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お岩の悲しみ〜これがわたしの顔かいの

平成25年7月歌舞伎座:「東海道四谷怪談」

尾上菊之助(お岩)、市川染五郎(伊右衛門)


「東海道四谷怪談」は文政八年七月江戸中村座での初演。初演時の「四谷怪談」は「仮名手本忠臣蔵」と交互に上演されて、二日掛かりで完了する興行形式が取られました。しかし、初演以後は「忠臣蔵」と切り離されて単独での上演となり、もっぱらお岩のお化け芝居として上演されて来たわけです。お化け芝居として観客を怖がらせる為に、お岩の怨念の凄まじさを描 こうと、いろいろな工夫がされました。またそうなると怨念の対象である伊右衛門の悪も、その怨念にふさわしい凄みを利かせなければなりません。こうして現代の「四谷怪談」は、恐らくは初演とかなり違う感触の芝居になってしまいました。

もちろんそのような「四谷怪談」の変遷は、作品自体にそうなる要素が包含されていたからだとも言えます。しかし、現代の「四谷怪談」は確かにお化け芝居であって、お岩の怨念も凄まじさと仕掛けで観客をどのように怖がらせるかが焦点です。また明治以降においては伊右衛門に封建論理に敢然と反抗する自由人的感性を見ようとする傾向が強くなってきました。お岩については、伊右衛門と対立し、これを押さえつけようとする非合理的な存在であると見るわけです。だから逆の意味で、お岩の怨念の凄まじさが重要になって
来ます。

したがって現代の「四谷怪談」は、興味はどうしても伊右衛門の方に向き勝ちです。お岩の方はお化けですから、どちらかと云えば、伊右衛門の方から見てお岩がどのように見えるかという視点から論じられることになる。思い返してみれば、これまで「歌舞伎素人講釈」で論じてきた「四谷怪談」もどれも伊右衛門を論じたものなのですねえ。そこで、今回は、お岩の方から「四谷怪談」を論じてみたいと思うわけです。

そのようなことを考えたのも、今回(平成25年7月歌舞伎座)の「四谷怪談」は菊之助が初役でお岩を演じるということであったからです。「四谷怪談」は三代目菊五郎の初演。お化け芝居は音羽屋の家の芸と云われましたが、実は五代目菊五郎以降は、六代目梅幸はお岩を得意としましたが、六代目菊五郎はお岩を一回しか演じませんでした。六代目はどうも気乗りがしなかったようです。七代目梅幸も当代七代目菊五郎 もお岩を演じていません。誰だって役の向き不向きはありますから、向きでないのを・家の芸だからといって無理にやる必要はないわけですが、そういうわけで音羽屋とお岩さまは久しく縁遠かったのです。ですから菊之助がお岩に挑戦するというのは、いろんな意味において嬉しいことです。

そこでお岩について考えてみたいのですが、どうしてお岩は死んで幽霊になって化けて出るのでしょうか。・・「決まってるじゃないか、伊右衛門を恨んでいるからだよ」という声が聞こえてきそうです。自分を裏切った夫への恨み、伊藤家への憎しみ、そして執念の深さ・・・なるほどねえ。確かにその死の直前にお岩は、「ただ恨めしいは伊右衛門どの、喜兵衛一家の者どもも、なに安穏におくべきか。思えば思えば、エエ恨めしい、一念通さで置くべきか」と言っています。

なるほど、凄まじい怨念の台詞です。が、これは、本来、お岩のような、か弱い市井の女性が言う台詞でないのではないか。つまり、世話物で女性が死ぬ時に言う台詞にしては言葉が強過ぎないか・凄まじ過ぎないか。そういうことを感じてもらいたいわけです。歌舞伎で云えば、例えば、荒事の主人公になる人物が、その死の直前に「生き変わり死に変わり、この恨み晴らさで置くべきか」と叫んで、死んで、そして怨霊となって舞台に再び登場します。「なに安穏におくべきか。思えば思えば、恨めしい、一念通さで置くべきか」という台詞も、時代物で男が、しかも身分の高い人物か・あるいは武士が死の直前に言う方が、本来ふさわしい台詞なのです。このギャップを承知のうえで、鶴屋南北は敢てこの台詞をお岩に言わせていると、吉之助は思います。

そこで改めて「なに安穏におくべきか。思えば思えば、恨めしい、一念通さで置くべきか」というお岩の台詞を見れば、この後にお岩は宅悦と揉み合って・柱に刺さった刀に触れてしまって命を落とすのです。だから、生理学的にはこの時点で死ぬわけですが、「四谷怪談・浪宅」のドラマを見れば、お岩の心はそれより以前に死んでいると考えなければなりません。それは、恐らく髪梳きの最中です。「伊藤家にこの礼を言わねばならぬ、その前に女のたしなみ」・・と言って、お岩は髪を梳き始めます。本来ならば美しくなるための女の儀式である髪梳きが、梳けば梳くほど髪がボロボロ抜けて、ますますお岩は凄い形相になっていく・・・まったくやりきれない場面です。こうしてお岩は異界の存在へ転化していく。髪梳きはそのような恐ろしい場面です。だから、この髪梳きの過程でお岩は精神的に死ぬに違いありません。だから、「なに安穏におくべきか。思えば思えば、恨めしい、一念通さで置くべきか」という台詞は、怨霊として異界の存在へ転化した後の、死んだ後のお岩が言っていることになります。

