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「禁問」とかぶき的心情

平成18年11月新橋演舞場:「番町皿屋敷」

尾上松緑(青山播磨)・中村芝雀(お菊)

*本稿は吉之助の音楽ノート:ワーグナー:歌劇「ローエングリン」としてもお読みいただけます。


○「禁問」とかぶき的心情・その1

平成18年11月新橋演舞場の「番町皿屋敷」のビデオ映像を見ました。松緑の青山播磨・芝雀のお菊というフレッシュな組み合わせです。吉之助にとって播磨と言えば初代辰之助(現松緑の父)が思い出されます。辰之助は若くして亡くなりましたが・男性的な線の太い芸風で、二代目左団次系統の芝居にはよく似合って おりました。辰之助の当たり役であった播磨は、お菊が皿を割ったと知って怒るところから・お菊を手討ちするに至る心理過程をストレートに描いて・その男らしさが 強く印象に残るものでした。そういうわけで松緑の播磨を期待して見ましたが、亡き父を彷彿とさせる線の太さは確かにあるものの・部分的にちょっと描線が弱くなるところが見えま す。そこに役の解釈の迷いが見えるようです。まずこの点を考えて見ます。

巷間の劇評を見ますと・この時の松緑の播磨について「台詞を歌わず・あまり朗々と張り上げることをしない」という評言がいくつか見られましたが、吉之助はまったく逆の評価をします。むしろ松緑の播磨は「音楽的に朗々と歌 おう」とする意識が強いように思われました。そのために例えば「伯母様は苦手じゃ」・「散る花も風情があるのお」と言った台詞において、まるで「さあここが決め所だ」と言わんばかりに・それまでの調子が破綻して・急に大きく抑揚が付いて大仰な台詞廻しになっています。これが大正浪漫の香りなのか 。いや吉之助にはちょっとおセンチ過多に聞こえました。このことが松緑の播磨を臭い印象にしています。そうではなく・このような左団次劇の決め台詞と言われる台詞こそむしろテンポを早くしてサラリと流すべきものです。決めを決めと見せないところに左団次劇の美学があるのです。

例えば幕切れにお菊の遺骸を投げ込んだ井戸を見込んで播磨が言う「家重代の宝もくだけた・播磨が一生の恋も滅びた」という台詞は、松緑の播磨は歌おうという意識が強いために詠嘆調に陥っており ・かえって緊張が抜けている。これが播磨の印象をセンチメンタルで弱いものにしています。このことは別稿「新歌舞伎のなかのかぶき的心情」でも触れましたが、青山播磨は旗本奴です。旗本奴というのは「かぶき者」の一派で、派手な衣装をして町を練り歩き乱暴狼藉を働く者たちです。彼らは自意識の強い連中で「男道(おとこみち)」を磨きながらも、日々の生活のなかで持てるエネルギーを発散できずに屈折しながら生きていました。江戸の世はすでにそのような旺盛なエネルギーを受けとめるだけのダイナミズムを失っていたのです。その 喪失感が彼らを自暴自棄の異様な行動に走らせます。彼らは「自分たちは時代に適合できない人間だ・自分たちの生きる場所はここにない」と感じているのです。そして、その憂さを晴らすのは喧嘩ばかりです。そうした播磨がどうやら生きてこられたのは、ただお菊との恋のおかげでした。この恋がなければ死んでしまいたいくらい人生に深く失望しているのが播磨という男です。その愛するお菊に自分の気持ちを疑われて、播磨はこの世に生きる 根拠は失われたのです。「家重代の宝もくだけた・播磨が一生の恋も滅びた」という台詞は、この世で自分が生きていることの最後の縁(よすが)を奪われてしまったことの嘆きです。だからこの台詞で播磨の失望を太い調子で表現せねばなりません。歌って言う台詞では決してないのです。

○「禁問」とかぶき的心情・その2

松緑の播磨のセンチメンタルな印象は、共演のお菊の印象から来るものでもあります。芝雀のお菊の演技は六代目歌右衛門から雀右衛門を経た流れにある従来のお菊の解釈を忠実になぞったもので、その意味では神妙な出来であるという言い方も確かに出来ます。しかし、まさにその点が吉之助の不満です。つまり芝雀が悪いというより・従来型のお菊の解釈が悪いということになりますが、従来型のお菊は「女の浅い心から・愛する男を疑って・男の心を試そうと・家の宝をつい割ってしまった愚かな女」という以上のものに見えないのです。それは女性は男性に従属して生きるものだという古い時代の女性観を引きずったままのお菊像です。これではこの芝居が大正の「新しい時代の歌舞伎」であることの意味が見えて来ません。

