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女形のファルス

平成22年4月・ル テアトル銀座:「近代能楽集」〜葵上・卒塔婆小町

美輪明宏演出
美輪明宏(六条康子・老婆)、木村彰吾(若林光・詩人)


○平成22年4月・ル テアトル銀座:「近代能楽集」〜葵上・卒塔婆小町・その1

『向こう岸から見た方が流れている渦巻きの形は客観的によく見えるでしょ。渦巻き自身に渦巻きは見えないですから。(中略)もののけですから、私。男でも女でもない。』(美輪明宏・インタビュー「美輪明宏が語る「私と三島由紀夫」:サンデー毎日・2010年4月11日号)

美輪明宏は現代女形の創始者と言われているのだそうです。彼(彼女か?)によれば 優れた女優はみんな女形で、杉村春子は三代目中村梅玉から学んだし、水谷八重子は喜多村緑郎から・山田五十鈴は花柳章太郎から影響を受けているのだそうです。(上記インタビューより) なるほどそうでしょうねえ。男から見た女を形象化する女形の芸を優れた舞台女優はちゃんと盗んでいるのです。ところで、美輪明宏が言うのと若干ニュアンスは異な るかも知れませんが、フロイト精神分析において女性を「男性ではない存在」と定義する理論は、歌舞伎の女形にこれを適用した時に最もぴったりと当てはまると吉之助は考えています。女形とはファルスを剥奪された存在であり、そのような女形を様式の中核に位置付ける歌舞伎という演劇には ファルスの欠如感覚が見られるということです。だから女形というのは「男でも女でもない」のです。(これについては別稿「歌舞伎とオペラ〜女形とカストラート」のなかで考察をしました。)女形とは江戸幕府の女優禁止という措置によって写実の本質を剥奪された歌舞伎が生み出した・極めて不自然かつ人為的な産物なのです。だから女形の芸にはつねに「喪失した・去勢された・剥奪された」という負のイメージが付きまといます。

ところが歌舞伎の家に生まれ・女形として生き・それしか生きる道がなかった役者にはある種の「開き直り」が生じたかも知 れないということを考えます。つまり「私は私なのよ・私は女形なのよ・それが私なのよ」ということです。そうするとそこに「女形のファルス」のようなものが生じます。どこか とんがったような・突っ張ったような何かです。心理学用語ではファルスは象徴的ペニスと規定されますからちょっと変な表現なのですが、やはりこれは女形のファルスとしか言いよう がないものです。それは女形自身のアイデンティティーと直結するもので、気を付けて見れば歌舞伎のいろんなところに女形のファルスが顔を覗かせているかも知れません。しかし、それはふつうはオカマ的な虚飾の芸に隠蔽されてあまり強烈に表に出ることがないようです。吉之助が見る限り、そのような女形のファルスを強烈に感じさせた女形はただひとりであったと思います。それは六代目中村歌右衛門で した。

歌右衛門は見かけが実にたおやかでしたし・物腰言動も優美でしたから、「突っ張っている」という表現に意外の感を覚える方が居られるかと思いますが、吉之助に言わせれば歌右衛門ほど凛として立つという印象を与えた女形はなかったのです。歌右衛門によく言われたところの権力志向などということを言っているのではありません。歌右衛門には「私から女形を取ってしまったら私じゃなくなるんだから」という切羽詰った感じがあったということです。三島由紀夫が歌右衛門に対して言った「時代に対する危機美」がまさに これをぴったり言い当てたものです。(これについては別稿「六代目歌右衛門の今日的意味」をご参照ください。)歌右衛門と同時代の名女形であった七代目梅幸は普段はどこかの上場企業の社長さんと言われればそれで通りそうな紳士でした。梅幸は気負ったところがないまったく自然体の女形で、女形のファルスという突っ張った印象とは無縁でした。もちろんそれは現代の女形のあり方としてとても素敵なあり方なのです。歌右衛門は歌舞伎の歴史のなかで例外的な存在かも知れません。

