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これからの歌舞伎を考えるためのヒント
木ノ下歌舞伎の「東海道四谷怪談」

平成29年5月・池袋あうるすぽっと・木ノ下歌舞伎:「東海道四谷怪談」

亀島一徳(民谷伊右衛門)、黒岩三佳(お岩)他


○平成29年5月木ノ下歌舞伎:「東海道四谷怪談」・その1

木ノ下歌舞伎の評判は以前から聞いてはいましたが、吉之助はこれまで見る機会がありませんでした。2年前だったか(平成27年6月)池袋に行ったらちょうど「三人吉三」が掛かっていて、これは大歌舞伎ではやらない場面も含めて上演時間約5時間という大作ということでこれはちょっと興味があったのですが、こちらも予定があったので結局見れず終いでした。今回やっと木ノ下歌舞伎を見ることができたので、本稿では思ったことなど徒然なるまま書いてみたいと思います。

最初に感想を書いちゃいますが、普段歌舞伎ばかり見ている吉之助もあまり違和感を感じず、なかなか面白く見ることが出来ました。芝居というのは不思議なもので、 背広姿でベルトに刀さした男が舞台に立っていても、様式的には無茶苦茶なものですが、何となくそんなものとして見えるのですねえ。「バッキャロ、ざけんじゃねえよ、マジむかつく、ううむ思えば思えば、この仕返しはきっと必ず」と台詞に現代語に古文調が交錯しても、これも様式的にはごちゃ混ぜですが、舞台だとそんなものとして聞こえるのだから不思議なものです。まあ歌舞伎でも平安時代や鎌倉時代のことを江戸の風俗と言葉で描いているのを、我々はそんなものと畏まって見ているのだから、同じようなものなのです。木ノ下歌舞伎はそういうことを改めて気付かせてくれます。

ただし、吉之助は歌舞伎座の「忠臣蔵」でも背広姿の由良助が登場して現代語をしゃべっても良いと考えているわけではありません。これはまったく次元が別の話です。吉之助は歌舞伎の批評家ですから、芝居が面白くなきゃならないのはこれは当たり前のことですが、現代における歌舞伎へのアンチテーゼとして、平成の歌舞伎が歌舞伎的なものを持ち続けるために何が足りないのか、何を付加すれば良いのか、そういうことを考えながらでなければ、木ノ下歌舞伎の舞台を見ることは出来ないです。しかし、吉之助のような意地の悪い観客にも考えさせる材料を木ノ下歌舞伎はいろいろ提供してくれました。

鶴屋南北の「東海道四谷怪談」は、ここ数年くらい、歌舞伎以外のいろんなジャンルの劇団が毎年どこかで取り上げているようです。古典演目のなかではよく知られた演目なので、お客が呼びやすいということもあるでしょう。それだけ現代演劇の制作者から見て興味を惹く演目である、平成の世にも通じる何かがあるということなのでしょう。生きることの意味が見いだせなくて、流れにまかせて刹那的に生きている若者たちが似るのですかねえ。その傍らで仇討々々と云って息巻いている若者たちもいるわけですが、これも彼らがホントに望んでいることかと云うと、これもよく分からない。そういうわけで、文化文政期の江戸と、平成の東京がなんとなく重なってくると云うわけです。

それにしてもこの木ノ下歌舞伎の「四谷怪談」の舞台を、もし本家の歌舞伎役者が見たら、どんなことを感じるのでしょうか。羨ましく感じるのでしょうかねえ。衣裳を現代風にして、台詞に現代語を混ぜて、背景音楽はロックやラップのリズム、 テンポはずっと速い、こういうことが自由自在に出来るのは、確かに木ノ下歌舞伎の強みです。本家の歌舞伎がこれをできないのは、考えようによっては歌舞伎のハンディキャップかも知れません。歌舞伎は江戸という時代に縛られて固定化しているからです。しかし、芸術において制約のないものはないのであってねえ、それがなければフォルム(様式)は生じません。だからこのハンディキャップを、自由な表現を阻害する障壁と考えるか、自らのフォルムを研ぎ澄ませる為の牙城と考えるかによって、歌舞伎の在り方は180度変わるということかと思います。(この稿つづく)

(H29・6・3)


○平成29年5月木ノ下歌舞伎:「東海道四谷怪談」・その2

木ノ下歌舞伎の台本は、まず木下裕一が歌舞伎の台本を基にたたき台となる補綴台本を作り大体の場割りを作る、次に杉原邦生(今回上演の演出担当)がこれを基に歌舞伎の台詞を現代劇にリライトして上演用台本を作るという 二段階で出来上がるそうです。時には歌舞伎オリジナルの台詞を生かし、現代語の台本のなかに古文調の台詞を散りばめます(正確に云えば古文調が残ったということなの かも知れないが)。