別稿「散る花にも風情がある」にも書きましたが、作品本来のお菊は播磨に対してはっきり怒っているのです。「私のことを何だと思ってるの・私に内緒でお見合い話を進めたりして・アンタも男ならどうするのかはっきりしなさいよ・別れるというなら死んでやるから」というのがお菊の気分です。台詞にはそうは書いていないけれども、心情として間違いなくそうである。そうしたイライラした心情が家宝の皿を割るという危険な行動になって表れるのです。これはお菊の「かぶき的心情」であり、播磨がかぶき者であるのと同様・お菊もまたかぶき者だと言うことです。

そう考えた時にお菊は単純潔癖症の播磨の一方的な愛情の犠牲者なのではなく、播磨に堂々と対峙して・自分の愛に応えることを播磨に要求して死んでいった女性であることが分かるのです。かぶき者である播磨の本質は研ぎ澄まされ、幕切れの播磨の 憤激の意味が観客に理解されることになります。それならば播磨の印象がセンチメンタルなものになることは決してありません。お菊の演技によって・播磨の印象は全然変わって来るのです。ところが、歌舞伎でのお菊の解釈は従来型に凝り固まっていて・ほとんど再検討がなされていません。そのために「番町皿屋敷」はついちょっと昔に初演された作品・つまり本来は現代人にとって最も親しい作品であるはずなのに、現代人に理解しがたい芝居になっています。

しかし、かぶき者としてのお菊の性格が理解されれば・「番町皿屋敷」が新歌舞伎であることの所以はお菊という存在にあることは明白です。見方を変えれば「番町皿屋敷」はお菊のドラマであるとさえ言えます。さらにこのことを考えていきます。

○「禁問」とかぶき的心情・その3

ここで全く別の視点から「番町皿屋敷」のドラマを見ることをしてみたいと思います。ワーグナーの歌劇「ローエングリン」(初演1850年=嘉永3年)は、ワーグナーが楽劇形式に移行する以前の最後のロマンティック・オペラの傑作です。大筋は次のようなものです。

中世ドイツのブラバント王国にエルザという美しいお姫さまがいました。エルザは身に覚えのない弟殺しの嫌疑で裁判に掛けられます。もはや絶体絶命と言うその時、どこからともなく白鳥が曳く小舟に乗って謎の騎士が登場します。騎士はエルザと結婚し領地を守るが・「自分の名前や身元を決して聞いてはならない」と言って・これをエルザが承諾すると、騎士はエルザの潔白を証明するために決闘して、これに勝利します。やがて、ふたりは結婚するのですが、エルザは夫がいつか自分の元から去っていくのではないかという不安に駆られて・ついに騎士の素性を聞いてしまいます。騎士は自分はモンサルヴァート城で聖杯を守護する騎士ローエングリンであると告げて・立ち去ります。これを聞いてエルザはその場で倒れて・息絶えます。

ここでローエングリンが「自分の名前や身元を決して聞いてはならない」というエルザへの要求は「禁問」と呼ばれるものです。ただし、これは「禁じられた質問」ということではなくて・原語のFrageverbotというのは「問う行為・質問する行為を禁止する」という意味です。第1幕第2場でローエングリンはエルザに対して次のように言います。

『二度とあなたと別れないことをお望みならば、ひとつだけ誓ってもらいたいことがあります。あなたは決して尋ねてはならない。また、知りたく思ってもならない。どこから私が来たか ・そして何と言う名前か・どういう素性であるかと言うことを決して聞いてはなりません。』

ワーグナーは歌劇「ローエングリン」の題材を中世ドイツの伝説からとっています。「禁問」というテーゼは神話や伝承によく出てくるものです。その多くは神が人間に対して何かを禁ずる・その約束を人間が破ってしまって罰を受けるという種類のものです。ワーグナーの時代(19世紀)のドイツでは古い民話や伝承の収集研究が盛んに行われました。グリム兄弟の「グリム童話集」、アルニムとブルレンターノによる民衆歌謡詩集「子供の不思議な角笛」の編纂などがそうした成果です。この時代の民話ブームは、ひとつには産業革命やフランス革命などにより民衆の生活が急速に変化していくなかで・人々は次第に生き苦しさを感じ始め、自身のアイデンティティーの揺らぎを過去を振り返ることで確認しようとする行為でもありま した。つまり、どこかに「自分の生きるべき時代はこんな時代ではない」という思いがあって・自己の再確認を過去の憧れに求めているのです。つまり、吉之助は「歌舞伎素人講釈」で「生き過ぎたるや」というかぶき者の思い・それが歌舞伎の原点であることを申し上げていますが、これと完全にオーバーラップする ものが19世紀の浪漫派の芸術運動に見えるということです。