ところで、女形のファルスを感じさせるという点において美輪明宏は歌右衛門に ちょっと似たところがあると吉之助は思うのですねえ。何だかデンと舞台中央に居座っている感じがあります。「私を否定できるならやってごらんなさい」という感じです。もちろん表面の技芸・芸質は違いますが、この感覚がまさに歌右衛門だなあと思います。このふてぶてしさは、美輪明宏が近年インタビューなどでよく語っていることですが、彼自身が若い頃から世間の偏見中傷にさらされて・修羅場を経てきたことからくるものでしょう。その意味でも彼が現代劇の女形を名乗ることはさもありなんと吉之助は思うのです。


○平成22年4月・ル テアトル銀座:「近代能楽集」〜葵上・卒塔婆小町・その2

「私如きものが・・・」と遜りながら・気が付くといつも歌右衛門は最前列の真ん中に座っているとよく言われたものでした。しかし、役者の場合はそのような「自分が主役」という意識がどこかにあってもよろしいのではないでしょうかね。特に歌舞伎の場合はドラマがモザイク的に成り立つものですから、自分の持ち場は主人公然とやってよろしいのです。例えば「熊谷陣屋」ならば直実の物語りの場面で相模が 脇の位置をわきまえなければならぬのは当然ですが、我が子の首を抱いて嘆くクドキの場面では相模はその場の主役として突出して良いわけです。この場面での歌右衛門演じる相模はいつでも突出していましたし、歌右衛門でしかあり得ない濃密な時間がそこに流れていました。そこに吉之助は女形の突っ張ったものをいつも感じたものです。 他の役者であるとその演技の良し悪しは別にして、相模がすべて取ってしまって・そこから熊谷の悲劇がネガの形で浮き上がるような事態は起きないでしょう。これはまあ意地悪く見れば目立とう精神と似たようなものに見えるかも知れませんが、吉之助に言わせればこれは「私が演る以上はこの役の持つ情念を十全に描き切らないで置くものか」という役者根性なのです。「女形である私」という歌右衛門のアイデンティティーと結びついているからなおさら強いのです。

ところで今回の美輪明宏演出・主演による三島由紀夫の「近代能楽集」の舞台も、現代女形としての美輪のファルスを感じさせるものだなあと思いますねえ。三島の「近代能楽集」は8作ありまして・吉之助は「班女」が作品的に特に優れたものだと考えますが、美輪 が「葵上」と「卒塔婆小町」の2作を選んだのはこれは当然と言えば当然のことで、役に対する思い入れの強さがその選択のポイントなのです。吉之助は美輪の演技術を歌舞伎の女形のそれと比較するつもりはありませんし・またその必要もないと思いますが、美輪が演じる主役ふた役(六条康子と老婆(小町))はやはり女形のファルスというものを強く感じさせます。それは主人公に対する共感と言っても良いですし・自己同一視と言っても良いかも知れませんが、主人公に対する美輪の強い思い入れが感じられるものです。しかし、美輪の解釈は基本的にポジティヴで健康的な ものです。これは意外に思えるかも知れませんが・決してそうではなく、主人公を自分と重ねて思い入れするならば・それは自己肯定にならざるを得ませんし、またそうあるべきものなのです。

三島は「近代能楽集」において原作から幽玄だとか不条理であるとか、現代人が能楽に期待する高尚さや思想性を取り去りたかったのかも知れません。もちろんそのような要素を世阿弥の時代の能楽も持っていたと思いますが、当時はまだそれらは能楽が醸し出すひとつの雰囲気に過ぎなかったのです。後世にそれらのイメージが自己増殖して・それらがあたかも能楽の本質であるかの如くになってしまったのかも知れません。そのようなことを三島は考えたのかも知れないと想像をします。そしてその代わりにそれこそ原作から最も遠いような現代の俗悪な光景を与えたのです。そのような俗悪な光景のなかから数百年の時を隔ててドラマの線が浮かび上がってきます。美輪の演出はそのようなドラマの線を視覚的にスッキリと、具象的に分かり易く描き出しています。象徴的な舞台を作ってその余韻を味わってくださいという舞台を美輪は作らないのですねえ。そこが美輪演出の「近代能楽集」のポイントということになるかなと思います。