今回の舞台を見て吉之助が感心したのは、鶴屋南北の「東海道四谷怪談」原作をとても素直に読んでいるなあということです。普通だと現代的視点で歌舞伎を切って新しいドラマを作ろうと肩に無理な力が入りそうなところです。ところが木ノ下歌舞伎の台本には、解釈に奇をてらったところがありません。もちろん現代劇として面白く見せようという工夫はありますが、そうでないと現代劇にはならないし、そもそも現代劇にする必然性がなくなるわけで、それが原作からかけ離れた発想から出て来るのではなく、南北が現代にいてアングラの「四谷怪談」を書き下ろしたら如何にも有りそうな発想なのです。だから吉之助が見てもあまり違和感を感じない舞台でした。

これは最大級の賛辞に読めると思いますが、その通り受け取ってもらって結構です。むしろ吉之助は歌舞伎の現行上演台本の方が、上演時間は4時間程度(休息含む)に収めたい、お化け芝居として観客を怖がらせたい、伊右衛門は色悪だからカッコ良い極悪人に見せたい、お岩の哀れさも出したいねえ、その他の役はまあいいや、以上を踏まえたうえで一応筋を通したように見せねばならぬという感じで、南北の原作を捻じ曲げているところが多いと思います。役者の方も、南北を黙阿弥の手法でしか処理できない。役者の演技のテンポが遅くなってしまったおかげで、今や三角屋敷も夢の場も時間の関係で上演ができない。台本のあちこちがカットだらけ。南北の作意なんてことは全然考えてない。上演側と役者側の折り合いで、まっこの程度ならいいかなというのが、歌舞伎の現行上演台本だと思います。吉之助が四十数年見て来た間でも、「四谷怪談」にもはや定型はなく、やる度に芝居の規格がどんどん崩れて行っている感じがします。いつぞやは蛇山庵室が始まる前に舞台番なる役者が登場してカットした前場の三角屋敷の粗筋を説明するというのがありました。まあ筋を通せていない申し訳なさを感じていることだけは分かりますが、こう云うのどう思いますか?

それと比べれば、木ノ下歌舞伎の台本は、現代語の台詞に置き換えてはいるけれども、はるかに作者南北に対するリスペクトを感じさせる台本です。考えてみればこれは奇妙なことですが、現行歌舞伎よりもできる限り「原作に戻した」ような感じがするわけです。原作をその通りにやれば10時間は掛りそうな分量だとのことなので、今回の上演6時間(休息含む)でもかなりのカットはやむを得ないところで、さすがに第3幕は急ぎ足の感がありましたけれども、南北さんの為に誠心誠意やるべきことはやれていたという印象を吉之助は持ちました。

それじゃあこれが現代にふさわしい歌舞伎の在り方かと問われれば、別に吉之助はそんな大層なことを考えているわけではありません。木ノ下歌舞伎の人たちだって「これこそ現代の歌舞伎だ」と主張する気はないと思います。それはまったく別次元の話です。しかし、ここには歌舞伎的なものが確かにあります。歌舞伎のドラマを良く読んで咀嚼して、これを自分のスタイルに消化できています。このことは認めて良いと思いますね。(この稿つづく)

(H29・6・7)


○平成29年5月木ノ下歌舞伎:「東海道四谷怪談」・その3

木ノ下歌舞伎はもちろん様式的に歌舞伎ではありませんが、気分においては歌舞伎的なものを踏襲しています。だから彼らは木ノ下「歌舞伎」と称しているのだと思います。それじゃあ吉之助にとって歌舞伎的なものと云うのは何かというと、これは吉之助の論考のいろんなところで出て来るので詳しい説明は省きますが、それは「今わたしがしていることは本当にわたしが望んでいることではない」という気分です。この気分は様々なフォルムで現れます。荒事のような強い調子で出ることもあるし、和事のようなナヨッとした感じで出ることもあるのです。義太夫狂言の、熊谷直実の物語、政岡のクドキのような形で出て来ることもあります。しかし、気分としてはどちらも「今のわたしは本当の自分を心ならずも裏切っている」というものをその心底に持つのです。これが吉之助の、気分から見たところの歌舞伎の定義です。だから、この気分を持つものは、 どんなものでも、その意味において歌舞伎的だと云えます。(吉之助はグランド・オペラも歌舞伎的なものとして見ていることは、ご承知の通りです。別稿「歌舞伎とオペラ」をご参照ください。)

