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主題と変奏

〜浄瑠璃・歌舞伎におけるプロットとは


『「研究者や作家のひとりひとりに性格の欠けていることが」とゲーテは言った、「わが国の最近の文学の諸悪の根源だ。特に批評においては、この欠点が世間にいちじるしい害毒を流している。真実なもののかわりに間違ったものを振りまいたり、あるいはみすぼらしい真実のおかげで、我々にとっていっそう役立つ偉大なものを奪い取ってしまうからなのだよ。これまで 世間では、たとえばルクレツィアとかムキウス・スカエヴォラとかいった英雄精神が信じられてきた。それによって心を暖められ鼓舞されてきたのだ。ところが今や歴史批評などというものが現れて、そういう人物は実在しなかったのであり、単にローマ人の偉大な精神が作り上げたフィクションか寓話と見なすべきだ、というのだね。しかし、そんなみすぼらしい真実を聞いたところで、しようがないよ!ローマ人がそういうものを創作するほどに偉大であったのなら、我々にだって、せめてそれを信ずるだけの偉大さがあってしかるべきだろうに。」』(エッカーマン:「ゲーテとの対話」・1825年10月15日)

ゲーテとの対話 上 岩波文庫 赤 409-1

1)ゲーテの戯曲論

晩年のゲーテはワイマールの館にあって・自由な思索の生活を過ごしました。エッカーマンはこうした晩年のゲーテの生活に接し、ほぼ10年間にわたるゲーテとの対話を詳しく日記に書き取りました。その内容は個人的な思い出話から諸外国の文化論・哲学論から科学論に至るまで実に多岐に渡ります。「ゲーテとの対話」はめくるページのあちこちにゲーテの深い考察と思想が散りばめられている宝石箱のような書物です。1827年1月31日、ゲーテは ギリシア悲劇について彼の考えを語っています。

『もし、詩人が歴史家の説く歴史をそのまま繰り返すだけなら、いったい詩人は何のために存在するのだろうか!詩人は歴史を乗り越えて、出切るかぎり、もっと高いもの、もっとよいものを、与えてくれなければ嘘だ。ソポクレスの描く人物は、すべてこの偉大な詩人の崇高な魂の何らかの意味での分身であり、シェークスピアの人物もまたシェークスピアの魂の何らかの意味での分身なのだ。これは正しいことだし、またそうしなければいけない。それどころかシェークスピアはさらに筆を進めて、ローマ人をさえイギリス人に仕立ててしまっているが、これもまた正しいのだ。というのも、そうしなければ国民は彼を理解しなかっただろうからね。』 (エッカーマン:「ゲーテとの対話」・1827年1月31日)

ここで ゲーテは、ギリシア神話のフィロクテテスのまったく同じ物語をギリシア悲劇の偉大な三人の詩人がそれぞれ戯曲化したことをその例に挙げています。フィロクテテスは父から預かったヘラクレスの弓矢を持ってトロイア戦争に参加します。しかし、蛇に咬まれてレームノス島に置き去りにされてしまうのです。予言者がトロイア陥落は彼の弓矢によってのみ成し遂げられると告げたため、オデュッセウスが島に渡ってフィロクテテスをトロイアに連れて行き、彼はその弓矢でトロイア王を射殺します。これがギリシア神話の伝えるところです。

ゲーテはこう言っています。これを戯曲化するにあたって作家が守るべき約束は、「フィロクテテスと弓をレームノス島からトロイアに連れ帰る」という粗筋を通すということだけです。その他の戯曲の設定、例えば登場人物の性格・それをどうやって行なうか・そこにどんなドラマを仕込むかという筋の細部は、詩人の想像力・構成力に掛かっているのです。オデュッセウスがフィロクテテスを連れ戻す時に、彼は正体を見破られた方がいいのか、また見破られないようにするにはどうすればよいのか。オデュッセウスはひとりで 島に行く方がいいのか、それとも同行者がいた方がいいのか。とすれば誰を同行者とすればよいのか。アイスキュロスの作品では誰が同行したのかは分かりません。ソポクレスではアキレウスの息子が同行することに なっており、エウリピデスではディオメデスが同行しています。フィロクテテスをどのような状況に置けばいいでしょうか。島には人が住んでいるのか・住んでいるとすれば思いやりのある人が彼を世話していたかどうか。そのほか無数の事柄はすべて詩人の裁量にまかされていて、何を選び何を選ばないかは彼の想像力の結果なのです。

『ここが大切な点で、現代の詩人たちもこのように描くべきだし、ある主題がもう以前に使われたかどうか、などといつも気にするには及ばない。しかし、もちろん一つの単純な主題を見事に料理して優れたものに作り上げるには、精神と偉大な才能が必要だが、これが現代では欠けているのだ。』(エッカーマン:「ゲーテとの対話」・1827年1月31日)