上記のことは非常に重要なことですが、それだけなら民話ブームは単なる回顧趣味か・時代への不適合のように思えるかも知れません。しかし、決してそうではありません。それでも人は生きていかねばならぬわけですから・「自分の生きるべき時代はこんな時代ではない」という内心の思いと人は対峙していかねばならないのです。ワーグナー自身は次のような意味のことを手記に残しています。「神話が述べるところは神と人間の係わり合い を語った寓話なのではなく ・結局人間の心の葛藤のドラマを表している」ということです。そのことからワーグナーは神話の教えるところを人間のドラマとして再構築していきます。こうした考え方からワーグナーは禁止された問いを発してしまうエルザのことをこのように書いています。

『はっきりこうなることを知りながら・愛の避け得ぬ本質のゆえに倒れ・身を破滅させたこの女性、恋焦がれながら愛する彼をしっかりと捉えられないと感じた時・わが身を破滅させてしまいたいと思ったこの女性、まさしくローエングリンに触れたがために身を滅ぼしていかねばならず・またこの男をも破滅させてしまう女性。そのようにしか愛することのできなかった女性。(中略)私は今、分かりました。おぼろげに感じてはいたが、しかし、はっきりとは分からなかったある高貴なものを目指して放った矢が、実はローエングリンだったのだ。しかし、私は真に女性的なものを見つけ出すため、彼を見捨てざるを得なかったのである。この真に女性的なものこそ、たとえ男の利己主義がどんなに高貴な姿をとってそこに現れてきたとしても、その前に出ると破壊され、崩れ去り、私とすべての人々に救済をもたらしてくれるのだ。エルザ、今までの私では理解できなかった、しかし今やついに理解できるまでに至った女性、最も純粋な感覚的無意識の本質をまさに表出するエルザ、私を完全な革命家に仕立て上げたのは他ならぬエルザなのだ。』(( リヒャルト・ワーグナー:「我が友への告知」・1851年)

○「禁問」とかぶき的心情・その4

「番町皿屋敷」のお菊が播磨への愛ゆえにお家重宝の皿を割ってしまう行為は、歌劇「ローエングリン」においてエルザがローエングリンに対してその禁じられた問いを発してしまう行為と重ねた時にその意味がはっきりと見えてきます。このことは決して偶然ではありません。岡本綺堂の「番町皿屋敷」は大正5年(1916年)の初演。それは状況に対峙して・ 自らの意志によって自分を選び取ろうとする個人思想の影響を強く受けている のです。もちろんそういう考え方がそれまでの歌舞伎に全然なかったわけでもありません。むしろ心情としては歌舞伎にはそれが満ち溢れています。「歌舞伎素人講釈」ではそれを「かぶき的心情」と呼んでいます。しかし、個人と社会・個人と状況 を対立構図として明確に意識することは・江戸時代の歌舞伎にはまだなかったことで した。お菊の怪談伝説(播州皿屋敷)自体は江戸の昔からあるものですが、綺堂はこれを大正の時代感覚で再解釈して・新釈「皿屋敷」を作り上げたのです。その創作過程はワーグナーが中世ドイツの伝説を19世紀のオペラに仕立て上げた過程とほぼ同じものと考えることが出来ます。

『はっきりこうなることを知りながら・愛の避け得ぬ本質のゆえに倒れ・身を破滅させたこの女性、恋焦がれながら愛する彼をしっかりと捉えられないと感じた時・わが身を破滅させてしまいたいと思ったこの女性、まさしくローエングリンに触れたがために身を滅ぼしていかねばならず・またこの男をも破滅させてしまう女性。 そのようにしか愛することのできなかった女性。』

ワーグナーの手記のローエングリンを播磨に・エルザをお菊に読み替えれば、それがそっくりそのまま「番町皿屋敷」にも当てはまることが分かります。「禁問」とは絶対的な服従の要求です。そのことを不満に思うことも・異を唱えることも許されないということです。「ローエングリン」の場合は愛への絶対的服従・永遠の隷属の要求ということです。まあ言ってみれば・「男の我が儘」ということかも知れません。そのような状態にエルザは敢然と反抗するのです。ワーグナーが「私を完全な革命家に仕立て上げたのは他ならぬエルザなのだ」と言っているのはこのことです。ローエングリンの作曲当時のワーグナーは革命運動に身を投じており、ドイツ国内では人相書を公布され・指名手配されていたため、1850年のワイマールでの 本作初演に関与することが出来ませんでした。ですから歌劇「ローエングリン」は中世ドイツ伝説を借りてはいますが・新時代の感覚での再解釈であるのです。(その後の歌劇「ローエングリン」の世間の受容はその方向に行かなかった・例えばヒトラーがドイツ精神の精華として この作品を政治的に利用したことは非常に深刻な問題ですが、これはまた別の問題です。)禁問を発そうとするエルザと・これを押し止めようとするローエングリンとの第3幕 第2場でのやりとりを見てきます。

