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アバドの録音 (1987年)


○1987年2月22日ライヴ-1

ベートーヴェン:エグモント序曲

ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウイーン、ウイーン・ムジークフェライン・ザール)

リズミカルに流れるように演奏されて、技量的には文句の付けようはないのですが、どこか心に引っ掛かるところがなくて劇的緊張に欠けます。冒頭部でも感じることですが、全奏に掛かるときの音の溜めがなく 、演奏にアクセントが付いていないので、演奏の流れは良いが表現が平板なのです。そうした行き方が本曲では悪い方に作用しているように思われます。


○1987年2月22日ライヴ−2

ベートーヴェン:交響曲第7番

ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウイーン、ウイーン・ムジークフェライン・ザール)

同日のプログラム全体に言えることですが、テンポ設定も適切で・オケの技量ももちろん申し分なく・きれいな仕上がりなのですが、それ以上に突き抜けるものがないようです。ベートーヴェンでは特にそれが問題です。リズムで構成されているこの交響曲では、リズムの斬り込みが浅いために推進力が十分に音楽に伝わっていません。そのために表面は滑らかではあるのですが、音楽がこじんまりとまとまっている印象を請けます。第1楽章冒頭や展開部での決め所でも音のタメとしなりがないので、音楽の造りが平板になるのです。第2楽章ももう 少しフレーズを息長く持たせられればもっと美しくしなやかに音楽が流れるだろうにと思います。


○1987年2月22日ライヴー3

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番

マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ独奏)
ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウイーン、ウイーン・ムジークフェライン・ザール)

全体としてテンポは早めで、特に第1楽章はテンポが早過ぎる感じがします。この曲にしてはやや落ち着きのない演奏に思えます。ポリー二・アバドともに気合いが入っている分、表情がきつくなったというか 、アクセントが強い表現になっています。そのせいかリズムが前へ前へつんのめっていく感じがあり、音楽に深みが感じられません。第2楽章にしても、このコンビならばもっと味わい深い音楽が作れるだろうにと思わせます。第3が楽章もかなり力にまかせた表現です。アクセントが強く、ダイナミックなピアノ・ソロとのぶつかり合いになっていますが、曲の求めるイメージからは隔たりがあると思います。


○1987年5月17日ライヴ

マーラー:交響曲第9番

ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウイーン、コンツェルトハウス大ホール、ウイーン芸術週間)

アバドのマーラーはウイーン・フィルの柔らかな響きで描いた骨太で、落ち着きのある演奏です。いわゆる躁鬱的な・うるさいマーラーではありません。第4楽章アダージェットでのウイーン・フィルの弦の魅力はやはり大したものです。じっくり音楽を作っていますが、ある種のもの足りなさがあるのも事実です。例えば第1楽章でも微妙な音遣いのなかに・繊細で傷付きやすい感性を感じさせるようなところが欲しいと思いますが、太めのタッチではそういう点で物足りなさがあります。第2楽章でも虚無的な律動とはちょっと印象が異なるようです。要するに感性のきしみが聴こえてこないのですが、逆に言えばそういう方向を志向していないのです。全体に暖かい情感が一貫して 、生への希望を感じさせる・ロマンティックな解釈であると思います。その意味でアバドの解釈はしっかりと曲の枠組みを捉えた視点であることは間違いありません。


○1987年8月

シューベルト:「グラン・デュオ」ハ長調・D812
   〜四手のためのピアノ・ソナタハ長調(遺作)作品140による
         (管弦楽編曲:ヨーゼフ・ヨアヒム)

ヨーロッパ室内管弦楽団
(ロンドン、ワットフォード・タウン・ホール、独グラモフォン・スタジオ録音)

原曲は1824年6月にシューベルトが作曲した四手用(連弾用)のソナタハ長調で、この楽譜を見たシューマンがこの曲は管弦楽作品からの編曲ではないかと考えたとのことで、その示唆により1855年にヨアヒムがオーケストレーションしたのが、この曲です。ヨアヒムの編曲は原曲の持ち味を極力生かそうと努めている感じで、素朴で味わいはあるが、あまり管弦楽曲として面白いものとは云えない気がします。アバドの演奏も原曲を忠実に再現してみましたと云うような印象で、逆に編曲の拙さが露わになっているような感じがします。


○1987年9月

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲

シェロモ・ミンツ(ヴァイオリン独奏)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(ベルリン、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、独グラモフォン・スタジオ録音)

ミンツのヴァイオリンは響きが硬めで線が細い印象です。全体に綺麗にまとめてはいますが、旋律をもう少し息深く柔らかく歌って欲しい気がします。アバドは合わせものは巧い人なので・この演奏でも豊かな響きでスケールが大きい立派なバックですが、ソロがこうなので・火花が散る感じにならず、全体に不完全燃焼気味で、薄味のロマンティシズムという感じです。特に第1楽章は小振りで不満を感じます。第2楽章も聴き手を引き込んでいく熱気に乏しいきらいがあります。