さらにゲーテの言いたいことを考えてみます。それでは三人の偉大な詩人たちはそれぞれの戯曲でおなじ題材を扱いながら別々のドラマを描き、まったく別々の主題を訴えているのでありましょうか。それは違います。彼らはそれぞれの手法に違いはあっても、まったく同じ主題を訴えているのです。その共通の主題とは「偉大な使命を持つ者・ 偉大な資格を持つ者は神の名において必ず救われる」ということです。この共通の主題を変奏曲のように三人の偉大な詩人たちが変奏しているのです。そして、それぞれが個性ある偉大な戯曲たり得ているのです。守るべき単純な主題(材料)があって、それを作家が持てる技術で料理する、その味付けは作家に任されていて・ そこにその作家だけの味わいがあるのだけれど、やはりその戯曲の感動の根本は主題から来るものなのです。

ここで大事な点は、「戯曲の主題とプロット(筋立て・構想)とを混同してはならない」ということです。作品のオリジナリティを重視する近代戯曲においては、主題とプロットは重なり合っている・あるいは同一であると見なされることがあるかも知れません。しかし、本来、戯曲においてはプロット(筋)は主題を表現する手段に過ぎないのであって、主題が主ならば・プロットはつねに従である、決して同一のものではないのです。ゲーテの指摘しているように、シェークスピアがまったくその通りです。「ロミオとジュリエット」の舞台はヴェローナである・「ジュリアス・シーザー」の舞台はローマである、しかし、そこで演じられているドラマはまったくビクトリア朝時代のロンドンのドラマなのではありませんか。

本歌取りが伝統である浄瑠璃・歌舞伎においても、このことは十分に承知しておかねばならないことです。先行作の主題・趣向のどの要素を守り・どの要素を倒置転換するか、そこに作家の力量が掛かっているのですが、作家は何をやってもいいわけではないのです。そこにはちゃんとルールというか・先行作に対する敬意というか、そういうものがあるのです。まず主題はしっかりと守らなければなりません。それが戯曲の感動の源泉なのですから。そしてその主題を踏まえて、その材料を料理するか、それが本歌取りをする作家の力量というものです。

2)「六段目」の場合

たとえば「仮名手本忠臣蔵・六段目」の勘平切腹を例に取ってみます。これは萱野三平という若者が吉良家討ち入りの仲間に加えて欲しかったのですが家族な執拗な反対でそれがままならずついに腹を切って自害したという・赤穂浪士の討ち入りの外伝的な実話から来ています。 実説の三平の陰には恋人の存在はないようです。お軽というのは内蔵助の愛妾の名前でじつは三平の恋人の名ではありません。

この実話を六段目に取り入れる時に守るべき約束事は、「討ち入りに加わりたいと願った健気な若者がそれがかなわず切腹した」という粗筋を守ることにあります。そのドラマが表現すべき主題とは何でありましょうか。それは「一途に忠義の夢を追う・若者の健気さ、その儚(はかな)さ・その危うさ」です。もちろんこれは六段目だけのものでありません。同じく勘平が主人公である「太平記忠臣講釈」・俗に言う「石切り勘平」にも共通する主題です。それ以外の筋の些細なことはドラマの味付け・個性に過ぎないわけです。いわばその味付けにおいてのみ六段目の勘平と石切り勘平は分けられているのです。

あるいは次のような反論が出るかも知れません。「仮名手本忠臣蔵」からも「太平記忠臣講釈」からも共通のものを引き出すのではなく・戯曲はまずそのテキストから純粋にその戯曲が独自に描き出すものを読むべきである・それこそがその戯曲の本質であると。それは多分、作品のオリジナリティを見出そうとする近代的な視点からの戯曲の読み方でしょうね。しかし、ゲーテも指摘しているように、そうでなくても偉大な芸術作品は成立するのです。

「六段目」がテーマにしているのは「家族の崩壊」であると書いている本(あえて名前は伏す)を読みました。ちょっとその主張を検証したいと思います。与市兵衛一家は婿の勘平に内緒で娘お軽を祇園に売ってしまいます。夫の勘平だけがそれを知らされていません。それは勘平が家族でありながら 家族として受け入れられていない・はじめから家族の員数外であったからだというのです。さらに勘平が殺したのは舅与市兵衛であると疑われてしまいます。こういう疑いも勘平がしょせん他人であるから起こると筆者は言います。そして、ここで問われているのは、家族とは何か・その家族のなかの他人とは何かということだと言うのです。だから六段目は「ホームドラマ」で、百姓家族の論理と武士の論理はしょせん相容れないものだというのが主題だというのです。