「葵の上」では若林光と葵は愛し合っている夫婦であり・(過去にいかなる経緯があったにせよ)六条康子は今は光に捨てられた嫉妬に身を焼く女として描かれており、舞台に登場する康子(それは生霊である)に対して光が冷たい態度で終始接するのがふつうの解釈かと思います。嫉妬に狂った女の怨念は恐ろしい、康子本人は認識しておらずとも・深層心理のなかに暗く渦巻く情念の嵐が葵を取り殺すということになります。まあ能楽の原作を踏まえればそういう解釈になるのが通例かなと思います。しかし、美輪演出では光と葵の夫婦関係は政略結婚で冷え切っており、光の真実の愛は過ぎ去った過去の康子との日々のなかにあ ったのです。企業戦士としての日々に疲れ切った光は、妻を捨て去り・青春時代の恋愛の世界へ自己逃避してしまいます。(上演プログラムの美輪明宏によるコメント「演ずるに当たって」より)どちらの解釈が良いかとか正しいとかは別に置きまして、美輪明宏が六条康子を演じるならば・その生霊も思い入れができるものでなければならぬ、真実の愛は康子の方にあり、その生霊は美しく肯定的でなければならぬというのは、吉之助には「美輪ならばそうでなければ叶わない」と納得できるものです。

誤解がないように付け加えますが、これは美輪が作品を自分の方に強引に引き寄せて解釈しているということではなくて、この方が主役(六条康子)に視点を置いた時の情念のドラマの線がシンプルに・ストレートに見えてくるのですねえ。美輪は「表向きはこうだけど内心は違うんだ」とか深層心理ではどうなるだのと、ドラマを意図的にこねくり回して・ややこしく複雑に解釈することをしないのです。そのきっかけというのは美輪が自ら演じる役に対する思い入れということにあります。つまり美輪のアイデンティティーと強く結びついているところの現代女形のファルスが根底にあるのです。「葵の上」終盤で、電話の傍にある黒い手袋を取り上げて呆然とする光の脳裏に、あの青春の日々の音楽が鳴り響き(ここではハチャトリアンの音楽が効果的に使われています)・光はすべてを投げ捨てるように舞台から客席の方へ駆け下りていきます。実はここでドラマは終わっており、幕切れでの葵の悶死はもはやピリオドとしての意味しか持ち得ません。しかし、それが逆にドラマの余韻を生むわけです。だから「近代能」だということです。


○平成22年4月・ル テアトル銀座:「近代能楽集」〜葵上・卒塔婆小町・その3

武智鉄二が「近代能楽集」の「綾の鼓」を演出した時(昭和30年)の話ですが、ご承知の通り・武智は女形の台詞の末尾の「・・・じゃわいなあ」という修飾が大嫌いな人でしたから、次のようなことを書いています。

『例を挙げると「綾の鼓」の後の場で、華子が言う待ち謡(別段待ち謡として書かれたものではないけれど、しかし、能楽的ドラマツルギーのなかで、それは必然的に待ち謡の形式を捉えていた)の文句、「来ましたわ、私来ましたわ、あなたが来いとおっしゃったからよ」を、謡のフシをつけて謡ってみると、それがいかにも冗長で冗漫な感じが、私にはしてきたのであった。つまり、それは接尾語だけが余分だという感じであった。謡の文句としては、「私来ました。あなたが来いとおっしゃったから」で十分なのであった。「わ」とか「よ」とかという言葉が、謡独特のフレージングをつけたユリブシで長く引き伸ばされて謡われる時、現代語の空虚が、伝統芸術という祖先の声によって、厳しく批判され、非難されているという気が強く実感として、私に起こったのであった。』(武智鉄二:「三島由紀夫・死とその歌舞伎観」・昭和46年)