ローエングリン:「私の犠牲を贖うただひとつのものは、あなたの愛のなかに求める他ない。だから、いつまでも疑いの心を起こさず、あなたの愛の保障を私が誇れるようにしておくれ。」
エルザ:「おお、何と言う言葉でしょう。前には私を偽ろうとなさり、今度は悲しませることをおっしゃるとは。あなたが捨てていらした運命は、あなたのためにはやっぱりとても幸せなものだったのね。この私のところへ喜んで来たとおっしゃりながら、心のなかではやっぱりお帰りになりたいのね。おお、私にとっては、私の真心だけあればいいとは、私はどうして思えましょう。私はほんとうにみじめですわ。」

ここでローエングリンが「私が犠牲にしたもの」と言う意味は・まだこの時点で明らかにされていませんが、彼が聖杯の騎士という崇高な職務を捨てて(すなわち彼本来の本質を捨てて)彼は今エルザとここに居るということを指しています。ローエングリンはエルザとの愛に満たされながらも・自分は自分の本質(聖杯の騎士)を裏切っていると言う自責の念に苛まれているのです。逆に言えば、こうして自分はその本質を裏切るという犠牲を自分に強いているのだから・あなたは自分の愛だけに応えて欲しいということです。これは確かに見方によっては「男の我が儘」ということですが、「人というものはどこかで本来の自分を裏切り・その自責の念を押さえつけながら・別の人生を生きている」というのが浪漫派的な人生観なのです。この感覚がかぶき的心情に重なることは言うまでもないことです。

播磨の場合を見てみます。播磨は白柄組に所属する旗本奴であり、本来は傍若無人な振る舞いをして・いつ死んでも良いという風に自暴自棄に生きるのがその本質です。しかし、播磨は今はお菊という愛する女性が居り・その粗暴な行動に自制を掛けています。播磨は「白柄組のつきあいにも吉原には一度も足踏みせず・丹前風呂でも女子の盃は手に取らず」と言っていますが、女性に関することだけでなく・恐らく旗本奴にあるまじき「お堅い振る舞い」をしていたに違いありません。そのことで播磨は仲間に対しても・自分に対しても裏切 り続けているという感覚を持っています。逆に言えば・だからこそお菊から自分への全面的な愛を感じていたいということです。

○「禁問」とかぶき的心情・その5

一方、エルザの方から見れば・禁問を掛けられたままで(つまり夫が何者かということを知らないままで)ローエングリンとの愛にただ生きよというのは、いわば「愛の監獄状態」なのです。「この私のところへ喜んで来たとおっしゃりながら・心のなかではやっぱりお帰りになりたいのね」という疑いがエルザの心のなかに湧き上がってきて・彼女はそれを抑え切れません。逆に言えば・それほどに彼女のローエングリンへの愛は強いのです。エルザもまた自分の本質のなかに自分が生かされていないと感じています。それが禁問を発してローエングリンを試すという行為になって現れるのです。もちろんその先に破滅が待っているということはエルザにはっきり分かっています。それでもその気持ちを抑えきれないのです。このような「 どうにも自分が抑えきれない」という感情もまた浪漫派的な感覚です。この感覚もまたかぶき的心情に重なることは言うまでもありません。

お菊の場合もまったく同じで・彼女は播磨が自分を大事にしてくれていることはよく分かっているのですが、お菊も自分が「愛の監獄状態」に押し込められていると感じているのです。ふたりが恋人関係であることは秘密にされていて、公的には厳然として主人と女中の関係です。芝居では家中の者さえ播磨とお菊の関係を知る者がいないようです。このような状態を我慢して受け入れよ・不満を言うなというのは、お菊にとって禁問を掛けられているのとまったく同じです。こういう状態のなかで・お菊の心中はジリジリとしているわけです。播磨の見合い話などを耳にすれば、自分は体よく玩具にされているだけなのかというような疑いもお菊の心のなかに湧いて きます。そのような葛藤が、それをやったらお手討ちは逃れられぬと分かっていながら・お家重宝の皿を割って・播磨の心を試すという行為になって現れるのです。したがって、エルザの行為も・お菊の行為も・どちらも相手の愛する男と刺し違えて死ぬに等しい行為です。まさにかぶき的心情による行為に違いありません。ローエングリンは最後に次のように言っています。