吉之助が考えるには、まず与市兵衛一家が娘お軽を祇園に売るのは婿である勘平に討ち入りの仲間に加わってもらって「男」を挙げてもらいたいからであります。彼らは百姓であるけれども・彼らなりに武士である勘平の気持ちを思い・勘平に忠義を貫かせてやりたいと必死なのです。勘平に内緒でお軽を売る (もとよりこれは女房であるお軽の自発的行為でありましょう)のは、そんなことを知ったら勘平が断るのは分かりきっているからです。与市兵衛一家は勘平を一家の一員として受け入れているどころか武士を婿としたからには自分たちも武士の論理に従って婿を応援しようと彼らは必死になっているのです。だからこそ裏切られた(おかやは勘平が与市兵衛を殺したと思い込んだ・それは誤解であったのですが)と思った時の家族の怒りも大きいわけです。

それがどうして「勘平は家族の員数外である」などという読み方になってしまうのでしょうか。吉之助が推測するに多分そこには「仇討ちは封建社会の非人間的論理である」という決め付け(思い込み)があるのだろうと思います。そうすると、仇討ちという非人間的な論理では現代人をとても納得させられない・仇討ちが非人間的な許されない行為である以上、仇討ちを美化するような六段目の主題を意図的に無視して、別の主題を見つけなければならないということになる、それで見つけ出した主題が「家族の崩壊」ということらしいのです。そうした・ささやかだが現実的なテーマなら六段目も現代人にも通用する「ホームドラマ」となるだろうと言うのでしょう。

しかし、ゲーテの言葉を引いて吉之助はこう言いたい。「そんなみすぼらしい真実を聞いたところで、しようがないよ!竹田出雲らがそういうものを創作するほどに偉大であったのなら、我々にだって、せめてそれを信ずるだけの偉大さがあってしかるべきだろうに。」

3)「熊谷陣屋」の場合

ある本(これも名前はあえて伏す)には「熊谷陣屋」についてこう書かれてありました。幕切れの花道ではじめて地に伏して慟哭し・「十六年はひと昔、夢だ、夢だ」と無情の涙に暮れる熊谷直実の姿は、もはや英雄ではなく、みずから手にかけて殺したわが子の「愛別離苦」に泣く・一介の父親に過ぎないのであると。だからこの歴史的英雄悲劇は、結局は一般庶民と同じ、子を思う父という平均的人間性の一点に還元されてしまう、つまりこれは「家庭悲劇」だと言うのです。

吉之助は思いますが、もし熊谷直実が我が子小次郎の人権を思い・我が子の人生を思い・我が子を殺すことを是としていないのであれば、直実が我が子を殺したことは人間として絶対に許されないことであると思うのです。それならば、直実は武士であることを捨てて子供を連れて一緒に逃げるべきなのです。それならば吉之助は親としての直実を認めます。しかし、直実はどう悩んだかは知らないが、結局、直実は小次郎を殺したわけですよね。ということは直実が主人義経の命令を断りきれずに・封建社会の論理の重圧に負けて・非情にも我が子を殺したことになるのでしょう。そんなのは英雄ではない、ただ人間的に弱いだけじゃないでしょうか。それが我が子を殺した後でヒイヒイ泣いたとしても・あなたは今さら直実に同情をしますか。これを悲劇と呼ぶのでしょうか。そんな直実は断罪されるべきではないでしょうか。

吉之助は直実は義を貫くために・ここで我が子を身替りにせねばならないと確信していると思います。次いでに言えば斬られる小次郎もまたそのために我が身を犠牲にせねばならないと確信しているのです。(別稿「かぶき的心情と世間・社会」をご参照ください。)もちろん親が我が子を殺すなどということは、本来許されるはずもなく・悲しむべきことであるのは当然です。親に先立たねばならない子の悲しみもまた同様です。それでも我が子を殺さねば自分の義が貫けないところに直実の「悲劇」があるのではないでしょうか。悲劇の主人公は自分に冷たい風に向かって・涙をこらえつつ無言で立ち尽くすからこそ、その姿が悲劇になるのです。主人公が観客に向かって「 この俺の悲しみが分からないのか・この状況は酷いと思わないか」と言って泣き叫ぶのは悲劇とは申しません。

