した理念を統合しているのです。窮屈な空間に凝縮させた利休のわびの理念を逆に外に向けて開放して見せたようなものです。だから、従来の美のイメージを突き崩した新奇さ(それは当時の言葉では「奇麗」と呼ばれました)がこの茶室にはあるのです。そうした矛盾した精神がまさに「バロック」なのです。

わび・さびだけが日本人の美意識ではないと思わせるのが、次にご覧に入れる葛飾北斎の「怒涛図」です。これは信州・小布施の祭屋台の天井に、当時86歳の北斎が描いたもの。そのデフォルメされた浪の力強さは、「過剰」などという言葉など不要なほど見る者に迫ってきます。

様式化されているように見えて・実にリアルで動的です。同時にそれは写実に見えて・じつは見事にデザイン化されているのです。そんな矛盾した要素がひとつの絵のなかに同居しているのは驚きです。これもまた「バロック」です。

 

 

 

日本人の「かざり」の文化工芸は、江戸において実に多種多様な展開を見せました。精緻な技巧、奔放な発想は見る者を驚かせます。武士は武具を飾り、町人は印籠や根付に工夫を凝らすことに情熱を掛けます。根付は印籠・巾着や煙草入れなどを腰に下げるために紐の先に付け・帯のあいだに通して留めるためのもの、ただそれだけのものに意匠を凝らすことに血道をあげるのです。

左の写真はみみづくの印籠・根付は蟹を模っています。奇抜なデザインが実に「バロック」です。ここでは「かざる」ということが絵画・彫刻・工芸と言ったいわば芸術の分野ではなく、もっと日常的なレベルにおいて装飾が江戸庶民の生活と結びついていたことを確認できます。幕府はしばしば 庶民の贅沢禁止令を出しました。だから、庶民はこうした小物に凝ることで憂さを晴らしたわけです。つまり、江戸の庶民の表現意欲は小さいものの方へ捻じ曲がっていったということです。そこにバロック精神があったということです。

(H17・4・10)
 

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