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コスプレの帝国〜「ワンピース」

平成29年11月:スーパー歌舞伎U・「ワンピース」

尾上右近(ルフィ・ハンコック2役)他

*市川猿之助負傷休演の為代役


〇コスプレの帝国・その1

先日吉之助はテレビで初めて知りましたが、世界コスプレ・サミットという催しがあるそうです。(WCS公式サイト参照) 初回が2003年だそうだから、もうかなりの歴史があるわけです。ちなみにコスプレとは、コスチューム・プレイを略した和製英語だそうですが、もうcosplayで世界中で通用する単語だそうな。そのWCSの触れ書きに拠れば、

『国内だけでなく、世界中の若者を虜にする日本の「マンガ」「アニメ」「ゲーム」。そのブームでは、作品を「読む」「見る」「遊ぶ」だけでなく、作中のキャラクターに「なりきる」楽しみ=「コスプレ」を生み出しました。そのようなブームのなか、コスプレをして楽しむひとたち(コスプレイヤー)を通して新しい国際交流を創造するため、2003年日本・名古屋で誕生したのが「世界コスプレサミット(通称:コスサミ、WCS)」です。』

コスプレ・サミットは今年は世界30ヶ国からの参加チームがあって、大いに盛り上がったそうです。門外漢の吉之助は、コスプレというのはオタクさんの密かな淫靡なお楽しみというような先入観がありましたが、どうもそういうものではなさそうです。コスプレ・サミットに参加するには、衣裳・化粧をそれらしく凝らすだけでなく、決められた時間内でアニメ・ゲームなど原作の世界観をどう表現するかとか、ストーリー性・構成力・演技力が問われます。そのような細部にまで徹底的にこだわるのがオタクのオタクなる所以なのだそうで、みんな結構アッケラカンと楽しそうにやってました。

吉之助なんぞはすぐ、こういうのは「現実から逃避して、まったく違う自分になりたい」という深層願望の表れかなどと考えたくなりますが、まあそういうところは確かにあると思いますが、コスプレ・サミットに参加した外国人の方はそういうことはあまり深く考えてなさそうです。コスプレやってガーッと一気にストレス発散してしまえば、明日からはいつもの生活をして頑張る元気が出て来ると云う、つまりとても健康的なお楽しみとして彼らのコスプレがあるのだということが、吉之助にも何となく理解が出来るようになりました。いろんな考察ができるでしょうが、まずはコスプレの「なりきる」ことのポジティヴな側面を頭に入れておきたいと思います。

この数年日本で異様な盛り上がりを見せている10月末のハロウィン・パーティーの仮装も、多分そういうものなのでしょう。それにしても日本のハロウィンは、 ハロウィンの本家らしいアメリカ人が「故国でもここまではやらないなあ・・」と吃驚するほどのはしゃぎようであるのは、本来は古代ケルト人の収穫祭で行われていたささやかな宗教的行事だったはずのものが、日本では無礼講の仮装大会に化してしまうと云う、実に日本的な受容のさまであって、まことに興味深い社会現象ではあります。こうやって日本人はクリスマスもバレンタインデーも自分たちの風俗にしてきたのです。

コスプレに関する社会学の文献などを見ると、日本では江戸時代からお祭りなどで仮装を伴ったものがあり、歴史上の人物や物語の主人公に扮して練り歩き、ポーズを取って見せたりするということがあったようで、日本にはコスプレの伝統みたいなものがあるみたいです。仮装については欧米のカーニヴァルの行列にもあることで、とりわけ日本独特の現象であるとも思われません。しかし、日本の伝統には昔から見立とか本歌取りという楽しみ方があって、民衆にそういうものに面白さを見出す文化的素地が元々あったということは云えそうです。現代の「マンガ」「アニメ」「ゲーム」もそういう伝統に乗ったもので、その延長線上にコスプレ・ブームがあるということは云えそうです。(この稿つづく)

(H29・11・8)


〇コスプレの帝国・その2

江戸期の庶民に見立や本歌取りのような知的遊戯が流行ったということは、当時の日本人が、もちろん生活は決して楽なものでなかったにせよ(当時の地球は寒冷期にあって 自然災害も多かったので、食糧事情が良くありませんでした)、庶民もそのような知的遊戯を楽しむくらいの気持ちの余裕をちょっとだけでも持てていたということなのです。或いは日常にそういう小さな楽しみを見つけることで庶民はどうにか健気に生きて来れたということかも知れませんが、しかし、今日生きるのに精一杯という状況下においてはそのような遊戯を楽しむ余裕さえ持てないのです。恐らく日本というところは、他地域と比べて地理的にいくらか恵まれてもおり、封建主義・身分制度の時代とは云え、その格差も他地域と比べればそう極端なものでもなかったのです。いろんな面で日本はいくらか恵まれていたということなのだろうと思います。

まあコスプレの文化論的考察は深入りするとキリがないので、この位にしておきますが、コスプレで違う自分に「なりきる」というお楽しみは、この世の有り様は三千世界の仮初めの姿であるという浮き世の思想にも 重なります。ここで引き出される重要な考察は、コスプレする前の現実の自分と、コスプレして「なりきった」仮初めの自分との関係がフラットであるということです。変身がとても軽やかに行われて、「私は・・であり、・・でもある」となっているのです。どちらの姿も本当の自分なのです。ですからコスプレというのは、確かに現状逃避みたいな要素もあるかも知れませんが、決して現状否定ではないわけなのです。だからコスプレのポジティヴな側面というのは、「なりきる」ことの軽やかさにあると吉之助は思っています。コスプレを楽しみ人たちにとって「なりきる」ことは、キラキラ・ワクワクなのです。

