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「私が私であるために」〜時姫の決断

平成28年3月歌舞伎座:「鎌倉三代記・絹川村閑居」

中村雀右衛門(芝雀改メ)(時姫)、中村吉右衛門(佐々木高綱)、尾上菊五郎(三浦之助義村)

(五代目雀右衛門襲名披露狂言)


「私が私であるために」〜時姫の決断:その1

「鎌倉三代記・絹川村閑居」の筋は、表向きを見れば確かに「夫を取るか・親を取るか」ということになるのでしょうが、そこのところをもう少し考えてみたいと思います。周囲の人間が時姫に寄ってたかって「夫を取るか・親を取るか」と責め 立てるというならば、これはずいぶんと酷い話です。そこで結局、時姫は夫・三浦之助に従うことを選んだわけです。というよりも芝居を見ていると「無理に選ばさせられた」という印象さえします。こうなるとこの芝居は「嫁しては夫に従え、老いては子に従え」という封建女性道徳の遺物に見えてしまいます。これでは現代の、特に女性観客の共感は到底得られません。それでなくても歌舞伎は古臭いと思われているのだからこれでは困る。そこで現代においてはこれを「時姫の好きな男を慕う人間的な気持ちが勝った」と読み換えることにする。これならばこの芝居を現代に通じるものにできる・・・のでしょうかね?吉之助に言わせれば、そういうのは近松半二の作意を捻じ曲げた読み方なのです。「鎌倉三代記」で半二はそのようなドラマを書いてはおらぬと思います。

大事な点は、「夫を取るか・親を取るか」という問いに対し時姫が夫・三浦之助に従うことを選ぶとすれば、それは父・北条時政を裏切ることを意味するということです。つまり、夫に忠であろうとすれば、親に対して不孝になる。親に孝であろうとすれば、夫に対して不忠となる。どちらを選んでも、どちらか片方を裏切ることになる。このような選択を「究極の選択」と言いますが、そのような過酷な状況に時姫は直面しています。だから「夫を取るか・親を取るか」なんてことで時姫が懊悩し遂に夫を選んだとするならば、時姫はその後の人生を「私は親を裏切った」という悔恨のなかで送らねばならなくなります。逆に親を選ぶならば、夫を裏切ったことの悔恨の人生しか残りません。どちらを選んでも、それは当時の「人の道」に有り得ない選択です。

このような究極の状況に対抗するためには、「夫を取るか・親を取るか」という選択を飛び越えた、まったく別次元の論理が必要になります。つまり、夫に対して忠・同時に親に対して孝となる、そのような行動が時姫に可能かということが、「鎌倉三代記・絹川村閑居」で半二が書いたドラマなのです。

それでは吉之助に問いたいが、時姫は「北条時政討ってみしょう」と言ったではないか、これは親に対して不孝ではないのかとお聞きになる方が必ずいらっしゃるでしょう。そう仰る方は、時姫が夫と親の両者を天秤にかけて、夫を選んで親を捨てたと思っているのです。吉之助は、時姫は選択なんかしていないと考えます。「思ひ切って討ちませう。北條時政討って見せう」と時姫が叫ぶ時、時姫は父を裏切った つもりはないのです。時姫は究極の選択を飛び越えたところで 或る決断をしています。時姫の論理とは、「私が私であるために・・・私が私であり続けるために・・」私はどう行動すべきかということです。そこでは「私」が前面に出ており、周囲が消し飛んでいます。だから夫も取って親も両方取る、夫に対して忠であると同時に親に対しても孝ということになるのです。

なぜならば時姫は三浦之助の許嫁だからです。時姫は生まれてからここまで、三浦之助の妻になると定められて生きて来たのです。時姫が三浦之助に尽くすことは、彼女が勤めるべき仕事として父時政が決めたことです。だから夫に付くことは、父時政の言いつけを守ることです。時姫 は父を裏切るという感覚がないなかで「思ひ切って討ちませう。北條時政討って見せう」と思わず叫んでしまうのです。そう叫んでしまってから、時姫はこれから自分がすることの恐ろしさに初めて気が付いて「父様赦して下さりませ」と泣き崩れます。しかし、 それでも「私はお父様が決めた通りにしているの」と時姫は言えるのです。「どんな状況であっても・たとえ父親を殺してでも・夫に尽くせ」という状況になって、時姫が自己のアイデンティティーにどれほど忠実であるかが試されることになります。(別稿「超自我の奇跡」において八重垣姫で同様の問題を論じていますから、ご参考にしてください。) (この稿つづく)

(H28・4・2)


「私が私であるために」〜時姫の決断:その2

近松半二は、儒学者穂積以貫の次男として生まれました。一般に儒学者は浄瑠璃を淫声だとして嫌った人が多いのですが、以貫は竹本座と関係が深くて、「浄瑠璃文句評注難波土産」で近松門左衛門の「虚実皮膜論」を記録したことでよく知られています。だから以貫は儒学者としては相当さばけた人だったと思いますが、その息子の半二が浄瑠璃作家になったわけです。もしかしたら半二はトリッキーな浄瑠璃作者のように思われているかも知れませんが、儒学というのは「人が取るべき道」を考える学問なのですから、儒学者の息子である半二の作品のなかに も儒学の道徳観・倫理観が自ずと反映してくるはずです。