『あなたの罪には罰はただひとつしかない。その罪の厳しい辛さを、私もあなたも受けるのだ。我々は離れて・分かれていかねばならない。これが罰だ、これが贖いだ。』(第3幕第3場)

ローエングリンは破滅する。つまりローエングリンはエルザの元を去り・聖杯の騎士に戻るわけですが、 これからの聖杯の騎士としての生活は彼にとって愛を奪い去られた生活です。播磨もまた破滅します。播磨は幕切れに町奴との喧嘩に飛び出します。この後に播磨が生きて家に帰ってくるはずがありません。だから「家重代の宝もくだけた・播磨が一生の恋も滅びた」の台詞はセンチメンタルな詠嘆調に陥ってはならぬのです。お菊を斬って・その死骸を井戸に投げ込んだ後に播磨の頭にあるのは、どのような罰を・どのような贖いを自分に課するかということです。旗本奴の本質に戻って・なおかつその罰を自分に課すならば・それは派手に喧嘩して死すということしかありません。

○「禁問」とかぶき的心情・その6

「番町皿屋敷」の台本を見ると、先行であるところの「播州皿屋敷」から怪談要素をきれいに抜き去り・このような愛のドラマを岡本綺堂が書き上げたことに感嘆の念を抱かざるを得ません。凡庸な作者なら ば・あの「一枚・・・二枚・・・」という怪談感覚をクライマックスに置かないで芝居が書けるとは到底思えません。もちろん「番町皿屋敷」にも「一枚・・・二枚・・・」の場面はありますが、綺堂のドラマへの位置付けは全然 違っています。

本稿をここまでお読みになればお分かりと思いますが、歌劇「ローエングリン」において「禁問」とされるものは・「番町皿屋敷」では皿を割るという行為ではありません。播磨は「何が不足でこの播磨を疑うた・何を証拠にこの播磨を疑うた」と言っています。直接的にはこの「播磨を疑うという行為」が「禁問」に相当 します。皿を割るという行為は「播磨を疑う」という行為を代替するものですが、そのこと自体に意味はないのです。 これは黙阿弥の「三人吉三」でお家の重宝が百両の価値に代替されて・百両の金包みがあっちへ行ったり・こっちへ行ったりして・ドラマを生み出すのと同じことです。つまり、どちらの場合にもそこで価値の転換が起きています。「番町皿屋敷」では「播磨を疑う」行為がお皿を割る行為に代替されます。極端に言えばお菊が播磨の衣装を焼いても・盆栽を斬っても・それが「自分を疑う」行為 ならば播磨はお菊を斬ったでしょう。しかし、それでは「皿屋敷」にならぬという・ただそれだけのことです。「一枚・・・二枚・・・」の場面にドラマの核心を置かないということに近代人綺堂の独創性があります。

播磨も・お菊もかぶき者であるということは先に書きました。かぶき者には彼ら独自の論理があります。命を張って問いを問うたならば・問われた者は答えねばならぬ・しかし答えを聞いた者は死なねばならぬ・そして答えた者もまた死なねばならぬのです。これがかぶき者の論理です。同じようなドラマは歌舞伎には数え切れないほどあります。例えば「沼津」での平作と十兵衛です。ですから播磨も・お菊もかぶき者の本質において悩み苦しみ・禁問を犯し、皿を割り・最愛の人を斬り・そしてどちらもはっきりと自分の本質を意識しながら自ら の意志で滅びます。「番町皿屋敷」は間違いなく近代人のドラマですが、かぶき的心情と重なるところが実に大きいのです。また同様に歌劇「ローエングリン」もかぶき的心情のオペラであるとさえ言えます。

「番町皿屋敷」はついちょっと昔(大正5年・1916年)に初演された作品 ・つまり本来は現代人にとって最も親しい作品であるはずなのに、現代人にとって古典より理解しがたい芝居になっているようです。 本作の初演時にどれほど新鮮な感動を当時の観客が受けたか・このことを想像しなければなりません。二代目左団次(播磨)と二代目松蔦(お菊)による舞台は、まさにそのような舞台であったと思われるのです。

(H19・11・18)

ワーグナー ローエングリン (名作オペラブックス)

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