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玉三郎の「隅田川」

平成17年6月・京都南座・「隅田川」

坂東玉三郎(斑女の前)


舞踊「隅田川」と言いますと・吉之助の場合は六代目歌右衛門の舞台を抜きにして語るわけにはいきません。それは一種独特のもので・吉之助なども当時は歌右衛門の「隅田川」というと「またか・・」という感じもしたものですが、今思い返せば歌右衛門の芸というものの本質が最も強く現われていた舞台が「隅田川」であったと思えてなりません。とにかく異常なほどの引き伸ばし・細部の情感までとことん描きつくさぬでは置かないというような執念のようなものが感じられる舞台でありました。それは清元志寿太夫の天に伸びるような高音とともに 吉之助のなかに確かに刻まれて残っています。

狂女の哀しみが虚空に消え去っていく・その舞台は観念が昇華する如くで・まさに能の舞台から離れて・能の世界にまた戻っていくような気がしたものでした。しかし、それは確かに歌右衛門だけに許され た表現であって・これを標準にしてしまうと「隅田川」はもう誰にも演れないものになるのかなという気さえしました。そういうわけで「隅田川」を演るのは・後進にとってはなかなか決意の要ることであろうと思います。玉三郎が今回、清元ではなく・杵屋勝国作曲の長唄を使ったというのも、歌右衛門を越える(というか別のものを創る)ことの難しさがあるのであろうかとお察しをします。

今回の「隅田川」ビデオの玉三郎の斑女の前ですが狂女には見えぬのがその特徴ではないかと思えました。我が子の姿を追い求めて懊悩しながら・なお正気が残っている斑女の前に見えます。おそらくそれは目線の持って行き方に拠ると思います。目線に斑女の前の正気が見えるのです。原作は確かに狂女となっているのですから・これは欠点と申すことも出来ます(歌右衛門はそうではなくて・確かに狂女に見えました)が、玉三郎の斑女の前は恐らく懊悩し・狂気の淵に立ちながらも・なお自分が何を求めているのかを確かに知っている斑女の前なのです。そこに玉三郎の「隅田川」のコンセプトがあるように思われました。

吉之助はこの頃こんなことを考えます。能は古典的な芸能であると言われています。全般的なイメージからすればそのように考えてもちろん正しいのです。しかし、そのドラマを見てみれば シテは煩悩に身を焼かれる亡霊であったり・亡き子の姿を追い求める狂女であったりして、それはまさにバロック的な・引き裂かれた要素であるのです。だから能はバロック 的な演劇であると極論することも十分に可能なのです。しかし、能の場合はシテが亡霊であることで・あるいは狂女であることで、人生におけるバロック性が生(なま)で直接的なものにはならずに・印象として恐らく意識的に弱められている部分があるのです。言い方を変えれば、古典的な形式のなかにドラマを納めるために・シテは亡霊や狂女の態をなすということが考えられます。それが能の古典的なフォルムをなすのです。

歌右衛門の斑女の前が能舞台から離れた幻想的な舞台面にあって・なお能の夢幻に通じる古典的なフォルムを強く感じさせるのは、まさに斑女の前が狂気に陥っていることに拠るのです。言い換えれば・その姿は我が子を追い求めて懊悩した末の狂気というフォルムのなかに落ち着くことでドラマは古典的な枠のなかにはまるのです。それが能に共通した古典的なイメージを生み出 します。

しかし、見方を変えれば次のようなことが言えます。斑女の前はこういう時にはいっそのこと狂っちゃった方がどれほどにか楽なのです。それでもなお正気が残っていることで・斑女の前はいつも我が子を失ったことの悲しみと正対しなければならないのです。そのことの方がずっとずっと辛いわけです。それでもなお我が子を追い求めなければならないところに「人生」がある。そ こがバロック的なのです。だから主人公を狂女に仕立てることで・どこか観客はホッとするようなところがあるのです。そうした母親が取り乱した姿は辛くて正視できない からです。そして、母親を狂人にしてしまえば・いかにもそんなものとして狂態を落ち着いて見ることができるのです。つまり、斑女の前を狂女にすることはバロック的な要素を弱めることになるのです。

これはまさに狂女であると見えた歌右衛門の斑女の前と・正気をどこかに残した玉三郎の斑女の前のどちらの解釈が正しいかという問題ではありません。そこにふたりの役者のフォルム感覚の違いが現われているのです。我が子を思う母親の気持ちの表現において玉三郎の斑女の前にもちろん不足はありませんが、我が子の姿を追い求めて懊悩しながら・なお正気を遺しているように見えます。そこに玉三郎の「隅田川」の特徴があるのです。つまり、玉三郎の斑女の前の方がいくらかバロックに傾いていて・その分かぶき的であるということが言えるかと思います。

玉三郎の「隅田川」演出で面白かったのは、子供を出しながら・子供の姿を斑女の前にも(観客にも)意識させない使い方です。斑女の前が花道あたりで我が子を求めて舞っている時に・つまり観客の視線が花道の方へ行っている時に・本舞台の奥を子供が駆けていきます。その動きにハッと舞台に目をやればもう子供の姿はそこにはないのです。そこに斑女の前の哀しみが見えると思いました。

玉三郎は歌右衛門の「隅田川」のイメージを受け継ぎながら・歌右衛門とはひと味違う斑女の前のイメージを作り上げたと思います。
 

(H18・1・8)

 

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