○1987年9月11日ライヴ

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

カリタ・マッティラ(ソブラノ)、アルフレーダ・ホジソン(メゾソプラノ)
ジェリー・ハドレー(テノール)、ロベルト・ホル(バリトン)
ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
BBS交響楽団合唱団、ロンドン交響楽団合唱団
(ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホール)

ホールの残響がやや長めのせいか響きが艶やかで、演奏のスケールがスケールアップしているようにも聴こえますが、演奏ちょっと難しそうです。アバドのこの演奏に感じるのは、リズムの変化を目立たないようにしていますが、実は細かくテンポを変えて表情に変化を付けようとしていることです。作為的な感じは決してないですが、例えば第2楽章後半、第3楽章後半でテンポを速くして楽章の終結をくっきり付けています。第4楽章でも中間部の行進曲の後からテンポが速くなります。躍動感が強くなって、音楽の興奮度を増しており、面白く聴けますが、何となくアバドらしくない気もします。アバドは中間2楽章の扱いが上手く、第2楽章の躍動感、第3楽章の流れるような爽やかさを経て、終楽章へ音楽が勢いを以て流れ込んでいく感じです。第4楽章も若々しい表現で、終演後の観客はかなり反応しています。独唱ではホルのバリトンが声が良く伸びて、光っています。合唱も好演。


○1987年10月11日ライヴ

ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」

ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ウイーン、ウイーン・ムジークフェライン・ザール)

この年のウイーン・フィル定期のオープニングを飾った演奏です。全体を早めのテンポで一貫させ、熱気を孕んだ気力充実した演奏です。86年ザルツブルクでの演奏ではオーソドックスな行き方だが 、まだ手探り状態のようなもの足りなさがありました。しかし、この演奏では迷いがまったくなく・対象に一気に斬り込んでいくような気迫があります。全体の構成も緊密ですが、特に素晴らしいのは第1楽章です。早いテンポで緊張の緩みがまったくありません。第4楽章も盛り上げが素晴らしく・輝かしい出来です。自分の言葉で語った若々しい表現で、しかもウイーン・フィルの伝統に恥じない演奏です。アバド時代の到来を十分に期待させます。


○1987年12月−1

シューベルト:交響曲第9番「ザ・グレート」

ヨーロッパ室内管弦楽団
(ウイーン、コンツェルト・ハウス大ホール、独グラモフォン・スタジオ録音)

アバドがシューベルトの手書き原稿を当たった・いわゆる「原典版(クリティカル・エディション)」による演奏で、削除された何箇所かの小節の復活だけでなく、反復も忠実に行っています。したがってテンポは特に遅いわけではないですが、演奏時間は異様に長くなっています。テンポは第1楽章は開始部は遅めに感じられますが、他の楽章はむしろ早いくらいです。ヨーロッパ室内管の小編成であると、木管の響きがよく抜けて聞こえて・全体が透明感があって素敵です。重々しさがなくて・イタリア的な明晰さがあるのです。そのせいか「天国的な長さ」というこの曲に対する表現が、感覚的にぴったりくる演奏に思われます。爽やかで透明なリリシズムがあって表情が冴えています。第2楽章は味付けがちょっと薄味の感じもしますが、全体のバランスでは当然かも知れません。第3〜4楽章は版のせいもあって多少冗漫なところなしとしませんが、演奏は早めにとったテンポがキビキビとしていて 、表現は締まって魅力的です。同じ版でアバドがウイーン・フィルを振った88年5月ライヴよりも、この演奏の方がアバドの意図が徹底している気がします。


○1987年12月ー2

シューベルト:「ロザムンデ」序曲

ヨーロッパ室内管弦楽団
(ウイーン、コンツェルト・ハウス大ホール、独グラモフォン・スタジオ録音)

ヨーロッパ室内管の明るく透明な音色がこの曲に爽やかな印象を与えています。表情が生き生きとしていて、展開部以後は速いテンポで駆け抜けるようで、オケの持つ軽さが良い方向に作用しています。


○1987年12月ー3

シューベルト:交響曲第8番「未完成」

ヨーロッパ室内管弦楽団
(ウイーン、コンツェルト・ハウス大ホール、独グラモフォン・スタジオ録音)

アバドがシューベルトの自筆譜に当たった初録音ということです。新シューベルト全集によるクリティカル・エディションによる新発見は、従来クレッシェンドと読んだ記号をアクセント記号に読むなど、ディなーミクに関する変更があるとのことです。もしそうならば「未完成」のイメージも考え直さないといけないのでしょうが、録音を聴くと、どうもイメージを一新するところまで至っていないような感じです。第1・2楽章ともテンポが速めで、ヨーロッパ室内管の響きだと重くならないのは良いのですが、アクセントが強く、少々威圧的に思われます。表情がくっきりと描かれて、濃淡が明確に出ています。ロマンティックと云うよりは、新古典主義的な、今風の演奏に感じられます。好みから云えば、いまひとつという感じです。


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