例えば助六は江戸初期のかぶき者です。かぶき者とは「生き過ぎたりや」(俺は生まれる時代が遅すぎた、この時代は俺が望んだ時代ではない)という気分で半ば捨て鉢に生きている若者です。ただし、江戸期の彼らには法の下での平等とか・基本的人権の尊重とかいう観念はまだありませんから、それは掴みどころのない・形をなさないイライラした気分にしかなりません。一方、現代のロックのリズムにおいては、これは個人の自由を阻害するものに対する憤懣あるいは憤りを孕むもので、社会・世間・慣習・掟など個人に対立する対象を明確に意識しています。そこが微妙に異なるのですが、「今わたしがしていることは本当にわたしが望んでいることではない」という気分においては、これをひとつに括ることが出来ます。

だから舞台に見る花川戸の助六は、六本木で髪の色を極彩色に染めてサングラスして派手な服着て肩をいからせて強面で通りを歩いているアンちゃんと同じだという理屈も、当然あるわけです。現代演劇で現代服で現代語で「四谷怪談」をやっても、それは気分において歌舞伎的なものを踏まえたものに出来るのです。民谷伊右衛門も、直助権兵衛も、佐藤与茂七も、みんな「今わたしがしていることは本当にわたしが望んでいることではない」という気分を持っているからです。これが 南北の「四谷怪談」を現代演劇に変換するための、演劇的な根拠です。木ノ下歌舞伎の「四谷怪談」を見て、吉之助が見ても違和感を覚えないのは、そのせいです。

ただし吉之助は歌舞伎の批評家ですから、木ノ下歌舞伎の「四谷怪談」を見て、ただ感心しているわけにはいかないのでねえ。本家本元の歌舞伎の方は何してるんじゃい。現代演劇がこれだけのことができるならば、歌舞伎オリジナルの「四谷怪談」はこれだ、これが本家の底力であるぞ、どうじゃおそれ入ったか・・・と云う舞台を歌舞伎は見せ付けられるのだろうか、まあそういうことを考えながら、木ノ下歌舞伎の「四谷怪談」を見ていたわけですがねえ。(この稿つづく)

(H29・6・9)


○平成29年5月木ノ下歌舞伎:「東海道四谷怪談」・その4

歌舞伎を題材に現代風のアレンジをしてエンタテイメントに仕立てるというのは他のジャンルでもあることですが、木ノ下歌舞伎が他と異なるとすれば、彼らはオリジナルの歌舞伎を強く意識することで(真似する のでもなく拒否するのでもなく)、歌舞伎への愛と尊敬を以て、結果的に歌舞伎への批判形(アンチテーゼ)となり得ているということ だと思います。芝居の原点は脚本だというところを、きっちり押さえていることです。だから木ノ下歌舞伎は歌舞伎風味の現代劇というのではなく、しっかり歌舞伎から発した現代劇になっています。それが原作の徹底した読み込みから行われている、そこがポイントだと思います。

「四谷怪談」は読めば読むほど吉之助はそう感じますが、例えばお岩と伊右衛門の関係性を重視した上演ならば、「夢の場」を 省くことはあってはならないです。「夢の場」を読めば、結局、この夫婦は何やかの云っても、本質的に惹かれ合っていることが、明白に分かります。どうしてこの夫婦は破局し、こんな無残なことになってしまったのだろうか、何を間違ってしまったのか。それは塩治家の殿様である塩治判官が殿中で高師直に斬りつけて突然の切腹・御家断絶という事態となってしまったことから来てい ます。それがなければこの夫婦は安穏に暮らせていたはずです。伊右衛門夫婦だけでなく、主人が馬鹿なことをしたばっかりに、塩治家郎党すべての人生設計が狂わされ ました。 すべての破綻がそこから始まっています。(次いでながら「忠臣蔵」というのは結局、そういうドラマなのです。)