それがどうして直実が「我が子との愛別離苦に泣く・一介の父親」になってしまうのでありましょうか。吉之助が推測するにはそれはおそらく「主筋の身替りになって我が子を殺すということは封建制度の非人間的行為である」という決め付け(思い込み)があるからだろうと思います。そんな非人間的な論理では現代人をとても納得させられない・ 身替りが非人間的な許されない行為である以上、身替りを美化するような熊谷陣屋の主題を意図的に無視して、別の主題を見つけなければならないということになる、それで見つけ出してきた主題が「 愛別離苦」らしいのです。そうした・ささやかだが現実的なテーマなら熊谷陣屋も現代人にも通用する「家庭悲劇」であろうと言うのでしょう。

しかし、ゲーテの言葉を引いて吉之助はこう言いたい。「そんなみすぼらしい真実を聞いたところで、しようがないよ!並木宗輔がそういうものを創作するほどに偉大であったのなら、我々にだって、せめてそれを信ずるだけの偉大さがあってしかるべきだろうに。」

史実の源平合戦の敦盛・直実のエピソードを芝居にするにあたり、劇作家が守らないければならない約束事とは何でありましょうか。それは「熊谷直実が花のような若武者敦盛を殺して・この世の無常を感じて出家した」という筋の骨格 ・それだけなのです。そのドラマが訴える主題とは何でありましょうか。それは「このような花のような美しい若者さえも散らなければならないこの世の儚(はかな)さよ」ということです。それが「平家物語」においても・ 謡曲「敦盛」においても・「熊谷陣屋」においても共通する主題なのです。この主題を描いているならば、熊谷に殺される若者がたとえ誰であっても・それが劇中において「敦盛は直実に斬られて死んだ」とされるのならば芝居の約束は叶うのです。「直実が斬ったのは実は我が子であった」というように大胆不適な逆転の構図を設定してもその約束に叶っているのならばドラマは見事に成立するのです。そのことが「熊谷陣屋」の舞台を見ればお分かりになるはずです。

4)時代を超えた読み方を

ここまで「戯曲の主題とプロットは混同してはならない」ということを考えてきました。「六段目」においても・「熊谷陣屋」においても、彼らの生きる社会が封建社会であるということは戯曲のプロットに過ぎないのです。勘平も直実も封建社会に生きる人間なのですから、彼らの行動が封建社会の倫理に基づいていることは当然です。勘平は仇討ちを熱烈に望みながら死んでいき、彼の家族はその犠牲になってバラバラになってしまいます。直実は我が子を身替りに殺し、主人義経はそれを然りと受け取ります。しかし、戯曲にとってはそうした登場人物たちの思想行動さえもプロットに過ぎないのです。そのプロット・制約のなかで登場人物がどう苦しみ・悩み・泣き・喜んで、どう生きたのかということこそが問題なのです。

プロットにこだわっている限り、作品は時代の制約を受け、時代を超える読み方で作品を読むことはできません。「六段目」の主題も・「熊谷陣屋」の主題もそういう次元にはないのです。「六段目」を家族崩壊のホームドラマとする見方・「熊谷陣屋」を 愛別離苦の家庭悲劇とする見方も、プロットの次元で・プロットを主題と取り違えたところで、戯曲をあれこれ弄くり回しているに過ぎません。そのような読み方自体が時代の制約に縛られていると言うべきです。

戯曲は(もちろん文学作品も)もっと高次な主題を無意識的に目指すものです。はるか昔の封建社会の倫理に基づくドラマが現代に生きる我々になおも感動をもたらすならば、その主題は時代を超える普遍的な何物かを訴えていることに気が付かねばなりません。人間を感動させる主題なんてものは、複雑な難解なものではあってはならないのです。それはあっけにとられるほど単純なものに違いありません。それゆえに時代を超えて人間の琴線に触れるものなのです。

そうした主題は作品と真正面に対峙して・その本質を大づかみにとらえることによって見えてくるものです。このことは浄瑠璃・歌舞伎作品の作劇の本歌取りの発想プロセスを検証する意味でも大事なことです。ゲーテはその秘密を次のように語っています。

『どんな詩人にしても、自分の描いた歴史上の人物の性格を知っていたためしはない。よしんば知っていたところで、そんな性格を作品に生かすことは難しかったろう。詩人は自分の狙おうとしている効果を知っていなければ駄目だし、それに自分の描く人物の性質を合致させるようにしなければならないのだ。私がエグモントを、史実の伝えるままに、12人の子持ちの父親に描こうとしたら、彼のうかつな行動は筋の通らないものに見えたことだろう。だから、私はもうひとり別のエグモントを、彼の行動とも、自分の作家的意図とも、いっそう釣り合うようなエグモントを作り上げる必要があった。これが、私のエグモントなのだ。』 (エッカーマン:「ゲーテとの対話」・1827年1月31日)

(H16・3・14)

 

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