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今後の観劇随想について


本サイトでの観劇随想(歌舞伎舞台の記憶)は、目次に添付した文章「舞台の芸は消えていく・されども・・〜過去の映像を見ることの意義」をご覧になると分かりますが、もともと舞台映像 (ビデオ)を見た随想を掲載するためのコーナーでした。これはサイト設立当初(17年前)は吉之助が別に仕事を持っていて忙しかったので、歌舞伎座に毎月芝居を見に行けなかった事情が背景にありました。 また当時は歌舞伎チャンネルという衛星放送があって、最新の歌舞伎の舞台映像が割合多く見られたこともありました。 (生の舞台を見たものでも、映像で印象を再確認できるのは有難かったのですがねえ。現在は松竹衛星劇場があるとは云え数が少なくて、これがなくなったのは、いろんな意味でとても残念です。)だから観劇随想では、初代吉右衛門の「熊谷陣屋」とか、六代目菊五郎の「鏡獅子」とか、吉之助が生まれる以前の古い舞台映像も取り上げています。もともと吉之助はクラシック音楽の方でも、生(なま)の演奏会とレコード鑑賞に区別を付けない聴き方です。歌舞伎では生(なま)信仰が強いことは承知していますが、吉之助はビデオでは役者のホントの息は分からないなんてことはまったく考えてません。正直申しますと、最近の歌舞伎座のお客はザワザワマナー悪いし(昔がマナー良かったわけではないが、再開場後はちょっとひどくなりましたね)、映像の方が落ち着いて芝居を見られるから好きなくらいなんですがね。

吉之助の「十八代目中村勘三郎の芸」も改めて故・勘三郎の映像を見直して書きましたが、吉之助も勘三郎は長く見てきたので、記憶だけで十分書けるくらいの材料はあります。しかし、敢えて映像を前面に出したのは、読者の方が「勘三郎のこの映像を見たいな」と思えばリファーし確認ができるようにするためにそうしたのです。だから映像が遺っている役(舞台)に限って取り上げたのです。残念ながら、現在のところ、歌舞伎の映像はクラシック音楽のように市販されたり気軽に見られる状況にありませんが、どうしても見たいと思えば、どこかに故・勘三郎の映像が残っていて、探せば見られるということは、結構大事なことであると思います。だからと云って吉之助のところに映像ダビングしてくれとメールされても受けられませんが(著作権上の問題がある)、然るべき機関(例えば演劇博物館とか大谷図書館とか)で舞台映像資料を視聴できる環境を整えてくれれば良いなあと思います。

とは云え吉之助も仕事のスタンスが変わって、数年前くらいから歌舞伎座へ行ける回数が増えてきたので、サイトの観劇随想も、だんだん生で舞台を見て直ぐに文章を書く傾向に変わって来ました。このところほぼ毎月、何かの形で観劇随想をアップしていることは、ご存知の通りです。まあサイトのアクセスを稼ぐ為には、確かにその方が良いわけです。読者の方も今月か先月に見た舞台の論考が読みたいと、楽しみにされていることと思います。これはこれからも続けていくつもりです。

しかし、そういうわけで最近は忙しさに取り紛れ、古い舞台映像をゆっくり見直して論考を書く機会がめっきり減ってきました。ここらで吉之助としては、観劇随想(歌舞伎舞台の記憶)コーナーで時空を超えた演劇空間を構築した いという初心に立ち返りたいと考えているところです。これから不定期、断続的になると思いますが、吉之助の手元にある古い舞台映像資料やその他を見直して、観劇随想を執筆し、コーナーを充実させていきたいと考えています。いつの何の舞台を取り上げるかは、まだ分かりませんが、何が出るかお楽しみにしてください。

(H29・9・14)




  
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