それでは、上記の考察を踏まえて、「どうしてお岩は死んで幽霊になって化けて出るのか。何がお岩を変えるのか。」ということを改めて考えます。吉之助が思うには、その答えは、鏡に映った変わり果てた自分の顔を見る時のお岩の台詞にあります。

『ヤアこりゃコレ、ほんまにわしの面。マア、いつの間にわしの顔が、このような悪女の面になって、マア、こりゃわしかいの、わしかいの。ほんまに私の顔かいのう。こりゃマアどうしよう、どうしよう、どうしたらよかろうぞいのう』

ここに聞こえるのは、お岩の深い悲しみです。何で自分がこんな目に合わなきゃならないのよ、という悲しみです。どうしようもないほどの、それを感じれば感じるほど、自分がはち切れて壊れてしま いそうな、そのような悲しみです。その悲しみこそが、歌舞伎の世話物の、高貴な身分でもない、名もない、か弱い市井の一女性が、幽霊に転化するための、ただひとつの要因なのです。言い換えれば、そのような演劇的な手続きを経て・女が実質的に死んだと同然の状態にならない限りは、本来、時代物で男が言う台詞を、世話物で女が言うわけに行かないということです。そこは南北は手錬の戯作者ですから、踏まえるべき約束事をきっちり守って書いているのです。

南北は同じような芝居をもうひとつ書いています。それは「色彩間苅豆(かさね)」です。累(かさね)には何も罪もないのに、因果の糸のもつれから、面相が変わって、与右衛門に殺され、そして幽霊になって出てきます。その文句を見てみます。

『のう情けなや恨めしや、身は煩悩のきすなにて、恋路に迷い親々の、仇なる人と知らずして、因果はめぐる面影の、変わり果てにし恥ずかしさ・・(中略)・・わが身にまでもこのように、つらき心は前の世の、いかなる恨みかまわしと、くどきつ泣いつ身をかきむしり、人の報いのあるものか、無きものか、思いしれやとすっくと立ち・・』

ここに聞こえるのも、累の深い悲しみです。累の悲しみも、お岩の悲しみも、その悲しみはこの世界そのものに対しています。これは「生きるってどういうことなの・・・」という悲しみなのです。そのような強烈に偏った感情が、お岩や累の意志とまったく関わりのないところで、彼女らを異界の存在(怪物)に変えてしまうのです。ホントは彼女らは、ほんの小さな幸せを願っていただけのはずです。それが、自分の意志と関係ないところで、この世のところのモノと思われない姿とされて、人々に怖がられて・・・それはとても悲しいことなのです。だから心底恐ろしいのではありませんか。

菊之助初役のお岩のことですが、いつものお化け芝居のお岩を期待している方には、淡白すぎるというか・アッサリし過ぎに思えるかも知れません。如何にも化けて出そうなねっとりとした湿ったおどろおどろしい雰囲気(それがどこか執着の深さに通じるのでありましょうか)を期待しまうのでしょう。まあそれも分からないことはないです。その方がお化け芝居らしいですからね。六代目歌右衛門のお岩は確かに怖かった。じっくり時間を掛けて、ねっとりねっとりの髪梳きでした。しかし、あれは長過ぎだったかも知れません。それと比べれば確かに菊之助はアッサリしています。ところが、面相が変わった後のお岩の悲しみが、とてもピュアに見えて来たのです。これは不思議なことです。どういう芸の作用に拠るのでしょうかね。菊之助が若くて美しいからでしょうか、台詞が明晰だからでしょうか。しかし、お岩の悲しみがピュアに伝わってきました。こうしてお岩は幽霊にされてしまうのです。

注を付けておきますが、歌右衛門に悲しみがなかったと言っているのではないのです。歌右衛門の場合でも悲しみは深いのだけれど、歌右衛門のお岩は、お化け芝居で長く培われて来たお岩のイメージのいろいろなものを複合的に引きずっているから、複雑だということです。菊之助は、お岩が幽霊 に転化する要因を、ホントにシンプルにピュアに提示している。どろどろしたところがない。そこがとても新鮮に感じられました。こういうお岩さまもあるのですねえ。

(H25・7・21)

(追記)同じ舞台での染五郎の伊右衛門については別稿「染五郎の伊右衛門」をご覧ください。

東海道四谷怪談 新潮日本古典集成 第45回


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