残念ながら本家歌舞伎の「四谷怪談」はすっかりお化け芝居にされてしまって、如何にお岩のお化けで観客を怖がらせるか(仕掛けが大事ね)、伊右衛門をお岩の怨念の凄まじさに対抗できる虚無的な大悪人(色悪)にどう仕立てるかというところに主眼が置かれています。まあそれも「四谷怪談」のひとつの読み方であるでしょう。伝統で洗練されたところの歌舞伎の手法の粋ということでしょう。けれど、南北の作意とは全然違うところで芝居が捻じ曲げられています。「夢の場」を読めば、 「恨めしや伊右衛門どの・・・」と言えば言うほどお岩は伊右衛門に惹かれています。一方、伊右衛門は、お岩の面相変えたわけではない(それは伊東家の人間が勝手にやったこと)・お岩を殺したわけでもない(家に帰ってみたらもうお岩は死んでいた)、まあ結果的に女房を裏切ってはいますが、「俺のせいじゃないよ、どうして俺がそんなに恨まれなきゃならないのよ」ということで逃げ回っています。そういう伊右衛門も、どうしようもなくお岩に惹かれています。こんなに惹かれあっていた夫婦が、どこでどう間違ってこういう関係になっちゃったのかねえ、悲しいことだねえ・・・ということが、「夢の場」 の主題です。だからお岩と伊右衛門の関係性を考えるために、「夢の場」は是非ともなければならない場面です。

現在の本家歌舞伎では、この点の改善はもはや期待しても仕方がない状況かも知れません。興行形態とか複合的な問題があることは大人の事情として察せられます。しかし、少なくとも云えることは、原作の理解から発した議論がまったくないことです。芝居の原点は脚本だというところがすっかり抜け落ちて、興行側(役者含む)の都合で、芝居が捻じ曲げられています。現行歌舞伎の「四谷怪談」もそうやって、作者南北の作意とはずいぶん違うものになってしまいました。木ノ下歌舞伎は現代演劇の視点から、現行歌舞伎が取り落としてきたものが何であるのかを教えてくれます。(この稿つづく)

(H29・6・12)


○平成29年5月木ノ下歌舞伎:「東海道四谷怪談」・その5

ところで野村萬斎が芸術監督を務める世田谷パブリックシアターが発行している「SPT」という雑誌がありまして、その第7号に「私の古典の活かし方〜気鋭の劇作家・演出家13人に聞く」という 記事がありました。あなたにとって「古典」とは何か、古典を自らの作品にどのような取り入れるかなどの質問を、現代演劇の分野でご活躍の若手劇作家・演出家にアンケート形式で問うものです。

これを読んでいて興味深いと思うのは、「あなたが考える古典の特質とは何でしょうか?古典を古典たらしめている条件をいくつか挙げてください」と正面切って問われると、みなさん結構身構えてしまう感じがあることですねえ。普段は形式にとらわれない自由な演劇を目指しておられる割には、読んでいて アレッと思うようなユニークな答えとか、読んで吹き出してしようような珍答がないのです。そうストレートに問われても困っちゃうなあ・・・面白いエンタテイメントを作りたいと思って奮闘してるだけなんで、そんな小難しいこと考えたことあんまりないんだよなあ・・別にお題目で芝居作ってるわけじゃないから・・・と戸惑って身体を硬くしているのが如実に伝わってきます。しかし、多分、これは答えるのが外国人の劇作家や演出家ならば、身構えることなく自分のスタンスを率直に話ができると思います。大体、雑誌など読んでいても、作家・演出家や役者のインタビューは、外国の方のほうが読み物として段違いに面白いです。日本の方ももうちょっとそういう訓練をした方が良いようです。お題目は大事だと思いますよ。

そのなかで木ノ下歌舞伎主宰の木下裕一の回答は「ホウなるほどね」と思うところがありますが、これは木ノ下歌舞伎が歌舞伎という古典に対峙する劇団ポリシーであるのだから、他劇団の方よりも古典に対するスタンスが明確であるのは、これは当然のことです。木下はこんなことを書いています。

『例えば、あまりに薄っぺらいメロドラマ思考に改作された歌舞伎などは、現代と古典とのズレを暴力的に無視しているように見えて嫌いですし、「古典には普遍性があるので、どの時代にも通用し、人の心を打つ」といったような考え方は安直だと思います。そんなに古典は簡単なものではなく、むしろ、現代とのズレをどう見せるのか、どう料理するのかが重要だと思います。』(木下裕一、雑誌「SPT」・第7巻・特集「古典のアップデート」)

この木下の指摘はまったく正しいと思います。そこで大事なことは、歌舞伎に係わる者たち(批評をする吉之助も含まれます)が、この痛い指摘を受けて、何を返さねばならぬかと云うことです。平成の時代に歌舞伎を演じることは、どうやったって江戸と平成の時代のズレが生じるわけです。このズレを、時代遅れで古臭くて 、もはや思い出す価値もないものだと切り捨てるのではなく、平成という時代の有様をハッと気付かせるきっかけとなるように、そのズレを反義的に際立たせることが出来なければ、封建思想・忠君思想の芝居を現代に見る価値は あまりないわけです。この点において木ノ下歌舞伎が断然有利であるのは、そこのところを脚本を自在に作り替えて、台詞に現代語を挿入して、女優も起用できるし、現代の風俗や音楽・演技手法を自由に取り入れることで、現代と古典のズレを際立たせることが出来るわけです。

