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中車の夜叉王

平成26年7月歌舞伎座:「修善寺物語」

市川中車(夜叉王)、市川月乃助(源頼家)、市川笑三郎(桂)、他


吉之助はテレビ・ドラマをほとんど見ませんが、近年の俳優香川照之は引っ張りだこのようで、新聞を見るとちょっとした大型ドラマでは決まってその名前が載っているようです。出過ぎじゃないかと思うほどです。まあ 人気があるのは結構なことですが、その香川が顔面カブキ とでも云うか、派手な顔芸を見せているらしい(「らしい」と書くのは見ていないからです)。これがまた巷で結構な話題になっているようで、これが香川のなかの歌舞伎の影響であると感じている方が世間には少なくないようである。いずれにせよ吉之助は香川の顔芸を見ていませんし、興味もありませんが、吉之助がこういう話を聞くと不安になるのは、香川が歌舞伎に入れ込んでいることはよく分かるし、もしかしたらそこで学んだものが映画・テレビのなかでフッと出るということなのだろうかとも思いますが、香川が歌舞伎役者・市川中車として「歌舞伎の演技というものをどういう風に捉えているのかな?」ということに、ちょっと疑問を感じてしまうからです。俳優香川に言いたいのは、今は話題になっているかも知れないが、そんな顔芸ばかり売り物にしていると、いずれテレビでも飽きられてワンパターンの役しか来なくなりますよということですね。

歌舞伎を見たことのない方に、歌舞伎の話をすると、「ああこんなですかあ?」などと言いながら、右手を突き出し目をむいて頭をグルリと一回転して動作を止める、これはたぶん見得をしているつもりなのでしょうなあ。吉之助は歌舞伎を知らない方をバカにしているのではありません。世間一般の歌舞伎のイメージなんてものは、大体そんなものなのです。俳優香川には、そんなものが歌舞伎であると世間に裏書きするような演技を、映画やテレビでして欲しくないと思います。もちろん歌舞伎には歌舞伎の様式がある。しかし、歌舞伎という演劇は懐の深いもので、そんなワンパターンなものではないのです。 むしろ歌舞伎とは写実こそ本質であると言っても良い。頭の良い方だから、そのことを歌舞伎役者中車として大分分かって来たと思うが、いわゆる「歌舞伎らしさ」の感覚へのコンプレックスはなかなか抜けるものではないのだろうなあとお察しはします。(以下の文章は中車で統一します。)

というわけで、平成26年7月 歌舞伎座を見て来ました。吉之助の不安は、「中車の派手な顔芸を今月は歌舞伎座で見せられるのか」ということでした。それは杞憂に終わったということをまず言っておかねばなりません。平成25年12月・京都南座での「御浜御殿」での中車の助右衛門について触れた時に、「開き直って自然にやれば良いのです」と書きました。今回の上演に当たり、中車に演技指導した玉三郎が「自然に・自然に」というアドバイスをしたということを新聞で読みました。中車の演技はだいぶ力みが抜けて自然に出来ていたと云えると思います。結果として、中車(=香川)の強みを生かせたと言えます。一応のことは出来ていて、なかなか頑張っていると思いました。昼の部の「夏祭浪花鑑」の義平次ですが、「夏祭」は義太夫狂言だと云っても、義平次は「長町裏」で団七の決めの形に合わせて適当に絡み付けば段取りは取れるので、特別に義太夫味が必要な役ではありません。義平次の嫌味はそれなりに出ていました。吉之助は実はここで中車の顔芸が炸裂するかと心配していたのですが、 もちろん団七の決めの形に合わせて義平次の表情はそれなりに作らねばならないわけだが・まあそれなりのもので、杞憂に終わって良かった・良かった。もちろん歌舞伎役者としての道程は長い。薄味だなあと感じるところは、仕方がない。それは恐らく団七の決めに絡む時の微妙な息の緩急が十分でないからです。これにはまだ経験が必要です。

夜の部の「修善寺物語」に関して言えば、まず中車にとって幸いなことは、昭和32年9月歌舞伎座での曽祖父・初代猿翁(当時は二代目猿之助)の夜叉王の映像が、NHKに残っていることです。(ちなみに頼家は三代目寿海、桂は三代目時蔵というベスト・キャストです。)当然、中車はこの映像を繰り返し見て研究をしたはずです。別稿「極限状況における父娘の和解」で触れましたが、桂が父の打った頼家の面を付けて落ち延びた仔細を語る時、夜叉王は瀕死の娘が眼中にないかの如く、食い入るように面を見詰めて、じっと動かないという演技が必要です。しかし、実は夜叉王は娘の言うこと をすべて聞き取っています。夜叉王は自分が無心で写し取ったもののなかに頼家の運命が正確に描かれていたということの不思議さに驚き、思わず「自然の感応、自然の妙」と言って高笑いする。その夜叉王の性根を中車は正しく捉えています。 これは曽祖父の演技をよく見たからでしょう。

第三場、「幾たび打ち直しても・・」に始まる夜叉王の長台詞でも、曽祖父の台詞を一生懸命写そうとしたところが見えます。だから大きな破綻はなく・まずまずの出来で、観客を納得させるものに出来ています。ただし、まだ一応の出来というレベルである。新歌舞伎のフォルムという点においては、タンタンタン・・という二拍子のリズムが十分に意識されているとは言えない。 それと声が舞台によく通らない。この点においても、まだまだ経験が必要です。(このことは別稿「左団次劇の様式」を参照ください。)

このことは月乃助の頼家の台詞廻しを聴けばよく分かると思います。朗々として、その意味において「音楽的な」、模範的な新歌舞伎の台詞廻しなのです。月乃助には、二代目左団次〜三代目寿海系統の新歌舞伎をもっとやらせてみたい気がしますね。

例えば第一場で、この月乃助の頼家と夜叉王が対峙する場面において、「自然に・自然に」のアドバイスだけではどうにもならない歌舞伎役者中車の弱さが露呈しています。そこを越えて行かないと、演技はフォルムに行きつかないのです。つまり、歌舞伎の演技だと言うにはまだまだということになる。やることは決して間違ってないのだけれども、印象が小さく見えるのです。月乃助の頼家と対等な位置に見えないのです。この場面の夜叉王は、頼家の怒りを買ってたとえその場で切り捨てられても構わないという気迫・芸術家としての怒りが必要です。中車はそこがまだ曽祖父の形を写している段階であって、実はまだ本物ではない。第三場の長台詞でも、ここはひとり芝居だからさほど目立たないけれども、実は 同じ問題があって、印象はやはり小さいのです。結局のところ、中車の課題は息の詰めにあると言えます。月乃助の頼家と 互角に渡り合えるようになれば、少なくとも新歌舞伎は中車のジャンルになるでしょう。まずはそこを目指してもらいたいものです。

それにしても今回の「修善寺物語」で感心したのは、アンサンブルの良さです。すべての役者が、まだ歌舞伎役者としては経験の浅い中車をバックアップして良くまとまった芝居にしています。月乃助の頼家はもちろんですが、笑三郎の桂もとても良いと思います。その全員が二代目猿翁(吉之助としてはまだまだ三代目猿之助と呼びたい)が育てた二十一世紀歌舞伎組の面々であるわけです。猿之助(この場合は三代目)は良い仕事をしたなあとつくづく思いました。この時期に至って、彼らが 芸の充実期に入ったことが、中車にとっても、現・四代目猿之助にとっても、どれだけラッキーなことであることか。

(H26・8・3)

 


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