例えばこの「鎌倉三代記」を見れば、舅や夫や周囲の人間が寄ってたかって嫁を責めたてたあげく「父親を殺してみしょう」と無理やり言わせるなんて筋が人の道に在るべきことでしょうか。そんなことは議論するまでもないことです。だからそのように「鎌倉三代記」を見るべきではないのです。「夫を取るか・親を取るか」という問いを越えた、「夫に対して忠・同時に親に対して孝」、そのような論理へ時姫は飛躍せねばなりません。そこにこそ半二の作意があると吉之助は信じます。

「夫を取るか・親を取るか」という問いに対し、時姫が「夫に対して忠・同時に親に対して孝」であろうとするならば、時姫が取るべき行動は二通りあると思います。ひとつは、時姫がその場で自害して、夫に対する誠・親に対する誠を貫くということです。もうひとつは、前述の通り、「私は選択はしない、なぜならばお父様の言いつけ通りに私は夫に付いて行くのだから。それが私の在るべき道であるのだから」ということです。「夫に付く」なんて言うと何て古い封建女性道徳だと思うかも知れませんが、それは当時の芝居のシチュエーションだからそうなったということに過ぎません。そ ういうことはドラマの本質に関わることではないのです。大事なことは、時姫が自らのアイデンティティにどこまで忠実であるかということです。そう考えるならば「鎌倉三代記」は現代においても十分通用する「人が在るべき道」のドラマだということになるのではないでしょうか。

ラカン流に見るならば、時姫は倒錯していると見ることも出来ます。つまり「夫を取るか・親を取るか」という過酷な状況に、時姫は「私は自らのアイデンティティが命ずるままに動くの」という論理へ飛躍することでかろうじて耐えるということです。鎌倉方との戦いで、京方は追い込まれ滅亡寸前のところまで来ています。 京方の状況はもはや時姫に父時政(鎌倉方の大将)を討ってくれと頼みをせねばならないほどに絶望的です。彼らは時姫にどれほど人の道にもとることを頼んでいるのかよく分かっています。ということは、裏返せば、時姫にそのような頼みをせねばならないということは、三浦之助や舅長門がどれほど時姫を嫁として受け入れているか、どれほど時姫を愛しているかということの証に他ならないのです。そこのところが分からないと、この芝居は「すべては時姫に時政暗殺を迫る計略であった」ということになってしまいます。確かに筋の表面だけ を見ればそういうことになるのでしょうねえ。だけど、その読み方では「鎌倉三代記」はおぞましい封建思想の遺物にしか見えないと思います。

但し書きをしておくと、吉之助は別に本稿で「鎌倉三代記」を現代に通じるドラマにする為の新しい解釈を提示しているつもりはないのです。これが半二の作意に沿った 本来の読み方ではないかなと思っているのです。なぜならば半二は儒学者の息子なのですから。半二の芝居は「人が在るべき道」を問うているのです。そう考えるならば筋道はシンプルなのです。(この稿つづく)

(H28・4・12)


○「私が私であるために」〜時姫の決断・その3

「鎌倉三代記」のドラマが虚しく見えるとすれば、それは結果として時姫が三浦之助を想う気持ちが奇蹟を引き起こすことがないからです。例えば同じく近松半二の作になる「本朝廿四孝」の八重垣姫は勝頼を想う心が奇蹟を起こし諏訪明神の白狐の霊力の助けにより姫は諏訪湖上を渡ります。「妹背山婦女庭訓」では久我之助を想う雛鳥の心が敵対していた二つの家を和解へ導きます。「鎌倉三代記」の場合は、その後の展開では三浦之助は討死・時政暗殺の計略は失敗に終わり時姫は自害することになります。本作は大坂夏の陣を題材に取っていますから、北条時政が徳川家康に当たり・時姫が千姫に当たるわけで、これは仕方がないことです。大坂夏の陣が徳川方の勝利で終わる歴史の大前提は変えられません。

だから時姫の気持ちが京方に勝利の奇蹟をもたすことはないわけですが、見取り狂言として「絹川村閑居」の場だけ見る時には、時姫の強い想いのなかに「この自分にも何か大きなことが起こせるかも知れない」というポジティヴな気持ちの高揚を受け取って良いのです。京方は壊滅の危機に瀕しており・結果はもう決まったようなものですが、その高揚した気分に賭けて彼らは最後の決戦に挑むわけです。主人公の気持ちを常にポジティヴな方向において読むべきです。これが時代物を見る時の鉄則というものです。

さて今回(平成28年3月歌舞伎座)の五代目雀右衛門襲名披露の時姫のことですが、雀右衛門の演技は手堅く、共演も吉右衛門(高綱)・菊五郎(三浦之助)と揃って、幕切れはなかなかの出来になりました。時姫が恋しい夫三浦之助と添い遂げたい、かと云って父・時政を裏切ることも娘として出来ない、というふたつの気持ちに引き裂かれているというところは描けているから、時代物として一応の形になっています。しかし、雀右衛門は「夫を取るか・親を取るか」という論理にまだ留まっているようです。雀右衛門がこれから歌舞伎の立女形に相応しい風格(あるいは押しの強さ)を身に着ける為には、その論理を突き抜ける情念の強さを持たねばなりません。時姫が「北条時政討ってみしょう」と叫ぶ時に、時姫がパァッと輝く瞬間が欲しいのです。「この時のために私は生きて来たの」というカタルシスが見えるならば、雀右衛門の時姫はさらに良いものとなるはずです。その時、時姫は真の意味での時代物の悲劇の主人公となるのです。

(H28・4・17)


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