ところが本家本元の歌舞伎は、そのような方法を取ることが出来ません。江戸から伝わった在来手法でしか芝居を演じられない。この約束事を崩すことは絶対できません。これは考えようによっては重大なハンデキャップであるわけですが、そうすると歌舞伎が、現代と古典のズレを際立たせることが出来ないことは仕方がないことなのでしょうか。現代と古典のズレの狭間で朽ちることが歌舞伎の宿命だと諦めるしかないのでしょうか。そういうことを歌舞伎は真剣に考えなければならぬと思うわけです。(この稿つづく)

(H29・6・17)


○平成29年5月木ノ下歌舞伎:「東海道四谷怪談」・その6

終演後に木ノ下歌舞伎主宰・木下裕一と演出杉原邦生トークショーがあったので、これも拝聴しました。トークショーでは吉之助にも収穫がありました。大詰めでは与茂七が登場し伊右衛門を討します。これは与茂七がお岩の代理として伊右衛門を討つということですが、伊右衛門は与茂七は序幕の裏田圃の場で殺されたと思っており・実は生きていたことを知らないのだから、伊右衛門は大詰めで現れた与茂七を亡霊だと思ったに違いないと云うのです。なるほど、 それはその通りだなあと思いました。そういうところから、与茂七と伊右衛門との新しい関係付け、「四谷怪談」の新たな読み方が生まれる可能性があります。大事なことは脚本の読みです。これは歌舞伎にも応用できることだと思います 。

ところで今回の「四谷怪談」は最初から杉原が書いた台本をベースにリハーサルを進めたそうですが、これまで木ノ下歌舞伎は「完コピ」(歌舞伎完全コピーという意味 でしょう)という手法で芝居を作っていたそうです。これは本家の歌舞伎のビデオを見ながら、オリジナルの歌舞伎の脚本通りに段取りや台詞などそっくりそのまま写して演じてみる 。これで歌舞伎の発想を身体で理解する。(ここまではまあ歌舞伎役者が先輩に型を学ぶ過程とほぼ同じと考えて良いでしょう。)木ノ下歌舞伎では、その後、 これをベースに、どこを現代劇に置き換えるかなど議論を進めながら、手順を作り替えていく(或る意味では崩すということだと思う)のだそうです。

興味深いのは、完コピではビデオを見ながら台詞の抑揚や間合い・役者の癖までそっくり真似るということでしたが、今回の木ノ下歌舞伎の舞台を見る限り、古語調の台詞を言う場面でも、役者の演技に歌舞伎臭さをまったく感じなかったことです。語尾を膨らませて転がすとか、掛け声が掛りそうな臭い ことをやっても、そこは上手くパロディに落とせていたと思います。これは吉之助は褒める意味で言っています。普通はこういう練習法を取るとオリジナルの歌舞伎に似せて「・・らしく見せよう」という演技に陥ってしまいそうです。しかし、木ノ下歌舞伎の役者さんは、自分たちは現代演劇の役者であって歌舞伎の真似をしてるのではないという意識をきっちり持っているようです。それでなければ完コピの痕跡がどこかに残りそうなものです。木ノ下歌舞伎は、演技がきっちり現代劇になっていて、古語調の台詞さえ歌舞伎の真似になっていません。これは主宰・木下と演出杉原がしっかり箍(たが)を締めているということだろうと思います。 歌舞伎に敬意を払いつつも、きっちり一線を引いて、自分たちの表現法を堅持しているということです。これは大事なことですね。

本稿締めに入りますが、吉之助は木ノ下歌舞伎を「これが現代の歌舞伎だ」なんて言うつもりは全然ありません。そもそも木ノ下歌舞伎の方たち自身もそんなことは言われなくないと思います。しかし、木ノ下歌舞伎は歌舞伎の現状に対する問題提起たり得ていることを、吉之助は認めたいと思います。この問題提起に本家の歌舞伎はどう応えるかということは、とても大事なことなのですが、本稿で結論付けるはまだまだ早い。このことは、これからじっくり考えることにしたいと思います。

*木ノ下歌舞伎のサイトはこちら

(H29・6・20)




  
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