吉之助は、このようにコスプレを「なりきる」ことの軽やかさにおいて捉えることは、或る意味においてとても現代的な感性であるなあと感じます。(別稿「伝統芸能の動的な見方について」をご参照ください。)つまりこれが 外国人から見たコスプレの感じ方、つまりグローバルな観点であるとも云えると思います。コスプレ・サミットのサイトでは、「あなたにとって日本とは?」という質問に対する海外からの参加チームのコメントが載っていま す。(WCS公式サイトの出場チーム紹介欄をご覧ください)一様に彼らが語っていることは、現代の「マンガ」「アニメ」「ゲーム」のニッポンも大好きですが、 ニッポンの伝統的な文化も大好きだということで、最新のものと古いものが境目なく入り混じってフラットに見えることが、彼らにはとてもミステリアスかつワンダフルなのです。彼らの日本に対するイメージもキラキラ・ワクワクなのが興味深いというか、面映ゆいと云うか。外国の方にはこんな風に日本が見えているのですねえ。(この稿つづく)

(H29・11・10)


〇コスプレの帝国・その3

米国の映画評論家ドナルド・リチーがこんなことを書いています。リチーが云うことは、普通、スタイルというものは、何らかの思考を背景に持つものである、ところがこの国ではスタイルの「思考なきイメージ」だけが先行している、それもつい先頃のことではなくて、この国ではずっと昔からそうなのだということです。これをリチーはイメージ・ファクトリーと呼んでいます。リチーの指摘はなかなか面白いところを突いています。

『日本を訪れる者(外国人のこと)の不満は、常に最新のものに取り巻かれてしまうということである。(中略)事実、今日では古い日本を目にすることは極めて困難になっている。そんなものはほとんど現存していない。そして新しい日本ばかりが目の前に現れ続けることになる。それが今の日本の偽らざる姿なのだ。五重塔を見に行っても、ポケモンを買って帰る羽目になるのである。』(ドナルド・リチ―:「イメージ・ファクトリー」、2005年)

ドナルド・リチー:イメージ・ファクトリー―日本×流行×文化

吉之助は先日、新橋演舞場で「スーパー歌舞伎U・ワン・ピース」再演を見て来ました。吉之助の領域でないということで初演(平成27年10月新橋演舞場)は見ませんでしたが、大評判で連日の盛況だということを聞いたので、話のタネにやっぱり見ておいた方が良かろうと思い直したのです。「ワン・ピース」にとって吉之助が場違いな観客であることは、よく承知しています。頭の古い吉之助には、その前に世界コスプレ・サミットの番組をテレビで見ていたことが、随分と役に立ちました。これは或る意味、究極のコスプレ歌舞伎ですねえ。席が前売りで売れて当日券がないのか、劇場に外国人観客の姿がとても少ないのが残念でしたが、コスプレ・サミットの海外参加チームの面々にこの舞台を見せたら、どんなに感激するだろうと思いました。コスプレの論理は「私は・・であり、・・でもある」であり、どちらの姿も本当の自分なのです。これと同じように外国人の目にはニッポンのカブキの、伝統的な古いところと、最新のところが、境目なく入り混じってフラットに見え ることでしょう。これも今のカブキの一面なのだということ、これは認めても良いことだと思います。

猿之助が負傷休演であったのは残念でしたが、代役の右近はよくやっていたと思います。二代目猿翁(三代目猿之助)の歌舞伎は、「同じ舞台にスターは二人要らない」という考え方で したから、美味しいところは全部猿翁が取ってしまって舞台に出ずっぱりという感じでした。しかし、「ワン・ピース」では主役が出っ張らず、多くの役者に各自の見せ場を用意して、どの役者もそれなりに遣り甲斐があるという脚本作りをしており、その辺に猿之助の 配慮がよく表れています。これならば猿之助を慕う若手が多く出て来るのは、当然のことだと思います。みんな生き生きやっていますね。古典歌舞伎をやる時に、その生き生きを少しでも持って来てください。

吉之助は猿翁の「スーパー歌舞伎・ヤマトタケル」は初演(昭和61年2月新橋演舞場)は見ましたが、それ以後はお付き合いしませんでした。しかし、「ヤマトタケル」は現在も上演され続けています。これについては吉之助は自らの不明を恥ねばならぬかも知れません。「ワン・ピース」についても、今後、吉之助はお付き合いせぬと思いますが、「ワン・ピース」も30年後もやっているかも知れません。吉之助が思うには、「ワン・ピース」を今後上演を続けるであれば、タカラヅカが「ヴェルサイユのばら」でオスカル編とかアンドレ編とか色々ヴァージョンを変えて今も上演していると思いますが、「ワン・ピース」も原作のエピソードを様々にアレンジしていろんなヴァージョンを作れるであろうから、シリーズ物にした方が良かろうと思います。それにしても演舞場へカブキを見に行ったはずが、タンバリンを買って帰る羽目になるというのもカブキ体験の一興ということで、これも宜しいことかなと思います。

(H29・11・14)




  
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