吉之助は弟子を自認するくらいですから武智の言いたいことはもちろん良く分かりますが、これは「近代能楽集」が原作である謡曲の題材も形式も思想も現代劇のスタイルに置き換えた作品であると解釈するならばそういうことになるのかなと思います。そう解釈してしまうのは「近代能」というイメージに固執するからでしょう。しかし、ある頃から吉之助はそういうのは三島が付けた「近代能」という擬古典的な触れ書きに騙されているのだろうと考えるようになりました。三島がやろうとしたことはもう少し狡猾で、能の象徴性とか幽玄とか言うけれど、後世の眼から見れば演劇としてまだ未分化であった能楽が持つドラマのピュアな要素だけ抜き出して・これを使って現代の設定で描いてみせるということであったと思います。世阿弥が現代に生まれていればこんな現代劇を書いたかなという遊び心だと思うのです。ですから私来ましたわ、あなたが来いとおっしゃったからよ」と言う時に「わ」とか「よ」とかという台詞の語尾が現代語の空虚を呼び起こすという武智の指摘はまさにその通り正しいのですが、逆に言うならば現代という時代の空虚を描写するために「わ」とか「よ」とかという台詞の虚飾の語尾を三島は必要としたということなのです。それは虚の手法なのです。三島はそれを意図して私来ましたわ、あなたが来いとおっしゃったからよ」と書いたのです。そこに「近代能」を名乗ることの意味があると考えます。三島が美輪明宏に再三「近代能楽集」の上演を頼みに来たというのもそれを考えれば当然のことかと思います。女形というのは演劇における虚であるからです。虚の言葉を操るのに女形ほど視覚的にも実質的にも相応しい存在はないということなのです。

しかし、演じる役に対する思い入れが過ぎるとこれもまたチト困る場合があります。「卒塔婆小町」で美輪が美しい姿で小町を演じたい気持ちは良く分かります。また 演じさせてやりたい気持ちが観客にもあると思いますが、実際に美しく変身した小町が舞台に現れてみるとそれが芝居を視覚的に分かりやすくしていることは確かですが、やはり落ちる所に落ちた感じがするのです。「秘すれば花」ということもあるのではないでしょうかね。「どうせ美輪が出るのなら綺麗な姿が見たかったねえ」と言われても見せないというところに意味があると思うのですが、そこで見せちゃうから落ちちゃうわけです。「老婆から小町に早替わり」と言ってますが、舞台袖に引っ込んで の衣装替えは、猿之助の早替わりを知ってしまった吉之助には・たとえそれが時間半分でも早替わりには見えませんね。どうせやるなら「アマデウス」冒頭でサリエリ役の幸四郎がやったように、鬘とマントをバッとかなぐり捨てて老体から若返って見せる。これで良ろしいのではないでしょうか 。

美輪の演じる卒塔婆小町」は美し過ぎる私の永遠の悲劇・・というところでしょうか。吉之助は作品の主題を詩人の心情の方に読みたいと思いますが、まあ美輪明宏が卒塔婆小町」を演じるならばこうでなければならないということは吉之助も理解はします。それはやはり美輪の役(小町)に対する思い入れの強さということなのです。幕切れの巡査との会話で「(そこに転がっている男が)酔っ払ってきてやってきて、私に色気を出しやがるんですよ」という台詞は死者を冒涜する嫌な女の台詞だとしてカットしたのも、小町に対する思い入れから来るものでしょう。カーテンコールで美しい小町の姿に戻って踊りまくるというのも贅沢なファン・サービスになっていると思います。ただし余韻という点ではちょっと・・というところかな。能楽の余韻は大事なんですよね。

(H22・5・30)

三島由紀夫:近代能楽集 (新潮文庫)


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